意地悪令嬢、意地悪仕舞いする
「……お嬢様」
「……」
「お嬢様?」
「お嬢様じゃないわ。なぜなら! わたしは! あなたの! 妻だから!」
「……僭越ながらお嬢様、諸々の手続きが終わっておりませんのでまだ夫婦ではございません」
「そうだけれども」
ロルスの元気がなかった。
というのも、本日新居に引っ越してきて初めてのお茶会を開いたのだ。
そこには私の友人達を招いていた。レーヴェやフローラ、ルトガーやナタリアさんたちも皆。
皆ロルスが居なくなったことも、そのせいで私が取り乱したことも知っていたから、ロルスが見つかったことをとても喜んでくれた。
それだけじゃなく、突然居なくなって皆心配していたんだよ、とロルスを取り囲んでいた。
それでなぜロルスが元気を失っているのかと言うと、信じられないことに彼は皆が自分を心配していると思っていなかったらしい。
心配してたんだよと言われて初めて気が付いた結果、皆に心配させてしまっていたなんて、と凹んでいるわけだ。
言われて初めて気が付くだなんて本当に信じられない。心配するに決まってるじゃない。そんなことを言えば、そこまで考えが及ばなかったと呟いていた。まぁロルスらしいといえばロルスらしいのだけれど。
そんな和やかなお茶会が終わって、現在はもう夜。あとはもう眠るだけ、といった頃合いだ。
「さて、いつまでもしょんぼりした顔していないで」
「……はい」
「これから忙しくなるんだからしょんぼりしている暇なんてないのよ?」
「はい」
新居に越してきて、粗方片づけが終わるまでの猶予はいただいたけれど、今後は先生のもとで魔法技術の継承だったり石占い師としての勉強が待っているのだ。
学校では習わなかった占いを派手に見せる方法なんかも教えてくださるらしい。楽しみで仕方がない。
「今日もまだ忙しいのだし」
「今日も、でございますか?」
今日はもうお休みでは? とロルスの顔が語っているが、そう簡単にお休みするわけにもいかない事情が出来たのだ。
「ロルス。せっかくの新居よ? お父様もお母様もお兄様もいないわ」
「は、はぁ」
「わたしとロルスの二人っきりなの」
まぁ使用人の方々はいらっしゃるけれども。
「お、お嬢様?」
「悪いこと、しましょ」
私はふふふと不敵な笑みを浮かべながらロルスの腕を掴み、二人の寝室へと向かうのだった。
「お嬢様、何を」
「さっきも言ったけれどあなたいつまでわたしをお嬢様と呼ぶつもりなの?」
「……」
私の問いかけに、ロルスは少しだけ顔を顰めたまま黙り込んだ。
「え、そんなに悩むほどのこと?」
別に今すぐやめればいいものを。
「まぁいいわ。悪いことよ悪いこと」
「と、言いますと」
「深夜までだらだらお菓子を食べながらゲームをするのよ! ね、悪いことでしょ?」
せっかく文句を言う人物が居ないのだから、体にも美容にも悪いことをしたいじゃないか。
それに、今日のお茶会の手土産としてフローラが試作品のゲームを持ってきてくれたのだ。
だから今すぐ遊びたい。
「深夜までですか」
「だめ?」
「……いえ、その」
「フローラが持ってきてくれたゲームでどうしても遊びたいのよ。付き合ってくれないかしら?」
「しかし……」
「どちらにせよ今遊ばなくちゃ楽しみで気になって眠れないと思うの」
「では、お付き合いいたします」
「やったー!」
そうと決まれば、と私は日中こそこそと準備をしていたお菓子を寝室に持ち込んだ。
「ベッドの上で食べるのは禁止ね」
「はい」
そして今日フローラが持ってきてくれたゲームだけじゃなく、二人で遊べるゲームをたくさん用意する。ロルスに「そんなに遊ぶつもりですか」と尋ねられたけれど、これは雰囲気づくりも兼ねているので遊べなければ遊べないで問題はないのだ。
「眠くなったら教えてね」
「はい」
そんな会話を交わしながら、ふと気づけばロルスの口角が少しだけ上がっていた。
「え、なに笑ってるの?」
「いえ。さすがは意地悪度二万点減点された意地悪令嬢だな、と思いまして」
「え?」
「私に確認などせず強引に話を進めればいいものを、とも思いまして」
そのロルスの言葉で、私はふと考える。
私はもう、令嬢ではないのだ。まぁロルスの言った通り諸々の手続きが済んでいないから確定ではないのだけれど。
思えば幼い頃から意地悪令嬢になることを目指し、失敗し、結局神が現れて頓挫してしまった。
「わたしは結局、意地悪令嬢にはなれなかったわね」
「はい」
即答はやめてほしい。フローラが神だと分かるまでは頑張っていたのだから……!
「目指してはいたつもりだったのにねぇ」
「諦めないそのお心は尊敬いたします」
いや完全に嫌味じゃん。
というかそもそもこれは元々ロルスの前前前世あたりのやつが創ったシナリオであり、最初から私が意地悪令嬢になると見せかけて幸せになるように仕組まれていたのだから私は悪くない。そう、失敗したが私は悪くない。
「でもまぁ、下僕が居る生活も悪くなかったわ」
「下僕の扱いはあまり上手ではありませんでしたが?」
「いちいちうるさいわね、もう。ロルスのほうが意地悪じゃないの」
「申し訳ございません」
いや申し訳ない顔一切してないけど?
まぁいいわ。
「ずっとそばで付き合ってくれてありがとう。わたしは、今日を持って意地悪令嬢をおしまいにするわ」
「おしまい」
「そう、おしまい。だからロルスも下僕はおしまいよ」
今後は夫婦になるのだから、私が妻でロルスが夫なんだもの。
そしてこの先ずっとずっと幸せに暮らすの。
なんて思っていたら、なぜだかロルスが顔を顰めている。
「なにか不満でも?」
「いえ、そう簡単におしまいに出来る自信がないなと思いまして」
下僕根性が染みついてしまったらしい。
まぁ小さい頃からずっとだったから、仕方ないといえば仕方ないのだろうが。
「わたしだって自信はないけれど」
「え」
「なによ」
「いえ」
「……ま、徐々に慣れていきましょう。二人で」
私がそう言うと、ロルスは仕方なさそうに小さな笑みを零すのだった。
それから数時間。私とロルスは本当に深夜までゲームで遊び続けている。
「ロルス、まだ眠くない?」
「はい」
フローラが持ってきてくれた試作品のゲームが楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
私はもちろん、ロルスも眠気を忘れてしまっている。
「やっぱりフローラの作るゲームは楽しいわ」
「はい。魔女以外」
「魔女も楽しい」
「同意しかねます」
魔女も楽しいもん。ちょっと魔女が怖いけど。
「それにしても、ロルスがこんなに付き合ってくれるなんて、とっても嬉しいわ」
「そう、ですか?」
ロルスは真顔でそう答えたけれど、私と目を合わせようとしないので、これはおそらく照れている。
「またこんな風に遊んでくれる?」
「たまにであれば」
さすがに私だって毎日だと体が持たないのでたまにで大丈夫である。
「わーい。ロルスも、わたしにしてほしいことがあったら遠慮せず言うのよ?」
「はい」
返事はしてくれたものの遠慮癖が抜けないロルスだから、そう簡単に言ってはくれないのだろう。
「してほしいことだけじゃなくて、わたしにしたいことがあったって、遠慮しなくてもいいのよ?」
意地悪令嬢と下僕という関係だったときには出来なかったこととか、なんて、ロルスが私に何かするなんてことはないのだろうな。
と、思っていた。思っていたのだが。
ロルスはふと思い立ったように私の手を取って、私の手の甲に己の頬を摺り寄せた。
「びゃっ!?」
あまりの驚きに、人語とは思えない何かが私の口から飛び出した。
「も、申し訳ございません」
うわぁ、今度は申し訳ない顔してるわ。驚いた。
「い、いいのよ。びっくりしただけ」
ロルスだし、何もしないだろうと思っていたからただただ驚いた。だってロルスだし。
「俺は……、私は、昔からお嬢様の手が好きでした」
「俺でいいのに」
「いえ、思いのほか恥ずかしかったので」
「えぇ……」
素の一人称は俺みたいなのに、なぜ恥ずかしいのか。
「初めて私の手を引いてくれたのは、他の誰でもないお嬢様だった」
「……そう」
「気が付いたのは、あのお屋敷を出た時でしたが、私はあの時からずっと、お嬢様が好きでした」
ロルスの言葉を聞いて、ふと考える。
私はいつからロルスのことが好きだったのだろう、と。
ロルスの前世がゲームマニアだと知ってしまって感情がごちゃ混ぜになったのでは、と思ったこともあったが、そんなことはなかった。
だって改めて考えると、何も知らないときからロルスのことが好きだったもの。
幼い頃ロルスが勝手にかくれんぼをしてしまった時、私は心底心配した。居なくなったらどうしよう、って。
学生時代、占いで大切なものを失うと聞いた時、一番に思い浮かべたのはロルスだったし、ロルスを失うと思うと恐怖さえ覚えた。
だから、きっと私も。
「……お嬢様」
「お嬢様じゃないけど、なに?」
「エレナ様」
「妻に向かって様付けるの?」
「……お嬢様、その、見合いという形で流れるように結婚が決まってしまいましたが、お嬢様はこれでよかったのでしょうか?」
一周回ってお嬢様に戻っちゃったんだけど。
余計なこと言わなきゃよかった。
「これでよかった、って?」
よかったもなにも、やっと捕まえたという思いで結婚を決めましたがなにか? といった面持ちで首を傾げていると、ロルスが頭を振って小さく何かを呟いた。
そして、私の両手をぎゅっと握ってから改めて口を開く。
「ん?」
「私は、あなたを一生愛し続けます。だから、ずっとそばにいてください。お願いします」
「は……は、はい、喜んで」
ロルスの強い視線に射貫かれてしまった気がした。
「お嬢様は私を幸せにすると仰っていたので、もしかしたら私に同情して見合いの話を受けてくれたのではないかと」
「そんなわけないじゃないの。わたしだってずっとずっと前からロルスのこと好きだったんだから。好きだからこそ、好きな人には幸せでいてほしいじゃない?」
「そうですね。私も、お嬢様には幸せでいてもらいたい」
「両想いね」
私たちは、そう言って微笑みあった。
明け方が近付いてきたころ、さすがに眠くなってきたので二人でベッドに潜り込んだ。
「ふふ」
「どうかなさいましたか」
「これからは二人で寝るのね」
「はい。……嬉しそう、でございますね」
「ええ、嬉しいわ」
そう答えると、ロルスはふいに視線を逸らす。きっと照れたのだろうと思っていたが、今度は視線が戻ってきた。
「なぜ嬉しいのか、聞いても?」
「ん? だってこれからは怖い小説を読んでもロルスが隣で寝てるから大丈夫でしょう?」
こっそりロルスの部屋に忍び込む必要がなくなったわけだ。
「そんなことだろうと思いました」
「なに? 怒ったの?」
「いえ。それでこそお嬢様だと思っただけです」
怒ってはいないけどムッとはしているな。
「ふふ。明日からが楽しみだわ。おやすみなさい、ロルス」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
過去千年の不幸をなかったことには出来ないし忘れることも出来ないかもしれない。
だけどそれが悪いことばかりじゃなかったと思えるくらい、いっそ笑い話に変えられるくらい、二人で一緒に幸せになれたらいい。
「千年分の穴埋めだし二千年は幸せでいいよね」
「なにか言いましたか?」
「ううん、なんでもない。愛してるわ、ロルス」
「俺もです」
「……うん、「俺」のほうが好きよ。ちょっとドキッとする気がする」
「……私にしておきます」
「なんでよ!?」
これにて完結となります。長い間お付き合いありがとうございました!
ブクマ、評価、拍手等いつもありがとうございます。
そして読んでくださってありがとうございました。たくさんの方に読んでもらってとても嬉しかったです。
で、お知らせなのですが、このお話、現在書籍化に向けて作業中です!詳細はまた後日お知らせいたします。
そんなわけで。
関係性が変わってもエレナとロルスはずっとこんな感じで過ごしていくんだろうなと思いつつ。
また番外編等でお会いしましょう!




