意地悪令嬢、占われる
「おかしいとは思わない?」
「なにがでしょうか、お嬢様」
「見たでしょ? わたしの意地悪令嬢っぷり」
「はい」
あの時ヒロインは陰口を叩かれていた。
元は平民のくせにだとか、貴族ぶりやがってだとか、そんなことでこそこそ陰口叩く? みたいな、なんとも言えない内容の。
それを聞いた私はその陰口を叩いていた平民たちに乗っかったのだ。陰口の内容こそ幼稚ではあったけれど、乗っかれば意地悪っぽく見えるかもしれないと思ったから。
「嫌がらせをしていた輩を圧力たっぷりの笑みで蹴散らすお嬢様はとても素晴らしかったと思います」
「それって意地悪令嬢がすること?」
「……どうでしょう?」
そもそも私の狙いは嫌がらせをしていた輩を蹴散らすことではなく嫌がらせをしていた輩に乗っかって追い打ちをかけることだったのだ。そこに居たヒロイン、フローラに。
嫌がらせをしていた輩を蹴散らした時点でヒロインにとっては正義のヒーローになりかねなかった気しかしない。真逆じゃん。
しかもよく分からないことにヒロインにも逃げられてしまった。だから成功の可能性もないわけではない。
でもなぁ、口を開いてすらいない段階でもふわっと避けられるから成功の可能性はとてつもなく低いみたいなんだよなぁ。難しい。
この乙女ゲームの意地悪令嬢とやらはどうやって彼女に意地悪を働いていたのだろうか。このままでは逃げる彼女を追い回して意地悪をしなければならないのだが、私にそこまでのガッツはあるだろうか? 無理ゲーじゃない? 詰んでない?
「気落ちなさらないでください、お嬢様。大丈夫ですよ、お嬢様は意地悪です。私を下僕と呼ぶことをすっかり忘れてしまっておられても」
「地味に追い打ちかけてくるのやめてもらえる?」
どっちが意地悪だかわかったもんじゃないわ!
っていうかそもそもロルスへの意地悪は練習だったんだもの。ヒロインが来た今、もう本番は始まっているのだ。
だがしかし。
「そんなに意地悪してほしいならしてあげるわよ」
「いえ」
「今からとびきり怖い小説を読んで、深夜あなたのベッドに潜り込んであげるから」
「鍵を」
「ロルスの部屋の鍵なんか壊しますー! わたしたちだって大きくなったんだから」
「お嬢様」
「あなたはきっとベッドから落っこちるわ」
「……」
ロルスとそんな話をしてから、約一ヵ月が経過した。
その間、ヒロインからはずっとふんわり避けられている。
避けられながらも、やはり私はNPCなのだからと頑張ってヒロインに近付いて、そして気が付いた。
私が接近すると、ヒロインはなんとなく動きが硬くなるようだと。
ロルスが言うには彼女は元おもちゃ屋の店員で、魔女のゲームを買ったときにレジに居て震えていたらしいので私が接近するたびにあの魔女を思い出しているのかもしれない。それがストレスになるのなら、私はヒロインに接近するだけで地味な嫌がらせが出来ているということになる。なんともお手軽な意地悪だ。地味だけど。こんなことでいいのだろうか……。
そう思い悩んでいたその日の占術の時間、ちょっとした事件が起きた。
「そういや華占いを習ってるやつが二人になったんだよな」
ふいにそう呟いたのはルトガーだった。
その呟きを聞いたナタリアさんとヒロインがルトガーのほうを見る。
「あの通過儀礼はやらなくていいのか?」
ルトガーの言う通過儀礼の意味が分からず、その場にいた全員が首を傾げている。
「通過儀礼?」
と、最初に口を開いたのはナタリアさんだった。
「そう、通過儀礼。エレナのことを占って失敗する通過儀礼」
種が爆発したあれか。いやあれは先生も爆発させてたんだから別に失敗ではないのだろうが。
「あれは失敗じゃないわよルトガー。ねぇナタリアさん」
「いえ、その……」
ナタリアさんの表情が曇る。もう数年前のことなのに、未だに気に病んでいるのかもしれない。
「あれが失敗じゃないなら、そこの、フローラが占っても結果は同じようになるんだろう?」
「……まぁ、なるでしょうね」
私がそう答えると、ルトガーの顔に好奇心の色が広がる。これはあれだな、爆発させたいんだな。
「俺はあれがもう一回見たい」
やっぱり。
しかし目の前に数年もの間気に病み続けているナタリアさんがいるわけなので、私のせいで人を悲しませるのは気が引け……待てよ。これは意地悪になるのか?
ふと意識をヒロインに向けると、彼女はレーヴェに「結果って、どうなったんですか?」と尋ねていた。しかしレーヴェは言葉を濁している。爆発するって言ってあげなよ。
まぁ言うにしろ言わないにしろ、彼女が私に近付いてきて占うなんてことはないだろうから、と思っていると、ルトガーが立ち上がった。
そしてレーヴェも向こう側に座っていたヒロインを立ち上がらせ、私の目の前に連れてきた。強制的に。
「え、え?」
目を白黒させながら戸惑っているヒロインに、ルトガーは言うのだ。
「エレナの過去、現在、未来を占ってみてくれ」
と、声高々に。
目を白黒させたままのヒロインは、ルトガーの手によって強制的に私の正面に座らされる。
時折「え」だとか「えっと」だとか、小さな声で呟きながらふらふらと手を動かしたりしているだけで華占いを始める様子は見受けられない。
「嫌なら占わなくていいのよ」
見かねた私が呟くように言えば、ヒロインは一瞬私を見てから、助けを求めるようにレーヴェを見た。
頼られたであろうレーヴェのほうは、なぜだか口元を抑えながら彼女から視線を逸らしている。
なんだろう今から種が爆発すると知っているから楽しくなっちゃったのだろうか。レーヴェはそんな失礼なことしないはずだと思っていたのだけれど。
「う、占います……」
占わなくていいって言ったのに。そう思いつつ、口では「じゃあお願いするわね」と言っておいた。爆発するのに。
複雑な気持ちを胸に、占う準備をする彼女の手元をじっと見つめる。
すると、どうやら緊張しているらしい彼女の指が震えていることに気が付いた。種に触れる手がなんとも覚束ない。
これは爆発した瞬間泣きだしてしまったりするのではなかろうかと不安になってきた。
いや私は意地悪令嬢なのだからヒロインを泣かすくらいのことはしなければならないのかもしれない。だけど、やっぱり、私にはできない。なぜなら私は意地悪度マイナス二万点の女だから!
「誰も言わないみたいだからわたしから言うけれど、種は爆発するわよ」
小さなため息を零しながら言うと、彼女はふと手を止めた。
ルトガーは言わないほうが面白かったのにと文句を垂れている。ルトガーのほうがよっぽど意地悪なのでは。
「華占いはともかく、石占いの先生に言われたのよ。わたしには酷い過去があって、将来は幸せになれないって。だから華占いだと種が爆発するの」
だからやっぱり占うのはやめて、と言葉を続けようとしたときだった。ふいに彼女が口を開いた。
「幸せに、なれない?」
と、開いた口からただ声が零れ落ちたような、小さな声だった。
「そう」
「なんでですか?」
その時、彼女と初めてきちんと目が合った。
カラーリングが地味なので、全体的に地味な子だと思っていたけれど、よく見たら肌は綺麗だしまつげは長いしさすがはヒロインといった素材を持っていた。
そして、その長いまつげに縁どられた瞳には、なんだか強い意志のようなものを感じた気がした。
「いや、なんでかまでは分からないけれど、なにかに邪魔されてるとかなんとか、そんなことを言われたわ」
「占わせてください!」
唐突に気が変わったらしい彼女は、さっきまで手を震えさせていたとは思えない手つきで華占いを始めた。
今まで何もなかったはずの空間に、彼女の魔法によってふかふかの土が出現する。
そこにきらきらと輝く種を三つ蒔き、彼女の手から出た霧が土を包み込んだ。しばしの沈黙の後、彼女が優しく吐息をふきかけると、土を包んでいた霧がふわりと晴れて、きっと本来ならそこに綺麗な花が咲くのだろう。
しかし、やはり過去の種は爆発した。現在の種も当然のように爆発する。どうせ未来の種も。
「芽が出てる!」
嬉しそうにそう言ったのはナタリアさんだった。
爆発すると思っていたが、そこには小さな小さな双葉があったのだ。確かあの占い結果を面白がっていた華占いの先生もカイワレのような小さい双葉を出していたっけな。そして結局はなんの芽だか分からずじまいだったはずだ。
「これだけ小さいんじゃ、なんの芽なのかもわからないわね」
爆発しなかっただけマシだけれど、とぼそりと呟いていると、ヒロインが急いだ様子でその芽を両手で包み込んだ。
「育てます」
「は?」
どういうこと? と、その場にいた全員の目がそう語っていた。
「占いとは切り離して、今からこの芽に魔力を込めて育てます」
「そんなことできるの?」
そう問いかけると、目の前の彼女はこくこくと頷いた。
「華占いでは習っていませんが、やってみます。きっとできます」
あの先生はそんなことしようともしなかったけれど、本当にそんなことができるのだろうか。
できるのだとしたら、いったいどんな花が咲くのだろう。楽しみでもあり、少し怖かった。
だって、石占いの結果では、なにか杭のようなものに邪魔をされて幸せになれないと言われたのだから。
そもそも前世でゲームマニアにつらい思いをさせたという罪があるので、幸せになれないこともなんとなくは納得している。だから今更どんな結果が出ようと仕方がないと割り切れるはずだ。でも目の前で咲いた花の花言葉が恐ろしいものだったらと思うと、そりゃ怖いでしょ。呪いとか呪縛とか、たしかなんかそういう怖い花言葉を持った花もあった気がするし。
やっぱりやめようよぅ、と言ってしまいたいが、真剣な顔で芽に魔力を送っているヒロインとそれを固唾をのんで見守っている皆を見ると口を開くことすらも憚られる始末。
もうなるようになれ、と思考を放棄するしかなかった。
黙って見守ること数分、本当に芽が大きく成長してきていた。そろそろつぼみが出てくる頃だろうか。
「もうすぐ咲きます」
その声を聞いてふと顔を上げると、彼女の鼻の頭に汗がにじんでいるのが見えた。もしかしたら、今ものすごい魔力を消費してしまっているのかもしれない。
大丈夫なのだろうか、魔力の枯渇とか……。
「あ! 咲きましたよエレナ様!」
魔力の枯渇で消えた足の感覚について思い出していたら、ナタリアさんに声をかけられた。
「えへへ、咲きました!」
続いて彼女もへにゃりと笑いながらそう言った。
視線を落として、彼女の手元にある花を見ると、かわいらしい星の形をした紫色の花が咲いていた。
「これは?」
「この花の花言葉はやさしい愛情、深い愛情、永遠の愛などです」
恐ろしい言葉が並ばなかったことに安堵した。しかし、愛情だの永遠の愛だの、これは何を意味するのだろう。
「エレナさんにはやさしい愛情を向けている誰かがいるはずです」
「や、やさしい愛情を向けている、人?」
「この種は将来なので、今は分からなくてもいずれ」
「なるほど」
「深い愛情を向けてくれている人もいるはずです」
私が愛情を向ける相手、私に愛情を向けてくれる相手、誰だろう。お父様とかお兄様とかかな。あと一応お母様も?
あとは、ロルスも……だったらいいな。
「そして永遠の愛、なので、エレナさんが幸せにならないなんて嘘です」
そういった彼女は、優しい微笑みを湛えていて、女神のように見えた気がした。
「ありがとう、フローラさん」
私を怖がっているはずなのに、わざわざ汗をにじませてまで花を育ててくれて。
なんて思っていると、フローラさんは一瞬で顔を真っ赤にしてそそくさと片づけを始めた。なんだなんだどうした突然。
「えっと、以上です!」
フローラさんはルトガーに向けてそう言って、急いでレーヴェの向こう側へと戻っていった。
レーヴェは口元を抑えて、笑いをこらえているように見受けられる。レーヴェめ、何か隠しているな。今度尋問せねば。今日はフローラさんに免じて許してあげるけれども。
その日の夜のこと。
私はベッドに横になり、眠る前に華占いの話を思い返していた。
「ねぇロルス。今日ね、フローラさんに華占いをしてもらったの」
「……華占いですか」
相槌を打ったロルスの声音が明るくなかったのは、もしかしたら例の華占いの先生を思い出したからかもしれない。私も思い出したし。
「過去と現在の種はやっぱり爆発してしまったのだけれど、未来の種は芽を出したの」
「……はい」
「それでね、フローラさんは占いとは切り離してその芽を育てて花を咲かせて見せてくれたの。その花の花言葉はやさしい愛情、深い愛情、永遠の愛、なんだって」
「とてもよい花言葉のようですね」
「そうなの。わたしがやさしい愛情を向けてて、誰かが深い愛情を向けてくれてて、それから永遠の愛でしょ。わたしが愛情を向けるとかわたしに愛情を向けてくれるとか、誰なのかしらね。やっぱりお父様たちかしら? あとは、もしかして」
「僭越ながらお嬢様、その芽を出したのが未来の種だというのならば、それは将来お嬢様が結婚する相手なのでは?」
もしかしてロルスだったりして? なんて冗談っぽく言ってみるつもりが、ロルスの言葉で遮られてしまったので言葉を続けることができなかった。
言われてみれば、結婚を連想する言葉の羅列のようにも思える。昼間はそんなこと思いつきもしなかった。
「……わたし、結婚するのかしら」
「お嬢様?」
そういえば、前世の自分が死ぬ前に結婚するならって話をしていた気がする。結局結婚なんてできずに死んでしまったんだけど。
「ロルス、頭が痛い」
フロントガラスに打ち付けた頭が痛い。
「大丈夫ですか?」
違う、あれは私であってわたしではない。
「こわい」
「お嬢様?」
わたしは、私は、長く生きられない……
真相を知っているレーヴェだけはとても楽しそうですね。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ブクマ、評価、拍手、感想などもありがとうございます。そしてレビューもありがとうございます!レビュー書いてもらったの初めてです!
次回もお楽しみに!




