表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/89

意地悪令嬢、卒業式に出る

 

 

 

 

 

 広いホールには軽快な音楽が鳴り響き、色とりどりのドレスが美しく咲いた花のようにふわりふわりと揺れている。

 そんな中で、私は次から次へとパートナーを替えてはひらりひらりと舞っていた。

 正直こんなに長時間踊り続けるとは思っていなかったので若干目が回り始めている。


 今日は私たちの卒業式だった。

 とは言え日本の卒業式とは違い、卒業証書授与式はなくただただ煌びやかなダンスパーディーが行われるだけなので私としてはあまり卒業式感がない。

 そんなダンスパーティーだが、例によって婚約者も恋人もいない私は昨年と同じくお兄様のエスコートで入場し、ダンスもお兄様と踊っていた。

 しかし、一曲踊り終え学園が用意した軽食に手を付けようとしていたところで一人の男子生徒から声をかけられたのだ。


「一曲お願いします」


 と。

 断る理由もなかったので、私はその男子生徒の手を取った。

 同じクラスではないので名前も分からなかったけれど、彼がなんとなく高揚した顔をしているので悪い気はしない。


「いい思い出をありがとう」


「こちらこそ声をかけてくださってありがとうございます」


 いい思い出? と思いつつも口には出さずにこりと微笑む。

 そしておそらく近くに居るはずのレーヴェあたりに「今のなんだったんだろう」と言いに行こうと踵を返すと、そこにはまた別の男子生徒が居た。


「僕とも、一曲お願いします」


「あ、はい」


 このやり取りを何度繰り返しただろう。

 最初こそなんだかよく分からないまま踊り続けていたけれど、これはおそらく皆将来のことを考えているのだろう。

 お父様が縁談を断り続けているけれど、それでもアルファーノ家の娘を嫁として迎え入れたいという貴族の皆さんがとりあえず私をダンスに誘っているわけだな。


「一曲お願いします!」


「はいはい」


「俺、平民だから学校で習った程度のダンスしか出来ないんだけど……」


「なるほど? 大丈夫よ、ただ足だけは踏まないでね」


 悪戯っぽくそう言って笑えば、目の前の彼は大きく頷いた。

 将来を考えた貴族の皆さんだけでなく平民の子からも声が掛かるとは。逆玉の輿でも狙っているのだろうか……。いやそんな顔はしていない気もするけれど。

 ぐるぐると思考を巡らせながらちらりと壁際に目をやると、不服そうな顔をしたお兄様が見えた。あれは確実に私が男の子とダンスをしているのが気に食わないのだろう。分かりやすい男だな、お兄様って。

 目が合ったら面倒だなと思った私はふとお兄様から視線を外す。

 すると丁度そこでルトガーと私の母親が会話をしているようだった。

 何を話しているのかは分からないが、母親がハンカチで目頭を押さえているのとルトガーがぎょっとしているのだけは分かった。

 母親は、泣いているのだろうか。……なんでだろう? ルトガーが攻略対象キャラクターだからか?


「ありがとうございました!」


 いつの間にか曲が終わっていた。


「こちらこそありがとう」


「一生の自慢になります!」


「え、自慢?」


 自慢ってどういうこと? と尋ねようにも、彼は嬉しそうに笑いながら物凄いスピードで走り去ってしまった。なんなんだ……。


「エレナ」


「今度は誰、あら、スヴェン」


 振り返ると、そこに居たのは王子様でした。

 出会ったころはただのお子様だったのに、今ではもう成長してしまってきりっとした美形の王子様完全体になっていた。背もとても伸びたようで、私よりも頭一つ分、いやそれ以上大きくなっている。

 ロルスと同じくらいか、もしかしたらロルスよりも伸びているかもしれない。

 そしてスヴェン王子はロルスよりも年下なわけだから現在進行形で育ちざかりの可能性もあるのだ。


「卒業おめでとう、エレナ」


「ありがとう」


「卒業してしまったら、あまり会えなくなるのだろうな」


「そうねぇ」


 あまり、どころかほぼ会わなくなると思うのだが。


「エレナが疲れていなければ、一曲踊ってくれないだろうか?」


「喜んで」


 さっきから踊り続けているし正直に言えば疲れているが、私に随分と懐いてくれたスヴェン王子の誘いを断るだなんて出来るわけがなかった。


「エレナのおかげで、俺は学園生活がとても楽しいものとなった。友人もたくさん出来たからな」


「それは良かったわ」


 にっこりと笑ってそう言うと、スヴェン王子は照れた様子ではにかむ。図体はデカくなったがまだ可愛らしいところも残っていたようだ。安心した。


「……友人はたくさん出来たが、俺の初めての友人はエレナだ」


「はい」


「これからも、友人で居てくれるだろうか?」


「ええ、もちろんよ」


 そう答えたときのスヴェン王子の嬉しそうな顔はとっても可愛かった。ここにカメラがあったなら確実に連写しているレベル。


「ありがとう、エレナ」


「こちらこそありがとう、スヴェン」


 私たちは固い握手を交わす。

 今後、よほどのことがない限り会うことは出来ないだろうと思うと寂しいけれど、私たちはこれからもずっと友人なのだ。きっと。

 王子と別れたところで周囲を見てみると、やっと人の波が切れたようだった。

 長い戦いだった……と、思いながらふらふらと軽食のもとへとやってきた。

 動き続けていたのでお腹が空いてしまったのだ。


「お疲れみたいだな、エレナ」


 やっと食べ物にありつけそうなのにまたお誘いか、と振り返れば、そこには焼きそばパンを頬張るルトガーが居た。

 卒業式だというのに、ルトガーはいつも通りなのだな。


「さすがに疲れたわ。スヴェン王子はともかく、ほかの子たちはなんだったのかしら」


「思い出作りだろう。高嶺の花に声をかける機会なんて、この先あるかどうか分からないからな」


「え? 高嶺の花って何? わたしのこと?」


「そう」


「やだ嬉しい! もう一回言って!」


「冗談だと思ってるな? 自覚はないのか?」


 え、お世辞じゃないのか?


「そんなことよりルトガー、さっきうちの母と話してた?」


 私がそう尋ねると、ルトガーはほんの少しだけ目を瞠って「見てたのか」と呟いた。


「視界に入ったのよ。母が何か変なこと言わなかった?」


「別に。俺の母親と友達だったんだそうだ」


「そう」


 変なことを言わなかったのならまぁいいだろう。と、焼きそばパンをかじり続けるルトガーを見ながら思う。

 うーん。焼きそばパン……。

 母の態度でしか判断できなかったが、ルトガーが攻略対象キャラクターであることはほぼ確定なのだ。ただ母は言っていた。焼きそばパンは王子の好物だと。

 でもスヴェン王子が焼きそばパンを食べている姿を見たことはない。


「……ん? ルトガーのお母様とわたしの母って友人だったの?」


「ん? あぁ、そうらしい」


 ふと、いつだったか母親が言っていた昔の友人の話を思い出した。

 そういえば、母親は友達が隣国の王子と結婚したという話をしていたはずだ。

 結婚した王子が王になっていたとしたら、その息子は王子ってことで……?


「今日、ルトガーのお母様は来ていないの?」


「……あぁ、俺の母親は……随分昔に亡くなってる」


「……あら、ごめんなさい」


「いや、別に」


 あの日、母親は寂しそうに言っていた。「結婚して子どもを産んで、それから間もなく亡くなってしまったわ。私は彼女のお友達だったのに、結婚式も出産祝いもお葬式も、彼女の側に行くことは出来なかった」と。

 ……確定では?


「ねぇルトガー。ルトガーは踊らないの?」


「なんだ突然。俺は平民だぞ? こういうのは苦手だ」


「……本当に平民なの?」


 私の問いかけに、ルトガーは言葉を詰まらせていた。

 そんなルトガーの目をまっすぐ見る。しっかりと目を合わせて考えてみれば、ルトガーの金色の瞳はこの国ではあまり見かけない色だった。

 髪色は私と似たような、この国でもよく見かける色だけれど。


「なんで、そう思った?」


「いや、前に母から隣国の王子に嫁いだ友達が居るって話を聞いたから、もしかしたらって思っただけなんだけど」


 私が素直にそう答えると、ルトガーはくつくつと笑う。意味深な様子で笑っているが、手にはしっかりと焼きそばパンが握られているのであまりシリアスにはなっていない。可哀想に。


「誰にも気付かれずに卒業できると思ったんだが、まさかこんなところでボロが出るとはなぁ」


 ということは、ルトガーは平民を装った隣国の王子だったのか。


「全然気付かなかったわ」


「気付かれたのが今日じゃなく在学中だったらエレナを消さなければならないところだった」


 これはフローラがルトガールートに進んでいたらガチで消されていた可能性もあった感じだな。命拾いした。


「ちょっと怖いこと言ってるけど、その手の焼きそばパンがすべてを台無しにしてるわよルトガー」


「……うん、確かに」


 私たちは顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。


「ねぇ、この国の歴史や呪文を調べてたのはやっぱり潜入捜査的な感じだったの?」


 スパイ的な? と問えば、ルトガーは手をひらひらさせながら首を横に振る。


「ただの興味本位だ。まぁ調べるって口実でこの国の学園に入り込んだのは確かだが」


「興味本位」


「俺の育ての母が繰り返し繰り返し言ってたんだ。この国はいい国だって。楽しいことばかりだった、って」


「そっか」


「実際楽しませてもらったよ。特にエレナとロルスにはな」


「焼きそばパン買ってあげたりしたものね」


「いやそれだけじゃなくてだな」


 消されずに済んだし楽しい思い出がたくさん出来たし、ルトガーと仲良くなっておいて良かった。


「じゃあ、卒業したら国に帰っちゃうの?」


 私がそう問いかけると、ルトガーは眉間にしわを寄せて首を傾げた。そしてううんと低く唸っている。悩んでいるのだろうか。


「正直少し悩んでる。まだ調べ足りないんだよな、呪文についてとか」


「あー……」


 私は一足先に真相に辿り着いてしまったんだよな、五代目国王の死因とか。

 ただ辿り着き方が口外できるような内容じゃなかっただけに教えてあげられない。


「もう少しこっちに居ようかな」


「そうしたら、また一緒に調べ物したりゲームしたりできるわね?」


「……そうだな」


 だとしたら、卒業してもまだ会えるし、そんなに寂しくないな、なんて思ったりして。


「そうだ、真相に気が付いたエレナに、特別に俺の本名を教えてやろう」


「うん」


「俺の本当の名はルーシャン・コーディ・レイクスだ」



 卒業式を終え、遅れて来ていたお父様とも合流して家に帰ってきていた。

 いい式だったと泣くのだろうかと思っていたが、それどころじゃなかった。

 何故なら両親と兄が揉めているから。

 私はそんな三人を遠巻きに眺めながら、侍女ちゃんに淹れてもらったミルクティーを飲んでいる。


「どうしたもんかなあ」


 揉め事の元凶が私なだけに、割って入るわけにもいかないのだ。

 割って入れば面倒なことになるだろうから。


「エレナに! 見合いなど! 必要ない!」


 ……ほら、もう割って入らなくても面倒だもの。





 

ルトガーの本名は出さなくても良かったんだけど折角考えたから……。

ついに卒業です。来月中には最終回を迎えそうです。

評価、ブクマ、感想、拍手などいつもありがとうございます。そしていつも読んでくださってありがとうございます!

感想へのお返事はしばらくお待ちくださいませ~。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ