意地悪令嬢、ちょっぴり打ち解ける
放課後の娯楽室に、レーヴェの笑い声が響く。
「全部知っていたのね、と、お嬢様はおっしゃっております」
「うん、ごめん」
結論からいうと、やはりフローラは私の大好きなゲームの作家様本人だった。
そしてフローラは私がファンだということを知っていた。知っていたからこそ避けていたのだという。
「ひどいわ……、と」
「ごめんねエレナ。でもやっぱりエレナのあの褒めっぷりを知ってて名乗り出るのは無理だよ、恥ずかしいし」
確かに褒めたさ。べた褒めしたさ。でも全部知っていてこっそり笑っているなんて酷いにもほどがあるというもの。
「だって大好きなんだもの褒めるのは仕方ないじゃない、と」
「ひぇぇ」
「もちろんエレナの言い分もわかるよ。でもフローラがいつか自分で言うって言ってたし俺が口出しするわけにはいかないでしょう」
「ずるい、と。……僭越ながらお嬢様、そろそろご自分の口でお話になってはいかがでしょうか? いえ、無理、ではなく」
レーヴェに誘われたから娯楽室に来たものの、そこには神もいらっしゃったので私はロルスに張り付いたまま動けなくなっていた。
私たちがいつも遊んでいるテーブルで、とりあえずロルスを座らせてから私はその膝に座り、ロルスの首元に顔を埋めた。だって神と視線を合わせる勇気がないんだもの。
そんな状態の私に構うことなくレーヴェが話しかけてくるから、私がぼそぼそとしゃべった言葉をロルスが通訳のように返してくれていた。
「あ、あの、その、え、ええと、エレナさん、その、今まで黙っていて、ごめんなさい」
「……お嬢様。お嬢様。……申し訳ございませんフローラ様、お嬢様は現在人の言葉を話せておりません。しかしお嬢様は怒っているわけではございませんので謝らないでください」
「あはは、まさかエレナがそんな風になるとは思わなかったな」
「のんきに笑わないで、とおっしゃっております」
「話せてるじゃないか人の言葉……」
レーヴェは別に神でもなんでもないしな!
しかし、いつまでもロルスに張り付いているわけにはいかない。
私は伝えなければいけないのだ。何から伝えたらいいのか分からないけれど、素敵なゲームを作ってくれてありがとうだとか、あなたが作ったゲームが大好きですだとか、今後また作ってくれたら嬉しいですだとか。NPCという枷をかなぐり捨てで。
「折角娯楽室に来たわけだし、とりあえずゲームでもしようか。エレナはロルスに張り付いてるから、俺とフローラとロルスで」
「ずるい、とおっしゃるのならまずは私の膝から降りてはいかがでしょうかお嬢様」
ロルスはそう言って、私の背をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
「二人とも異常に緊張してるみたいだし、打ち解けられるようにまずは簡単なカードゲームで遊ぼうか」
そんなレーヴェの言葉を聞きながら、私はゆっくりとロルスの膝から降り、ロルスの隣の椅子に腰を下ろす。そのまま正面を見れば神がいるはずだが、緊張や照れで一切顔が上げられない。下ばかり見ていてはいけないと分かっているのに。
どのタイミングで顔を上げるのがいいのだろうかと思い悩んでいると、ふとフローラが口を開いた。
「お二人は、やっぱりとっても仲良しなんですね」
その言葉にはじかれるように顔を上げると、フローラは私とロルスを見ながら多少ぎこちない笑みを浮かべていた。
「え、えっと、えっと、ええ、わたしとロルスは、小さい頃からずっと一緒に居たから」
きっと私が浮かべた笑みもぎこちないのだろう。
「珍しいよね、従者とそんなに仲がいいなんて」
ぎこちない二人をレーヴェがフォローしてくれている。
「やっぱり珍しいんですね。私は元々平民だし、貴族の方と従者さんが一緒に行動してるのを見たのはお二人が初めてだったから、最初はそれが当たり前なのかと思っていました」
神に気を遣わせてしまっている……! そう気付いたはずなのに、うまく言葉が出てこずに愛想笑いを浮かべていると、レーヴェがくすりと笑う。
「珍しいよね」
「め、珍しいかしら?」
「珍しいよ。俺の家にも従者は居るけれど、一緒に買い物に行ったりはしないし」
言われてみれば両親やお兄様が従者を伴って買い物に行っているところは見たことがなかった。
そうか、従者をぶんぶん振り回すのは珍しいことだったのか。今更ながら。
「その、実は私、お二人がゲームを買いに来てくれるのが一番の楽しみだったんです」
神が照れ笑いをお浮かべになった。ありがたい。なんともありがたい。
「わ、わたしも、あなたのゲームを買いに行くのが一番の楽しみだったわ」
フローラの顔が、そしておそらく私の顔も、見事に真っ赤になっていた。
真っ赤になったついでに、もうこの際打ち明けてしまおう。フローラに言いたかったことを。
「あ、あのね、ずっと直接言いたかったのだけど、わたしはあなたが作ったゲームが大好きなの」
「ああぁ大丈夫ですぅ、毎回直接聞いてましたぁぁ」
「それはあなたが勝手に聞いていただけだもの! 素敵なゲームを作ってくれてありがとう」
「ひええぇ、こちらこそ遊んでくださってありがとうございますぅ」
フローラは顔面を両手で覆いながらそう言った。その状況を見たレーヴェが、またしてもくすりと笑う。
「フローラが照れ死にそうになってるよエレナ」
「だって本当のことだもの。レーヴェだって知っているでしょう、わたしがあのゲーム達をどれだけ好きなのか」
「知ってるけどさ。遊ぶ用と保存用と布教用って言って大量に買ったりしてたのも」
「あああああ勘弁してください本当に照れ死にます!」
そうして、私は涙目になりながら褒め称え、フローラは真っ赤になりながら照れ散らかし、レーヴェはたまにフォローを入れつつも笑い転げ、なんてことをしながら、私たちはなんとなく打ち解けたのだった。
神に直接お礼を言えたことで、なんとなくほわほわと夢見心地のまま帰宅すると、母に捕獲された。にんまりしているようなので、乙女ゲーム関連の話でも聞き出そうとしているのかもしれない。
「おかえりなさい、エレナ。美味しいお茶を買ったから、一緒に飲まない?」
「ただいま帰りました。お茶ですか? はいいただきます」
お茶なんてただの口実だろうと思いつつ母についていく。お兄様もついてくるつもりらしく「僕もいいですか?」と問いかけながらついてきている。
正直お兄様が側にいると母が長い日本語を呟かなくなるので乙女ゲーム関連の助言が期待できなくなってしまうのだが、お兄様を遠ざける方法が思いつかなかったので諦めるしかなかった。
「ところでエレナ、編入生の子とは仲良くできているのかしら?」
侍女ちゃんが用意してくれたお茶を眺めていると、母が早速口を開いた。
編入生の子、もちろんフローラの話だ。
「仲良く……」
正直相手は神なので仲良くするなど恐れ多いのだが、今日の放課後に随分と打ち解けたので仲良くさせてもらえそうな気はしている。私さえ緊張しなければ。
「エレナは心優しい子なのだから、皆と仲良く出来ているに決まっているでしょう」
私が考え込んでいると、お兄様がそう口走っていた。
「いくら優しい子だとしても、エレナにだって色々あるのよハンス」
「色々?」
「そう。例えばだけれど、好きな子を横取りされそうになったら、エレナだって意地悪になることもあるでしょう」
「好きな子!?」
「例えばの話よ」
「いくら例え話でもそんな恐ろしい例え話など……!」
「あら、エレナだって恋するお年頃ですもの。普通の例え話よ」
私が今日の放課後のことを考えている間に母と兄が小さな戦いを繰り広げていた。そして残念だが別に恋するお年頃ってわけでもない。本当に残念だが。
「そ、それで、エレナ、どうなのかな? 仲良く出来て……いないのかな?」
「それは、その」
仲良くしたいと思っているしお互いの照れさえなくなれば仲良くなれそうな気配はあった。
しかし今ここでそれを馬鹿正直に言うわけにはいかない。母はまだ私を意地悪令嬢だと思っているのだから。
「いいのよエレナ。無理に仲良くすることはないの」
思い悩む娘を宥める母親の顔の影に、好奇心の色が潜む。おそらく、それでこそ意地悪令嬢だと思っているのだろう。
『レーヴェのことは、いつか諦めなければならなくなるけれど』
要するにヒロインとレーヴェがくっつけば、邪魔者である意地悪令嬢はレーヴェを諦めなければならないということだな。
それで、今ここでレーヴェの名前が出るということは、レーヴェルートとやらで確定しているのだろうか。
まぁでもフローラが今からローレンツ様と知り合うのは無理だし王子様やエリゼオ先生との接触もなさそうだし、ルトガーとの接触は全くないわけではないがそれほど親しいわけでもなさそうだし、確定していてもおかしくはないか。
そもそも私とレーヴェとフローラの三角関係ネタで変な噂が立ったせいもあってかフローラはあまり友達が居なさそうだからな。
実際の乙女ゲームの中ではどうやってレーヴェ以外の攻略キャラクターと出会うんだろう。無理ゲーでは?
「話は変わるけれど、もうすぐエレナの一つ上の子たちの卒業式ね」
「あぁ、そうですね」
「ダンスのパートナーは決まっているのかしら?」
「僕ですね」
そう、日本の学校の卒業式と違い、この学園の卒業式は卒業生とその一つ下の学年の生徒が集められて夜会形式でダンスパーティーが行われる。
卒業前に婚約が決まっていればその婚約者と、決まっていなければ家族とパーティーに参加するのがメジャーらしい。中には恋人同士で参加する人たちもいるらしいけれど。
「お兄様かロルスですね」
「僕だよ」
お兄様があまりにも必死なのでお兄様にしといてあげよう。ロルスでもよかったのだが。
そしてそんな必死なお兄様に引き気味でその時は分からなかったのだが、母がこの話を持ち出したのにはきちんと理由があったようだ。
お茶を楽しんだ後、部屋に戻る直前のこと。母が小さな小さな声で呟いたのだ。
『ついにゲームのエンディングが見れるのかぁ。レーヴェルートで一番盛り上がるのは卒業パーティーの直前だから、早めに行けばこっそり覗けるかな』
と。
知らないうちにもうエンディングを迎えようとしているらしい。
びっくりするほど意地悪らしい意地悪が出来なかったというのにもうエンディングとは。
正直NPCとしての立場は諦めているのだけれど、母の楽し気な声を聞いて、軽い罪悪感を覚えた気がした。
「……ねぇロルス、わたしはどうすればいいのかしらね」
「はい?」
「なんでもないわ」
一体何が正解なのか、私には分からない。
次回 "乙女ゲームの" エンディング回が来ます(予定)
評価、ブクマ、拍手コメントやぱちぱち等いつもありがとうございます。そしていつも読んでくださってありがとうございます!
ところでこの作品の人気キャラクターって誰なんでしょうね。エレナ?ロルス?それとも他の子?
ちなみに私のお気に入りはブルーノ先生です。




