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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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58/89

意地悪令嬢、約千年前の真相を知る

 

 

 

 

 

 お世辞にも、綺麗だとは言えない木造の家屋が建っている。

 ボロ、というわけではないが、年季が入っていそうというかかなりの年代物というか。

 あちこち隙間もあるみたいだし、ドア……いや、玄関と思しき戸に使われているガラスにはひびが入っていて、これは人が住める建物なのだろうかと疑問が浮かぶ。

 しかし、その建物の中からは元気で明るい声が漏れ聞こえてきている。

 失礼ながら、住んでたんだ、人。と思っているとがたがたとあまりいい音とは言えない音を響かせて戸が開く。


『いってきます!』


『いってらっしゃい』


 あぁ、なんて懐かしい音だろう。

 聞こえてきた声だけじゃない。がたがたとなる戸や、かちゃかちゃとなるお茶碗どうしがぶつかる音。どこか遠くからはキーキーと自転車のブレーキ音も聞こえてくる。

 私はこの音を、全部どこかで聞いたことがある。

 ……とはいえ、目に入る景色に見覚えはない。

 そして先ほど家屋内から飛び出してきた、どこか古ぼけたセーラー服を着た『女学生』にも見覚えがない。

 くるりと周囲を見渡してみれば、あまり高くない木造家屋がたくさん見える。

 そこに飛び交う言葉はすべて日本語なので、ここが日本であることは分かった。

 ただ、私が知っている場所ではなさそうなのだ。私が住んでいた場所からは高層ビルがいくつも見えていたし、そもそもこんなに年季が入った木造家屋はなかった。

 こんな木造家屋、ドラマでしか見たことがない。戦前だか戦時中だか戦後だか、そのくらいの年代物に見えるのだ。

 そう考えてみれば、高層ビルどころかアスファルトも車も見当たらない。


「あれは、あなたですよ」


「おひょあーびっくりした! うえぇぇ五代目の王妃様ー!」


 突然声をかけられたことと、その声の主が五代目王妃だったこと、二連発で驚いた。心臓が元気にジャンプした気がする。


「驚かせてしまって申し訳ありません」


「い、いえ、あの、いえ大丈夫で、ございます?」


「かしこまらなくて結構です。王妃というのは過去の称号にすぎません」


 と、言われましても。


「しかし」


「それどころか、あなたにとって私は憎むべき相手の母であり、諸悪の根源ですもの」


 なんですって?


「それ、どういう意味ですか?」


「口頭で説明するより、見ながら説明いたしましょう」


 そういった五代目王妃は、私の手を握った。するとその瞬間、私たちの足元には見たことのない魔法陣が広がっていた。

 なんだこれ、と思いつつ声を出す余裕はなく、光に包まれたと思った次の瞬間あの木造家屋は石造りの建物に変わっていた。

 ここはおそらく私、エレナが生まれ育った世界だ。


「もうすぐ、儀式が始まります」


「儀式?」


「ええ。ここは過去。丁度私が『流れ弾に当たって』死んだ時代ですね。儀式が行われるのはこの神殿です」


 この人己の死をめちゃめちゃ軽く説明するじゃん、と思いながら神殿とやらを見れば、そこは私たちが遠足で行ったあの神殿だった。遠足で行ったのは神殿跡地だったが、まだあの神殿が現役で活躍していた頃か。


「儀式って、なんの……?」


「まずは順を追って説明しましょうね。まず、今はあなたの夢の中に居ます」


 それは木造家屋を眺めていた時点でなんとなく察していたけれども。


「そして今見ているのは約千年前の世界です。先ほど見ていたのは、あなたが『記憶しているであろう前世』から見て数十年前です。この世界での千年前はあの世界での数十年前。この世界とあの世界では時の流れる速さが違うので差があるのですが……その辺の説明は省きましょう。今深く考える必要はないでしょうから」


 省かれた。


「記憶しているであろう前世……」


「あなたは前世を覚えていますよね? そこからまた前世の、もっともっと前世のあなたです」


 私が覚えていないだけで、あの女学生はずーっと昔の私だったらしい。だからなんとなく懐かしい気がしたのだろうか。


「今から行われるのは、私たちが犯した過ちです」


 五代目王妃はそういうと、静かに瞳を閉じた。そして、説明を始めた。


 千年前のこの世界は大きな戦争が起きていた。例の王妃に流れ弾が当たったというあの戦争だな。

 王妃が散ったことで国王は酷く悲しみ、どんな手を使ってでも戦争を終わらせようとした。

 そしてその「どんな手を使ってでも」という部分に、ずーーっと昔の私が関わってくる。

 戦争を終わらせる手っ取り早い方法は、国王が膨大な魔力を保持していてとてつもない魔法を使えるのだということを証明することらしい。敵国の偉い人をぶん殴って終わりじゃあないんだな。

 当時のこの世界で一番とてつもない魔法というのが、異世界の住人を召喚することだった。

 とてつもない魔法なので、当然個人で使うことは出来なかった。

 でもどうしても、と躍起になった国王がとった行動は、己の命と引き換えに大地の神と契約することだった。


「え、でも、国王がすごい魔法を使えるって証明しなければならないのに、命と引き換えに?」


「はい。あの方は、国王は、私が死んですぐに死にました。ですのでこの国は、数年間五代目国王の幻影が治めていたのです」


 魔法って便利だなぁ。

 そういえば六代目国王の年表に空白の三年みたいなのがあったけれど、あれはこういう事情が絡んでいたのか。

 そして私やルトガーが追い求めていた五代目国王の死因は魔法を使うためとはいえ、言ってしまえば自殺だった。

 大地の神と契約するため、五代目国王は人体の中で一番純度の高い魔力が集まっているという胸骨を提供した。

 しかし胸骨だけでは魔力が足りず、当時はまだ王子だった六代目国王が代償を払うことで契約は完了した。


「で、召喚されたのが前世のわたしということですね」


 神殿の大広間、その中央に前世の私であるあの女学生が召喚された。

 女学生は何が起きたのかを理解できていないようで、その場に立ちすくんだまま目を白黒させている。我ながら可哀想に。まぁ記憶はないけれど。

 五代目国王が異世界の住人を召喚したという話は瞬く間に世界中を駆け巡った。

 そうして五代目国王の目論見通り終戦に至ったわけだが、戦争が終わりましためでたしめでたしとはいかなかった。

 異世界の住人である女学生は紛い物だと疑われないように各国のお偉いさんたちにお披露目された。

 突如知らない世界に連れてこられただけでなく見世物のようにあちこち引っ張りまわされたのだ。

 やっとお披露目が終わったところで、もう一つの儀式が行われる。

 六代目国王が代償を払うための儀式だ。


「この場所、知ってる。あの神殿の地下……」


 あの遠足の日に見た夢の場所だ。というか場所どころか状況ごとあの夢と重なった。

 あの時見た薄暗い景色と、あの時聞いた地の底から響くような重低音。

 あの重低音は大地の神の声だったのだ。

 大地の神の姿は見えず、声だけが聞こえる。


「代償は千年の呪い。しかしこの契約を企てたのはそなたの父である。よって呪いを解く鍵を与えよう。鍵は六つの魂。魂が揃うとき、呪いは解けよう」


 その時、六代目国王の視線の先に淡い光が現れた。

 あれは大地の神から渡される呪いであり、六代目国王が浴びるはずの光だった。

 それなのに、ビビった六代目国王が丁度隣に居た女学生の手を引っ張り、呪いの光を女学生が浴びることとなってしまったのである。

 あの遠足の日、右手が妙に冷えたりレーヴェに引っ張られて激しく驚いてしまったのは魂の記憶のせいだったのかもしれない。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 隣の五代目王妃が謝っている。

 要するに自分の息子のせいであなたが呪われてしまいましたごめんなさいってことなのだろう。

 悲しむ五代目王妃を視界の隅に入れながら目の前の女学生を観察する。

 女学生は自分の身に何が起きたのかが分かっていないらしくきょとんとしているし、この時点で一番取り乱していたのは彼女につけられていた護衛の騎士だった。

 知らない土地に連れてこられてあちこち引っ張りまわされただけでも可哀想だというのに呪いまでかけられてしまった、と。

 大地の神は嘆くように大きな地響きを起こしたあと、うんともすんとも言わなくなった。

 なんという地獄絵図。しかもこの地獄絵図、これだけでは終わらない。

 怒った大地の神はまず人々から魔力を奪った。必要最低限の魔力だけを残して。

 ちなみにこれが呪文の終わりの瞬間らしい。

 そして世界中の大地を氷漬けにした。戦争ばかりしていた人々に頭を冷やせと言いたかったのかもしれない。

 氷の中に閉じ込められた世界中の人々は死ぬわけではなく深い眠りについた。こうしてこの世界は約百年の間コールドスリープ状態となったわけだ。ただ一人を除いて。……まぁ私なんだけれども。

 どうも異世界の住人だった私の体はこの氷漬けに耐えられなかったらしい。いつの間にか死んでいた。心底可哀想である。


「……なるほど。六代目国王が異常に長生きだと思ってたけど大半は寝てたってことだったのか」


 己の可哀想さ具合に涙が出そうだったので、頑張って別のことを考えることにした。

 だってそうでしょう。突然召喚されて家には帰れなくなるわ知らない土地を引っ張りまわされるわ呪われるわ氷漬けにされて殺されるわ。

 っていうか千年の呪いって、解けた記憶はないし現在進行形で呪われてるってことじゃん。そりゃ種も爆発するわ。


「すべては私と私の旦那様、それから私の息子が起こした過ちです」


「……まぁ、そうですね」


 私はただのめちゃくちゃ巻き込まれた一般人だもの。


「私たちは転生を許されませんでした」


「え、そうなんですか」


 私は何度も転生を繰り返しているらしいが、五代目国王・王妃・王子の三名は転生することなく天界に幽閉されているそうだ。


「私も幽閉されている身です。しかし罪滅ぼしのため、こうして謝罪と説明にくることを許されました」


「まぁ、正直謝罪されましてもって感じではあるんですけど」


 呪われたまま約千年経ってるわけだし。


「もちろん、謝罪は私がしたかっただけなので許してもらえずとも結構です。いえ、許さないでください」


「いや、まぁ許すも許さないも、どうしようもないですし」


「前世のあなたが短命だったのも呪いのせいです」


 あー、マジかー。それはそれは、私じゃなくゲームマニアに謝罪してやってほしい。あいつ私より私の死にショック受けてたし。


「今後はあなたの呪いを解くために尽力いたします」


「あぁ……ありがとうございます」


 と、適当に返事をしたところで夢から覚めた。


「えらい夢を見てしまった気がする」


 ベッドの上で、独り言を零す。

 以前ならここにロルスが居たはずなのに、今はもういない。

 ロルスと引き離されたのも、もしかしたら呪いなのかもしれないな。

 そして、呪いが解けなかったら現世も短命なのかもしれない。まぁその時は来世の自分に期待しよう。


「なんかもう、全部どうでもいい……」


 盛大な溜息とともにそう呟いていると、部屋の外から声がかけられた。


「エレナ、お父様から手紙だよ!」


 お兄様の声だ。

 お父様からの手紙ということは、もしかしたらロルスが見つかったのかもしれない、そう思った私は急いでドアを開ける。


「見せてください!」


「おぉっと、朝から元気だね」


 震える指で封を開け、中を確認する。

 しかし、残念ながらそこに『ロルス』の文字はなかった。


「王立中央図書館に行けるみたいだね、エレナ」


「……そうみたいですね」


 手紙の内容は学園を卒業すると同時に王立中央図書館に入るための許可証が発行出来るようになったという知らせと、お兄様と一緒ならすぐにでも入る許可が出たというものだった。


「あんまり喜んでないのかな、エレナ。あんなに行きたがっていたのに」


「いえ、とても嬉しいです」


 お父様が許可を取ってくださったのですから、と笑顔を作った。

 確かに少し前までの私なら手放しで喜んだに違いない。

 だけど、知りたかったことの大半を、さっきの夢で見てしまった。

 それだけじゃなく知りたくなかったことまでも知ってしまった。


 それになにより、ロルスの居場所も元気で居るのかさえも分からないままなのが、ただただつらかった。





 

エレナがどれだけ転生を繰り返しているのかは次回あたり判明します。

評価、ブクマ、拍手等ありがとうございます。そしていつも読んでくださってありがとうございます。


今回はこうして小難しい感じの話になりましたが、このお話は基本的にラブコメなのですぐコメディに戻ります。過去に小難しい出来事があったんだなって思っていただければそれでいい感じです。多分。

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