意地悪令嬢、決意する
母は、私に見合いをさせたいらしい。
父と兄は、それを阻止したいらしい。
私は、私は……?
「エレナは学園を卒業したばかりだ。まだ見合いなどしなくてもいい」
「卒業したからこそ、です」
お父様が私に見合いをさせたくない理由はきっと寂しいからなのだろうが、お母様がどうしても見合いをさせたいと思う理由が見えない。
例の乙女ゲームはすでにエンディングを迎えたらしいし、もう関係ないはずだけれども。
それとも続編があるとかそういう話なのか? いやいやまさか。
そうだとしたら日本語で呟いてくれるはずだろう。
エンディングを迎えて以降新しい話を呟いているところなんて見たことはない。
「なぜ、見合いなのですか?」
お兄様が口を開いた。
確かに、なぜ突然見合いだなんて話になったのだろう。
お母様は以前無理に結婚することなんてない、みたいなことを言っていたのに。
それが今では見合いを強行しようとしているなんて。
「エレナを幸せにするためよ」
お母様はにこりと微笑んでそう言ったけれど、この場に居る他の皆の表情は完全に凍り付いてしまっている。
もちろん私の表情も、だ。
私が幸せになるためにはロルスの幸せが必要不可欠なので無理に見合いを進められたところで幸せになどなれないのだから。
「エレナの幸せはエレナが決めることだ。見合いなど必要ない!」
普段なら「お父様は私を嫁に出したくないだけでは?」と思うところだが、今はお父様に全力で賛同したい。私の幸せは私が決める。
「エレナはきっとお父様の側に居るのが一番の幸せだと思う!」
いやそれは賛同出来ない。私の幸せは私が決めるってば!
「あなたたちがエレナを溺愛しているのは私も知っているわ。だけれど、だからといってエレナを縛り付けるのは違うと思うの」
お母様のその一言で、お父様もお兄様も言葉を詰まらせた。
ここで詰まるということは、縛り付けようとしている自覚はあるということだ。
よかった無自覚じゃなくて。
しかしながら言葉を詰まらせたとはいえ二人とも諦めたわけではないらしい。
まだごにょごにょと反論しているから。
正直なところ、私はお見合いなんてどうでもいいのだ。
お見合いをしている暇があるくらいならロルスを探しに行かなきゃならないのだから。
ロルスを探して、ロルスと一緒に幸せにならなくちゃあの護衛の騎士に大口叩いたくせに、って笑われちゃうもの。
三人が揉めている今こっそり抜け出して探しに行くのはどうだろう?
それで私が道端でふらついてロルスが助けてくれる、フローラが言っていたパターンが発生したりして?
でも道端でふらつきそうなのはロルスのほうよね。
頼る相手もいないはずなのにここから出て行っちゃうなんて。魔力すらまともに持ってないくせに。
やっぱりどうしようもなくなった、って言ってサクッと戻ってきてくれればいいのに。
そうすれば私はお見合いなんかせずにずっとロルスとここに居られるし、そうなればお父様もお兄様も喜ぶだろう。
お母様は例の乙女ゲームのエンディングが見られたことで喜んでたからもういいじゃないか。
それか、私がお見合いを強行させられているところにロルスが「ちょっと待った!」って言って私を掻っ攫ってくれる、とかかな。
そうなったら一番にフローラに報告しなきゃ。このパターンはまだ考えてなかったはずだから。
もし掻っ攫われたとしたら、駆け落ちすることになるのだろうか?
お見合いの場をぶち壊した後でそのままここに居続けるのは難しい気もするし。
そうなったら私が石占い師として稼いでロルスと新婚生活……悪くなくない?
悪くないっていうかそれがよくない?
掻っ攫うパターンに持っていくには、やはりロルスを探し出してお見合い会場の外に待機させなければ!
「エレナは、見合いについてどう思っているんだい?」
「あ、え? えっと」
ロルスが掻っ攫いに来てくれるならお見合いくらいいくらでもします! ……と言うわけにはいかない。
「お願いよエレナ。お見合い、してくれないかしら? あなたの幸せのためなのよ」
「わたし、は……」
私の幸せにはロルスが、と言ってしまおうと思ったところで、お母様の表情がとても悲し気に歪んでいることに気が付いた。
『お願いよエレナ。やっと死亡フラグだの監禁フラグだの小難しいこと考えずにあなたの幸せだけを考えることが出来るようになったの』
ちょっと待ってお母様、日本語だだ漏れですって!
「マリーザ!」
どうにか止めなければと思ったけれど、お父様の静止の声のほうが早かった。
「なんなんだ、今のは……」
お母様の声はそれほど大きくはなかったけれど、やはりお父様の耳にも届いてしまったようだ。
どう言い逃れるつもりなのだろう。
「なんでも、ありませんわ」
いやそれで言い逃れるのは無理だわ。
「呪文、なんじゃないのか?」
「呪文?」
お母様はきょとんとしている。
それもそのはず、お母様にとってはただ単に前世で使っていた言葉を忘れずに使っているだけなのだから。
しかし、お父様もお兄様もあれを呪文だと思っている。
そしてその呪文から守るつもりでロルスを私の側に置いたのだ。
「マリーザ、お前は昔からエレナに呪文を唱えているんじゃないのか?」
「私、呪文なんて使えません」
「しかし」
「今のは、呪文ではありませんわ」
日本語だもんな。
「じゃあ今口走った文言はなんだ? エレナが幼い頃からずっと唱え続けていたあれは、一体なんなんだ?」
お父様からの追及に、お母様は口籠る。おそらくどう説明すべきか考えているのだろう。
私だったらどう説明するだろう。難しいな。でもここからだと言い逃れも難しいのではないだろうか。
「……私は、前世の記憶……魂の記憶を引き継いでいるのです」
言っちゃうんだ、と私はこっそりと冷や汗をかいている。
「魂の、記憶を」
と、お兄様が呟く。
「信じてもらえないかもしれないけれど、私は魂の記憶を引き継いでいて、ここではない別の世界の言葉を覚えているのです」
私は信じるも何も、自分自身も覚えているわけだけど、お父様やお兄様はこの話を信じるのだろうか。
「別の、世界の言葉……。そ、それが本当だとして、なぜエレナにその言葉を使っていたんだ……?」
歯切れの悪いお父様の言葉で、半信半疑なのだろうと悟る。
しかしそれでも話し出したお母様は止まらなかった。ここまで来てしまったし、もう全てを話してしまうつもりなのかもしれない。
「私が生きていた別の世界に、エレナについて書かれている本がありました」
その言葉で、お母様の説明が始まった。
ゲームと言うと説明が面倒だから本だと言ったのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
お母様の話によると、どうも攻略本の話をしているようだ。
私についても書かれていたし、私の両親である自分たちについても書かれていた、と言っている。
その本によれば、私はどう転んでも不幸になる。だから元々は私を産まないことを選んだそうだ。
しかしそれは叶わず失敗に終わった。要するに私が産まれてしまったわけだ。
そして結局私の頭脳に期待して、前の世界の言葉で語り掛けることで私に知らせていたのだ、と。
まぁ自分は回避出来なかったから胎教レベルで語り掛けることで私に回避させようと思ったわけだ。
正直ぶつぶつと語り掛けてくることがちょっと不気味で警戒心が猛烈に働いたのでその思惑通りに回避出来たと言っても過言ではない。
乙女ゲームをモブとして傍観したいだけでは、と思って今までずっと疑心暗鬼だったけど回避しようと思ってくれていたのか、この母は。
と、私は安堵したけれど、お父様とお兄様はまだ噛み砕けていないようだ。
まぁ、はいそうですかと納得出来るような話ではないから仕方ないだろうけど。
「それが……それが本当だとして、なぜ俺に相談してくれなかったんだ……」
お父様はぽつりと零す。
「……だって、あなたが一番最初の回避失敗だったんですもの」
お母様も、ぽつりと零した。
「回避、失敗?」
「だってそうでしょう! 私は自分の娘を不幸になんかしたくなかった! だから産まないようにしなきゃって思ってたし、あなたと結婚するつもりなんてなかった!」
母、キレる。
「は、結……、え? いやしかし君は学生時代、俺のことを」
「あの時は学園内全体で派閥が分かれてたから。ただ単純にあなたの顔が綺麗だなと思って近くにいたらいつの間にかあなた派に分類されていただけで」
「えっ」
今お父様が軽くショックを受けてしまった。可哀想に。
「結婚するつもりはなかったから、あなたに「俺の何が目当てなんだ」って聞かれた時に顔だって答えたのよ。普通「顔!」って答えたやつと結婚しようなんて思う!?」
「あっ」
『しないでしょ! おかしいでしょ!?』
堂々と顔だと答えたやつと結婚なんかしないだろうと思っていたのに結婚が決まってしまって結局私が産まれてしまったというわけで。
これがお母様にとっての一番最初の回避失敗だったのだ。
そこはまぁロルスの前前前世あたりの奴がシナリオを作って運命として組み込んだらしいって話だったし回避出来なくて当然なんだろうけど、お母様はそれを知らない。
結局はお母様も被害者だったのだ。
私が千年の呪いなんか受けてしまったばっかりに。申し訳ない。申し訳ないと思いつつもそれを説明するのは面倒なので黙っておくけれども。
「俺が悪……俺が悪かった、のか?」
「そうよ……私だけが責められるのはおかしいのよ」
「す、すまない」
「だけど、あなたと結婚して、ハンスとエレナを産んで本当に本当に幸せだった。幸せなのに、いつエレナに不幸が降りかかるのかと思うと気が気でなかった」
乙女ゲームについての話は、助言のつもりだったんだな。
『ただまぁ目の前に推し達が居るのも幸せだった』
楽しんでもいたんだな!
「それでエレナは」
「今ここで元気にしてるんだから、死亡も監禁も回避してくれたわ。失恋は、回避出来たのかしら?」
「え?」
唐突に質問を投げかけられたのでうっかり言葉が返せなかった。
「あの日、去年の今頃レーヴェと喧嘩していたみたいだけれど、あれは失恋じゃないわよね?」
「ないですね。そもそもわたしはレーヴェに恋心を抱いたことはありませんし。仲良しですけれど」
「そうよね、よかった」
そう言ったお母様の表情が安堵の表情だったので、私の失恋回避を本当によかったと思ってくれているようだ。
「エレナが不幸になるかもしれない、というその本は去年の今頃までの話なんです。だから今はもう、回避することなど考えず、エレナの幸せだけを願えるの」
お母様の言葉に、お父様は困惑していたけれど、お母様の顔があまりにも晴れやかだったからか、文句は言えなくなってしまったようだ。
そして、お兄様が大きな大きなため息を零す。
「呪文じゃなくてよかった……」
と、呟きながら。
「母様がエレナを不幸にする呪文を唱えているのだとしたらと不安で不安で」
「なんで私がエレナを不幸にするのよ! 可愛い娘だっていうのに! そもそもあなたたちが危ないくらい溺愛してるから霞んでしまうだけで、私だってエレナのこと大好きなんですからね!?」
日本語をぶつぶつ呟いていたせいでいつの間にか悪者扱いされていたのと、娘を愛していない疑惑がかけられたのが不服だったようだ。
私はそんな家族のやり取りを見て、久しぶりにお腹を抱えて笑ってしまった。
この人たちは本当に私のこと大好きだな!
「だからね、エレナ。私を信じてお見合いをしてほしいの。会うだけでもいい。結婚が嫌なら断ってもいいのよ」
「うーん」
「そうだエレナ。嫌なら俺が全力で反対しよう。そうすればずっとここに居られる!」
「反対出来るものならしてみればいいのです。出来るものならね」
随分と自信があるらしい。
「分かりました、わたし、お母様を信じます」
こうして、私はこの数日後にお見合いをすることになるのだった。
ブクマ、評価、拍手等いつもありがとうございます。励みになっております。
そしていつも読んでくださってありがとうございます!
最短だと再来週がラストになる予定です。最後までお付き合いよろしくお願いします!
番外編もちょこちょこ考えてるのでそちらも楽しみにしていただければ嬉しいです。




