意地悪令嬢、気疲れする
謎が謎を呼ぶ新学年みたいになってしまっているのだけれど、私は一体どの謎から手を付けたらいいのだろうか。
一つ目の謎は私を避けるフローラさん。ヒロインである彼女と中ボスである私が一切接触しないというのはいかがなものなのか。
二つ目の謎はフローラさんのお世話をしながらたまになんとなく情けない顔で私を見てくるレーヴェ。なんとも言えない困り顔を作っているレーヴェと目が合うのだがあれは何を訴えているのだろうか。
三つ目の謎はナタリアさんの挙動不審っぷり。フローラさんもナタリアさんには頼りたそうにしてないこともなさそうなのだがなかなか捕まらないようなのだ。
他のクラスメイトは今のところ様子見に徹しているようでフローラさんに話しかける猛者は出現していなかった。
誰かが話しかけてあげないと、レーヴェしか頼れる相手がいないのは可哀想だよなぁ。
あ、でもそこから恋が始まっていくのか。乙女ゲームだもの。
そしてレーヴェをとられてしまった私がライバルとして君臨して三角関係にもつれ込みつつ最後はフローラさんとレーヴェが結ばれて、ってことか。
ただ残念ながらそこそこ長い時間を共に過ごしてきたはずのレーヴェと私の間に恋が始まっていない状態なのでライバルの足場がさらっさらの砂レベルで脆い。
いやレーヴェのことは嫌いじゃないしむしろどちらかというと好きだけどどう考えても恋愛感情じゃない。
ずっと一緒に遊んでいたけれど、そういう感情はまったく芽生えなかったのだ。顔も性格もいいのにね、レーヴェ。
……もしも私が前世を覚えていなかったら、好きになっていたのだろうか。
「エレナ様ぁ……」
私が物思いに耽っていると、背後から情けない声がかかった。
くるりと振り返ってみれば、そこにいたのはなんとも情けない顔をしたナタリアさんだった。眉をハの字にして私を見つめている。
「どうしたの?」
そう問いかけたものの、ナタリアさんは口をもごもごと動かすだけで話し出してくれなかった。
ここでは話しにくいのだろう、ということで、私はカフェの個室へと連れていくことにした。
いつもならレーヴェとゲームをしている放課後なのだが、今日もレーヴェは忙しいみたいだし。
そもそも謎の一つがのこのことやってきたわけだしとりあえず解明していかねばなるまい。
「その……編入生のことなんです」
「あぁ、あの子」
二人が頼んだミルクティーからゆらゆらと立ち上る湯気を見つめながら、私たちはぼそぼそと会話を始める。
話題はやはりフローラさんについてだった。
「ナタリアさんは、あの子のこと良く思っていないの?」
「ど、どうしてですか?」
「いえ、あからさまに避けているから」
「……やっぱりわかりますよね」
あれでバレてないとでも思っていたのだろうか。
まさかの返答に言葉を失っていると、ナタリアさんはふと苦笑を零す。
「私、エレナ様みたいになりたいってずっと思っていたんです」
「わたしみたいに? ずっと?」
「そうです。学園に入学してからずっと。嫌味ばっかり言って突っかかってた私にも嫌な顔一つせずに優しくしてくれたから……」
嫌な顔をしていなかったのは単にあなたを教材にしようとしていたからです。
「だから、あの日から私、どんな相手にも優しくなろうって決めたんです」
「そうね。今のナタリアさんは皆に優しいし、とても頼もしいわ」
私のその言葉に、ナタリアさんは軽く照れ笑いを零す。しかしまた彼女の表情は曇ってしまった。
「でもやっぱり、私は私だった……」
「ん?」
「あの編入生、占術では華占いを習うって言ってましたよね。それを聞いて……なんとなく嫌な感情が湧いてしまって」
「嫌な、感情」
「華占いを習っているのは私だけだったのに、って。唯一石占いを習っているエレナ様と唯一華占いを習っている私……占術だけでも私だけがエレナ様と肩を並べられていると思っていたのに」
そんな風に思っていたんだ。可愛いなぁナタリアさん。
「あの子がもしも私より優秀だったら、そうおもったら優しくできる自信がなくて、だから避けてしまって……」
「そうだったの。でも、ナタリアさんがあの子を避けたのは、やっぱりナタリアさんが優しかったからだと思うの」
「え?」
「もしもナタリアさんが優しくなかったら、避けずに嫌味を言っていたと思わない? それか、うわべだけ優しくして、心の中では嫌味を言うか、かしら」
そう言って首を傾げてみると、ナタリアさんはちょっとだけきょとんとしたあとで難しい顔をした。
「あの子を傷つけないために避けたのなら、やっぱりナタリアさんは優しい子なのよ。というか、私は華占いや石占いなんか関係なく同じクラスで一緒に勉強をしているだけで肩を並べているつもりだったのだけれど」
違ったかしら? と尋ねれば、元気よく「違いません!」と言ってくれた。元気になってくれたのならよかった。
「エレナ様に話を聞いてもらったらすっきりしました。さすが、私の師匠ですねエレナ様! なんだか今まで一人で考えてたことがつまんないことに思えてきてしまいました。そうですよね、あの子が優秀だったところでエレナ様をとられるわけではないし、エレナ様と過ごした時間は私のほうが長いんですもの!」
どういうこと?
「心に余裕ができたので明日からは優しくできそうな気がします!」
ナタリアさんはそう言うと、残っていたミルクティーを飲み干した。そして私もつられて飲み干した。
「話を聞いてくださってありがとうございました! それじゃあ、また明日!」
つむじ風のように去っていったナタリアさんの表情は、これまでにないくらい晴れやかだった。
しかし。しかし、だ。
彼女は今私に相談していっただけではあるのだが、これは熱い営業妨害なのでは?
私みたいに優しくなりたかったから、それができそうになかったからあの子を避けたという話だったわけで、ということは私が優しいということは確定されているということで、要するに今からあの子に私が意地悪をするのは難しいのでは?
私が突然あの子に意地悪なんかしたら、エレナ様はそんなことしないみたいなことを言われてしまうのでは?
っていうかもしかして私、善人なのでは?
そんなはずはない……なぜなら私はこのゲーム内のNPCなのだから……。
とにかくロルスに相談だ、とロルスのもとへと向かっていたら、途中でルトガーに声をかけられた。
「一人か?」
「ええ。今からロルスのところに行くの」
「レーヴェは?」
「編入生のお世話をしているわ」
「あぁ、そっか。でもエレナとレーヴェとナタリアが指名されてなかったか、世話係」
「ナタリアさんは明日から参加するそうよ。わたしは、よく分からないけれどあの子に避けられているから参加してないの」
「ふーん。だから最近エレナとゲームができてないって言ってたんだな、レーヴェ」
「できてないわねぇ。やりたいゲームはたくさんあるのに」
最近ゲームが出来なさ過ぎてストレスが溜まっている。ゲーマーたるもの一日一ゲームはやらなければならないのに。そうしなければ禁断症状が出てしまうかもしれないのに。出てないけど。言うて家でロルスと遊んでいるし。
「しゃべりながらできるゲームはあるのか?」
「あるわ。カードゲームやボードゲームはまったりしゃべりながらできるわね」
「じゃあ俺とちょっと遊んでいかないか?」
「いいの? じゃあロルスもつれて三人で遊びましょう!」
そんなわけで、私はロルスを拉致して娯楽室にやってきた。久々に三人で遊べるゲームができるぞ、とうきうき気分で。
しかしその気分は一瞬だけ停止した。
娯楽室内にレーヴェとフローラさんがいたのだ。二人は遊んでいるわけではなく棚にあるゲームを見て話をしていたらしい。
これはチャンスだ。ここで何か意地悪っぽいことを言えばまだNPCとしての職務を遂行できる。
「あら、酷いわレーヴェ。わたしとは遊んでくれないのにその子とは遊ぶのね?」
意地悪を向ける方向を間違えました。これではレーヴェに向かってしまっている。
「え、違うよエレナ」
でもなんとなく三角関係っぽい空気は作り出せた気がする。及第点をいただきたい。
「娯楽室があるんだって言ったらフローラが見てみたいって言うから連れてきただけだよ。それで、エレナが寄付したゲームがあるんだってことも教えてて」
「あら、そう。わたしが寄付したゲームね。ちゃんと綺麗に遊んでもらえてるみたいね。自分で遊ぶ用と保存用と布教用を買ったから寄付したんだけど」
例の魔女のホラーゲームと同じ作家様が作ったゲームだ。ホラーゲームのほうはレーヴェとロルスに嫌がられたから置かなかったけれど他のゲームは布教用としてここに置いた。
「そんなに買ったのか」
ルトガーがちょっと引いている。
「そう。だってとっっっっっても面白いのよ! この他にも魔女のゲームがあるんだけど」
「あ、あの、レーヴェさん、今日はもう帰ります、ありがとうございました」
しまった逃げられた。……じゃなくて。フローラさんが帰ってしまった。意地悪作戦は不発に終わったようだ。
「逃げるように帰っていったな」
小走りで去っていくフローラさんの背を眺めながら、ルトガーが呟く。
それに軽く返事をしながら、ふとロルスのほうを見ると、ロルスはほんのり首を傾げながら彼女が去った方向を見ていた。
「なんで逃げるんだろう」
世話係のレーヴェにも分からないらしい。
「わたしが怖いのかしらね」
私がそう言うと、二人は「まさか」と言って笑ってくれた。
結局、フローラさんが帰ってしまったので、暇になったレーヴェも加えて四人でゲームをすることになった。
選んだゲームはさっき話題に上がった私が寄付した神ゲーだ。ここに魔女のホラーゲームがあればそっちで遊んだのだけど。
「いやぁ本当に面白いなこのゲーム!」
「でしょう!」
ルトガーがハマってくれたようだ。
「それにしても、ルトガーがこんなに長時間ゲームで遊んでるなんて珍しい光景だね」
ふとレーヴェが笑った。
確かに、たまにルトガーも遊んでくれるけれど、あまり長い時間ではない。呪文学のほうが忙しいから。
「あー、ちょっと調べ物に集中し過ぎたから息抜きがしたくてな」
「調べ物?」
「そ。こないだの神殿跡地と旧王城の地図を新しいのから古いのまで見比べてたんだ」
「楽しそう」
「今度見せる」
やったー。と喜びながら顔を上げたとき、視界に入った窓の外が暗くなりかけていたことに気が付いた。
「あら、もうこんな時間。帰りましょうか」
「そうだね」
「あー、俺は一旦資料室に寄って行くからここで。また明日な」
ルトガーはそう言って一足先に娯楽室から出て行った。
「フローラさんのお世話係、レーヴェだけに任せてしまってごめんなさいね」
私とレーヴェとロルスは、ぽつりぽつりと会話を交わしながら馬車の停留場所までの道のりを歩く。
「俺は別に大丈夫。でもエレナを放ってあの子に構ってるとかじゃないから。先生に指名されたから」
「わかってるわよ」
酷いわレーヴェとか言っちゃったの、ちょっとだけ気にしてしまっているらしい。
ただの意地悪演出台詞だったのに。
でもレーヴェが気にしているということは、私の演技には問題がなかったということだろう。よかったよかった。
レーヴェとも別れ、自分の馬車に乗ったところで私は一度深いため息を零した。
なんだか気疲れしてしまった。
「お疲れですか、お嬢様」
「ん? まぁ、少しね。ロルスも見たでしょうけど、なぜだかさっきの子に避けられているのよね。やっぱりわたしの意地悪顔が怖いのかしら?」
なんて、渇いた笑いを零すも、ロルスは真面目な顔をしたまま一切表情筋を動かさない。
「僭越ながらお嬢様、あの方はお嬢様が怖いのではなく魔女が怖いのではないでしょうか」
真面目な面で何を言い出すのかと思えば。
「いやあの子は魔女のゲームのこと知らないでしょ」
「知っているはずです」
「まさかの断言。なんでそう言い切れるの? ロルス、あの子と知り合いなの? そういえばこの前あの子を連れたレーヴェとすれ違ったとき会釈してたけど、あれはあの子にだったの?」
「知り合いではありませんが、会釈をしたのは確かにあの方でした。お嬢様もあの方とお会いしたことがあるはずですが」
会ったことがある?
私は記憶の引き出しをあれこれとひっくり返し始めた。家に来たことはないはずだから、どこぞの貴族とのお茶会だの夜会だの、学生の身なのであまりたくさんは参加したことがないし大体は覚えているはず。でも彼女の姿を見た記憶はない。
「全然覚えていないのだけれど、どこで会ったの?」
「あの魔女のゲームを買ったおもちゃ屋です。あれを買ったとき、あの方は店員でした」
「は!? そうだったの!?」
要するに、彼女はあの時レジに居たのだ。そういえば、彼女は今でこそ貴族としてここに居るが、その前は平民だったのだ。
そしてお金を払うのも商品を受け取るのもロルスだったから、だからロルスは覚えていたのだろう。
「可哀想に、あの方は会計をする間あの魔女と見つめ合ってしまった……私はしっかりと覚えています。あの時、あの方は震えていた。怖かったのでしょう」
マジかよ!
ということは、私はもしかしてあのやべぇホラーゲームを大量に買っていった奴と認識されていて避けられているのか!?
やっちまったな!?
次回、レーヴェ視点でもうちょっと掘り下げたりします。
いつも読んでくださりありがとうございます。ブクマ数が3000を超え、これは幻なのでは、もしかしたらすぐに減るのではと半信半疑状態だったところ既に3100も超えていました。こんな数字初めて。
感想や拍手コメントもありがとうございます!
ツイッターなんかに「これ面白~い」みたいなステマ(?)してくれてもいいんですよ。もれなく私がニヤニヤします。




