意地悪令嬢、畳み掛ける
畳み掛けるって、大切なことだと思うの。
「お嬢様」
「ロルス、おはよう」
「下僕でございますお嬢様。おはようございます……こんなところで何を?」
現在地は厨房だった。
ロルスに起こされるよりも早く起きた私は、朝食の準備を終えていた料理人に断りを入れて厨房の隅を借りていた。
「クッキーが焼けるの待ってる」
厨房に漂う甘い香りでなんとなく予想は出来ていたがそうではない、と言いたげなロルスを一瞥し、私はにやりと笑みを零す。
「餌付けをね、しようと思うのよ」
「餌付け」
小首を傾げたロルスが私の言葉をなぞる。
「あれだけ焼きそばパンに執着していたんだもの、餌で釣ってみる価値はあるでしょう」
「昨日の彼のことですか」
ロルスの言葉に、頷いてみせる。
呪文学の教科書のため、私はなんとしてでもルトガーとお近づきにならなければならないのだ。彼が攻略対象であることを置いといたとしても。
焼きそばパンも十分な餌ではあるが、決定打になる確率がどの程度なのかは未知数だ。よって、波状攻撃も仕掛けなければ。
「で、クッキーよ。あまり仰々しいものだと引かれるかもしれないし、丁度いいところだと思ってね、クッキー」
綺麗に焼きあがったクッキーをオーブンから取り出しながら言う。
われながら綺麗に出来ているし、美味しそうな香りもしっかりしている。
ふふふ、なんて小さく笑いながら、私は予習と称して読み込んだ治癒魔法の教科書に載っていた方法で風を起こす。クッキーの荒熱を取るために。
「……大変よロルス! ちょっと見てちょうだい!」
私の行動に呆れてあさってのほうを見ていたロルスの注意を引き、顔をこちらに寄せさせる。
まんまと寄ってきた、現状をあまり理解出来ずに呆けているロルスの顎をつかみ、手元にあったクッキーを彼の口の中に放り込んだ。
「はふっ!?」
「おっといけない、わたしってば意地悪だから焼きたてのクッキーを下僕の口に放り込むなんていう鬼畜のような所業を!」
つい、手が勝手に!
「……おじょうさま」
「……焼きたてのクッキーって美味しいよね」
私は恨みがましい目でこちらを見てくるロルスから目を逸らし、自分でも焼きたてクッキーを一枚頬張った。ちゃんと荒熱とれてるし火傷しない程度にあったかいクッキーだった。
そんなやり取りがありまして、現在登校のための馬車の中。
ロルスは今日、朝食のサンドイッチを包んだだけで持ってこなかった。
どうやら自分が食べさせられると学習したようだ。しかし安心してほしい。私にだって学習能力くらいある。
ロルスがそろそろ拒否するだろうな、という頃合いくらい把握済みなのだ。
「よいしょー!」
「むぐっ!?」
持ってこなかったはずなのになぜ!? と言いたげな顔でサンドイッチを口に捻じ込まれているロルスも、なかなか面白い。
「クッキーを作るついでにサンドイッチも作ってたの。ジャムサンドだけど、おいしいかしら?」
「……」
「下僕の分際で、主に食事を用意させるなんて、いいご身分ね?」
にこりと笑って首を傾げれば、ロルスはしっかりと咀嚼しながらも顔を顰めた。
「わたしの手を煩わせたくなかったら包んだサンドイッチはきちんと持ってきなさい。いいわね?」
そう言うと、少しだけ不服そうな顔をしていたものの、小さく頷いた。まだ咀嚼をしながら。
「なにがそんなに不服なのか分からないけれど、あなた夕食はきちんと食べているのよね?」
「もちろんでございます。旦那様が使用人達へと用意してくださったものですので。そもそもお嬢様にと用意された朝食や昼食は私などが食べていいものではないのです」
「……その理屈で言えば今あなたが食べたジャムサンドはわたしがあなたのために作ったんだから普通に食べればいいじゃない」
「僭越ながらお嬢様、旦那様が用意してくださった食事とはいえ旦那様が作ったものではございません。下僕ごときにお嬢様が手ずから作ってくださるなど恐れ多いことで」
「ふぅん。折角作ったんだからちょっとは喜んでほしかったわ」
私がそう言うと、ロルスは一瞬だけ目を丸くしてから、私に向かって頭を下げたまま動かなくなった。
どうやら反省しているようだ。
「……もうすぐ着くわね。そろそろ頭を上げなさい。撫でるわよ。で、分かってるでしょうけどあなたは今日何が何でも焼きそばパンを買うのよ。お金はこれ。わたしはルトガーを連れてくるから、カフェテリアで待ち合わせね」
「かしこまりました」
馬車を降り、ロルスと別れて自分の教室へと向かう。
するとそこで待ち受けていたのはそわそわとした様子のルトガーだった。相当楽しみなんだな、焼きそばパン……。
朝はそんな様子で視線をぶつけてきて、なんなら授業中もちらちらとこちらを見ていたルトガーだったが、算術と歴史の時間が終わったあたりで我慢出来なくなったのか私のそばに寄ってきた。
「なぁ、本当に買ってきてくれるんだろうな?」
と、心底うきうきした面持ちで聞いてきた。
「ええ、もちろん。ロルスに何が何でも買ってきなさいと命じておいたから心配しなくても大丈夫」
そう言うと、どういうわけだかふと彼の顔からうきうきが消えた。
「命じて、か……」
命じるという言葉に引っかかりを覚えたようだ。
「ロルスはわたしの下僕ですもの」
「……やっぱり、貴族は従者を扱き使うものなのか?」
「まぁ、そうね。わたしは、ロルスが嫌がることも平気でするわ」
「でも従者は従者であって奴隷では」
ルトガーがそこまで言ったところで、この場にはなんとも不釣合いなくすくすという笑い声が割って入ってきた。
「レーヴェ?」
笑い声の主はレーヴェだった。
首を傾げる私とルトガーに構うことなくまだくすくすと笑っている。
「ごめんごめん。ルトガーだったか。君も今日一緒に昼食を食べないか?」
「……はぁ?」
レーヴェがなぜ笑っているのか分からないルトガーは――私も分かってはいないが――毒気を抜かれた顔で間抜けな声を出していた。
「パンの件もあることだし、あなたさえ良ければ一緒にいかがかしら?」
なぜレーヴェが彼を誘ったのかは分からないがクッキーも渡せるわけだし私としても来てくれたほうが助かる。
「あ、あぁ、わかった」
こうして結局レーヴェと私で押し切るようにして彼を昼食に誘うことに成功した。
呪文学の教科書見せてもらおう大作戦をレーヴェに教えたわけではないが、もしかしたら勘付かれたのかもしれない。
ルトガーが待ちに待ったであろうお昼休みがやってきた。
現在先陣を切って歩き出したルトガーに続く形で、私とレーヴェが並んで歩いている。
そんなに急がなくても焼きそばパン持ったロルスは逃げないのに。律儀だし。
「買えたか!?」
カフェテリアの入り口に立っていたロルスに、ルトガーが駆け寄っていく。
「はい」
「おぉ~! ありがとうな!」
「いえ、お嬢様の命令ですので」
歓声を上げながら焼きそばパンを受け取ったはずのルトガーだったが、命令という言葉で少し表情を曇らせる。
「……嫌じゃないのか?」
貴族に従わされる平民、という図が嫌なのだろうか。
「仕事ですので」
表情を変えずにそう答えるロルスを見て、眉間のしわを深くする。
そんなあまり良くはない空気を変えたのはまたもレーヴェだった。
「さ、立ち話もなんだし、昼食昼食」
ロルスとルトガーの肩をぽんぽんと叩いて二人を窓際の席へと誘導している。
レーヴェは面倒見がいいタイプなんだなぁ、なんて思いながら私も三人に続いた。
席に着き、きらきらした瞳で焼きそばパンを見つめているルトガーを尻目に、私は当たり前のように私の分とロルスの分の仕分けを始める。ロルスがごにょごにょと何か言っているが、今は聞こえないふりを貫くのみ。
思う存分焼きそばパンを眺め終えたルトガーが、ふとこちらを見て不思議そうな顔をする。
「二人で一つのランチボックスを使っているのか?」
「違うわ。いろんなものを少しずつ食べるために詰めてもらっているのだけど、少しずつ作るのは料理人が大変だそうなので余ったものをロルスが片付けているの」
と、答えると、ルトガーは何を言っているんだ、と顔を顰める。
「エレナはわがままさんだからね。嫌がるロルスに無理矢理食べさせることもあるそうだ」
「そうね。あんまり嫌がるときは無理矢理口に突っ込むのもやぶさかではないわ」
身に覚えがあるらしいロルスが非難めいた視線を私とレーヴェに向けた。
ちなみに無理矢理口に突っ込むところは朝食のサンドイッチだけでなくゲーム中のお菓子もだったりするので、レーヴェも私の犯行をしっかり見ているのだ。
にやりと笑ったレーヴェはルトガーに身体を寄せ、声のボリュームを少しだけ落として「ちなみに」とランチボックスを指差す。
「エレナは意地悪さんだから、ロルスの好物であればあるほど食べさせたがる。あの多めに盛っているのはロルスの好物だ」
「……それはただの」
「意地悪だ。本人が意地悪だと信じているんだからあれで意地悪なんだ。決して親切ではない」
レーヴェは真剣な顔で首を横に振っていた。
不思議そうな、そして怪訝そうな顔をしていたルトガーだったが、呆れたように肩を竦め、そして笑い出した。
「おかしな二人だ」
なんて言いながら。
「残飯処理させてるんだから意地悪だもん。あ、そうだわクッキーを作ったから食後にでもどうぞ」
私はレーヴェとルトガーの前に今朝作ったクッキーを置いた。
するとルトガーは焼きそばパンを見ていたのと同じようなきらきらした瞳でクッキーを眺め始めた。
「いいのか!?」
食いついた!
「どうぞ、ちゃんと味見もしたし味は問題ないと思うわ。ね、ロルス」
「はい」
「ロルスも食べたのか」
ルトガーの問いに、ロルスは何も答えず視線を逸らす。
「そうなの……わたし、意地悪だから焼きたてあつあつのクッキーをロルスの口に捻じ込むという鬼畜のような所業を」
「焼きたてって一番美味しい瞬間……」
というルトガーの声を聞いたレーヴェが彼の肩をぽんぽんと叩いて、またも真剣な顔で首を横に振っていた。みなまで言うな、と。
こうして私はルトガーと仲良くなることに成功した。
ついでにルトガーとレーヴェも仲良くなったので時間が合えば一緒にゲームをしようという約束も出来た。
そのうち呪文学の教科書も見せてもらえるし、四人用のゲームだって出来るようになるし、ルトガーには感謝の意味を込めた焼きそばパンを定期的に差し上げようと心に決める私なのだった。




