元意地悪令嬢、祝福される
「二人の魂が永遠に幸せになるのなら、我々は来世でも出会えるのでしょうか」
神殿からの帰り道、馬車の中でロルスがぽつりと呟いた。
「出会えるかもしれないわね」
そもそも今までも転生しては出会い転生しては出会いを繰り返してずっとずっと一緒に居たのだけれど。
「出会えた時は、気付いてくれますか?」
どう答えるべきか、と思いながらロルスの表情を伺うと、なんだか嬉しそうに微笑んでいた。
「……気付けるように頑張るわ。ロルスは気付いてくれるの?」
気付けるかどうかは正直分からない。ロルスがゲームマニアの生まれ変わりだってことも、千年の呪いの一件があったから知ったわけだし。
「分かりません。ただ、気付けなかったとしても、あなたを見つけ出してあなただけを愛する自信はあります」
「そ、そう」
なんだろう、今までのロルスとなんか違う。
漂う空気が甘い。
「いっそ二人の魂が一つになってしまえばいいのに。そして来世ではその一つの魂を分け合って生きていく。離れ離れでは生きていけないくらい求め合うように」
「ど、どどどどどうしちゃったのロルス、今日はやけに饒舌ね!?」
ロルスが放つ甘い空気に耐えきれなくなった私は、ほんの少し声を荒らげた。
しかしロルスの攻撃は留まることを知らない。
ぎゅむ、とこちらに体重をかけてきたかと思えばそのまま私の右手を取ってぎゅっと握り込んでくる。
「嬉しくて、つい」
「う、え、嬉しくて?」
「一度は諦めたはずのお嬢様が隣に居て、結婚まで出来てしまった。これにはさすがの私も舞い上がってしまいました」
「諦めたのって、従者を辞めたときのこと?」
「はい。正直な話このままではお嬢様を攫うか、またはお嬢様に手を出すかしてしまいそうだと思ったので、すべてを諦めて逃げ出したのです」
「……そう。……あ、あの、じゃあ、今ならもう、手を出し放題? だと思うのだけど?」
至近距離で、ロルスを見上げる。
しばらくの沈黙が落ちた後、どちらともなく顔を寄せて、ガツンと頭をぶつけ合った。
「痛い」
「も、申し訳ございません」
「こちらこそ。いや、悪いのはお互いじゃなくてこの丁度いい瞬間を狙ったように揺れた馬車なのだけれどね」
まさかこの甘い雰囲気の中頭突きをしあうことになろうとは。さすがに想定外だった。
なんてことをしていたら、あっという間にアルファーノ家本邸に到着した。
そろそろパーティーの準備も整ったことだろう。
到着した二人を一番に出迎えてくれたのはお父様とお兄様だった。
このパーティーを指揮しているのは主に先生とお母様なので二人は暇なのだろう。
「おかえり、二人とも」
「ただいま帰りました、お父様にお兄様」
そう言って微笑んでいると、お兄様の視線が私のおでこに向く。
「エレナ、あれ、エレナもロルスも二人ともおでこが赤いね?」
「帰りの馬車の中が暇だったのでロルスと頭突き勝負をしながら帰ってきました」
「えぇ……」
私の嘘を信じたらしいお兄様が軽く引く。
ロルスは手を出そうとしたことがバレるとでも思ったのか、明後日の方向へと視線を飛ばしていた。
いやもう結婚したんだからバレても大丈夫なんだけれども。
そんなことを思っていると、お父様が私とロルスの手を取った。
「二人とも疲れただろう。準備が整うまでこっちでしばらく休むといい」
お父様はやたらと嬉しそうである。
お見合いが決まったときなんか嫌だ嫌だと言っていたはずなのに。
「嬉しそうですね、お父様」
そう声をかけると、お父様は満面の笑みを見せる。
「あぁ、嬉しいよ。そりゃあエレナが結婚すると決まった時は、エレナを誰かの手に渡すなんてと思っていたが、よく考えたらロルスが俺の息子になるだけでエレナが他人の手に渡ったわけではないのだからね」
お父様がそう思ってくれているのなら、私も嬉しい。しかしお兄様が必死で笑いを堪えている気がするのだがあれは私の見間違いだろうか?
見間違いではないと思うし、きっと私の知り得ないところで何かがあったのだろう。今度こっそりお兄様に聞いてみよう。
「それに、ロルスは俺の可愛いエレナを不幸にしたりはしないだろう? な?」
その悪の組織の親玉のようなツラでドスの利いた声を出さないでほしい。
脅しにしか見えないから。
「もちろんでございます」
脅しになんか屈しなくていいのよロルス。私は勝手に幸せになるから。
「二人とも、準備が整ったわ!」
私たちが談笑しているところに、先生とお母様が揃って呼びに来てくれた。
「とっても綺麗だから、びっくりするわよ!」
と、興奮気味のお母様が言う。
お母様がここまで興奮するのなら、きっと本当に綺麗なのだろう。
私はわくわくしながら、パーティー会場である庭園へと向かったのだった。
「わぁ……」
庭園へと足を踏み入れる前から、私もロルスも言葉を失っていた。
まず庭園を囲む植木に、きらきらと輝く宝石がイルミネーションのように飾り付けられている。もしかしたら暗くなった時に光ったりするのかもしれない。
そして、空中には花の形にカットされた宝石のようなものがいくつもふよふよと浮かんでいる。完全に重力を無視して。
あれは一体、と思っていると、ロルスの隣にいた先生がふふんと自慢げに笑って説明してくれた。
「あれは私が作ったのよ。魔法石で作ったランプなの。あの夕日が沈んだら光るわ」
先生すげー! と、私の心の中の小学生の私が歓喜の声を上げた。
夕日が沈むまではあと一時間といったところなのでもう少ししたらあの宝石が光るのか。
そしてこのパーティーは夜まで続く予定なので、花の形の宝石が光る様子を存分に観察出来るのだろう。
「光るんですってロルス! 楽しみね!」
ロルスの腕にしがみ付きながらそう言うと、ロルスは笑顔を返してくれた。
そうして私たちは庭園へと足を踏み入れる。
するとそこには私とロルスを笑顔で迎え入れてくれる友人達がいた。
皆綺麗なドレスやスーツを着ていて、庭園に咲き誇る花のようだ。
「おめでとうございますエレナ様ー!」
第一声は、ナタリアさんのものだった。
そしてそれに触発されるように、皆から祝福の声が届く。
「結婚のパーティーってこんなに幸せなものなのね、ロルス」
「そうでございますね、お……エレナ」
お嬢様って言おうとしたのも、すごく小さな声で様って付け加えたのも聞こえてるからね!
私とロルスが席に着くと、お父様が親族代表の挨拶を始めた。
それに続くように先生の挨拶があり、公式の行事としてやってきたスヴェン王子の挨拶もあった。
ちなみにスヴェンは公式行事なので、と真面目な感じで挨拶を述べていたのだが、私が笑顔を向けると一瞬破顔してへにゃりと笑顔になっていた。ちょっと可愛かった。
スヴェンの隣にいた女の子がそんなスヴェンを見て驚いたように目を瞠っていたのもちょっと面白くて可愛かった。
まぁ女の子本人には迂闊に可愛かっただなんて言えないだろうけど。あれ、多分スヴェンの妹で、この国のお姫様だから。
挨拶が済むと、談笑タイムが始まった。
私たちは主役なので和やかな談笑タイムとはいかなくて、友人達にもみくちゃにされている。それはそれで幸せである。
「エレナさんおめでとうございます」
「ありがとう、フローラ」
「おめでとうございますエレナ様!」
「パースリーさんもぺルセルさんもありがとう。ナタリアさんも」
「エレナ様ぁおめでとうございますぅ」
ナタリアさんが泣いていた。
それを見たパースリーさんもぺルセルさんも涙目になっているし、フローラまでも目尻を拭い始めた。
「お二人が幸せそうで、私も感動しました」
と、フローラが言う。
「し、幸せそうに見えた?」
照れるわぁ、なんて呟きながら隣を見ると、いつの間にかロルスが居なくなっていた。
どうやらレーヴェたちに取り囲まれているらしい。
「見えました! お二人が一緒にいる姿は見慣れていますが、あんなにくっついて微笑み合っている姿は初めて見ましたし!」
ナタリアさんが興奮気味にそう言った。
「えへへ。さっき、神殿に行ったときに、ロルスもこの結婚を喜んでくれてるみたいだったの。わたし、それが嬉しくてね」
私が照れながらそう漏らすと、皆はきゃーと可愛らしい悲鳴を上げる。
その後は神殿に行った時の様子を聞かれ、皆と一緒にキャッキャキャッキャと騒ぎ散らかしていた。
それからしばらくして、男性陣が流入してきた。
「エレナ、おめでとう」
「ありがとうレーヴェ」
小さい頃から一緒に居る幼馴染からの祝福の言葉はこんなにも嬉しいものなのか、なんて思ったのも束の間。
「ロルスも幸せだそうだエレナ!」
と、勢いよくルトガーが突っ込んできた。
「本人からきちんと聞いたわ! そしてわたしも幸せよ」
「あの仏頂面でエレナが居ないときは表情一つ変えなかったロルスが幸せだって笑ったんでびっくりした」
そう言って笑うルトガーに、ロルスがやめてくださいと声をかけている。
「わたしが居たところで表情はそんなに動かなかったんだけどね、ロルス」
という私の言葉に、その場にいた全員がどっと笑った。確かに、なんて言いながら。
皆の祝福と、きらきらと輝く魔法石のランプの光に包まれて、私は今日、この世界で一番幸せだったに違いない。
「さぁ、次は誰が幸せになるのかしらね」
ロルスが幸せそうで何よりやな、と。
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まだ終わりません!




