意地悪令嬢、雰囲気に流される
その日、アルファーノ家は朝からとても騒がしかった。
やっぱり嫌だと騒ぐお父様やお兄様を尻目に、お母様や侍女たちは私を囲んで準備に勤しんでいる。
ドレスはこれがいいとかお化粧はあんな感じがいいとか、お屋敷内の女性陣は皆とっても楽しそうである。
さて、なぜこんなに騒がしいのかといえば、今日は例のお見合いの日なのである。
お見合いの相手が誰なのかは、お父様やお兄様が先回りして余計なことをしないようにとお母様が秘密にしていた。だから私も今のところ誰が来るのかを知らない。
私はこの日までにロルスを探し出してお見合いの最中に「ちょっと待った!」って乱入するように命令してやろうと思っていたのに、それはやっぱり無理だった。
こんなに見つからないことある? ってくらい見つからないんだものあの子。本当に大丈夫なのかしら。
「暗い顔しないの、エレナ」
「……はい」
ぼんやりとロルスのことを考えていただけなのに、私はいつの間にか暗い顔をしていたらしい。
でも生きてるかどうかも分からないのだから、心配で暗い顔にもなるわ。
私が小さくため息を零していると、お母様が侍女たちを部屋の外に出してしまった。
そうして私の部屋にお母様と二人きりになった。
「今日のお見合いはね、エレナにとっていいことしかないはずなの」
「いいこと、ですか」
私がそう言って小首を傾げると、お母様はにっこりと笑って頷く。
「この数か月、私がエレナのことだけを考えて念入りに準備を進めていたお見合いなんだもの」
「思いのほか大掛かり」
まさか数か月もかけて準備をしていたとは。まったく知らなかった。
……でも。それだけの時間をかけて準備をしてくれたのだとしても、私にとっての幸せはロルスの幸せで、出来れば今後ロルスと共に生きていけたらとしか考えられない。
だってあの護衛の騎士と約束したし、なんて自分に言い聞かせたりもしたけれど、そうではなく、ただ私がロルスとずっと一緒に居たいのだ。
「だから安心してほしいの」
「でも……でもお母様、わたし」
私は俯いて、ドレスの裾をじっと見つめる。
よりにもよって、今日選ばれたドレスがロルスの瞳の色に合わせた深い緑色のドレスだった。
「あら、ちょっと待ってエレナ、馬車の音がするわ! もういらっしゃったのかしら!」
「え」
私の話まだ終わってませんけど?
「お出迎えしなきゃ。エレナは先に応接間に入っていてちょうだいね」
「ちょっと」
「大丈夫だから安心しなさいってば」
お母様はドアを開けながらそう言い放つ。
「でも」
「あなたそのまま話を続けてたら泣きそうだわ。せっかくのお化粧が台無しになるし、その話の続きは後日聞くわね!」
「まさかの後日!」
なんて母親だ!
しんみりした気持ちが、ちょっとした苛立ちへと変わっていた。
最悪こんなお見合い私が台無しにしてやる、そう思いつつ応接間に入って待っていると、外から足音がいくつか近付いてくる。
この場合座って待つべきなのか、立って出迎えるべきなのかと悩んでいたが、丁度立ち上がったところでドアが開いたので結果的に立って出迎えることとなった。
「あらあらあなたがエレナさんね」
「は、はい」
まず入ってきたのはとんでもなく妖艶な美女だった。青い髪と瞳が深海のようで、とても綺麗だ。
もしもこのお見合いが成立したとしたら、この人が義理の母親になるということか。
続いて入ってきたのは、とんでもない美丈夫だった。
えええ私のお見合い相手こんなとんでもない美丈夫なの?
いや、それにしては年が上過ぎる気がするのだが……まぁでもお見合いだしそういうこともあるか。
元々乙女ゲームが好きだったお母様が絶対に幸せになると言って連れてきたのがとんでもない美丈夫だったということは、この人も乙女ゲームのキャラクターだったりするのだろうか。
だとしたら日本語で何かつぶやきそうなものだけれど。
なんて考えているうちに、全員が席に着いた。
私の正面には妖艶な美女、私の左隣にはお母様が座る。
そしてお母様の正面に美丈夫、さらにお母様の隣にお父様とお兄様が並んだ。
「初めましてエレナさん。私はカメーリア。普段は石占い師をしているの」
なんと、妖艶な美女は石占い師だそうだ。私の人生の先輩と言ったところか。
しかしこの美女、いやカメーリアさんは妖艶な見た目のわりには穏やかな口調でしゃべる人だった。これがギャップ萌えか。知らんけど。
「私は名誉男爵の称号を授かる石占い師なのだけれど、聞いたことくらいはあるかしら?」
名誉男爵?
「名誉男爵?」
私が声に出さずに考えようとしていたのに、お兄様がぽろっと零していた。
おそらくお兄様も思い出したのだろう。以前私に来たという縁談を。
私とお兄様の視線を受けたお母様が「えへへ」と小さく笑って口を開いた。
「あの時の縁談は一度断ったのよ。それで断るついでに占ってもらったの」
ちゃっかり占ってもらっていたとは。
「そうなの。マリーザさんに来ていただいてあれこれ見てたら、どうも私とエレナちゃんの相性がぴったりみたいで」
「相性が、ぴったり……」
ん? なんだろう。
このお見合い、もしかして私とカメーリアさんのお見合いなのか?
そういや私の正面に座ってるもんなカメーリアさん……。
「私ももう若くないし、そろそろ魔法技術の継承をしなくちゃならなくてね。でも名誉男爵は一代限りだし、この技術は私の代でおしまいでいいかなって思っていたわ」
正直、魔法技術の継承という言葉にテンションが上がった。
だってめっちゃファンタジーじゃん。
「でもねえ、おしまいにしちゃだめだって王家の皆様に言われてしまって」
何やら彼女の石占いは王妃を筆頭に王家周辺の女性たちに絶大な人気があるらしい。
それで、誰かに継承できるのならしてほしいと頼まれたのだそうだ。
「それで、私がおしまいでいいかななんて言っちゃったばっかりに思いのほか大変なことになって……」
「大変なこと……?」
「私の技術を継承すべき人を王宮専属占術師団の方々が占い始めたの」
えらいこっちゃ。
王宮専属占術師団って国家の行く末を占ったりしてるお堅い集団のはずなのだが?
「そ、それで、その結果がこの現状なのでしょうか?」
「そうね。学園を卒業したばかりの優秀な生徒で石占いを習っていた子がいい、と出たの。そうしたら思い当たる子が居るってスヴェン王子が仰って」
まさかのスヴェン。
スヴェンさえそんなこと言わなければ、こんな大ごとにはなっていなかったのでは?
「こちらが王子からの推薦状です」
今まで黙っていた美丈夫がそう言って一枚の紙をテーブルの上に広げた。
なんだか小難しい文章が書かれていて、最後にスヴェンのサインがあった。
あの野郎、私に黙って推薦までしやがったのか。
「王子からの推薦状がありますので、アルファーノ伯爵が後見人として入っていただければ今後名誉伯爵の称号がエレナお嬢様に授けられるでしょう」
王子の推薦状、実は超すごいアイテムなのでは? と考えてしまうのがこの悲しいゲーム脳……。
「どうかしら、エレナ」
ふとお母様に問われた。
しかし、どうかしらと言われましても。
「どう、って」
「この国随一の石占い師の弟子になるのよ?」
そういわれるととても魅力的なのだけれども。
「しかし、技術の継承ならカメーリアさんのお子様が」
「あぁ、私の息子はね、王宮専属占術師団に入って公爵家に婿入りしちゃったのよ」
「え」
「それもあって私の代でおしまいにしちゃおうかなって思ってたんだけど、継承に適した子が居るならできれば受け継いでほしいなって思っているの」
受け継ぐ人が居なければ、捨ててしまうことになるのか。ふとそう思った。
それはとてももったいないことだな、と。
「わたしに、出来るのでしょうか?」
「ええ、あなたほどの魔力量があれば余裕で覚えられる魔法よ」
「魔力量が見えるのですか?」
「ふふ、見えるの」
人の魔力量が見れるなんて! 私のファンタジー脳が猛烈にうずうずしてしまう。
「わたし、弟子入りします!」
そう宣言すると、お父様の口から「えっ」と言葉が零れ落ちていた。
「あらオスカル様、あなた反対するの?」
「いや、その」
「アルファーノ家が後見人として入るのだから、この先離れ離れになることはないのに?」
「賛成しよう」
即答でした。
「それじゃあ、エレナも石占い師として将来安泰ね」
にこりと笑うお母様に、私も笑顔で応えた。
「そういえばエレナちゃん、スヴェン王子の初めてのお友達なんですってね?」
「はい」
「エレナは俺の自慢の友人だ、って仰っていたわ」
私の知らないところでとんでもない話をしていたらしい。スヴェンめ。
「あと、エレナちゃんが私の弟子になればそのうち王家御用達の石占い師になるだろうから、会えなくなることもない、って嬉しそうにしていらっしゃったの」
そういえば卒業パーティーの時に「あまり会えなくなるな」って言ってたっけ。
あれ、寂しいって言いたかったのかな。
……っていうかそんなことより王家御用達になるのは確定しているの?
私が断る可能性とか考えなかったのかなあの子……。
「あのスヴェン王子がそんなに気に入っている子なら、きっといい子ね。よろしくね、エレナちゃん」
「はい、よろしくお願いします」
私はそう言って、カメーリアさん、いや先生と固い握手を交わしたのだった。
次週ついに……!!
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実は家族が入院しましてちょっとばたばたしております。落ち着いたらぼちぼち返信していきますのでしばらくお待ちくださいませ。




