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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
番外編

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幸せにあてられたのは、隣国の王子

番外編一番手はルトガーです。

 

 

 

 

 

 俺がルトガーという名で隣国の学園に通うことになる少し前のこと。

 俺はまだ幼いながらも父に対して疑問を持ち始めていた。

 父は国王であり、この国で一番偉い人なのだということは理解していたが、偉いからと言って何をしてもいいのだろうか、と。

 母は俺が産まれてすぐに亡くなった。元々身体が弱かったのだそうだ。

 そしてそんな母は、視察として隣国に行った父が攫うように連れてきて結婚したのだという。ほぼ強制的だった、らしい。

 こそこそと王宮内をうろついていた時に侍女たちが話しているのを聞いただけなので真相は闇の中だが。

 ただ、その話が本当なのだろうと思える要素は多々あった。

 父は、人使いが荒いのだ。

 本当に、人を人と思っているのだろうかと不安になるほどに。

 本当は、自分以外の人間を人間だと思っていないのだろうかと疑念を抱くほどに。

 そんな折、俺は知ってしまった。

 王宮の外には、貴族たちにいいように使われる奴隷のような人々が居ることを。

 それが、黙認されてしまっていることを。


「母様が生まれ育った国は、どのような場所だったのですか?」


 まだ幼かった俺がそう聞いた相手は、亡くなった母の代わりに俺を育ててくれた人だった。

 彼女は母が唯一国元から連れてくることのできた侍女だった。


「とても美しい国でしたよ。食べ物もおいしくて」


「母様は、楽しそうでしたか?」


「ええ。とても楽しそうなご様子で学園に通っていらっしゃいました」


「学園……」


「はい。その学園は貴族も平民も関係なく通えるのですよ。まぁ、お金は必要ですけれど」


「平民も?」


 貴族と平民が同じ学園に通っても大丈夫なのだろうか?

 隣国では、奴隷のように使われる人など存在しないのだろうか?

 俺の心に浮かんだのは、そんな疑問と少しの希望だった。


「焼きそばパンっていうパンがあって、ルーシャン様のお母様はそのパンが好きでしたね」


「焼きそばパン?」


「はい。よく食べていらっしゃいました。ただ、その焼きそばパンはとっても人気があってすぐに売り切れちゃうんですよねぇ」


「売り切れ?」


「そうです。とても人気があって早く買いにいかないと売り切れるんですよ。授業が終わって急いでも買えるか買えないかの瀬戸際で」


 そんなに美味しいものなのか、と興味がわいた。

 そしてもう一つ、隣国にはもっと興味を惹かれるものがあった。

 王宮の書庫の奥にしまってあった歴史書群の中に、一冊だけ隣国のものが紛れ込んでいたのだ。

 その中には、この国の歴史書には一切記載されていない呪文についてが書かれていた。

 この国の人々は知らない、失われた魔法があったのだ、と。

 おそらく隣国に行けばもっとたくさんの歴史書が読めるのだろう。勉強だって出来るのだろう。そう思ったら、隣国に行ってみたくて仕方がなくなっていた。


「その学園に、通ってみたい」


「え、ルーシャン様があの学園に、ですか?」


「不可能でしょうか?」


「いえ、まぁ歴代の王子も通うような学園ですし不可能ではないと思いますが……いやでも隣国の王子が通っていたなんてことはないはずですし危険ではないでしょうか?」


「分かった。じゃあ平民として行く」


「いやそれはそれで危険では? というか危険度増していませんか?」


「大丈夫。なんとかなる」


 なんとかなりますぅ? という彼女の言葉を聞き流し、隣国の学園へ通うための手続きを進めたのだ。

 手続きの最中、延々危険ではだとかやめたほうがいいのではだとか言っていた彼女だったが、最終的にはついてきてくれることになった。俺の母親役として。

 そうして俺はこの国を出て、平民という地位で隣国の学園に通うことになった。

 父はおそらく、俺が居なくなったことに気が付いていないだろう。


「学園で何かあったり何かされたりしたら素早く報告してくださいね。私がなんとかしますからね」


「自分でなんとかするから大丈夫」


「私が大丈夫じゃないです」


 心配性だな。まぁ俺の母様がぼんやりした人だったそうだから、そのせいで俺のこともぼんやりした奴だと思っているのかもしれないし文句は言わないが。

 

「それじゃあ行ってきます」


「いってらっしゃいませルーシャン様……いえ、いってらっしゃい、ルトガー」


 そんなやりとりで、ほんの少し感じていた緊張を和らげて臨んだ入学式は、とても退屈なものだった。

 ただ、今のところ貴族と平民のいざこざは起きていない。

 仲良くなれるのかどうかは分からないけれど、上から目線で偉そうにしている貴族は今ここにはいないらしい。

 まぁ今はお互い腹の内を探り合っている状態だろうから、今後偉そうにするやつは出てくるのかもしれないけれど。

 要注意人物は、このクラスで一番身分が高いレーヴェ・クロイツとエレナ・アルファーノか。

 その二人の動き次第で貴族と平民の付き合い方が変わってくるだろうな。

 人間というものはなんだかんだで長いものに巻かれようとするものだから。

 なんて、小難しいことを考えていた数日間を終え、やっとこの日がやってきた。

 そう、学園内で昼食を摂る日だ! 焼きそばパンだ!

 俺は喜び勇んでカフェテリアにやってきた。

 母様が好きだったと言っていた、いつも売り切れるほど人気があるというあの焼きそばパンだ!

 俺がこの日をどれだけ楽しみにしてきたか!


「ない!」


 誰よりも早く教室から駆け出してきたというのに、もうそこに焼きそばパンはなかった。

 しばし焼きそばパンが置かれていたであろう籠を見詰め、ふと顔を上げると最後の焼きそばパンを買ったであろう男が視界に入った。

 奴は制服を着ていない。制服を着ていないということは生徒ではない。

 この学園の生徒でもないくせに俺が楽しみにしていた焼きそばパンを買っていきやがった……!


 ……なんて、そんなこともあったなぁ。


「どうしたの、ルトガー。ぼんやりしてる?」


 俺の顔を覗き込みながらそう声をかけてきたのはエレナだった。

 あの頃よりも、随分と大人になった気がする。

 まぁまだ学園を卒業したばかりだし、それほど大人でもないのだけれど。


「昔を思い出してた」


「昔?」


「ああ、ロルスに焼きそばパンを買われた時のこと」


「申し訳ございません」


 条件反射で謝ったロルスを見て、俺もエレナもくすりと笑う。


「次の日買ってきてくれたんだから謝られるようなもんじゃないだろう」


「いえ、はい……」


「そういえばあの時、エレナがロルスを下僕扱いしていると知って驚いたんだったな」


 そう、あの日、エレナはロルスに焼きそばパンを買ってこさせればいいと言っていた。

 エレナの命令ならなんでも聞くから、と。

 やはりこの国にも奴隷のように扱われる人間が居るのかと落胆したんだった。


「下僕扱いしてたわね。今も多少はしているけれど」


「ほぼほぼ下僕扱いなどされていないに等しかったのですが」


 そうそう、下僕扱いをしているつもりで全然出来ていなかったんだったな。それはそれで驚いた。

 エレナが下僕扱い出来ていないということに気が付いていないことにも驚いた。


「下僕扱いしてたもん!」


 未だに下僕扱いしてたと思い込んでいるところにも驚かされている。現在進行形で。いや無理があるだろう。

 どこの世界に下僕に好物を与えたり焼き立てのクッキーを食わせたり手作りのケーキを食わせたりするやつが居るというんだ!


「ははは。まさかそんな二人が結婚するとはなぁ」


 俺がそう言うと、二人は揃って頬を赤らめた。照れているらしい。

 今更照れることなどないだろう。

 今日は二人の結婚の日が正式に決まったことを祝うためのお茶会で皆が集まっているのだから。


「なんとなく、昔の話から結婚の話に飛ぶと、そわそわするわ」


「そうか? でも二人とも昔からずっと一緒だったし違和感は一つもないな」


「本当?」


「本当」


 俺のその言葉で、エレナは嬉しそうに笑った。

 うん、幸せそうで何よりだ。


「……結婚か」


「ん? お悩み? 見てあげようか?」


 小さな声で呟いたにもかかわらず、目敏く俺が悩んでいることを見抜いてきた。さすがは占い師といったところか。


「まぁ、少しだけ悩んでるんだが」


「あら、本当に悩んでいるのね」


 別に目敏くなかった。


「俺が卒業式の時に言ったことを覚えてるか?」


「あー……あのルトガーの隠し事ね。それで悩んでるってことは、もしかして相手がこっちの人だから?」


 やっぱり目敏いのか。

 俺が隣国の王子だということをエレナは知っている。そしてこっちの人、この国の人との結婚を考えているから悩んでいる。

 結婚するとなると、さすがにこの国に居続けることは出来なくなるかもしれない。

 他国に、しかも他国の王家に突然連れていくのは気が引ける。

 と、悩んでいると、俺の目の前に革袋が差し出された。


「皆も居ることだし、とりあえず簡易石占いで見てみる? 見てみるならこの中に手を入れて一つだけ取り出してね」


 簡易でも、助言が貰えるならと思って俺はそっと革袋に手を突っ込んだ。


「これ」


「はいはーい……あら。あらら。ふふふ」


 エレナが不気味に笑っている。


「な、なんだ、なんなんだ?」


 笑い続けるエレナが、俺が選んだ石を手のひらに乗せると、石はきらきらとした輝きを弾けさせた。


「この石が持つ言葉は、幸福が訪れる。それがこんなにも輝くってことは」


「……ってことは」


「今ルトガーが思い浮かべている人と結婚すると幸福が訪れるってことね。一人で悩んでいないで、お相手に打ち明けてみたらどうかしら?」


 そういって小首を傾げているエレナが、とても幸せそうに笑っているから、俺もつられて笑ってしまった。

 じゃあ、エレナ達の幸せにあやかって、俺も一歩踏み出してみようか。





 

ルトガーの想い人は今後の番外編で!

こんな感じの番外編がふわっとさくっと続いていく予定なのでよろしければお付き合いくださいませ。


完結、書籍化についてたくさんのお祝いの言葉をいただきました。本当に本当にありがとうございます!

そして今後ともエレナとロルスをよろしくお願いします!

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