元意地悪令嬢、魔法技術を継承する
「ロルス、ちょっとここに座りなさい」
「はい」
朝食の後、仕事の準備をしていたロルスをテーブルへと誘って着席させる。
なぜ座らされたのか分かっていないらしいロルスはきょとんとしたまま、傍らに立つ私を見上げている。
なぜ座らされたのかなんて、ロルスが分かるはずもない。
だってそれほど深い理由なんてないから。
「はぁぁ、可愛いわねロルス」
「え、お、エレ、おじょ、え?」
ロルスは混乱している。
なぜなら私が唐突にロルスの頭をなで回し始めたから。
「はぁ……」
私はしばらくロルスの頭をなでていたのだけれど、それだけでは満足出来ずにロルスの頭をきゅっと抱きしめた。
「んぐ」
私の突飛な行動に驚いたらしいロルスはぴしりと体を強張らせる。
以前のロルスなら、このまま動かないままだっただろう。
しかし私の夫となったロルスは今までとは一味違う。
なんと私の腰に手を回し抱きしめ返してきたではないか。
今度は私が驚いて体を強張らせてしまった。
「え、ロルス?」
「緊張、しているのですか?」
「……そう、かもしれない」
小さな声で答えれば、ロルスが背中をぽんぽんと優しくなでてくれる。
「お嬢様なら……、エレナなら、大丈夫です」
「うん。ありがと。……でも、先生の魔法技術を継承するのがわたしで本当にいいのかしら?」
ロルスと私の結婚パーティーが終わって一ヵ月ほど経った頃、そろそろ二人も落ち着いただろうから、と魔法技術継承の儀式の日取りが決められた。
儀式の詳しい内容はまだ教えられていないけれど、準備に人手が必要だとかで私以外の人たちはバタバタと走り回っていたりする。
「不安ですか?」
「ええ、ちょっとだけ不安」
そうぽつりと零すと、ロルスは私の腰をぽんぽんと軽く叩いてから私を膝の上に座らせた。
「正直な話、私も少しだけ不安です」
「ロルスも?」
「ここに来て、先生がとてもすごい人だということを知りました。その先生の技術をエレナが継承するということは、エレナもいずれはとてもすごい人になるということ、でしょう?」
「……なれるかしら?」
「なると思います。そうなった時、私だけ置き去りにされないかと少し不安なのです」
ロルスはそう言って、私の前髪に頬を寄せる。
「置き去り? そんなことするはずないじゃない。だってわたしたちの魂はずーっと一緒なんだし?」
「そうですね」
ふふ、と二人で笑い合っていると、遠くから使用人の声が聞こえてきた。
「お二人とも準備は整ったんですかー?」
と。
そういえば準備の途中だったんだわ。
準備を整えた私とロルスは、先生の書斎へとやってきていた。
儀式の前に魔法技術の説明をしたいから、ということでまず書斎に呼ばれたのだ。
「来たわねエレナちゃん。早速説明から入りましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、先生はその頭をぽんぽんとなでてくれた。
今日は皆がなでてくれるな。
なんとなくほんわかした気持ちになっていると、先生が机の上に宝石たちを並べていく。
「石にはね、ひとつひとつに精霊がついているの」
「精霊、ですか」
うっファンタジー脳が疼く……!
「そう、精霊。この世界のどこかにこの宝石たちの親と言われる大きな大きな宝石がいくつかあって、そこにはそれぞれ大精霊と呼ばれる精霊皆の親が居る」
「精霊の親……」
「私のご先祖様は、その精霊の親と接触したのよ」
思いのほかスケールの大きなファンタジーストーリーが始まろうとしていた。
上昇していくテンションを抑えようと手に力を込めているからか、さっきから手汗が止まらない。
「それで、精霊の声が聞こえるようになったし、他の人が見えないものも見えるようになった」
「他の人が見えないもの?」
「そう。この魔法技術を受け継いでいた私の祖母は『ステータス』と言っていたわ」
「ス、え、なんです、え?」
「祖母は魂の記憶を持った人だったから、たまに不思議な言葉を使っていたのよねぇ」
先生のおばあ様、RPGとかやってたタイプの人ですか?
「要は見ようと思えば目の前にいる人の魔力量や得意な魔法なんかが見えるのよ。だからエレナちゃんもこの魔法技術を継承したら相手の魔力量が見えたりするわね」
他人のステータス覗けるの!?
この魔法技術を継承するのが私でいいのかしらとか言ってたけれど、今はもう楽しみでしかない。
「ただ、慣れるまでは見ようと思っていなくてもうっかり見えてしまったり、精霊の声が延々聞こえて来たりしちゃうのよねぇ」
技術を継承したからといってすぐに使いこなせるわけではない、ということだろう。
何事も練習とレベリングが大切だもんな。きっとそういうことだ。多分。
「それと、見せようとしてくる亡霊が見えることもあるわ。エレナちゃんとロルスくんのお見合いの時に居たあの亡霊さんみたいに」
「無理矢理見せようとしてきてたんですか?」
「ええ、そう」
「なんかすみません」
うちの亡霊が。
悪気はないんです。ちょっと執着心が強いだけで。
「ただ、見た感じエレナちゃんはアイオライトとルビーの精霊との結びつきが強いみたいだからきっとすぐに慣れると思う」
「アイオライトとルビー……」
「気に入られてるみたい。持ってるわよね、アイオライトとルビー」
「はい。神殿跡地で拾ったアイオライトと……知り合いにいただいたルビーを持ってます」
知り合いというかルビー様だけれども。
「その二つに宿っている精霊が、自分が付いているから大丈夫だって言ってるわ」
「なんとも心強い」
私のそんな呟きを聞いた先生は、ぱちんとひとつ手を叩いた。
「さて、なんだかんだと説明したけれど、要するに魔法技術を継承すると今まで見えなかったものと今まで聞こえなかったものが突然飛び込んでくるから驚かないようにね、ってこと」
「な、なるほど」
「学園で習っていた石占いと少しだけ違うけれど違う部分は私がきちんと教えていくから安心してね」
「はい」
「といっても、意味を読むのではなく意味を聞くことになるから習ったものより簡単でよく当たるわよ! だって石のほうから教えてくれるんだもの」
確かに自分で読むよりも教えてもらったものを伝えるほうが簡単なのかもしれない。
「じゃあ継承の儀式を始めましょうか」
「はい」
「とりあえず、私とエレナちゃんが向かい合って立つから、ロルスくんはエレナちゃんの側にくっついていて」
「はい」
なぜロルスが私の側にくっつくのだろう?
「しっかり支えてあげてね、ロルスくん。エレナちゃん、倒れちゃうから」
「分かりました」
え、私倒れちゃうの?
聞いてないんだけど?
「はい、手を出して、エレナちゃん」
「は、はい」
私がびくびくしながら手を出すと、先生が私の手のひらを上に向けさせる。
そしてその上に先生の手を重ね、深呼吸をしていた。
「今から少しだけ私の魔力を送るわね。エレナちゃんはじっとしてるだけで大丈夫」
「は……い?」
手のひらが、ほんのりと温かくなってきた。
そしてその温かさが血管にでも乗ったかのように全身に回り始める。
「これで継承の第一段階は終わりよ」
先生のその言葉が聞こえたところで、私は本当に意識を失っていた。
◇◇◇
「先生、エレナは本当に大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫よ。私も継承したときはこんな感じだったんだけど、この魔力をもらうと猛烈に眠くなるのよ。最低でも丸一日は寝ると思うから、今日はやりたい放題やっても絶対に起きないわよロルスくん!」
「やりたい……放題……」
◇◇◇
次に意識を取り戻したのは、それから二日後のことだった。
「おはようございます、お嬢……エレナ」
「おはよう……夢、見てた」
「夢、ですか?」
「うん。ゲームしてた」
「エレナらしい」
ロルスにくすくすと笑われる。
ロルスはおそらく普段の私を想像して笑っているのだろうが、実際はちょっとだけ違った。
なぜなら夢の中でやっていたのは前世で遊んでいたゲームだったから。
あれは私が前世で死ぬ直前、ゲームマニアと共にハマっていたゲームだった。
夢の中の私はなんだか懐かしくて夢中になって遊んでいた。残念ながら明晰夢ではなかったのでなんとなく楽しかったな、程度にしか覚えていないのだが。
「体調に問題はありませんか?」
「ん? あぁ、そういえば、なんともないわ」
継承する前に言われていた、うっかり見えないものが見えたり聞こえないものが聞こえたりするという不具合は起きていない。
「先生に報告してきますので、エレナはまだ横になっていてください」
「ありがと。あ、喉が渇いたからお水をお願いしてもいい?」
「分かりました」
寝室から出ていくロルスの背中を見送ってから、私は少しよろよろしつつも私の宝石たちしまっている引き出しへと向かう。
本当に石に宿る精霊の声が聞こえるのかを確かめたくて。
引き出しから革袋を取り出し、ベッドへと戻る。
そして己の膝の上に宝石たちを並べた。
「お、おう」
膝の上に宝石を並べた途端、宝石たちはきらきらと輝きながら、男性とも女性ともいえない不思議な声で私の名前を呼び始めた。
「ええと、無事あなたたちの声が聞こえるようになったみたいです。改めて、よろしくね」
そう声をかけると、宝石たちは嬉しそうにきらきらと輝きを増す。
若干ビビって目を細めたが、さすがに私がこの宝石たちを最初に手にしたときのように網膜を焼き切らんばかりの輝きを放ってくることはなかった。よかった。
それぞれの宝石たちが多種多様な輝きを見せてくれ、なんとなく愛しさを覚えた私が宝石たちをころころとなでていると、先生がやってきた。
「エレナちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。自分の宝石たちへの挨拶も出来ました」
ベッドの上からへらりと笑って見せると、駆け寄ってきた先生がぎゅっと抱きしめてくれる。
「無事に継承出来たのね! 嬉しいわ。これであなたは私の、最初で最後の弟子なのね」
「ありがとうございます、先生。あぁ、それか、お義母様?」
「やだぁ、どっちも嬉しいわぁ!」
私の耳には、ロルスのくすくすという小さな笑い声と宝石たちの祝福の声が聞こえていた。
こうして、私は石占い師見習いとなった。
出オチならぬ出イチャ。
評価、ブクマ、感想、拍手コメント等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださってありがとうございます!
ちなみに次回からサブタイトルが石占い師見習いになります。
昇格(?)していくサブタイトルもお楽しみいただけたらと。




