結婚を申し込んだのは、隣国の王子
「なぁロルス、幸せか?」
「はい、とても」
エレナが居ない場所ではろくに微笑みもしなかったあのロルスが、満面の笑みを浮かべている。
エレナは今女友達に囲まれていてこの場には居ないのに。
それほどまでに幸せだということなのだろう。
それを見て、妬みや嫉みではなく、ただ純粋に羨ましいと思った。
自分もいつかあんな風になれたら、と。
エレナとロルスの結婚パーティーが終わった。
王子御一行様の存在で多少の緊張感はあったものの、俺たちはいつも通り終始和やかだった。
幸せそうなエレナとさらに幸せそうなロルスを見てこちらも幸せになった、いや幸せを通り越して面白くなるくらいだった。
しかしあの二人、昔から一緒に居たみたいだったが……いつから両想いだったんだ?
「お。パースリー」
迎えを待っているらしいパースリーが一人で佇んでいる。
姿を見付けたことで咄嗟に名を呼んでしまったが、もう少し落ち着いて声をかければよかった。
まだどんな言葉で思いを伝えるか、きちんと考えていなかったから。
だがもう声をかけてしまったのだから後には引けない。
「パースリー?」
人がこっそり決心したというのに、パースリーは俺の声に応えず、振り向きもしなかった。
仕方なく背後から近づき顔を覗き込むと、思い切り顔を背けられた。
「どうした?」
「……いえ」
「泣いてるのか?」
「……もう。あなたって本当に繊細な心配りってものが出来ないのね」
よく言われる。主に君に。
「しかしな、何も聞かないほうがよかったのか?」
「そうよ」
「でも、泣いてるってことは何かあったんだろう? 放っておけるわけがない」
俺がそう言うと、パースリーはしばらく俯いたままで何も言わなかった。
どうしたものかと思っていたところで、やっと顔を上げて、ちらりとこちらを見る。
「……別に、何かあったわけではないの。だから、大丈夫……」
明らかに大丈夫とはいえない顔をしているのだが、彼女の言う繊細な心配りが出来るやつっていうのは、ここで深掘りしたりはしないのだろう。
「そうか。……エレナとロルス、幸せそうだったな」
泣いている理由が聞けないのなら、と話を逸らすことにした。エレナとロルスの話ならきっと元気になってくれるだろうと思って。
「そうね、とても」
外した。あんまり元気になりそうな顔をしていない。おかしいな。
「嬉しくないのか?」
「とんでもない! 嬉しくて、感動した……だから、涙が出ていたの」
「感動の涙って顔はしてなかったと思う」
「だから!」
怒られた。
「いや、すまん」
女心ってのは難しいなぁ。
「感動の涙よ。それは嘘じゃないの。ただ、お二人が幸せそうで嬉しくて感動して……少しだけ寂しかった」
「寂しい?」
俺が首を傾げると、パースリーもなぜか首を傾げていた。
「自分の感情が、よく分からないのだけれど、寂しかったの。エレナ様は……まぁたまにとぼけたことをなさる人だったけれど、しっかり者でいつも皆のお姉さまみたいで、わたくしの憧れだった」
たまに……? と思ったけれど、今それを言うとやはり怒られてしまうのだろう。黙って聞いていることにしよう。
「わたくしは、ロルスさんが羨ましかった。エレナ様の信頼を一身に受けていらっしゃったから」
「確かに」
「いつかわたくしも、ロルスさんと同じようにとまでは言わないけれど、エレナ様に信頼していただける存在になりたいと思っていた」
俺はエレナではないからはっきりとは言えないが、エレナは充分パースリーを信頼していたと思うのだが。
「……でも、エレナ様は結婚しちゃった。きっともう簡単に会うことも出来なくなる。わたくしのことなんか必要なくなっちゃうのかなって、思ったら、寂しくて」
パースリーの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「エレナはそんなこと言わない」
「分かってる。分かっているの。分かっているのに……でも、寂しい」
涙を、こんなにも美しいと思ったのは初めてだった。
「俺はエレナの代わりになれないだろうか? 君の寂しさを埋められるように、俺が側にいるから」
俺はそう言いながら、彼女の頬に手を添え、目尻から流れ落ちる涙を親指で拭う。
「無理ぃ……」
「無理かぁ」
残念だなぁ。
「嘘ぉ……」
「嘘かぁ」
嘘なら良かったなぁ。
「ルトガーさんが側に居てくれるのは、とても嬉しい。だけどエレナ様の代わりにはならないわ。エレナ様の代わりだなんて思ったらあなたに失礼だもの」
「君が笑顔になるのなら、俺はなんにだってなるよ」
「……本当に、本当に、ずっと側に居てくれるの?」
大きな瞳に涙をためながら俺を見上げるパースリーがあんまりにも可愛くて、俺は何も言わずに彼女を抱きしめていた。
「準備が整ったら、迎えに行くよ」
そう言って彼女と別れた。
準備がいつ整うかなんてわかってもいないのに。
自国に戻らなければならないのか、自国と縁を切ってこの国で暮らすことになるのか、まだ何も分からない。
彼女を幸せに出来る道がどれなのかも分からない。
しかし寂しがっていた彼女を自国に連れていくとなると、エレナと完全に引き離すことになるのだろう。それは可哀想だ。
「おかえりなさいませ、ルトガー」
家に帰りつくと俺の母親役、リリーがにこやかな笑顔で出迎えてくれた。
「突然ですが、いいお知らせと悪いお知らせがあるのだけど、どちらから聞きたいですか?」
いい知らせと悪い知らせ……どちらから聞くべきだろうか。
悪い知らせを後で聞くと後味が悪そうだし、悪い知らせから聞くことにしよう。
「じゃあ悪い知らせから」
「はーい。なんと、ルーシャン様は王位継承権を失いました!」
「は?」
悪い知らせっていうかとんでもない知らせだったな。
俺、一応第一王子だったのだが?
俺がこの国に居る間にあっちで何が起きていたのだろう。
「第二王子が次期国王になるそうですよ」
「そ、そうか」
父は俺がここに居ることは知らないはずで、もしかしたら俺はあっちで行方不明になったと思われているのかもしれない。
それなら、俺は居ないものとして扱われて、ここに居続けることも出来るのだろうか。
そうなれば、パースリーと共にこの国で生きていける。
「あと、これは良くも悪くもないお知らせなのですが、国王様はルーシャン様がこの国に居ることをご存知でした」
「え」
知ってたのかよ。っていうか良くも悪くもないか? どっちかというと悪い知らせでは?
リリーは淡々と語っているが、俺は内心冷や汗が止まらない。
だって一応王子である俺が勝手に国を抜け出していたのだから、何か罰を与えられてもおかしくはないはずなのだ。
「ルーシャン様がこの国で何をしていたのかもお調べになられていたようで」
「えぇ」
「ルーシャン様の行動力と、ルーシャン様がこの国の王子と友人になったことを褒めていらっしゃいました」
「お、おう」
いやまぁ確かに流れでこの国の王子と友人になったけれど、あれはエレナのお陰であって自分の行動力とは何一つ関係ない。
「それで、ルーシャン様には今後ルーシャン・コーディ公爵として自国とこちらの国とを繋ぐ橋渡し役をしていただきたいのだそうです」
「公……爵」
なるほど。分からん。
「友好国の印として王族であるルーシャン様をこちらに置きたいのでしょうね」
「は、はぁ……」
「政略結婚の話も決まりました」
「ちょっと待ってくれ!」
次期国王でなくなっても構わない。公爵になることも構わない。友好国の印でもなんでもいい。ただ、結婚だけは待ってほしい。
「あら、結婚したい相手がいらっしゃるのですか?」
「え、いや」
「そんなに焦るのなら居るってことでしょう?」
「まぁ、その……居る」
「でしょうね! その子は貴族の令嬢だったりします?」
「……する」
俺がそう答えると、リリーは嬉しそうな顔でぽんと一つ手を叩いた。
「ではその子を取り急ぎ捕まえましょう!」
「捕まえるってどういうことだよ」
「ルーシャン様の片想いだったりします?」
「いや一応違う、と思うが」
「え、あなたのこと平民だと思ってるのにですか?」
真顔は失礼では?
「まぁ、そういうことになる」
「では心配なさそうですが、とりあえず逃げられないように捕まえるべきですよね」
だから捕まえるという表現はおかしくないか?
そんなことを考えている俺に構うことなく、リリーはあわただしく準備を始めていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、いい知らせをまだ聞いていないんだが」
「あ、忘れてました。こちらでの新居はルーシャン様のご友人、エレナ様のお家のご近所さんですよ!」
なるほど、本当にいい知らせだった。
公爵になるのだから、平民と偽って過ごしていたこの家に住み続けるわけにはいかないからな、そういえば。
それから数日後のこと。
俺とリリーは正装でパースリーの家に向かっている。
結婚を申し込むために。
「この子は、本当にルーシャン様……いえ、ルトガーが好きなのですね」
「ん?」
馬車の中で、リリーが呟いた。
「この結婚話をやんわりと断られたので。公爵家との結婚を断って"ルトガー"を待とうとしてたってことですものね?」
「あぁ……」
「公爵と平民を天秤にかけたら普通公爵を選ぶと思いません?」
「確かに」
「……元気がありませんね? 好きな子に結婚を申し込みに行くのにそんな暗い顔でどうするんですか!」
「いや、事前になにも言えなかったから、怒られるんじゃないかと思って」
思えば、昔からずっと怒られていたからな。今更ではあるのだが。
繊細な心配りが出来るやつっていうのは、こういう時どうするものなんだろう。分からない。
「まぁでもここまで来てしまったのだから、当たって砕けるしかありませんよルーシャン様!」
「砕けたらダメだろうよ」
砕けることはない。
エレナに簡易石占いをしてもらった時、俺はパースリーと結婚すると幸せになれると言われたじゃないか。
きっと砕けない。ただ、怒られる可能性はある。
パースリーの家に辿り着き、応接間に通される。
パースリーが来たら、とりあえず今まで嘘をついていたことを謝って、それから改めて結婚してほしい旨を伝えなければならない。
脳内で順序を考えていたら、応接間の扉が開いた。
そして扉の向こうから綺麗なドレス姿のパースリーが現れる。彼女は俯いているので、ここに居るのが俺だということにまだ気が付いていない。
「初めまして、パースリーと申します。この度は結婚の申し込みをい……え、あ……え?」
やっと、目が合った。
彼女は驚いた顔をしているけれど、嫌そうな顔はしていない。
「迎えに来た」
さっきまで考えていた順序を吹き飛ばし、ただ一言そう言えば、パースリーの大きな瞳からまた大きな涙が零れ落ちる。
そして、よく見たら彼女は両手で強めの握り拳を作っていた。
な、殴られるのだろうか……?
「パースリー?」
「心を強く持ってって、エレナ様が言っていたから、大丈夫……」
エレナは一体パースリーに何を言ったんだろう。
パースリーがこれだけ驚いているってことは俺が王子だってことは言ってないみたいだが。
いや、そんなこと、今はどうでもいい。
「改めて。パースリー、俺と結婚してください」
「……はい!」
後日、エレナとロルスのもとを訪ねた。
もちろん結婚の報告をするために。
俺たち二人が揃った姿を見たエレナは、一瞬にんまりと笑った。にっこりではなく、にんまりと。
「結婚することになった」
俺がそう言うと、エレナはついに笑いだしてしまう。
そこは笑うところじゃなく祝福するところだろう、と思っていると、エレナが笑いながら言うのだ。
「知ってたもん」
と。
「知ってたってどういうことだ?」
「だって二人とも、別々に簡易石占いをしたのに全く同じ石を引いて全く同じ輝かせ方をしたんだもの! 絶対幸せになるわね、二人とも。おめでとう!」
エレナはそう言って、パースリーに飛びついた。
「エ……エレナ様ぁ!」
俺たちも、エレナとロルスに負けないくらい幸せになってやろう。
俺はそう思いながら、満面の笑みを浮かべたのだった。
ご都合主義の塊である。
ブクマ、評価、感想、拍手コメント等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださってありがとうございます!
番外編ルトガーシリーズはこれでおしまいです。次は誰でしょうね!




