意地悪令嬢、本を読み漁る
千年前に起きた出来事に関する夢を見た日から数日が経過した。
今日はお兄様と一緒に王立中央図書館に行く日だ。
知りたかったことの大半を知ってしまったとはいえ王立中央図書館に対する興味がすべてそがれたわけではないし、私は少しだけうきうきしながら馬車に乗り込んだ。
「相変わらず元気がないね、エレナ」
「……そんなことはありません。元気です」
「ロルスくんのことかな」
「いや、あの……まぁ、はい。あの子に、どこか行く当てなんてあったのかなって、思っていまして」
頼れる親兄弟が居ないことも知っているし、私とずっと一緒だったから私の知り得ない友達が居るとも思えない。
そもそも私のことさえも頼らなかったロルスが、誰を頼っているのだろう。なんだかちょっぴりもやっとする。
「本当に、どこに行ってしまったんだろうね彼は」
お父様もお兄様も探してくれているというが、目撃情報すら見つからないそうだ。
私も手あたり次第に探したし、友人達に声をかけて探ったりもしたけれどまるで見つからない。
「どこかに行ったというより、逃げ隠れしてるみたいだわ」
「確かにね」
「……探さないほうが、ロルスのためなのでしょうか」
「それは……どうだろう」
「わたしが嫌になったから逃げているんだとしたら、わたしになんて会いたくないでしょうし」
「エレナを嫌になる人類なんているかな?」
いや規模がでかいな。人類て。これだからシスコンは。
「ロルスの仕事はわたしの従者ですし、辞める理由がわたし以外にあるとは思えません」
「もしかして、僕が帰ってきたからかな……」
「お兄様が帰ってきたから?」
「……ロルスくんの本当の仕事は従者ではなくエレナに降りかかる呪文の盾になることだったから」
「呪文の、盾? どういう意味ですか?」
お兄様は、私の問いにしばらく答えなかった。私から視線を逸らし、完全に口を閉ざしてしまって。
だからといってあきらめるわけにはいかない。なんとしてでも真相を聞き出してやる。
「お兄様、お願いです教えてください」
お兄様の腕をきゅっと握り、上目遣いで縋りつく。
私はこれをスーパーぶりっ子タイムと呼んでいるのだが、お兄様がこれで落ちなかったことなど一度もない。
「い、いくらエレナのお願いでも」
「お兄様……」
悲し気に眉を下げ、瞳を潤ませればクリティカル間違いなし。
「……エレナは、お母様がたまによく分からない文言を呟いているのを知ってる?」
ほらみろしゃべりだした! 私の勝ちだ!
と、勝ち誇った気持ちになったのは一瞬だった。
「よく分からない文言……?」
それはもしかして、いやもしかしなくても、例のあの日本語のことだろうか。
「その、お母様を疑うのはよくないと思ったのだけど、あれがもし呪文だったらと思って」
まさか日本語が呪文に聞こえていたとは。まぁあんな風にぶつぶつ呟いていたら不気味に見えても仕方ないか。
「それで、呪文の盾とは?」
「僕が家を出てエレナの元気がなくなってしまったから、もしかしてそれまでは僕が呪文を弾く盾になっていたんじゃないかって思ってお父様が代わりになる人を探して……」
元気がなくなってしまった記憶がない。そもそもお兄様が居なくなって話し相手が減っただけなのだから。
「その呪文の盾とやらにしようとしてロルスを連れてきたのですか?」
「うん、そう」
「ロルスはそのことを、知っているんですか……?」
「……うん、教えてある」
「……なるほど」
小さくそう答えることしか出来なかった。
要するにロルスは自分の身に得体の知れない呪文が降りかかるかもしれないけれど、自己を犠牲にして私を守れと言われたのだ。
まだ小さな子どもだった、断る術も持たなかったロルスに、この人たちはなんて酷いことを言ったのだろう。
私はあれが呪文でもなんでもないことを知っているけれど、ロルスはそれを知らない。そんな中で私の側に居るなんて、どんなに怖かっただろう。
「エレナ」
「わたしにロルスを探す資格なんてない」
本当はロルスを解放しなければならないのだろう。
ロルスにとって私は呪文をかけられそうになってる危ない奴で、ロルスは身を挺してそれを守らなければならないだけで、そんな面倒臭い状況に縛り付けるなんてかわいそうだ。
ロルスのことは忘れなければ、と、そこまで考えてふと思い出したのは、先日フローラに占ってもらった華占いの結果だった。
『私を忘れないで』
逃げ隠れてるくせに忘れないでってどういうことだろう。ツンデレかなんかか?
しかも呪文の盾とかいう得体の知れないこと言いつけられてるくせに私のこと崇拝してるとか、あとはあの大輪の枯れることを知らない赤い花……
まさかロルス……ドM……?
いやいや。いやいやいやいや。は?
「わからない……もうなにもわからない……」
こればっかりは今から行く王立中央図書館にも答えなんてないだろう。困った。
「ごめんね、エレナ」
「謝るべきなのはわたしにではなくロルスにだと思います」
「そう、だよね」
頭の中をぐちゃぐちゃにしていたら、馬車が止まった。どうやら王立中央図書館に着いたようだ。
この状態で本を読んだところで頭に入ってくるのだろうか。そんなことを思いながら馬車から降りると、また新たな衝撃が襲ってきた。
ここに来るのは初めてなのに、私はこの建物を見たことがあった。見たのは一度だけだが、インパクトが強かったので覚えている。
だって、ここを見たのは自分の死から葬式までの流れを見たあの夢の中だったから。
葬式でゲームマニアが泣いているのを見たあと、突然場面転換して前世の私がここに居た。
前世の私はすたすたと歩いてこの建物の中に入って行ってたっけ。
「おいで、エレナ」
「はい」
お父様が手紙と一緒に送ってくれた仮入館証を使って滞りなく館内に入る。
夢で見たこの場所は人っ子一人居なかったけれど、現実で見るととても人が多かった。ただ、人は多いのだがとても静かである。ぺらりぺらりと紙をめくる音だけが響いてとても居心地がいい。
「エレナ、僕は少し仕事をしてくるけど一人で大丈夫かな?」
「はい」
「じゃああとでね」
「わかりました」
お兄様と別れたあと、私はしばらく立ちすくんでいた。
前世の私の足跡を辿ってみたいという気持ちと、ほんの少し怖い気持ちがせめぎ合っていたから。
こんな時、ロルスが居てくれたら。
いやいやいや。
行こう。一人でも。
前世の私が歩いて行ったのは、確かこの図書館の一番奥だったはずだ。すたすたと迷いなく、大きな本棚の間をすり抜けて。
「……ここだ」
薄暗い図書館最奥の大きな本棚。この前で座り込んで、一番下の段から一冊の本を取り出していた。
どの本を取り出したのかは分からない。確かあの時私は前世の私と目が合った。だから近づけなかったのだ。そして彼女は「頑張って」と唇を動かしたんだっけ。
「これ、かな」
革の表紙の、分厚い本を一冊取り出した。
前世の私が持っていた本がどれなのかは分からないけれど、なんとなくの位置は分かるし手あたり次第に開いてみたら分かるかもしれない、そう思いながら。
『ビンゴじゃん』
なんと手に取って開いたその本の中身は日本語で綴られたものだった。
お兄様が見たら呪文の本だと思うのだろうか。そんなことを思いつつ最初のページを開くとどうやら日記のようだった。
この字は、先日見たあの女学生のものだ。
突然知らない場所に来たこと、あちこち連れまわされたこと、家には帰れないと言われたことなどが書かれている。
怖い、寂しい、疲れた、帰りたい、そんな言葉が並んでいて痛々しかったけれど、読み進めるごとに少しずつ変わっていった。
あの女学生、恋をしたらしい。護衛の方という文字がやたら増えた。
護衛の方というと、六代目国王が浴びるはずだった呪いを女学生が浴びたときに一際取り乱していた護衛の騎士か。
とても取り乱していたので両想いだったのでは? と思ったわけだが、この日記にはひたすら片想いをしている感じで書かれている。
あの取り乱した様子を見た女学生はどう感じたのだろうと思ったが、その日のことは書かれていなかった。
なぜならあの後氷漬けにされて死んだからである。
なんというか、もう何もかもが不憫。
女学生の日記が終わると、また別の日記が始まった。女学生の生まれ変わりが書いたものらしい。
女学生を最初の私とすると、二番目の私だ。
二番目の私は日本に転生していた。一度この地に召喚されたせいか、魔力を持ったまま日本に転生したと書かれている。
『よく見たら日本は使い方を知らないだけで魔力に溢れていた。ここは溜め放題だ』
と嬉しそうな一文がある。
彼女はどうやら千年を待たずして呪いを解こうとしているらしい。大地の神を超える魔力を溜めればそれが出来ると踏んだのだ。
しかしそれは叶わなかった。なぜなら志半ばで病死してしまったから。魔力もウイルスには勝てなかったかぁ。
病死した彼女は霊体の状態でこの地に来ていた。そして魔法を使い、己が書いた日記と女学生が書いた日記を合体させた。それがこの本だ。
何度も何度も転生を繰り返した私の魂は、執念でこの日記を書き続けているらしい。
しばらく読み進めていくと、日記ではなく人生の総括にスタイルチェンジした。
この辺りで全ての記憶を引き継げなくなり始めたようだ。
まぁ全記憶を引き継いでいるとしたら、私だって女学生の時の記憶を忘れずに持っていたはずだもんな。
『日本に生まれた場合、この世界にいくらか干渉出来ることに気が付いた』
数番目の私がそう書いている。
日本に生まれたはずの前世の私はこの世界に干渉することなく事故死したんだが?
最初のほうの私は頑張っていたんだなあ。
『この世界に生まれたらただただ不幸な死に方をするだけ』
『日本に生まれても干渉は出来るけど不幸な死に方はする』
うわぁ不幸な死に方を書き連ねる交換日記みたいになった。悲しい。
しかしどの私も悲しいくらい短命だった。呪いのせいとはいえ可哀想である。
そしてどの人生にも共通点があった。
私のすぐそばに、いつも私の死を悲しむ人物が居るのだ。
女学生の時で言う護衛の騎士、前世で言うところのゲームマニアのような。
……さてはこの護衛の騎士、ずっと私の側で転生を繰り返しているな?
それだけあの女学生が好きだったんだろうな。分かんないけど。
「あ」
『日本語で食べたいものを羅列していたらいつの間にか餓死していた』
これはあれだ、いつだったかお兄様が呪文かもしれないといって持ってきたあの食べ物が書き連ねられたメモを書いた子だ。
あれを書いたのは前世の私だったのかー。悲しいが過ぎるな。
もはや悲しみ以外の感情が浮かばなくなるくらい、多種多様な死に様を読み続けて、やっと最後のページに辿り着いた。
『うっかりゲーム三昧だった。来世の私が呪いを解くはずなのになんの準備も出来なかった。もう少し前世の記憶が引き継げたら良かったのに』
という後悔の文言が書かれていた。
本当だよ! マジでゲームばっかしてたじゃん! と、内心文句を垂れつつ、ただ感謝していることもある。
ファンタジーが大好きだったおかげでここまで辿り着けたということだ。前世でファンタジーに触れていなければ五代目六代目国王の死因なんて知ったこっちゃないしこの王立中央図書館にも興味を示さなかったかもしれない。
……そういうことにしておこう。前世の私を役立たずにしないために……。
今のところ解き方が分からないのだが、私はこの千年分の『私』の思いを両肩に乗せて千年の呪いとやらと闘わなければならないのだな。
……とりあえず、解き方を教えてもらってもいいですか? 私はそう思いながら、手近にある本を読み漁るのだった。
ロルスまだです。
評価、ブクマ、拍手等いつもありがとうございます。
そして読んでくださってありがとうございます!
小難しい系の話はこんなもんで、今後はなんやかんやコメディに戻っていくはずです。もう少しお付き合いくださると嬉しいです。




