意地悪令嬢、ついにヒロインと遭遇する
ついに、この日がやってきた。
幼いころから、いや、おそらく母のお腹の中にいたころから聞かされ続けてきたはずのこの日が。
私たちは無事進級し、学園生活は五年目を迎えていた。
大体の生徒たちは六年目まで学び、卒業していくので、学園生活も残すところ二年。……波乱の二年間になりそうだ。
編入生がやってくるという噂はクラスメイト全体に広がっていたようで、今日は皆浮足立っている。
乙女ゲームのヒロインだし、これからイケメンと恋愛していくわけだし、きっと可愛い子がくるのだろうな。
そんなモテモテで可愛い子に意地悪なんかしたら意地悪顔の僻みみたいに思われないかな。それが心配だ。
心配だけれど、私はこのゲームのNPCなのだから頑張らなくてはならない。
無事にNPCとしてやっていけますように、と私はひっそりと祈る。そんなことをしていると、近くの席の生徒の話し声が耳に滑り込んできた。
「今日からくる編入生、元は平民なのだそうよ」
「元は、ってことは今は貴族なの?」
「そうみたい。元平民なのに貴族ぶってたらどうしよう」
「仲良くやっていける自信ないわぁ」
まだ来てもないのに印象良くねぇなぁ!
今話していたのは平民の子たちだ。確かに元は自分たちと同じ平民だったのに、今は貴族ですからなんて態度をとられたらイラっとするのだろうな。
いやしかし貴族側から見ても元平民なのに貴族ですからみたいな態度とられたら、それはそれでどう対応すべきだろうかと思わないこともない。え、元平民なのに? って思っちゃいそう。
どう立ち回るのが正解なのか……。いやいや違う違う。私はNPCでありヒロインではないのだからヒロインの立ち回り方など考えている場合ではない。
なんてことを考えていたら、先生が件のヒロインを連れてやってきた。
「今日から新しいクラスメイトになるフローラ・アンジェロさんです」
ヒロインの名はフローラちゃんというらしい。お顔はヒロインらしく可愛らし……思ったよりも普通の子だな。明るいブラウンのストレートヘアにハニーブラウンの瞳で、まぁどこにでも居そうなカラーリングだ。もっとピンクのゆるふわウェーブでフリルだのリボンだのが似合うタイプの絵に描いたような美少女が来るもんだと思ってたからちょっと拍子抜けした。
あ、もしかして、もしかするとこれはまだパラメーターが振られてない状態なのかな?
初っ端から超可愛い子スタートだととってもイージーモードだから、みたいな? わかんないけど。
「分からないことも多いでしょうから、何かあればナタリアさん、エレナさん、レーヴェさんに聞いてください。お願いしますね」
唐突に指名されてしまった。
なぜこの三人なのかは分からないけれど、まぁこのクラスで一番身分の高い私とレーヴェ、ナタリアさんは面倒見がよさそうだからかな。
「初めまして、フローラ・アンジェロです。よろしくお願いします。治癒と占術を選択して、占術は華占いになりました」
あぁ、華占いが一緒だからナタリアさんも指名されたのかな、と思いふとナタリアさんのほうに視線を移すと、彼女はフローラさんを見ずに俯いていた。
ナタリアさんはお助けキャラみたいなポジションらしいしもっと協力的な顔をしててもいいのでは?
うーん、分からないことだらけだ。
こういう分かりにくい状態から始まるのなら母ももう少し助言的なこと零してくれればよかったのに、と心の中で愚痴る。
今朝の母はただただテンション高々と『いよいよ来るわ~』とか『超楽しみだわ~』とかなんの役にも立たない独り言を撒き散らしていただけのポンコツと化していたのだ。楽しみで仕方なかったんだなぁと思うだけで放置してきたので有力な情報などまったくもって与えてもらえなかった。
「今日は授業もありませんし、この後三人のうちのどなたかに学園内の案内をしてもらってくださいね」
先生はそう言って職員室へと戻っていったのだった。
誰が学園内の案内をすることになるのか、なんて思っていたら早速離脱者が出た。
「あの、私は今日忙しいので案内は出来ません!」
そう言い放って教室から急いだ様子で立ち去って行ったのはナタリアさんだった。まさかの第一離脱者がナタリアさんとは。ナタリアさんは本当にお助けキャラなのかな?
そうなると私かレーヴェが案内をしなければならないのだが、もういっそ二人で案内すれば……あ、でも私はフローラさんには意地悪をしなければならないけれどレーヴェにはいい顔をしなければならないのか。一緒に行動すると都合が悪いな。
なんて考えながらフローラさんのほうを見ると、目が合いそうになったところで視線を逸らされた。
「えと、レーヴェさん、お願いできますか?」
「え? 俺? 別にいいけど」
エレナのほうが適任なのでは? みたいな顔をしてこちらを見ているけれど、どうやら彼女は私に案内されるのが嫌らしい。一切こっちを見てくれない。
なんだろう、避けられているのかな。まだ意地悪要素なんて出していないのだが、顔が意地悪だからかな。それかナタリアさんがエレナ様って呼んだからビビられたか。
「よろしくお願いします!」
フローラさんはレーヴェに向かって深く頭を下げたあと、さっさと教室から出て行ってしまった。
私では何か問題でもあるのかしら? なんて意地悪顔で言おうと思ったのに、それすら許されなかった。意地悪というのはタイミングも大切なのだな。一つ勉強になった。
「えーっと、エレナ、今日のゲームは」
「今日は無理かもしれないわねぇ」
「なんかごめんね」
「いいのよ。ちゃんと案内してあげてね」
「わかった。じゃあまた明日」
私たちは笑顔で手を振りあってその場で別れた。
帰宅すると、母が満面の笑みで出迎えてくれた。
ヒロインの様子が聞きたくて、首を長くして待っていたのだろう。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいエレナ!」
テンションが高い。
「学園で何か変わったことはあった?」
「編入生が来ました。女の子の」
そう言うと、母の笑顔の輝きが増した。
「どんな子だったのかしら?」
「どんな子、と言われましても、普通の子でした」
思ったよりも普通の女の子だった。それ以外に言えることは何もない。なぜなら対して接触しなかったから。
私は侍女ちゃんにおやつの準備を頼みながら、母の質問に答える。座る暇もなく質問攻めにしようとしている母の質問に、だ。
「編入ってどんな感じなの? ほら、お母様の学年には編入生って入ってこなかったから」
「珍しいそうですからね、編入。ただ先生から紹介があって、自己紹介して、先生にお世話係みたいな子が任命されて、みたいな感じでした」
「お世話係に任命されたのは?」
「ナタリアさんとレーヴェ、それとわたしです」
「まぁ、あなたも選ばれたのね!」
母は手をたたいて喜ぶ素振りを見せた。きっと知っていたんだろうけど。答え合わせをしている気分なのだろうか。
「一応選ばれました」
「一応?」
「はい、一応。選ばれはしたのですが、編入生の子はレーヴェを頼っていらっしゃったので」
「ナタリアさんじゃなくて?」
母の輝かしい笑顔が消えた。シナリオ通りだとやっぱりナタリアさんが案内する感じだったのではないだろうか。
「ナタリアさんは忙しいからと言ってさっさと帰ってしまわれたので」
「そ、そうなの。それで、あなたじゃなく」
「レーヴェに学園内の案内を頼んでいましたよ」
「そう……。エレナは、その子と何か話したのかしら?」
「いえ、一言も」
「一言も?」
あ、なにか会話しなきゃいけなかったのかな、NPCとして。これはNPC失格だ。しっかりしなければ。
「ナタリアさんがいなくなった後すぐにレーヴェのところに行っていたので、まったくお話しませんでした」
私がそう答えると、母は考えこみ始めた。シナリオとのずれが気になるのだろうか。
「どちらにせよエレナ、ぼんやりしてるとその子にレーヴェを取られちゃうわよ」
「は、はい」
取られるも何も別にレーヴェは私のものでもなんでもないのだけれど。
いや、私のものを取らないで、ってスタンスで意地悪をすればいいということなんだな。なるほど。
おそらくレーヴェルートとやらに進めばレーヴェとフローラさん、それから私の三角関係みたいな感じになるのだろう。おそらくだが。
だから私がそう仕向けていく必要があるわけだ。理解した。明日からはそういう方向で進めていこう。
そんなことを考えた翌日のこと。
相変わらずフローラさんは私と目を合わせてもくれない。それだけじゃなくナタリアさんともしゃべっていないようだ。
しかしナタリアさんのほうは、どうもナタリアさんがあの子を避けているように見える。私がNPCであるようにナタリアさんだってNPCなのに。頑張れよナタリアさん。
フローラさんが私を避け、ナタリアさんがフローラさんを避けた結果、フローラさんは今レーヴェと行動している。その様子を見たほかのクラスメイトがひそひそと「エレナ様とレーヴェ様が引き裂かれてしまった」みたいな話をしているのでなんとも胃が痛い。
だがこの噂が独り歩きして勝手に三角関係が作り上げられる可能性もあるし、そうなれば回り道をしつつもシナリオ通りになるわけだから問題はないのだろうけれども。
それにしてもフローラさん、避け方がとてもうまい。避けられているというか逃げ隠れされているような気がする。隠密行動のプロかよ。
ほんの少しでもいいから意地悪する隙を与えてほしい。
まずもってどうやって意地悪をするべきかすらわかっていないというのに逃げ隠れされてしまったら手も足も出ないじゃないか。
「どうしたものか」
そう呟きながら、ふと前世のことを思い出した。
ゲームマニアといっしょに殺人鬼から逃げるゲームをしているときのこと。あいつは「俺は追うほうが得意だけどお前は逃げるほうが得意だよな」と笑いながら言っていた。
逃げるほうが簡単だし、と答えたら小さい頃、鬼ごっこをしているときも逃げるほうが得意だったななんて昔ばなしに発展したっけ。
「エレナ」
「ん、あぁレーヴェ」
「ごめんね、学園内の案内が昨日終わらなくて。今日も案内してくるから」
「そう。じゃあ今日もゲームはお預けなのね」
「ごめんね」
「いいのよ。……こうしてお互い忙しくなったら遊べなくなるものよね」
私はぽつりと呟いて、レーヴェに手を振った。
成長するにつれお互いが忙しくなって離れていくのは当たり前のことなのだ。
だというのに、私とゲームマニアはどんなに大きくなろうと一緒に遊んでいた。学校やバイトでお互い忙しかったはずなのに。
あれはきっとあいつが私に合わせてくれていたんだろうな。あいつは本当に私が好きだったんだなあ。そう思うと少しだけ胸が痛んだ。
「ロルスー、帰るわよー」
「お嬢様、何かありましたか?」
「え? 別になにもないけど?」
「元気がありません」
「そう? そんなつもりはないけれど……少し感傷に浸っていたからかしらねぇ」
「感傷?」
ロルスが首を傾げた。
「なんてね、冗談よ」
少し心配そうな顔をして私を見ていたロルスだったが、何かに気が付いたように私の背後を見た。そして、しばしきょとんとした後にそちらに向けて会釈をする。
誰が居るのだろうとそちらを見ると、なんとそこにはレーヴェとフローラさんがいた。通り過ぎただけみたいだったけど。
「あなた今レーヴェに会釈したの?」
「え? いえ」
「エレナー!」
ロルスの言葉尻を掠め取って大声で私を呼んだのはルトガーだった。
ルトガーは両手で数冊の本を抱えている。
「今日暇だろ?」
確定してかかってきやがった! 暇だけど!
「まぁ、暇よ」
「一緒にこれ見ないか? こないだの宝探しで使った神殿跡地の地図とかなんだが」
「地図?」
「そう。あの神殿跡地と王立中央図書館の位置が目と鼻の先でな、あの王立中央図書館は元々王城であの神殿も王城敷地内だったらしいって話でな。面白そうだしちょっと調べてみようと思ったんだ」
「へぇ面白そうね。見たいわ! ロルスも、いい?」
「もちろんだ。でもロルスはいいのか? 退屈じゃないか?」
「私は大丈夫です」
そんなわけで、私は今日も意地悪令嬢力を発揮出来なかった。
帰宅してすぐに今日も話さなかったのかと母に驚かれたけれど、安心してほしい。私も多少は驚いているから。自分のNPC失格っぷりに。
いやいや明日からだ。明日から本気出す。
「ロルス、わたしはね、意地悪なの」
「……はい」
「明日からは今までの比じゃないくらい意地悪になるのよ」
「そうですか」
「信じてない顔してるわね」
「いえ。まだ諦めていなかったのだな、という顔をしておりました」
「なんですって」
「おやすみなさいませお嬢様」
「おやすみ!!!」
ロルスめ!!!
ついに!ついにヒロインの出番が来ました!
このお話もそろそろ折り返しといったところです。このまま最後まで駆け抜けられますように。
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