石占い師見習い、的中を悟る
ドキドキの初仕事の翌日、迷える子羊が一人、ふらりと我が家にやってきた。
浮かない顔で、いかにも何かに悩んでいますといった様子の迷える子羊が。
「エレナ様……今日暇ですか?」
「えーっと、とりあえず中へどうぞ」
暇か暇じゃないかで言えば暇ではない。
まだ見習いの身だし本格的に仕事はしてないけれど、やることがないわけではないのだ。
とはいえ暇じゃないといって帰したくはなかった。
「あの、暇じゃないのなら帰ります」
「大丈夫よ、心配しないで。ちょっとだけお待たせするけど大丈夫?」
「私は大丈夫です」
「それなら、少し待っていてもらってもいいかしら? わたしも、ナタリアさんに聞いてもらいたい話があるの!」
そう、ふらりとやってきた迷える子羊の正体はナタリアさんだった。
普段の彼女とは違い心底悩んでいるような、なんともしょんぼりとした様子の。
ただ、私が聞いてもらいたい話があるというと、彼女の表情は幾分か明るくなった気がした。
私はそんな彼女をリビングルームへと通す。
「ここに座って適当に寛いでいてね。話し相手はうちの使用人ちゃんが居るから」
「はい、ありがとうございますエレナ様」
にこりと微笑んだナタリアさんを残し、私は先生のお屋敷へと急いだ。
今日は元々、昨日の初仕事の疲れが出てはいけないからと予定を控え目にしていた。
けれど昨日の失敗を踏まえて先生に話術についてを教えてもらうことになっていたので、その予定についてを相談しなければならない。
お屋敷に着くと、丁度休憩中の先生を発見した。
「先生、ちょっと相談があるのですが」
「なになに?」
「今すごく悩んでますって顔したお友達が尋ねてきまして」
「うーん」
先生は難しそうな顔をして、私の顔を覗き込んできた。
うーん、やっぱり忙しい合間を縫って話術について教えてくれようとしている先生との予定を蹴ってナタリアさんを優先するわけにはいかないよな。
そうなるとナタリアさんを結構な時間待たせてしまうことになるのだが、大丈夫だろうか。
「まぁ魔力量にも体調にも異常はなさそうだし、少しくらいなら石占いをしてあげても大丈夫なんじゃないかしらね?」
「……ん?」
「ん?」
「いえ、あの、今日は先生に話術について教えてもらう予定で」
「それは別に今度一緒に夕飯を食べる時でもいいのではない? 急ぐ?」
「急、いや」
急ぎはしないけれども。
「え、何か問題があるのかしら?」
「先生との予定を蹴ることになるし、約束を破っちゃうことに」
「あらぁ」
私の言葉尻を聞くことなく、先生は両手で私の両頬を包み込んだ。
「そんなこと気にしなくていいのよぉ。そりゃあ大事な大事な予定だったら蹴られちゃ困るけど」
「でも、先生はお忙しいのに」
「忙しくないとは言えないけど、可愛い弟子のあなたのためなら時間くらいいくらでも作れるのよ」
「ありがとう、ございます」
「それにね、話術については慣れと経験も大切なの。せっかくお友達が来てくれたのならお友達を練習台にするくらいの気持ちでいてもいいと思うのよ」
練習台。
「お友達なら、文句は言ってこないでしょうし」
「まぁ、確かに」
「だから、しっかり練習していらっしゃい」
先生はそう言って、私の頬をもにもにと揉んだ。
「分かりました。ありがとうございます、先生」
「ええ。じゃあ話術については明日のお勉強の時間にでも」
「はい」
「今日の埋め合わせはエレナちゃんの手作りケーキがいいわねぇ」
「え? はい」
「ロルスくんに聞いたのよ。エレナちゃんの手作りケーキは世界一美味しいって」
「世界一」
ロルスったら、私が居ないところでそんなことを言っていたのか。
なんて、心の中で笑いながら、私はナタリアさんのもとへ戻ったのだった。
「お待たせしちゃってごめんなさいね、ナタリアさん」
そう言いながらリビングルームへと足を踏み入れると、そこにはほんわりとした笑顔を浮かべたナタリアさんと使用人ちゃんが居る。
「話し相手が居てくださったので大丈夫です。ありがとうございますイルダさん」
と、ナタリアさんは言う。
イルダとはうちの使用人ちゃんの名だ。
「こちらこそ聞いてくださってありがとうございますナタリア様」
なんだか私が居ない間に仲良くなったらしい。
なんの話をしていたのかを尋ねれば、ナタリアさんはえへへと笑いながら「二人の秘密です」と言い放った。
そう言われると気になるのだが……これは後でイルダのほうを問い詰めてみることにしよう。
「さてさて、ナタリアさんは何か悩み事があるの?」
ナタリアさんの正面の椅子に腰を下ろしながらそう問いかけると、さっきまでほんわかしていたはずのナタリアさんの表情が曇る。
「えっと、その……」
「あ、先生に許可をもらったから石占いも出来るのだけど」
「いいんですか!」
「ええ。ただ、まだ見習いだから至らない点もあるけれど」
「エレナ様なら見習いだろうとズバッと的中させてくれると思います!」
どこから来るんだいその自信は。
そう思いつつ、私は彼女を仕事部屋へ案内することにした。
「ここがエレナ様の仕事部屋……」
「ここで仕事をするのは今日が初めてなの」
「え、そうなんですか?」
「ええ。初仕事は昨日だったのだけれど、昨日は先生が用意してくださった部屋を借りたから」
「初仕事!」
「そうなの! 私、昨日初めてちゃんと石占い師の仕事をしたの! その話をナタリアさんに聞いてもらいたかったの」
もちろん占った人の個人情報を漏らすわけにはいかないので、聞いてもらう話といえば、そこには触れずに綺麗な魔法陣は出せたし石も綺麗に光ったしなんていう当り障りのない話なのだが。
「わぁ、おめでとうございますエレナ様!」
私たちはしばし手を取り合ってきゃっきゃと騒ぎ合った。
学園を卒業したとはいえ、やはりこうして会うと学園時代のノリに戻ってしまうものなのだな、なんて思いながら。
「というわけで、ナタリアさんの悩み事を占ってみましょうか」
私は自分用の椅子に座り、正面の椅子にナタリアさんを座らせる。
テーブルには上質な布を敷いて、その隅っこに昨日先生に貰った宝石箱を置く。
「私、結婚について悩んでるんです」
「なるほど」
私たちはそういうお年頃なので、やはり皆悩んでいるのだろう。
ルトガーとパースリーさんだってそうだったし。
そして昨日の人も娘さんの結婚について悩んでいたし、貴族というものは好きだから結婚するなんて簡単な話でもないのだ。
まぁ私はロルスが好きだから結婚したけれども。
「縁談がたくさん来て、一応二人には絞ったのですが、どちらにするか決められなくて」
「二人……」
「はい。その……正直な話、心底どっちでもいいんですよね……」
二人を選ばなければならないけれど、心の底からどっちでもいい、なんだろう、どこかで聞いた話だな。
そう思いながら、ナタリアさんの魔法陣とお相手二人分の魔法陣を描く。
そしてそこに宝石を転がすと……あれ……これ、昨日見たやつだな……
私の聞き間違いでなければ、石も「昨日の人」だと言っている。
あれ……ナタリアさんのお父様だったんだ……
そういえば、娘さんの魔法陣に転がった宝石が見せた輝きが誰かに似ていると思ったが、あれはナタリアさんだったのか。
……わぁ、私の占い、当たってるぅ!
「ナタリアさん、本当にどちらの人でもいいの?」
結婚よ?
この先おそらく一生一緒に過ごすのよ?
どっちでもいいってことはなくない?
と、心の中のもう一人の私が矢継ぎ早に質問を飛ばそうとしている。
しかし落ち着かなければ。昨日のような失敗を繰り返すわけにはいかないから。
「そうなんです。だからエレナ様に相談しようと思って来たんです」
「このお二人とはもうお会いしたの?」
「はい。お会いした上で、どちらでもいいなって思ったんです」
そんなことある?
「占いの結果も、どちらでもいいとは出ているけれど……」
「私は、自分の両親が大切なんです。だから、我が家に害をなさず利をもたらす人であれば誰でも良くて。自分でこっそり調べた感じでも、お二人は大丈夫そうでした」
こっそり調べたって、どうやって調べたんだろう。
まぁこの人例のゲームじゃ情報屋だったらしいし、何らかの裏ルートから情報でも仕入れてるのかな……?
「なるほど。じゃあ……見た目は?」
「それが……そもそも我が家の利を優先するつもりだし顔は気にしないでおこうと思ってたんですが、どっちの方もなかなか綺麗な顔をしていまして……しかもわりとどちらも好みの顔で……」
マジで決め手に欠ける二人が揃ったんだな。
昨日の、ナタリアさんのお父様は本当にどっちでもいいのかと疑問に思っていたようだが、彼女は本当に心の底からどっちでもいいと思っていた。
私だって自分が出した占いの結果を疑いたかったわけではないけれど、まさかマジでどっちでもいいと思っているとは。
「結論から言うと、どちらを選んでも幸せな結婚になるみたいなの」
ナタリアさんの気持ちをばっちりと当てたわけだから、この結果は当たっていると思う。
「う、占いでも決められないなんて……」
縁も家柄も彼女の実家的にも、さらには顔面もどっちでもいい上に占いでもどっちでもいいという結果が出る、そんなこともあるんだな。
「これはもう、誰かに決めてもらうのがいいみたいね」
「え、じゃあエレナ様がお二人に会って」
え、それも楽しそう!
……いや、楽しそうだけれども、昨日ナタリアさんのお父様が選ぶのが良さそうだと結果は出ているのだ。
ただ他の人の占いの結果を教えるわけにはいかないので、形式上宝石を転がさなければならない。
「わたしがロルス以外の男性を選ぶわけにはいかないと思うのよね。ナタリアさんのためとはいえ」
「あっ! そうですよね!」
なんか嬉しそうな顔でナタリアさんが相槌を打つ。
「誰に委ねるべきか、占うわね」
「はい」
誰が出るのかは分かっているが、形式上テーブルの上に魔法陣を描く。
家族や親戚、友人といった枠を用意し、そこに宝石を転がした。
「お父様がいいみたい」
「お父様」
「お父様が、同性の目で見ていい人だと思ったほうと結婚するのがいいって出てるわ」
「じゃあ、お父様に決めてもらうことにします!」
それがいいと思う。昨日も同じ結果が出たことだし!
「ありがとうございます、エレナ様」
ナタリアさんは来た時よりも晴れやかな笑顔でそう言った。
私の占いで、少しでも悩みが減ったのなら良かった。
「エレナ様に相談して良かった」
「そう? それなら、わたしも良かったわ」
私たちは二人でえへへと笑い合う。
「本当は相談するかどうか迷ってたんです。エレナ様も忙しいだろうし、って。でも足が勝手にここに向かってて」
「もしも今日わたしがとても忙しかったらどうするつもりだったの?」
「エレナ様の顔だけでも見て帰ろうと思ってました。エレナ様の顔を見ると、なんとなく心が落ち着くので」
私のツラを精神安定剤かなんかだと思っていらっしゃる?
いや別にいいけど。
最初こそ結婚相手を選ぶのにどっちでもいいだなんて、と思ったが、あれこれ考えるにはまだ若いのだ。だってまだ皆十代だし。
どちらを選んでも幸せになるという結果も出たことだし、私の可愛い友人はきっと幸せになることだろう。
なんて、彼女は本当に旦那様を尻に敷くことになるのだが、それはもう少し未来のお話だ。
前回のおじさまはナタリアさんのお父様でした。
ブクマ、評価、拍手ぱちぱち等いつもありがとうございます。
そして変わらず読んでくださってありがとうございます!
それで、続報はまだですが書籍化作業のほうは着実に進んでおります。
皆さまに楽しんでいただけるよう頑張ってますのでお楽しみに!
いやマジで本当にお楽しみにしていてくださると嬉しい。誰よりも楽しみにしてるのは私かもしれないけれども!!!




