意地悪令嬢、無事『エンディング』を迎える
「酷いわレーヴェ! わたしとフローラ、どちらが大切なの!?」
「ごめんエレナ……フローラだ」
私とレーヴェは言い争っていた。
そしてその声を聞いていたらしい母は、満足気に笑みを浮かべていた。
事の真相を知りもしないで。
発端は少し前にさかのぼる。
今日は上級生の卒業パーティーの日。それだけでなく、母からしてみるとこのゲームのエンディングの日だ。
そう、ヒロインであるフローラが、中ボスこと意地悪令嬢の私を出し抜いてラスボスのイケメンとくっつく日。
しかしながらこの日の出来事の詳細を知っているのは母だけで、私は母の言葉を聞いてなんとなく推理していただけなのでこの日に何が起こるのかは知らない。
もちろんそんなことヒロインであるフローラも知らないしラスボスであるレーヴェだって知らない。
だから私たちが故意に何かを起こしたわけではない。
ただ単に日常会話をしていたら、私とレーヴェが言い争うことになってしまっただけなのだ。
朝、教室に足を踏み入れると、浮かない表情のフローラが視界に入った。
神が落ち込んでいらっしゃるので心配なのだがどうやって声をかけるべきかがわからない。
どうしたの? でいいのか、どうなさったの? といくべきか、あ、まずはあいさつをしなければ。
「おはようエレナ。出入口に立ってたら邪魔だよ?」
「レーヴェ! いいところに! フローラがなにか悩んでいるようだからどうしたのか聞いてもらえないかしら?」
「自分で聞けばいいのに」
「無理だわ緊張するもの」
相手は神ぞ?
「まぁ、別にいいけど」
そう言ったレーヴェはそこはかとなく意地悪な笑みを浮かべていた。
なんとなく悔しいけれど、私は文句を飲み込みながらレーヴェの背後にぴたりと張り付いてフローラのもとへと歩みを進める。
「おはようフローラ。何か悩み事?」
「おはようございますレーヴェさん。いえ、ええと、悩んでるように見えました、か?」
「ん? まぁそれほど悩んでるようには見えなかったけどエレナが悩んでるみたいだって言ってて」
ね、と言いながら振り返ったレーヴェに、私はこくこくと頷いて見せる。
「あ、おはようございますエレナさん」
「おおおはようございますフローラ……フローラさん、フローラ様?」
「フローラで大丈夫です!」
神ぞ?
「あはは。さぁエレナ、俺の背後に居ないで座りなよ。俺はロルスみたいに君を膝に乗せたり通訳したりできないからね。それで、フローラの悩みっていうのは、俺たちに話せること?」
レーヴェが私のことを適当にというか雑に、なおかつ笑いながらあしらいつつ話を進めている。
今度は喉元まで文句がせりあがってきたが、やっとの思いで飲み込んだ。話が進まなくなってしまうから。
「あ、その、えーっと……」
フローラはそう呟いた後、顎に手を当てて小さく「どうしよう」と零す。
「あ、わたしが邪魔なら席を外すわ」
「いえ、邪魔だなんてとんでもない! とんでもない、んですけど……話してしまえばエレナさんとレーヴェさんに迷惑がかかりそうで」
私なんかがお二人に迷惑をかけるのが申し訳なくて、と、フローラは苦笑を零した。
「迷惑だなんて思わないから気にしないで、その、話してもらえれば」
「うん、俺たちでどうにか出来る話なら力になるし」
フローラはそんな私たちの言葉を聞いて、少しだけ悩んでから口を開いた。
そしてその口から発された彼女の言葉を簡単にまとめると、私たち三人に関する噂が養父母の耳に入ってしまってお怒りなのだそうだ。
私たち三人の噂というのは例のもつれた三角関係の話だ。
フローラが私からレーヴェを奪おうとしているという、あの。
「私はそんなつもりじゃないんですけど」
「ええ。というかそもそもわたしとレーヴェが恋仲であることが前提である時点でおかしいのだけれど」
「うん」
私とレーヴェはただの幼馴染でありゲーム仲間で、どちらかというと好敵手だもの。
「それで、私の養父母が怒って、というのか焦ってというのか……とにかくエレナさんの不興を買うのが恐ろしいみたいで」
「わたしの?」
私の不興を買うのが恐ろしいってそんな、いや私も悪の組織に居そうな顔はしているけれども。
「エレナの、というかエレナのお父様の不興を買うのが恐ろしいんだと思うよ」
「はい」
「なるほど。まぁ実際のところ、この噂がお父様の耳に入って一番危険なのはレーヴェだと思うけれど」
「確かに。俺もちょっと危ないなって思ってる」
私たちが零した言葉の意味が分からなかったらしいフローラがきょとんとしていたので教えてあげた。私のお父様がどれだけ私を溺愛しているのかを。私のお父様がどれだけの縁談を断ってきたのかを。
「それでその、怒った養父母がもっともらしい言い分を掲げて私の父の……元父というか生んでくれた父の工房を取り壊そうとしてて」
「フローラのお父様の工房?」
「はい。父は絵本作家で、その工房は私と父とであのゲームを作っていたところです」
なんと神が神ゲーを生み出していた工房をつぶそうとしているらしい。罰当たりが!
「フローラのお父さんの工房を、って八つ当たりじゃないか」
「あはは……」
フローラもきっとレーヴェが言ったようなことを思っているのだろう。
だが、彼女の立場を考えれば、養父母に文句など言えないのだ。
私たちでなんとか出来ないものかと考えていると、ルトガーに声をかけられた。
「おーい。ホールに移動する時間だぞ」
と。
そういえば今日は上級生の卒業パーティーだったな。もうそれどころじゃないんだけど。
「とにかく、歩きながら対策を考えましょう」
「そうだね」
私とレーヴェはそう言いながら立ち上がった。
「あ、いえ、まぁあの工房も古いですし、対策は別に」
「じゃあどちらにせよ対策は必要じゃない。古いからだろうと八つ当たりからだろうとつぶされちゃったらフローラのお父様はお仕事が出来なくなってしまうでしょう?」
平民が職を失ってしまったらきっと大変だろう。
それにその工房さえあればいつかフローラがゲーム作りを再開してくれる可能性だってあるかもしれないのだ。……それは私の欲望が固まりすぎているので今ここで口にはできないけれど。
そんなことを考えながら、私たちは歩き出す。
フローラの隣に並ぶ勇気がなかったので、レーヴェを間に挟む形で三人で横に並びながら。
「フローラは、いつかまたゲームを作ったりしないの?」
そう尋ねたのは私ではなくレーヴェだった。
「今は出来ませんが、いつかまた、と思ったことはあります」
と、フローラが答えると、レーヴェがにっこりと笑って私を見る。よかったね、と彼の口元が動いた。
「フローラが将来またゲームを作ってくれる可能性があるなら、やっぱりどうにかしたいね。エレナのためにもなるし」
「そうね」
「エレナさんのために……」
「だってフローラが、いやあの時はフローラだって知らなかったから、あの作家さんがゲーム作りをやめたって聞いたときのエレナの取り乱しっぷりはすごかったってロルスも言ってたからね」
「膝から崩れ落ちたわね。あの時の絶望を思い出すと今も胸が痛いわ」
レーヴェ越しにちらりとフローラのほうを見ると、彼女は両手で顔を覆っていた。あれはもしかして照れているのだろうか。
「うーん。もしかしたら、になるけど、うちの領地に父が所有してる家があるからそこをフローラのお父さんに貸すのはどうだろう?」
「いい考えねレーヴェ」
「え、いえ、そこまでしていただくわけには」
「フローラが気にすることはないよ。俺がエレナのためにそうしてあげたいって頼めば父も快諾すると思うし。そもそもうちの両親はエレナのこと大好きだからね」
そうだったんだ。レーヴェの幼馴染として可愛がってもらってるとは思っていたけれども。
「本当に取り壊されそうになったら、レーヴェのお父様から借りたらいいかもしれないわね。それがだめならわたしが私のお父様に頼むわ」
私が頼めばなんだってしてくれるのがお父様だもの。
「そうだね。あ、でももしもフローラが俺の家から貸した工房でゲーム作りを再開するなら一つ約束してほしいんだけど」
「約束、ですか?」
「そう。あの魔女のゲームは二度と作らないでほしいんだ」
「は? 何を言ってるのよレーヴェ!」
魔女のゲームこそ私が一番楽しみにしているゲームだというのに!
魔女のゲームの続編を待ち望んで待ち望んでどれだけ首を伸ばしたと思っているの! きっと5cmは伸びたわ!
「俺があの魔女にどれだけ怖い思いをさせられたか……!」
「だからってフローラに約束させるのはどうかと思うわ。貸すことを条件に約束させるだなんてフローラは断れないし、あなたがやろうとしていることはフローラの養父母と同じじゃないの!」
「同じじゃないよ! あの魔女さえ作らなければ他は何を作ってもらっても構わないから!」
私とレーヴェの口論はどんどん熱を上げていく。フローラはあわあわと両手を動かしながら私たちを止めようとしているけれど、口を挟む余地もないようだ。
「さっきはわたしのためだなんて言っていたくせに!」
「エレナのためだしフローラのためでもあるよ」
「魔女のゲームの続編が見られないならわたしのためでもなんでもないわ! わたしが魔女のゲームの続編をどれだけ楽しみにしていたか知っているでしょう!?」
私の力説を聞いたレーヴェは返す言葉を失ったようで、ぐぬぬと押し黙る。
黙るということは図星ということだし私のためではないということだ。
「酷いわレーヴェ! わたしとフローラ、どちらが大切なの!?」
「ごめんエレナ……フローラだ」
この会話が繰り広げられたのが、丁度校舎とホールの間にある渡り廊下だったため、私とレーヴェの声が校舎の外にまで響いていた。
奪い合いの末路のようなその会話に、周囲はざわついている。噂は本当だったのか、と。結局フローラに奪われてしまったのか、と。
三人とも一切そんなつもりはなかったのに、ヒロインがライバルを出し抜いてイケメンを手にしたという構図だけが出来上がったのだ。
もはや運命として定められていたかのように。
しかしそんなことはどうでもいい。私は今それどころではないのだ。
「……嘘はいけないわレーヴェ。よくよく考えたらわたしでもフローラでもなく自己保身に走っただけでしょう?」
「……うん。だってあれ怖かったし」
口をへの字に曲げたレーヴェが呟く。
「そんなに怖かったですか?」
「怖かった。だって、エレナがわざと魔女を出すんだよ?」
「だって、怖がるロルスとレーヴェがとても面白いのよ?」
そりゃあ出すでしょ、わざと。
でももう出しすぎて前ほど怖がってくれないんだもの。それもあって続編が楽しみなのだけれど。
「ふふ、あはは。お二人は似た者同士なんですね」
なんて言いながら、フローラは楽し気に笑っていた。
そんなわけで、私は意図せずこのゲームのエンディングを演じていたらしい。
その日帰宅した私を待ち受けていた母の微笑みを見てそれを悟ったのだ。
そして『レーヴェがヒロインを選ぶシーンが見られて嬉しかったー!』という呟きから「わたしとフローラのどちらが大切なの」あたりの会話がそのシーンなのだろうと推察したわけで。
私たちはあの時丁度渡り廊下に居たし、渡り廊下が見える中庭には上級生の保護者達がちらほらと集まっていたからおそらく母はその中に紛れていたのだろう。そのシーンを見るために。
結局フローラが神だった時点で完全に詰んだと思っていたが、無事NPCとしての仕事は出来ていたのだ。よかった。
これでめでたしめでたし。ってことでいいだろう。
そして私の意地悪令嬢というポジションは終わり。肩の荷が下りたような気分だ。
だって今後はマイナス2万点から動きやしなかった意地悪度を必死で上げる必要もないのだから!
そんな軽やかな気持ちで過ごしていたある日、事件は起きた。
ロルスが、居なくなってしまったのだ。
ロルス~~~!
評価、ブクマ、拍手ぱちぱちいつもありがとうございます。そして読んでくださってありがとうございます。
無事ゲームのエンディングを迎えました。一応。この物語自体のエンディングはもう一悶着あってからとなります。なんやかんやでもう少しです。多分。最後まで頑張ります。
前回この話の人気キャラって誰なんだろうと書いたところやはりエレナとロルスが人気なようでした。ありがたい話です。




