意地悪令嬢、焼きそばパンを食べる
結局レーヴェにぐちぐちと文句を言われながらではあったが、ロルスを含めた三人で遊んだボードゲームはとても楽しかった。
娯楽室にはチェスやオセロのように二人で遊ぶものから人生ゲームに似たすごろく式のもの、トランプやウノのようなカードゲームなんかも揃っていたのだ。
全てを遊び尽くすには数年掛かりそうな量で、私達は定期的にここで遊ぶことを約束した。
「面白いゲームもあったし、意地悪のお勉強をさせてくれそうな子も居たし、順調な滑り出しだわ」
今日も今日とて朝食のサンドイッチをロルスの口へと捻じ込みながら、私はとても上機嫌だった。
「……んぐ」
「やっぱり大切なのは上から目線よね。あと決して可愛らしくはない半笑いのような笑顔」
あぁでも半笑いよりは高笑いのほうが迫力があるかしらね、なんて言いながら、私は脳内で理想の意地悪令嬢を作り上げていく。
乙女ゲームはやったことないけれど、主人公のライバルということは要するに主人公に衝突してくる邪魔者でありラスボスではないのだろう。
乙女ゲームの最終目的は恋愛成就なのだから、ラスボスにあたるポジションはレーヴェ含むいい男達の誰かなわけだ。
目的達成を阻止する者ではなく邪魔する者、それに必要なのは、おそらく小物感だ。きっとそうだ。
「でも高笑いなんかしたことないから今のうちから練習しておかなければならない……」
「お嬢様に高笑いは似合わないと思いますが」
「え、ほんと? でも演出として大切だと思うのよねぇ」
まぁでも確かに、私は大声を出すのはあまり得意ではなかった。
「そうだわロル……、そうだわ下僕。今日からお昼休みがあるでしょう? わたしはカフェテリアで昼食をとるつもりだから、そこで待ち合わせで問題ないかしら?」
「……私は従者待機室で」
「なにを言っているの。あなたが来なくて誰が給仕をするの? それともなぁに? あなたは拉致がお好みなの?」
「……カフェテリアで、お待ちします」
それでいいのよ、と微笑んで見せる。もとより私が持ってきた――実際持っているのはロルスなのだが――ランチボックスには一人で食べるには多い量の昼食が詰めてあるのだ。もちろんロルスと食べるために。
だって、そうでもしないとロルスには昼食が用意されないのだから。
「それとねロ……下僕、これを渡しておくから、焼きそばパンを買っておいて」
「分かりました」
パシりの定番焼きそばパン。
魔法や剣がそこら辺にごろごろと存在するファンタジー溢れるこの世界に似つかわしくない単語だとは思う。しかしこれが実際に存在するのだ。
母が常々日本語で語りかけてきていた話によると、この学園に通う王子の好物という設定のアイテムらしい。
この世界に焼きそばパンて、と半信半疑だったが、カフェテリアのメニューにしっかりと記載されていた。焼きそばパンて。焼きそばパンてあんた。正直未だに納得出来ていない。
しかしまぁ母が語っていた内容が単なる妄言でなければ、この世界の原作は『日本で作られたゲーム』なのだ。だから、作った人間は日本人で、遊ぶ人間も日本人だ。
その辺に居る人が日本人とは掛け離れた彫りの深いはっきりとした顔立ちをしていようと、奇抜な色の髪や瞳をしていようと、魔法があろうと王族貴族が存在していようと、よく見れば所々に日本人に分かりやすい何かがぽつりぽつりと紛れ込んでいる。
例えば一年は十二ヶ月だし一週間は七日だし一日は二十四時間だし季節はきちんと四つある。
分かりやすいと言えばいいのか、世界観設定が甘いと言えばいいのか、私には判断出来ないけれど。
「そうだわロルス。レーヴェは今日家庭教師が来る日だそうだから放課後は二人で図書館に行きましょ」
「下僕でございますお嬢様」
「あっ」
つい、うっかり。
ロルスと別れて教室へと足を踏み入れる。
まず一番にレーヴェに声を掛けて昨日私に嫌味を言ってきたどこぞのお嬢様を挑発してみよう、そう思って意気揚々とやってきたのだが、どうもおかしい。
私という存在が居なかったにも関わらずレーヴェの周囲に女の子達が群がっていない。
そして嫌味を言ってきた女の子は私を見るなり俯いてしまって目も合わせてくれない。
今日もあなたでお勉強させてもらうつもりだったのに、一体あなたになにがあったというの! と、詰め寄っていきたいところだったが、私の目の前にパースリーさんとペルセルさんがやってきた。
「無礼なものはしっかりと躾けませんと、ね」
「そうですね」
パースリー・ペルセルコンビが不適な笑みを浮かべながらそう言った。
二人はエレナ様が心穏やかに学園生活を楽しんでいただけるよう、といったことを述べているが、正直今すでに私の心は穏やかでない。
いや二人とも絶対あの子のこと脅しましたやん、という思いと、折角の教材が! という思いで。まぁ、もちろんそれだけではないけれど。
学園長の言う「分け隔てなく」というのは案外中間層程難しいものなのだ。下位はともかくとして、上位に居るものは気にしなくとも、どちらともいえない中途半端なポジションは危ういものだから。
要するにパースリー・ペルセルコンビと昨日のあの子の家格は見事に中間層で、蹴落とし合いが起きているわけだ。
私としては本意ではないが、彼女達とて家のためにとった行動でもあるのだろうから咎めることは出来ない。
しかし、なんだか可哀想な気もするし、意地悪のお手本を見せてくれた恩もあるので機会があればフォローをしておこうと思う。
「詳しくは……聞かないけれど、随分と凹んでいらっしゃるみたいね……」
と、私がぽつりと呟くと、それを拾ったパースリーさんがさらにぽつりと呟く。
「あれは、私達のせいではありません」
と。そしてさらにペルセルさんが続く。
「あれはレーヴェ様が「エレナが俺を独占してるんじゃなくて俺がエレナを独占してるんだ」と言ったせいですわ」
……と。
原因はまさかのレーヴェだった。
もちろん独占しているつもりはないが独占されているつもりもないのだが。
そもそも私が独占しているのはロルスだけなのだから。
ちらりとレーヴェを見ると、私達の会話が聞こえていたのか、なんだか気まずそうに視線を逸らされた。
そしてお昼休み。私はロルスとの待ち合わせ場所であるカフェテリアに向かおうとしていた。
うきうき気分で教室を出たところでレーヴェに捕まる。おそらく例の発言の弁明でもするつもりなのだろう。
「お昼、一緒に食べてもいいかな?」
「ロルスも居るけどそれでいいなら」
「もちろん。……それで、その」
「わたし、独占してるつもりも独占されてるつもりもないし、わたしが独占してるのはロルスだけよ?」
なんて言って笑えば、レーヴェも釣られたように笑う。彼のほうは、ちょっぴり苦笑が混じっていたけれど。
カフェテリア前でロルスと合流し、私達はカフェテリアの一番奥の席に座る。
「エレナのランチボックス、随分と大きいんだな」
「まあね」
不思議そうな顔をするレーヴェに向けて微笑んで、すぐにロルスからランチボックスを奪い取る。そして今から仕分けをするのだ。私が食べる分と、ロルスが食べる分に。この作業は私がやらなければならないから。
「あぁ、分けるのか」
「そうよ。わたしは意地悪でわがままなお嬢様だから、色んなものを少しずつ食べたいの。だけど料理人が少しずつ作るのは難しいって言うから残った分はロルスが片付けるのよ」
ロルスが買ってきた焼きそばパンも丁寧に半分にしながら、ねぇロルス、と声を掛けると、彼は目を丸くしてこちらを見ていた。そこで驚くということはこのランチボックスの中身を全部私が食べるとでも思っていたのかお前は、という話である。
「……僭越ながらお嬢様、私は従者であり」
「なによ、文句でもあるの? それともわたしの従者ともあろう者が食べ物を粗末にする気なのかしら?」
「……いえ」
「じゃあ食べましょ」
ロルスを捻じ伏せたところで、私達は昼食をとり始めた。
私とレーヴェとロルス、いつもの三人での和やかな時間で、私達は気を抜いていた。そのせいで気が付かなかった。ロルスを睨みつけている誰かの視線に。
「ところでエレナ達、それは何?」
「これ? 焼きそばパン」
「美味しいの?」
「うーん……まぁ、普通ね。ロルスは?」
「可もなく不可もなく……」
多分リピートはしない。




