意地悪令嬢、限定デザートを食べる
「おいしそうに食べるわねぇ」
私は焼きそばパンを頬張るルトガーを、微笑ましい気持ちで眺めながら呟く。
ルトガー以外はカフェテリアの限定デザートを食べているし、見た目は完全に限定デザートのほうが派手で美味しそうなのだが、それよりも焼きそばパンのほうが嬉しいようだ。
「あの、なぜ私がこの限定デザートを……?」
そういって軽くおろおろしながら首を傾げたのはロルスだ。
「俺にはこれがあるからな。さすがに焼きそばパン二つとそのデザートを食えるほどの腹は持ち合わせていないんだ」
そう、ルトガーは自分の限定デザート券をロルスに譲ったのだ。
「いえ、しかし私はその宝探しとやらには参加しておりませんので」
「細かいことは気にするな。エレナと一緒に食べてやってくれよ」
ルトガーは満面の笑みでそう言っている。それほど嬉しいらしい。焼きそばパンが。
「ルトガーがいいって言ってるんだから食べちゃいなさいよ」
「そうだぞロルス。俺がロルスにデザートを譲ることがエレナにとって一番いい礼になるんだ。エレナはロルスと一緒に食べたほうが喜ぶからな。だから俺のために食ってくれ」
「お礼、ですか?」
ロルスはきょとんとしているが、私は渇いた笑いを零している。
なぜなら、実はルトガーがロルスにデザートを押し付けようとしているのには理由があるのだ。
あの宝探しで、結局私たちは焼きそばパンのタダ券を見つけ出すことが出来なかった。私たちよりも先に見つけていた班がいたから。
焼きそばパンのタダ券を見つけられなかったルトガーはこの世の終わりのごとく肩を落としていた。それはもう、慰める言葉さえも見つからないくらいにがっくりと。
どうしたものかと思いながら、一度戻ってきた学園内でロルスと合流していると、男の子たちの会話が聞こえてきた。
「一年分も貰ったってなぁ……」
「使いきれないだろう、こんなに」
一年分、という言葉に引っ掛かりを覚えた私が彼らの手元をこっそりのぞくと、そこには焼きそばパンの文字があった。
「あの、そのタダ券、余りそうだったりするのかしら?」
私が突然声をかけたからか、それとも私が伯爵令嬢だったからかは分からないが、彼らは一瞬体をこわばらせ、目を瞠っていた。絵に描いたように驚いている。
「え、あの、はい」
そこまでビビらなくてもいいと思うのだけれど。
いやしかし彼らは確か田舎のほうの男爵家の子息たちだった気がするので、ビビっても仕方がないのかもしれない。わかんないけど。
「実はうちの班員がその焼きそばパンが大好きなの。だからその、突然不躾だとは思うのだけれど少しだけ分けていただけないかしら?」
私が小首を傾げながらそう言うと、彼らは一度お互いの顔を見合わせてから小さく頷いた。
「どうぞ!!!」
余らせちゃうよりも有意義ではないかしら? というニュアンスで言ったつもりだったのだが、彼らが差し出してきたのは半分以上のタダ券の束だった。そ、そんなに余る予定だったのだろうか?
「え、さすがにこんなに」
「どうぞどうぞ!!!」
貰いすぎるのも申し訳が、などと言わせてくれる隙は与えられなかった。
彼らは私にタダ券の束を持たせて、逃げるようにその場を去っていってしまったのだった。
「……ロルス、今わたし、男の子たちからタダ券を強奪したわ」
「強奪」
「強奪は、やっぱり意地悪令嬢のなせる業よね」
「……そう、ですね?」
こればっかりはロルスもジャッジに疑問が残ったようだった。
いやしかし、こんなにビビってくれるのならもっと意地悪な令嬢っぽい感じを出せばよかった。
と、まぁそんなことがあったので、私はルトガーに焼きそばパンのタダ券を渡すことが出来たわけだ。
それで、ルトガーは私にお礼がしたくて、ロルスにデザートを譲った。
ロルスがきょとんとしていたのは強奪現場を目撃していたから、お礼を言うなら私じゃなく逃げていった男の子たちなのでは、と思っていたのだろう。私もそう思うし。
「そうだエレナ、宝石を拾ったんだろう?」
ふとレーヴェに問われた。
「そうなの。あの地下室でアイオライトを。あとは少し小さめだけどシトリンも拾えたわ」
私は、未だに食べてもいいのだろうかという顔をしていたロルスの口にデザートを突っ込もうとしていた手を止めて、レーヴェに笑顔を見せながら答えた。
さすがは神殿跡地で拾った宝石、石占いの先生に見てもらったところやはり魔力を溜めているとのことだった。
私はまだ見ることが出来ないけれど、なんとなく暖かい気がしていた。ルビー様に貰ったルビーも、地下室で拾ったアイオライトも。
この暖かさが、石が溜めているという魔力なのかな。
そういえばアイオライトと言えば地の魔法騎士だな。
「もう少しじっくり探せばまだあったかもしれないな、宝石」
と、ルトガーがぽつりと零す。
「ん? そうねぇ」
途中からは焼きそばパンのタダ券のみを探す宝探し状態だったからなぁ。
「俺が焼きそばパンに執着したせいで、悪かったな」
「気にしていないから大丈夫よ」
アイオライトを拾った時点でかなり満足していたので本当に気にしていない。
そもそもレアアイテムはそういくつも拾ったりできないものだと私のゲーム脳も告げている。
「それよりも、あの神殿が使われていたのが約千年ほど前だって聞いて、何か面白いものがあればって思ってたけれど、ルトガーは何か見つけた?」
「全然。焼きそばパンは俺の目を何も見えなくさせてしまった……」
もはや焼きそばパンがゲシュタルト崩壊を起こしそうである。
しかしまぁ好物という妨害がなかった私だって特になにも見つけられなかったのだからなにもなかったのだろう。
あの場に行く直前に同じ場所を夢で見ていたとしても。明晰夢でもなかったし、それほど重要じゃなかったのかもしれない。少し気がかりではあるけれど。
今思い出せば、夢で手を引っ張られた感覚がとてもリアルだった。そしてそれに驚いて温度を失った右手がとても気持ち悪かった。
あの地響きのような声はなんと言っていたのだろう。私の手を引っ張ったのは誰だったのだろう。思わずロルスに甘えてしまうほどの恐怖はなんだったのだろう。
考えれば考えるほど分からないことだけが増えていって、底なし沼に足をとられてしまった気分だった。
その日の放課後のこと。
ナタリアさんがとても楽し気な様子で近づいてきた。
「面白い話を聞いたんです!」
彼女は声を潜めつつ、一度立ち上がっていた私を座らせる。
近くにいたレーヴェも気になったらしく、私の隣に座っていた。
「来年の初めに、女子生徒が編入してくるんですって!」
というナタリアさんの言葉を聞いて、私は思った。ついに来るのか、と。
これはおそらく、ヒロインのことだ。
絶対とは言えないが、母が最近うきうきそわそわし始めているのだ。そろそろねぇ、なんて日本語で呟きながら。
この学園は日本の義務教育と違って、基本的に何歳で入ろうと問題はない。なのでわざわざ編入という形をとる人はそんなに多くないのだ。面倒な手続きをせずに一年生から通えばいいのだから。小さな子どもたちの中に大きな子が混じらないようなクラス編成もされていることだし。
なので、この編入してくるという女子生徒がヒロインである可能性はかなり高い。
「なんでも元は平民として暮らしていたそうですが、なんらかの理由があって貴族の養女になった子なんだとかって話でしたよ」
「へぇ……。それにしてもナタリアさん、そんな話どこで聞いてきたの?」
「企業秘密です!」
まさかの企業秘密。
まぁ母が言うにはゲーム内では金と引き換えに情報提供してくれていたらしいしタダで教えてくれるだけマシだけれども。
「編入テストの結果がよかったので大体の年齢に合わせてこのクラスに来るみたいでした」
そうか、そして乙女ゲームのシナリオが始まって、クラスメイトとなったレーヴェやルトガーと仲良くなったりするのだろうな。
私は本格的に意地悪令嬢として立ち回ることになるのか。
本当に出来るのだろうかという不安はあるけれど、でも元は平民の子だしもしかしたら大丈夫かもしれない。
なぜなら焼きそばパンのタダ券を譲ってくれたあの子たちのビビり方を目の当たりにしたから。
あれだけ勝手にビビってくれれば意地悪度マイナス二万点の私もとてもやりやすい。結局あれから全然加点してくれないのだが、いつになったらプラスになるのかな?
「可愛い子だったらいいわねぇレーヴェ」
「え? あ、えぇ? なんで?」
自分には関係ないみたいな顔をしていたレーヴェに話を振れば、あまりに突然だったからか混乱したようだった。
なんで、って、将来的に恋人になる可能性があるからなのだが、まぁそんなこと言えるわけもなく。
「それじゃあナタリアさん、面白い話を聞かせてくれてありがとう」
「いえ! ではエレナ様また明日!」
小走りで帰っていくナタリアさんの背中に、私は小さく手を振った。
「じゃあわたしもロルスのところに行くわね」
「あ、俺も行くよ。途中まで一緒に帰ろう」
「ええ」
ロルスの過保護の影響でレーヴェまで過保護になりかけているな、なんて思いながら、私はレーヴェの隣を歩く。
それにしても、シナリオがどうとか関係なく、レーヴェがヒロインと仲良くなったら私との関係はどうなってしまうのかな。
変わらずに遊んでくれるのか、それともやっぱり彼女のほうが大切になってしまうのか。
そりゃあ彼女のほうが大切か。
自分の彼氏がほかの女と遊んでるの知って、その女を車道に突き飛ばすという暴挙に出た女を目の前で見たことがあったなと思い出した。
『死にたくないなぁ……』
「エレナ? 今何か言った?」
「ん? 何も言ってないわ」
思わず口を衝いて出ていた。日本語で。
あの地下室の夢の恐怖につられたのか、突然怖くなってきた。私は"また"長生きできないのではないか、って。漠然とだけれど。
まぁ私に死亡フラグを持ってくるというローレンツ様とヒロインがこの学園内で出会うことはないから、今のところ大丈夫かな。大丈夫だったらいいな。
「ロルスー、帰りましょ」
ブルーノ先生の資料室を覗くと、立ったまま真剣な様子で本を読んでいるロルスが居た。ロルスは私の声を聞いた瞬間はじかれるように顔を上げて時計を確認していた。
言葉にはしていなかったけれど、しまったもうそんな時間かって顔に書いてあった。可愛いな。
「申し訳ございませんお嬢様。お待たせいたしました」
「待ってないわ。何を読んでいたの?」
「いえ、なんとなく手元にあったものを読んでいたら思いのほか集中してしまっただけで」
「あーあるあるそういうこと」
私もよくやっちゃうわぁ、と笑っていると、レーヴェがそんなことあるかな? と首を傾げていた。ありますー。そんなこと超ありますー。
「お嬢様、手は大丈夫でしょうか?」
「……うーん。なんとなく冷たい気がするから手をつないで帰りましょう」
「えっ」
考える隙すら与えず、素早くロルスの手を掴むとほんのり冷たかったらしい私の手に気が付いたロルスはおとなしく手を握ってくれた。
実は両手ともにひんやりしているのだが、左手さえ触られなければバレないバレない。
「手がどうかしたの?」
というレーヴェの問いに、私は夢を見たあの日の朝の話をした。悪夢を見て飛び起きたら右手だけ異様に冷たかったのだ、と。
「宝探しの日?」
「そう、宝探しの日」
「あぁ、だからあの日の朝ロルスが俺に熱心にお嬢様をお願いしますって言ってたのか」
「そうらしいわね」
と言ってロルスの顔を見上げると、すっと視線を逸らされた。そんなロルスの様子を見た私とレーヴェはくすくすと笑うのだった。
レーヴェと別れ、ロルスと二人で馬車に乗り込む。
「カフェテリアの限定デザート、おいしかったわねロルス」
「あれは、本当に頂いてよかったのでしょうか」
「いいんじゃない? ロルスも見たでしょ。ルトガーは焼きそばパンのタダ券、まだ大量に持ってるのよ」
デザートは譲ったが焼きそばパンのタダ券は誰にも譲らなかったのだから。束で貰っていたというのに。どんだけ好きなの。
「それにしてもあのデザート、味ももちろんおいしかったけど見た目も可愛かったわね。わたしもお菓子はなんとなく作れるけれど、あんなに派手なのは作れないわ」
ケーキの上にはバラの形に絞られたクリームが乗っていたり、星の形のクッキーにはアイシングで可愛らしい模様が描かれていたりと手が込んでいたのだ。
「私にとっては、お嬢様が焼いたケーキが一番ですが」
「え?」
「あ、いえ」
思わず口を衝いて出た、といった感じだったようだ。
よし、めっっっっっちゃ焼く。今日もめっっっっっちゃ焼く!
ついにヒロインの影がちらつき始めました。
いつも読んでくださってありがとうございます。そして拍手、感想などありがとうございます。めちゃくちゃ励みになります。
あと拍手コメントにめっっっっっちゃ焼くってコメントを沢山送ってくださった方が居てちょっと面白かったです。




