真相を聞き出したのは、幼馴染
彼女への風当たりは強い。
そう感じたのは、彼女の陰口を小耳に挟んだ時だった。
元平民の現貴族ということで、平民からあまりよく思われていないらしい。まぁ貴族のほうもどう接したらよいのか分からず遠巻きに見ているだけではあるのだが。
それにしたって聞こえるように陰口をたたくのはどうなのだろう。聞こえないように隠れて言うから陰口なんじゃないのか。
今もこそこそひそひそと、しかしどことなく堂々とした声が聞こえてくる。
「元は平民のくせに」
「貴族ぶりやがって」
そんな声が。
ただ、その声を断ち切る存在が現れた。通りがかりのエレナだ。
「……なるほど。ほらあなたたち、もっと大きな声で言ってさしあげなさいよ。本人に聞こえるように。なんでしたっけ? 元は平民のくせに? 貴族ぶりやがって? それでそれで? まだ言いたいことはあるのでしょう?」
はきはきと大きな、それこそ完全に堂々とした声だった。
「あら、逃げられちゃったわロルス」
「そのようですね、お嬢様」
陰口をたたいていた奴らは突如現れたエレナに恐れをなし、一目散に逃げていく。
逃げ去る背中を目で追いながら首を傾げているエレナを見ていると、ふと自分の隣から人の気配が消えた。
「あ」
なぜか陰口をたたかれていたほうも逃げていってしまったのだ。
エレナに声をかけたいところだったが、彼女にどうしても言いたいことと聞きたいことがあったので、俺は逃げていった彼女、フローラのほうを追うことにした。
「さっきのはお礼を言うとこだったんじゃないの?」
脱走したフローラは、廊下の片隅でうずくまっていた。顔を覗き込んでみると、両手で顔を覆ってしまっていた。
そして耳を澄ましてみると、指の隙間から微かな声で「い、いや……ひぇ……」という文言が漏れ出していた。泣いているわけではないようで少し安心した。泣かれても慰め方がわからないから。
しかしこの子は一体なんなんだ。
彼女の世話係になって一週間、いよいよ俺も我慢の限界を迎えそうだった。
俺は深くため息をついて、うずくまる彼女の隣で腕を組んで窓にもたれかかった。
「なんでエレナから逃げ回るの?」
「それは、その……」
俺の問いかけを聞いて、やっと顔を覆っていた両手を離している。
長らく覆われていた顔は少し赤くなっていて、ほんのすこし瞳が潤んでいるようだ。
「エレナが君になにかした?」
「……い、いえ、なにも……なにも……?」
「じゃあ別に逃げ回ることないよね。エレナだって君の世話係に任命されていたし」
世話係に任命されたのは俺以外にエレナもナタリアさんも居たのだ。
編入生は女の子だし基本的には二人に任せればいいだろうと思っていたのになぜか俺が一人で背負う羽目になっていた。
俺一人になるとは、さすがに想像していなかった。
今でこそナタリアさんが協力してくれているが、二人はなんとなくぎくしゃくしていてまだ歩み寄りきれていないのでやはり最終的には俺だけが頼りにされている。
別に頼られるのが嫌なわけではないが、問題はフローラがエレナから逃げ回ること、ただそれだけ。
フローラがエレナから逃げるので、俺がエレナに近づけない。エレナに近づけないことで、ここ最近はエレナとあまり遊べなくなっていた。
数日前、今日も遊べないとエレナに告げたところ、エレナは酷く寂しそうな顔をして「こうしてお互い忙しくなったら遊べなくなるものよね」と小さな小さな声で零していた。
俺はエレナに悲しい顔をさせてしまったのがつらかったのだ。
その後娯楽室で遭遇してしまったときは「その子とは遊ぶのにわたしとは遊んでくれないのね」と言っていたっけ。
あれはヤキモチだったのだろうか。だとしたら、エレナには悪いが少しだけ嬉しい気もする。エレナは友達も多いし、俺がいなくたってそう寂しいこともないだろうと心のどこかで未だに思っていたから。
少し思考が脱線してしまったが……、あの日、その娯楽室で遭遇してしまった日はフローラのほうからエレナが寄付したゲームが見たいと言い出したからあの場に居たのだ。
そもそもフローラはエレナが気づいてないところでエレナのことを見ていたりするしエレナをなんとなく気にしているようでもあるのでエレナを嫌っているわけではなさそうなのだが。
「フローラ、君はエレナが嫌いなの?」
「違います」
やっぱり、一つも悩まずに即答した。
「じゃあ、エレナが怖いの?」
「怖くはありません」
「じゃあなんで逃げるの?」
そう問いかけると、彼女は数度口をぱくぱくとさせながら言葉を探していたようだったが、結局はその口を閉ざし、またしても両手で顔を覆ってしまった。
……埒が明かないな。
「その、どんな顔をしたらいいのか、分からないんです……」
指の隙間から、そんな言葉が漏れ聞こえてきた。
「顔?」
「えと……、あの、エレナさんは、私の正体に……いや、いや、エレナさんは私のこと、なにか言ってました?」
「君のことは特になにも。ただ「わたしが怖いのかしらね」って気にしてたよ」
俺の言葉を聞いたフローラは、ため息を零しながら「怖いわけではないんですけどもぉ」と情けない声を発している。
「なんだかよくわからないけど、嫌いなわけでも怖いわけでもないなら話してみればいいじゃないか。エレナはいい子だよ。幼馴染の俺が言うんだから嘘じゃない」
「いい子なのは知ってます。ただ……ただ、心の準備というものがですね……」
「はぁ?」
「いやぁ……その……」
歯切れの悪いフローラの言葉に、少しだけイライラする。
「もしも君がエレナの敵になるようだったら、俺はエレナを守るしエレナの友達も君の敵になるよ。今ならこの国の王子も君の敵になる」
「敵になんて、そんなあり得ない」
「ブランシュ侯爵家の花嫁候補の話、知ってる?」
俺がそう尋ねると、彼女ははじかれるように顔を上げた。また顔が赤くなってしまっている。
「知ってます。エレナさんを選ばなかったんですよね、侯爵家の方。新聞で読んでびっくりしました。なんて見る目のない人なんだろうって」
「ん? その時からエレナのこと知ってたの?」
「よくお店に来てましたし。それで、そのお話がどうしたんですか?」
お店?
「あぁ、その花嫁候補が決まる前、花嫁候補の座を争ってるつもりでエレナに嫌がらせをしようとした人が居たんだ。でも俺たち、エレナの友人達が結束してそれを阻止した」
「すごぉい!」
いや君を感動させるためにこの話を持ち出したわけじゃないんだが? なんなんだこの子。
「で、君がエレナと敵対するならその結束力を見せつけるけど、って話」
「敵対だなんてそんなまさか。私はエレナさんのこと、好きなんです。あとあの、いつも一緒に居る使用人さんかな? あのロルスさんって人も」
ロルスのことも知っているらしい。しかしそれならなぜエレナを避ける必要があるというのだろうか。
「好きなら、なんで避けるの?」
「……だ、だからその、なんというか、幻滅されたくなくて」
「幻滅? エレナが、君に幻滅するの?」
エレナがフローラに幻滅するということは、エレナがフローラを知っているということになるはずだが、エレナはそんなそぶり一切見せていなかった。
「エレナは君を知らないみたいなんだけど」
「まぁ、はい、そうでしょうね」
じゃあどうやって幻滅するというのか。さっぱり理解できない。
「もう意味が分からないから、できれば詳しく話してくれないかな?」
そう言うと、フローラは一度口を完全に閉じて黙り込んで思案し始める。そしてたっぷりと間をおいてからまた口を開いた。
「エレナさんには、絶対に言わないって約束してくれますか?」
「するよ」
話の内容によっては約束破棄するかもしれないけど。
「……レーヴェさんは、エレナさんと幼馴染だって言ってましたよね」
「そうだよ」
「じゃあ、あのエレナさんが寄付したっていうゲームで遊んだことはありますか?」
「あるある。何度も何度も遊んだし、あのゲームは俺も好きだよ。魔女以外」
「魔女以外」
そう呟いたフローラは、またふと口を閉じる。そして決心したように深く息を吸い込んだ。
「……あのゲーム、私が作ったんです」
「は? え、いや、でも名前が」
「偽名というか、作家名というか、本名では作っていませんでしたから」
衝撃の事実に、俺の思考は一瞬完全に止まってしまった。
「え、いや、え!?」
「私の父親は絵本作家だったんです。私は父とゲームで遊ぶのが大好きで、そのうち二人で一緒にゲームを作るようになって、いつの間にか売るようになって」
「そうだったんだ……」
「はい。それで、どんな人が買ってくれるのか気になる、って話をおもちゃ屋の店主さんにしたら働いてみるかい? って言ってもらっておもちゃ屋さんで働くようになって」
なるほど、だからフローラは一方的にエレナのことを知っていたのか。
「エレナさんはたくさん買ってくれるだけじゃなく、その、私が作ったゲームをべた褒めしてくれるものだから……」
確かにべた褒めしていたなぁ。
うーん、なるほど。これはどんな顔をして話せばいいか、という気持ちもわかる気がする。
エレナはフローラのことを知らないうえで猛烈にべた褒めしていたわけだから、全部知っているフローラにしてみれば気恥ずかしくて顔を合わせづらいだろう。俺ならそう思う。
「まさかクラスメイトになるとは……」
「そういえば、ゲームを作れなくなったのはこの学園に入るためだったの?」
「あ、はい。遠縁も遠縁の親戚に色々あって。私を出来るだけ早く学園の卒業生にしたかったらしくて、学園に入る前に数年間かけてやれお作法だのマナーだのって教育とか勉強も頭に詰め込まされましてゲーム作りも店も辞めざるを得なくなって」
あぁ、入学よりも卒業を重視したから普通に入学させるのではなく面倒でも編入という形をとらされたのか。
「エレナがあの作家様が新しいゲームを作らなくなったってものすごく落胆してたんだけど」
「あぁ……そうだったのですね」
申し訳ないことをしてしまった、と彼女は呟いたが、エレナの落胆っぷりは申し訳ないという言葉で片付けられないほど酷かった。まぁこれは黙っておくことにしよう。フローラを責めるみたいになってしまいそうだ。
「なるほど、君がエレナから逃げる意味は分かったよ。確かに俺が君と同じ立場だったら逃げてると思う。恥ずかしいくらい褒めるもんね。ゲームも使う用と保存用と布教用を買うくらいだし」
「そぉぉぉうなんですよぉ、お店の中であのゲームがどれだけ面白いのかって力説してくれたりべったべたに褒めてくれたりぃ! 私両親にだってあんなにべったべたに褒められたことありませんよ!」
「あはは」
「笑い事じゃないんですって! だから、その、いつかちゃんとお話ししてみたいなって思うんですけども、あの褒め言葉の数々が頭の片隅にちらついてしまってニヤニヤしちゃうんです。絶対気持ち悪いでしょ、しゃべってる途中でニヤニヤし始めたら……」
「確かに」
悪い子じゃないみたいだし、エレナに危害を加えることは絶対にないみたいだし、そもそもこれは彼女自身の問題なのだから、俺は首を突っ込まずに静観するとしよう。
「じゃあ、フローラがエレナから逃げ回るのは仕方ないとして、エレナが寂しそうだったら俺はエレナと遊ぶけど」
「あ、はい! そろそろ学園内の構造も理解したので案内も大丈夫ですし!」
「いつか君も一緒に遊ぼうね」
「え、自分の作ったゲームでですか?」
「うん。エレナは面白い面白いって言いながら遊ぶし、なんなら初めて遊ぶ人には親切丁寧にべた褒めしながら遊ぶよ」
「あぁぁぁ!」
これだけ面白い子なら、エレナは絶対に幻滅しないと思うけどな。だけど、本人が心の準備が必要だと言っているのだから、俺からは何も言うまい。
「……ところで、あの怖い魔女のゲームも君が作ったんだよね」
「はい。よく遊んでた子のお母さんが、その子があまりにも言うことを聞かないから怖いゲームを作ってほしいって言ってて。それで怖がらせた挙句、言うことを聞かなかったら魔女が来るよって脅すんですって」
「え、大丈夫? 君その子から恨まれてない?」
「大丈夫……だといいなぁと」
大丈夫ではない気がする。怖すぎるし。
なんなら俺もちょっと恨んでいるくらいだ。怖すぎるし。
彼女への風当たりは強い。
しかし彼女はそんなこと露ほども気にしてなどいないようだった。
そんな彼女の様子を見て、エレナと彼女はいつかきっと仲良くなれる。俺はなんとなく、そんなことを思うのだった。
なんとヒロインはエレナにとっての神作家でした。という話。
読んでくださってありがとうございます。
感想、拍手コメント等もいつもありがとうございます。励みになっております。
寒暖差の激しい今日この頃ですが風邪などひかぬよう気を付けましょうね。




