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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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意地悪令嬢、本を借りる

 

 

 

 

 

 ロルスを伴って図書館にやってきた。何千冊何万冊と並べられた本たちは圧巻であり、さすがは王立学園図書館といったところ。

 児童向けの本からやたら分厚い専門書、魔法書や図鑑まで幅広く置いてあるので時間さえ許されるのなら何時間でも入り浸りたい。

 というか小さなカフェも併設されているので何時間でも入り浸れる造りなのだ。


「ロルスはどんな本が読みたい?」


「私は下僕ですので」


「下僕向けかぁ、あ、これなんかいいんじゃない? 誰でも簡単、グングン伸びる魔力の伸ばし方」


「いえ、お嬢様」


「わたし魔力測定のときオレンジしか出せなかったのよね。伸ばせるなら赤まで伸ばしたいわ」


「……」


「赤の上は白らしいんだけどそこまで伸ばすと王宮の近衛魔術師団に強制連行されるそうだからその手前まで」


 私は魔力の伸ばし方の本をぱらぱらと捲りながらしゃべり続ける。

 近衛魔術師団になんか入れられたら絶対にゲームをする暇がなくなるのだから、それだけは避けたいのだ、と。

 もちろんそれだけでなく、近衛ともなれば王宮の中でも王族の最側近という立場となるため機密事項まみれになり、それを洩らさないために家族とも引き離されてしまうらしいのだ。

 それが一人息子で、貴族の跡取りだとしても関係なく強制連行となるので何度か問題になっていた。問題になったとしても結局返してはもらえないのだけど。


「近衛魔術師団に選ばれるのは名誉なこと、って言ってもねぇ……あ、これ面白そうね」


 機密事項に雁字搦めにされるのは窮屈で仕方なさそうだ。なんて思いながら手に取ったのは、勇者が魔王を討伐しにいくという王道の冒険小説だ。

 ロルスはあまり顔に出さないが、こういった王道物が好きらしい。二人とも読んだ後での感想会での相槌が心なしか弾んでいるから。


「ホラーもあるわ」


「……僭越ながらお嬢様、それを読んで眠れなくなっても私は助けませんので」


「……言うわね下僕の分際で……いいわよ、わたしは意地悪なんだから許可なんてなくてもあなたのベッドに堂々と潜り込んでやるわ」


「厳重に戸締りをしておきます」


「壊せばいいのよ鍵なんか!!」


 借りないけどねこんなもの!!

 そんなやりとりをしながら、私はとりあえず五冊だけ借りることにした。返却期限は一週間なので余裕を持って読めるしロルスと感想を言い合える時間も取れるだろう。

 貸し出しカウンターへと向かい、図書委員の子に手続きを頼む。手続き中、ふと視線をずらすとカウンターの隣に簡易魔力量測定器が置いてあることに気が付いた。

 小さな水晶の中央に人差し指を置くことで簡単に魔力量が測れる代物だ。簡易なのであまり正確ではないらしいけど。


「返却期限にお気をつけください」


「はい、ありがとうございます」


 私がお礼を言っている隙に借りた本を自然な動きで受け取っていたロルスの袖を引っ張り、彼の人差し指を水晶の上に置いた。


「青っ」


 と、思わず声を出してしまうくらいには青かった。これが魔力量測定器じゃなくサーモグラフィーならロルスは完全なる冷え性だ。

 この学校に通う生徒達の平均魔力量は黄色で、その下が緑、さらにその下が青だ。要するに青は下の下である。


「以前言ったとおり、私は魔力量が少ないのです」


「確かにそう言ってたけど、想像以上に青かったわ。まぁでも丁度いいわね、さっき借りた本を見て本当に魔力が伸びるのか実験できるじゃない」


 少々胡散臭い煽り文句ではあったけど。物は試しというやつだ。

 帰ったら早速試してみよう、なんて思いながら時計を見ると、迎えの時間までまだ時間があった。

 時間があるなら、ともう少し図書館内を見て回ることにする。

 次に借りる本を探してみようかとも思ったが、私の足が向いたのは貸し出し禁止の歴史書ゾーンだった。

 歴史書が気になったというより、そこに居た人物が気になったから。

 歴史書の背表紙を熱心な様子で凝視しているのは、なんと同じクラスで唯一呪文学を選択した彼だったのだ。

 ここでどうにかして近付ければ、声が掛けられれば、呪文学の話を聞けるかもしれないし、うまくいけば教科書も写させてくれるかもしれない。

 だがしかし、なぜ歴史書なんだ。

 いくら私に前世の記憶があろうとも、今現在はただの子供であり学園に通いだしたばかりなのでそれほど詳しい歴史は頭に入っていない。

 何が言いたいのかといえば、要するに声を掛けるための話題が思い浮かばない。

 出来るだけ自然に、相手をビビらせないように、そう考えながらそっと近付いていると、彼の視線がふとこちらを向いた。

 もういっそ当たって砕けるつもりで突撃しようかという考えに行き着いたところで、彼の目が一瞬見開かれ、その直後なぜだか視線が鋭くなった。

 私は彼に睨まれるようなことをしただろうか?

 相手が彼でなく女子だったのならレーヴェを独り占めしてるだとか、そういった理由も思い浮かぶが、彼は男だし……いやまぁレーヴェなら男も虜に出来そうなツラしてるけれども。


「お前……」


 鋭い目をした彼の口からするりと言葉が放たれた。

 しかし想定外だったのはその視線も、言葉も、ロルスに向かっていた。

 従者待機室に居たはずのロルスが彼に何を? 彼は見たところ平民で従者が居るとは思えないし、従者待機室とは関わりなどなさそうなのに。


「焼きそばパンの最後のひとつを俺の目の前で買っていったやつだな……!!」


 あー! 焼きそばパンの恨みだったかー!

 まさか私の焼きそばパン買ってこいよごっこ、が彼の楽しみを奪っていたとは思わなかった。

 でも安心してほしい。リピートはしないから。


「俺が楽しみにしていた焼きそばパンを……お前は生徒でもないただの従者なのに平然と食べていたな!」


 食べ物の恨みというものは得てして深くなりやすいものだという。


「買わせたのも食べさせたのもわたしです。ごめんなさいね、あなたの楽しみを奪ってしまって」


 ロルスが口を開いて問題が厄介になっても得をすることなんてひとつもないので私がそっと前に出る。


「……いや、いい。……です」


「いいのよ敬語なんて。わたし達同じクラスでしょう?」


「うん」


 ここで私はひらめいた。

 これは彼とお近づきになるチャンスなのだ、と。恩を簡単に売りつければいいのだ。


「ところで、あの焼きそばパンは人気があるの?」


「ある。早く買いにいかないと売り切れるんだ。授業が終わって急いでも買えるか買えないかの瀬戸際だ」


 彼はむすっと口を歪めながらそう言った。

 急いで買いに行ったのに、最後のひとつをロルスに取られてしまったのだ、と。


「そんなあなたに朗報があるの。このわたしの従者は生徒ではないため授業がない。要するに人より早くカフェテリアに行ける」


「行ける……」


「今日最後のひとつを食べてしまったお詫びに、明日は彼に買いに行かせましょう」


「買いに行かせる……!」


 私の言わんとしていたことに気が付いたらしい彼の瞳がきらりと輝いた。

 それほど食べたかったのか、あの焼きそばパンが。


「それで、許していただける?」


「明日食べられたらな!」


 単純で助かった。


「それでは、また明日ね。あぁそうだわ、私の名前はエレナ。こっちは従者のロルス。あなたのお名前は?」


「俺の名前はルトガーだ。それじゃあ頼んだぞロルス!」


「はい、かしこまりました」


 こうして私は呪文学の男ルトガーと友達になった。



「まぁ、お友達が出来たのね」


 ルトガーとの件を母親に話すと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 これ程までにうれしそうな顔をするということは、ルトガーは攻略対象キャラクターなのかもしれない。いや、おそらく攻略対象だろう。

とりあえず母の反応を窺い、早々に話を切り上げた私はロルスをつれて部屋に戻りながらルトガーについて思いを巡らせる。

 クラスで唯一呪文学というマニアックな授業を選択していたし、さぞ暗そうなやつなのだろうと思っていたが、近付いてみれば整った顔をしていたのだ。

 紫がかった黒い髪と少しつり上がった金色の瞳が綺麗で、健康的な褐色肌は爽やかさを感じさせる。

 多少口調が乱暴そうではあったが、あれはきっと焼きそばパンのなせる業だったのだろう。明日食べさせれば柔らかくなるかもしれない。餌付けだ餌付け。

 落ち着いて考えれば『唯一』の呪文学選択者というのも、キャラクター設定の観点で考えればしっくりくる。その他大勢と同じであれば個性を感じないだろうから。


 ……と、いうことは。母親がいつか日本語で言っていた焼きそばパンが好きな王子キャラクターというのはルトガーのことなのだろうか?

 一つの作品に焼きそばパン好きキャラがそう何人も出てくるとは思えない。猛烈に美味しいならともかく。

 しかしルトガーの身なりはどう見ても平民のそれであったし、そもそも家名がないので平民は確定している。

 というより、まず王子の学園入学は来年だ。


「うーん、わからん。あぁほらロルス、背筋を伸ばして鼻で息を吸って口から吐くのよ。魔力を伸ばすにはまず正しい呼吸法を身につける、って書いてあるんだから」


 胡散臭い本を片手に、ロルスの魔力量を伸ばす特訓が、今始まる――!





 

ツッコミ不在

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