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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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意地悪令嬢、号泣する

 

 

 

 

 

 お見合いの話が進むのだと思っていたはずだったのに、いつの間にかこの国随一の石占い師に弟子入りすることが確定していた。

 この人生最大の緊張をしながら化粧をされたり着飾られたりしたのは一体何だったんだ、なんて思いながら大人たちの話を聞いている。

 しかもこの話には王家の人たちが関わっているので結構な大ごとになりそうだった。


「こちらがご両親に書いていただく書類です」


 まず先生の隣に居た美丈夫が差し出した書類の枚数がどう見ても多い。

 王家と関わり合いになるので機密事項がどうとか規約がどうとか、とにかく大変らしい。

 スヴェンが関わってしまったばっかりに……!

 そしてお見合いのこと、いや、正直なところロルスのことばかり考えていたせいで気が付かなかったけれど、先生の隣に居る美丈夫は王宮で働いている人だったようだ。彼の胸元に王家の紋章入りのバッヂがくっついているから。

 なぜ気が付かなかったんだ、と思うくらいキラキラと輝いているので、私は本当にロルスのことばっかり考えていたのだな。

 ちょっと恥ずかしくなってきた。いやでもロルスが全然見つからないのが悪いんだけど。私は何も悪くない。


「恐ろしい量ね……」


「そうだなぁ」


 目の前の書類の量にちょっと引き気味なお母様のつぶやきを聞いたお父様がのほほんと答える。


「なんだか嬉しそうね、オスカル様」


「そうか? そんなことはないさ」


 そんなことあると思う。

 なぜならついさっきまでやっぱり見合いは嫌だと騒いでいたのが嘘だったかのようにのほほんとしているから。


「エレナちゃんには一応この書類を渡すわね」


 と、先生が三枚の書類をこちらに差し出してきた。


「一応?」


「ええ。他人に私の魔法技術を継承するときの契約書」


 ……それがなぜ一応なのだろう。必要では?

 おかしなことを言う先生だ、と思いながら、私は渡された書類に目を通す。


「エレナちゃん」


「はい?」


「そのドレス、とっても綺麗ね」


「あ、ありがとう、ございます」


 唐突に褒められたので、そしてロルスの瞳の色と合わせたこのドレスのことを思い出したので、少し動揺した。

 そういえば、目の前の彼女はこの国随一の石占い師なのだ。

 この人に聞けば、ロルスの居場所くらいすぐに分かるのではないだろうか?


「そのドレスの色は、やっぱり好きな子の色なのかしら?」


「えっ……と」


 なんと答えるべきかと考えていると、お父様とお兄様が身を乗り出してまで私のドレスの色を確認し始めた。


「深い緑に、黒いレース」


 お父様が地を這うような声でそう呟く。正直とても怖い。


「いえ、その、あの」


「あらあら、好きな子の色ではないの?」


 先生のその言葉で、お父様とお兄様が着席する。分かりやすい人たちだな。


「深い緑の髪に黒い瞳の子かと思ったわ」


「逆です。……あっ」


 つい、うっかり。

 しまった、と思っている私に、お父様とお兄様の「エレナ!?」という鋭い声が飛んでくる。


「あらまぁ逆だったのね。そういえば、黒い髪に深い緑の瞳を持った子を知っているわ」


「本当、ですか……?」


「とってもいい子なのよ」


 ロルスかもしれない、そう思った。

 ロルスだったらいいのに、そうも思った。

 私はもう我慢の限界なのだ。

 ロルスに会いたくて会いたくて仕方がない。何がどうなってもいいからロルスの顔が見たい。声が聞きたい。あの優しい手に触れたい。

 私のロルスを、返してほしい。


「うっ……」


「先生?」


 先生が、胸元を抑えながら小さなうめき声を零した。


「これはこれは。マリーザさん、そろそろ本題に入りましょう」


「分かりましたわ!」


 元気よく返事をしたお母様は、近くに居た侍女ちゃんに何か声をかける。

 それを聞いた侍女ちゃんはほかの使用人たちを引き連れて部屋の外へと出て行ってしまった。


「邪魔をするつもりでやったわけではないのよ」


「え?」


「こうでもしなければあの子は遠慮して逃げてしまうから」


 先生が主語を言ってくれないから、なんのことだか分からないけれど、もしかしたらロルスのことかもしれない。

 だってロルス、遠慮して逃げそうだもの。遠慮癖が全然抜けないから。


「それにしてもエレナちゃん、あなたの側にはとんでもない亡霊が居るわね」


「亡霊!?」


 私の代わりにお父様が驚いている。

 お兄様も「呪文の勉強はしたけれど亡霊についてなんか一切調べていない!」と焦っている。


「先生は、亡霊が見えるのですか?」


「ええ。お願いだから邪魔をしないでくれって言ってる」


 ということは、さっき先生が言った「邪魔をするつもりでやったわけではない」というのは私にではなくその亡霊に向けた言葉だったのだろうか。


「わたしも、先生の技術を継承したら見えるようになりますか?」


「え? まぁ練習次第で見えるようになると思うけれど。そんなことよりも、驚かないのね?」


「いえ、多少は驚いていますが」


 以前千年居座り続けた亡霊と会ったところなので亡霊に対して驚くことはない。

 しかしながら今私の側に亡霊が居るという事実には少しだけ驚いた。


「先生! どんな亡霊なのですか! その亡霊はエレナに悪さをしたりはしないのですか!」


 今この場で誰よりも焦っているのはお父様だったようだ。


「エレナちゃんに悪さをするような亡霊ではありません。どちらかというと危ないのは私ね」


 ふふ、と先生が笑みを零す。


「先生が危ないのですか?」


「私だけじゃなく、邪魔する人すべてが危ないみたい」


 物騒なことを言っているわりに、先生はどこか楽し気に笑っている。


「あの魂にはこの魂が必要なのだと言っているけれど、エレナちゃんに思い当たる節はあるかしらね?」


 あるー。

 絶対護衛の騎士だー。成仏したんじゃなかったのか。


「思い当たる節は、まぁ……。大口叩いたんだから、約束はきちんと守るわ」


 そう小さく口にしてみると、先生がにっこりと笑ったから、やっぱりあの護衛の騎士がここに居るのだろう。心配性だなぁ。

 と、そんなことを話していると、部屋の外が騒がしくなってきた。


「奥様! 確保いたしました!」


 という侍女ちゃんの声がする。

 その声を聞いたお母様は「入っていらっしゃい!」と声をかけた後で、私に笑みを向けてきた。


「さぁエレナ、お見合いを始めましょうか」


 そんなことを言いながら。


「お見合いって、先生の弟子になるためのお見合いじゃなかったのか!?」


 と、お父様が立ち上がった。


「それはそれでお見合いですわねぇ」


 お父様の言葉を拾ったのは先生で、先生が返したその言葉があまりにものほほんとしていて、なんとも噛み合っていないし温度差が酷い。

 普段なら、温度差で風邪ひくわ、なんて笑っていたかもしれない。

 しかし、そんなこと言ってられなかった。

 だって、この部屋に連れてこられたのが、見覚えのある人物だったから。


「ロルス!」


 使用人たちに両腕を掴まれて部屋に連行されてきたものの、一切顔を上げない。だけどすぐに分かった。

 あのつむじは、ロルスのつむじだって。

 そう思った瞬間、私は立ち上がってロルスのもとへと駆け寄っていた。

 今までどこに居たのだとか、ずっと探していたのにだとか、心配してたのよだとか、言いたいことは多々あったけれど、どれも喉元で渋滞してしまって全然出て来てはくれなかった。


「ろる、ロルスぅ」


 今の私に出来たことといえば、ただただロルスの名前を呼ぶことだけ。

 それだけだったのに、ロルスと視線が合ったところで涙が溢れてきてしまってそれすらも出来なくなってしまった。


「うわぁぁぁん」


 私の中にあった喜怒哀楽が全部まとめて出てきてしまったみたいだった。

 もうぐちゃぐちゃで何もかも分からなくなって、私はロルスの胴体にしがみ付いた。


「エレナが声を上げて泣いちゃうなんて、赤ちゃんの時以来かしらねぇ」


 なんて、背後でお母様が笑っているけれど、そんなことを気にしている余裕はない。


「お、お嬢様」


「うっ、ううっ、寂しかった……」


 私がそう零すと、ロルスはぎこちないながらも私の頭を撫でてくれたのだった。


 それから、私はしばらく涙が止まらなかったし、今も止まってはいないけれど、このままでは話が進まないから座りなさいとお母様に促された。


「手を離したら、ロルスがまたどっか行っちゃうかもしれない」


「じゃあもうロルスがそこに座りなさい。エレナはその膝の上に座ってなさい」


「分かりました、お母様」


「お、お嬢様……!」


 ロルスは一切納得していないようだったけれど、私が納得したので問題はない。

 ロルスを私がさっきまで座っていた椅子に強制的に座らせて、私はその膝の上に収まった。

 それを確認した先生が、にこりと笑って口を開いた。


「じゃあ話を進めるわね。他人に私の技術を継承するには契約書が必要になるし、いろいろと制約があって面倒なの。ただ、自分の子にならそれらが必要なくなるの」


 要するに他人への継承ではなく子への継承なら簡単でスムーズだということだろう。


「だからね、ロルスくんを私の息子にして、エレナちゃんをお嫁さんとして迎え入れればいいのよね」


 ね? 簡単でしょ? みたいなトーンで言ったな、先生。


「私が先生に占ってもらった結果も、それがエレナにとって一番幸せだって出たもの」


 ということはお母様はこれらをすべて見越した上でロルスを辞めさせたのだろうか。


「どうかしら?」


 という先生の言葉に、頷いて見せようとしたところで、お父様とお兄様からの妨害が入る。


「お、お嫁さん」


「お嫁さんになる必要は、あるのだろうか」


 なんとも往生際の悪い言葉だ。


「わたし、お父様やお兄様に文句を言われる筋合いはないと思います」


 そう言うと、二人はとても悲しげな顔をした。

 しかし、だ。自分たちがロルスに何をしたのかを覚えていないのかな。


「何も知らなかった、頼る者もいなかったロルスを、呪文の盾にしたのはどこのどなただったでしょう?」


「お嬢様……?」


「全部聞いたの。ごめんなさいねロルス。嫌だったでしょう。怖かったでしょう。でも、それなのに、まだ一緒に居たいと思っているわたしを許して」


 止まりかけていた涙が、また溢れてきた。

 体中の水分が涙として出ていってしまいそうだ。


「嫌でも怖くもありません。しかし、しかし私など……」


 ロルスはそう言いながら、私の肩を掴む手に力を込めていた。それが意識しているのか無意識なのかは私には分からない。


「じゃあ、やっぱりまたわたしを置いてどこかへ行ってしまうの?」


 そう問いかけると、ロルスは言葉を詰まらせた。

 それを見ていたお父様が、もう一度立ち上がって、ロルスに向けて頭を下げた。


「ロルス、お願いだ。俺の娘の側に居てやってくれ」


「だ、旦那様! 頭を上げてください! わ、分かりました、お嬢様の、側に居ます」


「うわぁぁぁん!」


「お嬢様!?」


 正直ちょっとロルスが可哀想だった。


「それではカメーリア様とロルスさんの養子縁組についての書類とエレナ様とロルスさんの婚姻についての書類を用意いたします」


 至って事務的な言葉をさらりと紡いだのは、この様子をにこやかに見守っていた美丈夫だ。

 なんだか私たちのコントに巻き込んでしまったようで本当に申し訳ない。


「ロルスは、本当にこれでいいの?」


 ふと問いかけると、ロルスは小さく頷いた。


「お父様に頭を下げられたから、無理してるんじゃないの?」


「無理などしておりません。私は、私は……お嬢様を愛しています」


「わたしもよ、ロルス」


 ま、ロルスが私のこと好きなんだってことは、フローラが占ってくれたから知ってたんだけどね!


「ふふ。わたしね、ロルスのこと絶対に幸せにするわ」


「……僭越ながらお嬢様、逆では?」


「逆じゃないもん。わたしがロルスを幸せにするの。だってロルスが幸せなら私も幸せだもの」


 私はそう言いながら、ロルスの首元に頬を摺り寄せるのだった。





 

おかえりロルス~~~!

ブクマ、評価、感想、拍手等いつもありがとうございます。励みになっております。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます!

次週はロルス視点です。

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[一言] 感動しすぎて涙が…
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