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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
番外編

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元意地悪令嬢、のろける

 

 

 

 

 

 ロルスと私の結婚の日を目前に控えたある日のこと。

 一人のお客様がやってきた。


「いらっしゃい、パースリーさん」


 にこりと微笑みながらそう声をかけると、彼女もにこりと笑ってくれる。

 しかしその笑顔はすぐに曇ってしまった。


「お忙しいところごめんなさい、エレナ様」


「いいのよ、気にしないで。さぁ入って入って」


 確かに忙しい。忙しいけれど、何か悩みを抱えていそうな子を放っておけるわけもなく、私は彼女をリビングへと通した。


「お茶を淹れるわね」


「お嬢様、私が」


「お嬢様じゃありませんーあなたの妻ですー」


「いえ、結婚の日まではお嬢様です」


「屁理屈ばっかり言うんだから、もう」


 ロルスとごちゃごちゃ言い合っていると、パースリーさんが苦笑に近い笑みを零す。「相変わらずですね」なんて呟きながら。

 考えてみれば小さい頃からこんな感じなのだからこの先もずっとこんな感じのままなのかな。


「さて、お茶でも飲みながらゆっくりお話ししましょうか」


「……ありがとうございます」


 なんだかんだでロルスと共に用意したお茶と、パースリーさんが持ってきてくれた手土産のお菓子をテーブルに並べる。

 その様子を見ていたパースリーさんがきょとんとしながら、ふと口を開いた。


「エレナ様、使用人さんはいないのですか?」


 そう、今この家に使用人はいない。

 だからこそ私とロルスが二人でお茶やお菓子を用意していた。


「そうそう」


「エレナ様が、伯爵家のご令嬢じゃなくなるから……ですか?」


 確かに一応伯爵家の令嬢じゃなくなるけれど、そうではない。


「いえ、そうではないの。アルファーノ家の使用人が来ることにはなっているのだけど、この家の使用人の座を奪い合ってるらしくて」


「な、なるほど……?」


 パースリーさんの可愛らしい口元から、あまり納得していなさそうな相槌がこぼれた。


「正式に来てくださるまでは私が居ますので」


「あらロルス。でもあなたはもう従者じゃなくなるのよ?」


 使用人はいなくともなんとかなる、とロルスは言うのだが、私が令嬢じゃなくなるようにロルスだって従者じゃなくなるのだ。


「なるほど! ロルスさんは、エレナ様と二人きりの生活がしたいのですね!」


 パースリーさんの可愛らしい口元から完全に納得した様子の言葉が飛び出した。


「あ、いえあの、その、そういうつもりでは……!」


「なぁんだロルスったら! そうならそうとはっきり言ってくれなくちゃ! 今からでもお父様に二人きりで生活したいってお手紙を」


「お、お嬢様!」


 焦るロルスを見て、私もパースリーさんもしばし楽し気に笑っていた。

 そしてその後しばらくぽつりぽつりと雑談をしていたのだが、ふとパースリーさんの表情が曇る。

 そろそろ本題に入るのだろうか。


「あの、エレナ様……少し相談があるのです」


「ええ」


 遠慮なくどうぞ、と話の続きを促したのだが、パースリーさんはロルスのほうをちらりと見て口籠る。


「私は席を外したほうがよろしいでしょうか」


 ロルスもその視線に気付いてそう言ったのだが、パースリーさんはふるふると首を横に振る。


「出来れば、居てください。ただ、もしかしたらロルスさんに失礼なことを言ってしまうかもしれません」


「私は特に何も気にしません」


 ロルスの言葉を聞いたパースリーさんは一度目を閉じてから小さな深呼吸をして喋りだした。


「……貴族の家に女として生まれた場合、良家に嫁ぐのが幸せとされていますよね」


 そう言ったパースリーさんの瞳は強く私を射貫いた。しかしその上にある眉は、情けなく下がっている。


「世間一般的に言えば、そうね」


 確かに少しでも身分の高い相手のもとへ嫁ぎ、いわゆる玉の輿に乗ることが幸せだと言われている。一般的には。


「わたくしも、ずっとそれが幸せなのだと思っていました」


 思っていました、ということは、そうでもなくなってしまったのだろうか。

 まぁ家同士のあれこれが絡んだ政略結婚となるとそこに愛があるとは限らないし金と計算だけで成り立つ結婚も少なからずあるし、そこに気付いてしまったのかもしれない。


「両親も、きっとそれが幸せだと思っています」


「そう、でしょうね」


 そりゃあ親としては娘が一生安心して暮らせるようなところに嫁がせたいだろう。

 世の中金がすべてだと言い切りたくないけれど、金がなければ困るのは明白であるわけだし。


「……それに背くことは、親不孝なのでしょうか」


「うーん、それはどうかしら」


 言ってしまえば私は貴族ではないロルスと結婚することになったので、いわゆる一般的な幸せを手にしなかった部類だから、なんとも言えない。


「エレナ様は今、幸せですか?」


「もちろん」


 その質問には、即答させていただいた。

 だって今、誰より幸せである自信があったから。


「ただ、まぁ一般的な貴族の娘の幸せの道から外れている自覚はあるわ。でもわたしはずっとずっと好きだった人とこの先一生一緒にいることを選んだ。誰かに酔狂だって言われようと、ね」


 アルファーノ家の娘ならば高位貴族へ嫁ぐことも可能だったはずなのに、そんな話がその辺に転がっていることは分かっている。

 だけど、そんなものを気にしてロルスを手放すなんてことは出来ない。


「そうやって言い切れるエレナ様が、とても羨ましいです」


「……やだわロルス、真面目な話をしているんだから照れないでよ」


「照れているのはお嬢様のほうでは」


 友人を前に、さらに本人を伴って惚気話を披露していることに気が付いて急に恥ずかしくなってきた。

 そして自分の顔に熱が集まってきているので、完全に赤くなってるなとは思ったけれど、ちらりと隣を見たらロルスの頬も赤くなっていたのだ。

 相乗効果でさらに照れてしまう。


「ロルスさんは、幸せですか?」


「もちろんでございます。ただ、私もお嬢様を貴族の娘の幸せの道から外させてしまった自覚はあります。アルファーノ家から、そしてアルファーノ家との繋がりを求める貴族の皆さんからお嬢様を奪ってしまった自覚も、もちろん。ですが後悔はありません。なぜなら私は今、とても幸せですから」


 ロルスの微笑みを見て、改めて顔に熱が集まり始めた。私の全体温が顔面に全員集合状態だ。

 なんて考えていたら、ロルスも赤くなっていたし、つられたのかパースリーさんの顔も赤くなっていた。

 ゆでだこの集会状態だ……。


「お二人が幸せそうで、わたくし嬉しくなってしまいました」


 ゆでだこパースリーさんがくすりと笑う。

 そして、情けなく下がっていた眉が少しだけ戻ってきた。


「わたくし、結婚を考えている相手がいらっしゃるのです」


「あら、そうだったの?」


 どうやらここからが本題らしい。

 そして、この流れからすると結婚したい相手が貴族ではないらしい。


「……と言っても、まだわたくしが一方的に考えているだけなのですけれど」


「片想いなの?」


「いえ、その、そうではない……ような……?」


 え、どっち?


「あぁ、お相手が貴族ではないから、パースリーさんに求婚することを躊躇しているのかしら?」


 私がそう問いかけると、パースリーさんが目を丸くした。

 なんでわかったのみたいな顔してるけど、今までの話聞いてたら大体わかるよ。

 これが前世なら、相手誰ー? と無邪気に聞けるところなのだが、相手は貴族のご令嬢で、私もまだ一応貴族の令嬢なので無邪気さを発揮することは出来ない。

 どうしたもんかと思いつつ、私はパースリーさんに革袋を差し出した。


「簡易石占い、やってみます?」


「いいのですか?」


「まだ先生からの許可がないので本格的な石占いは出来ないのだけれど、それでもよければ。この革袋の中から直感で一つだけ取り出して」


 先日ルトガーにもやってあげた占いと同じだ。

 その一つが持つ意味と、輝きで簡易的に占うもの。


「では、これで」


 そう言ってパースリーさんが取り出した石を、私が手のひらで受け取る。


「あら? あらら」


 手のひらに乗せた瞬間きらきらと輝きを弾けさせた石を見て、私は小首を傾げる。

 なぜなら、先日見た石とその輝き方とが全く同じだったから。


「え、エレナ様……?」


「この石が持つ言葉は、幸福が訪れる。それがこんなにも輝くってことは」


「……と、いうことは?」


「今パースリーさんが思い浮かべている人と結婚すると幸福が訪れるってこと、なん、だけど……」


「だ、だけど……?」


 ルトガーが引いた石と全く同じ。輝き方まで全く同じ。これははたして偶然なのだろうか?


「あの、パースリーさん。つかぬことをお聞きするけれど、もしかしてお相手は平民……だったりしないかしら?」


「え、あ、あの……は、はい」


 パースリーさんは蚊の鳴くような声で答えてくれた。


「その方、わたしも知ってる人だったり……?」


「……します」


 これ、あれだな?

 ルトガーのことだな?

 ってことはルトガーがこないだ言ってた相手ってパースリーさんのことだったのかな!?

 知らなかった……いや、気付かなかったわ。いつの間に……。


「パースリーさん。占いは占いだから、絶対ではないと思うの」


「はい」


「だからこれはわたしがただ思ったことなのだけど、あなたはきっと幸せになるわ」


「本当、ですか?」


 だって結婚しようと思ってる二人が二人とも同じ石を選んだんだもの。しかもその石が持つ意味は「幸福が訪れる」だし。

 幸福が訪れる×幸福が訪れるなんてもう幸福が訪れないわけがないじゃない。


「ただ、多少の衝撃があなたの心を襲うと思う」


「しょ、衝撃!?」


 なんせあいつは平民じゃねぇ。

 しかしそれを私の口から言うわけにはいかない。自分で言うだろうし。


「でもきっと大丈夫だから、心を強く持ってね」


「心を……はい、わかりましたエレナ様」


 真剣な顔でこくこくと頷くパースリーさんを見て、私はあまりの微笑ましさに笑いだしそうになってしまったけれど、ぐっと我慢した。うっかりボロが出てはいけないから。

 だから今はただただ微笑んで彼女の幸せを願うのだ。

 私とロルスが幸せだということを喜んでくれた彼女の幸せを。


 そして案の定彼と彼女が、いや主に彼女がとんでもないことになるのだけれど、それはまた別のお話。





 

唐突に前回と繋がる話。

評価、ブクマ、拍手等ありがとうございます。

そして番外編も読んでくださってありがとうございます。

番外編は本編に入れられなかった話なので全体的にゆるふわですが、皆様が楽しんで、そしてちょっとでも癒されていただければ嬉しいなと思っております。

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