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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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46/89

意地悪令嬢、宝探しに胸を躍らせる

 

 

 

 

 

 ひんやりとしていてどこか湿り気を帯びた空気に、微かな黴臭さを感じた。

 薄暗く、窓はない。

 壁はコンクリ、いや、石造りだ。あまりおしゃれではない石が積まれてある。

 壁には電気……いや、松明……あれ、直火……あぁ魔法だ。魔法で火を灯しているのだろう。

 直火って。我ながら直火ってなんだよ。

 聞こえてくるのは地響きのような音。音? 声のようにも聞こえる。

 地の底から響くような重低音。耳を澄ましてじっくり聞くと、どこか恐ろしいような気がして鳥肌が立つ。


『……代償は、千年の呪い』


 声が聞き取れた。耳に馴染みはないけれど、なんとか聞こえた言葉。


『解く鍵は、六つの魂……』


 重低音に耳を澄ましていると、淡い光が見えた。恐ろしいような、神々しいような淡い光だった。

 光は徐々に大きくなる。

 このままどんどん大きくなってしまえば、私は光に飲まれてしまう。

 いやしかし、この広がり方では私よりも先に隣の人が、そう思った瞬間私は――……



「ひあっ」


「お嬢様!?」


――飛び起きた。


「……なんか、夢見てた……」


「大丈夫ですか、お嬢様」


「うーん、だいじょうぶ……」


 なんだか重要な夢だった気がしないでもないのだが、自分の叫び声でほぼ忘れてしまった。


「寒いのですか?」


 ロルスにそう問われて初めて気が付いたのだが、私は自分の両腕をずっとさすっていたらしい。


「寒くはないけど、鳥肌が」


 別に寒いわけでも寒気がするわけでもないのに鳥肌が立っていた。ちょっと気持ちが悪い。


「体調がすぐれないのでしょうか?」


 ロルスはベッドサイドに跪いて私の顔を覗き込んできた。


「体調悪そうに見える?」


「いえ、見た感じはまったく。熱は……なさそうですね」


 そう言って私の額に触れていたロルスのその手を、私はそっと握る。


「右手だけ、異様に冷たいの」


 私の両手の温度差に気が付いたロルスが、目を瞠った。


「お嬢、様……っ、医者を、医者を呼びましょう」


「ううん、呼ばなくていい。呼ばないで。お願いロルス、側に居て」


「はい。……し、しかし」


 跪いたままでいようか、立ち上がろうかと悩んでいるらしいロルスは中腰の姿勢でおろおろしている。

 それを丁度いい高さだと判断した私は、ロルスの首元にしがみ付いた。


「一人にしないで」


 と、言いながら。


「怖い夢を、見たのですか?」


 ロルスは小さな声でそう尋ねてきた。


「多分、そう。覚えていないけれど、とても怖かった気がする」


 私が答えると、ロルスはなんとなくぎこちない動きではあるものの私の背中をゆっくりと撫でてくれる。温度を失っていた右手が少しだけ温かくなった気がした。


「ありがと、ロルス。あなたのおかげで少し落ち着いたわ」


 しがみ付いていた腕をゆっくりと離すと、ロルスはもう一度跪いた。


「……もう、大丈夫なのですか?」


「うん。もう大丈夫よ、ありがとう」


 これまた丁度いい高さにあったロルスの頭をそっと撫でると、ロルスの頬がほんの少しだけ赤くなった気がした。



「お嬢様、今日はお休みしたほうがよろしいのではないでしょうか」


「休まないわよ! なんたって今日は遠足なんだもの!」


 遠足、とはいえ遠くまで歩くわけではない。学園からそう遠くない場所に行って、そこでちょっとした宝探しのようなことをする、ただのイベントだ。

 ただのイベントではあるものの、私はこの遠足をずっと前から楽しみにしていた。

 なぜなら今日行く場所には良質な宝石が落ちていることがあると石占いの先生が言っていたから。

 なんでも、その場所はずっと昔に使われていた神殿の跡地で、運がよければ落ちている宝石に魔力がたまっていることもあるとのことだった。

 そんな物、拾って持ち帰っても大丈夫なのかと聞いてみたが、なんと大丈夫なのだそうだ。

 石占いに使える石が拾えるかもしれないし、そもそも神殿跡地に落ちている宝石を拾うだなんて完全にRPGの世界じゃないか。テンションが上がる。もうただただテンションが上がる。

 ちなみに宝探しのようなことをする、というのは、この宝石を拾うことではなく事前に先生達が隠したお宝を探すことなので宝石は副産物だ。私の目当てが完全に宝石であったとしても。


「しかしお嬢様、体調は」


「体調はもう大丈夫よ。両手の温度差もなくなったわ。あ、あとお父様やお兄様に報告しないでね?」


「……いえあの」


「わたしの体調がすぐれないだなんて聞いたらまた飛んでくるわよ。一昨日帰ったばっかりなのに」


 先日家族が突然揃ったと思ったのも束の間で、お父様もお兄様もすぐに帰ってしまったのだ。忙しかったからに違いない。

 これでもし私が体調不良だなんて言おうものなら絶対また来るし、まぁ来るくらいいいのだが、きっと執事さんが可哀想な目に遭うのだろう。先日だって本当は忙しいのに、みたいな顔をしていたことだし。

 お父様が可哀想な目に遭うのなら自業自得な気がするけれど、執事さんは巻き込まれているだけなのでなんだか申し訳ない。


「しかし」


「わたしは絶対に大丈夫だから! ね、お願い。お父様のためなの」


「……、わかりました」


 仕方なくという感情がありありと見て取れたが、ロルスは頷いてくれた。


「それじゃあ、わたしは」


「学園までお送りいたします」


 遠足に従者は連れていけないから一人で行くつもりだったのだが、ロルスは学園まで来てくれるようだ。


「いいの?」


「はい。学園で、待たせていただけるそうですので」


「いつもの、ブルーノ先生の資料室?」


「はい」


「わかった」



 そんなわけでやってきたのは神殿跡地。

 跡地と聞いていたので廃墟みたいなところだったらどうしようテンション上がる、と思っていたのだが、普通に手入れを施された小さな古城のような造りだった。

 とんがり帽子のような屋根が大小合わせて六つほどたっている。


「エレナ、体調は大丈夫?」


 そう問いかけてきたのはレーヴェだった。


「大丈夫よ?」


「そう。今朝体調が悪かったって言ってたから、ロルスが」


 ロルスめ、いつの間にかレーヴェに今朝のことを話してやがる!


「体調が悪かったんじゃないのよ。ちょっと怖い夢を見てただけで」


「そっか。でももし具合が悪くなったら教えて。ロルスに熱心にお願いされたし、君に何かあったらロルスに申し訳ないからね」


「分かった。まったく、ロルスってば過保護よねぇ」


 私のそんな言葉に、レーヴェはくすりと苦笑を零した。


「楽しみだなあ宝探し!」


 と、宝探しに人一倍テンションを上げているのはルトガーだった。

 私は知っている。本日用意されたお宝の中に焼きそばパン一年分のタダ券が入っていることを。


「ルトガーさん、少し落ち着いてくださらない?」


「まぁ班員がこれだけやる気だと頼もしいよね」


 ルトガーを宥めようとしているのはパースリーさんで、相変わらず苦笑を零し続けているのはレーヴェ。

 今回の宝探しは班行動で、この三人と私を合わせた四人で一班なのだ。

 神殿跡地内は魔法の使用を許可されており、各々が使える魔法を駆使してお宝を探せというのが今日の目的らしい。


「わたしとパースリーさんはカフェテリアの限定デザート券を狙っているのだけど、ルトガーはやっぱり焼きそばパンなの?」


「そうだな! あとな、それだけじゃないんだエレナ。この神殿が使われていたのは約千年ほど前らしい」


「そうなの?」


「本で読んだから間違いない」


 約千年ほど前ともなると、まだ呪文が生きていた時代かもしれない。ルトガーがテンションを上げるはずである。


「何か面白いものがあるかもしれない!」


「確かに!」


 と、わくわくしている私とルトガーの側から「二人が使いものにならなくなったらどうしよう」というレーヴェの声が聞こえたが、聞かなかったことにしよう。


 神殿跡地の前にある広場で、先生から注意事項を聞かされる。

 人を傷つける魔法の使用は禁止であるとか、器物の損壊は禁止であるとか、まぁ常識をもって行動すれば問題ないようだ。

 そうして先生からの合図が出て、狙ったお宝がある者達がこぞって古城内に飛び込んでいったのだった。


「へぇ、綺麗だな」


 レーヴェは壁の上のほうを見上げながらそう言った。

 なにが綺麗なのだろうと、レーヴェの視線を追うと、そこには大きな壁画があった。


「手入れは行き届いているのね」


 この壁画が意味していることは分からないが、ただただ綺麗だった。


「……はっ! 悠長に壁画なんか眺めてる場合じゃないぞ!」


 まずは焼きそばパンだ、とルトガーが私たちをせかす。自分も眺めてたくせに。

 ルトガーが正面にあった大きな扉を開くと、そこは大きなホールのようになっていた。

 神殿だったのだから、きっとここで神に祈りをささげていたのだろう。手前には長椅子が多数並んでいて、その先にはステージのような場所、そしてその上にはステンドグラスがきらきらと輝いている。


「こんな広い場所に宝を隠すだろうか?」


 そう言って首を傾げたのはレーヴェだ。


「そうよね。わたしならもっと、人が寄り付かなさそうなところに隠すわね」


「さすがはエレナ様。隠す側の気持ちになって考えるのですね」


 パースリーさんの太鼓持ちが炸裂する。

 しかし隠す側の気持ちになったというか、アイテムが隠されている場所といえば道から少し外れた、別に通らなくても問題ない場所かなと思っただけである。いわゆるただのRPG脳。

 わかりにくいところ、と口ずさむように呟いた私の足が向いたのはホールの脇にある小さな扉だった。


「あっちに行ってみましょう」


「あっち? わ、扉があったのか」


 扉が小さかったからか、みんな気づいていなかったみたいだ。

 ルトガーが扉を開くと、そこには下へとのびる階段があった。


「階段? ここは一階なのに?」


 パースリーさんが首を傾げる。


「地下かな。暗いみたいだから明かりを出すね」


 レーヴェはそう言って手のひらに光の玉を出した。その便利な魔法は防御魔法の時間に習ったらしい。


「光の玉でどうやって防御するの?」


「目くらましも防御のうちだよ」


 マジかー。

 階段を降り切ると、そこには広い空間があった。地下だからかどこかひんやりしていてなんとなく湿っぽい。


「ちょっと黴臭いわね」


 私が呟いたその声は、ほんの少しだけ反響していた。


「思ったより広いね。もう少し大きな明かりが欲しいけど」


「あ、壁に火をつける場所があるぞ」


「え、本当? じゃあわたしが」


 ここにエリゼオ先生はいないけれど、害獣を怯ませる魔法を使って火を出すくらい許されるだろう。

 壁に火を灯すと、うすぼんやりとだけれどこの地下室が見渡せるようになった。


 ……あれ、なんだろう。この場所、どこかで見たことがある。


 どこで見たんだったか、と必死で思考を巡らせていたら、耳の隅に私を呼ぶ声がした。それに気づいたかどうかのタイミングで、強く右手を引かれた。


「うひああっ!」


「えっ! ごめんエレナ、大丈夫!?」


「だ、大丈夫よレーヴェ、気にしないで」


「急に引っ張ったから驚かせちゃったか。本当にごめん、でもほら、あったんだよお宝!」


「え、本当!?」


 レーヴェが持っていたのはお宝が入れられたカプセルだった。中身は見えないので、階段を上がったところで確認することにする。


「焼きそばパンかもしれない! 早く上がろう!」


 ルトガーがものすごい勢いで階段を駆け上がっていった。


「……まぁ、ルトガーは放っておいて、とりあえず壁の火を消さなきゃ」


 私はレーヴェと共に一つずつ火を消していく。

 そんな中、火の真下で何かが光ったような気がした。


「ねぇレーヴェ、こっちに明かりをお願いしてもいい?」


「いいよ。何か落ちてた?」


「そんな気がして……あ、あ! これ宝石だわ!」


 私が拾い上げたそれは、直径5センチほどのころんとした宝石だった。本当に落ちているんだ、と感動しながら眺めたそれは、色を見た感じアイオライトのようだ。


「持って帰るの?」


「うん、石占いで使うの!」


「そっか、よかったね」


 レーヴェとそんな会話をしながら階段を上がると、そこにはなんとなくがっかりしたルトガーとにこにこのパースリーさんがいた。


「エレナ様! カフェテリアの限定デザート券でした!」


 私大勝利のお知らせであった。


「まだだ! 焼きそばパンも狩にいくぞ!」


 悔しそうなルトガーの背を追いながら、私はさっきの小さな扉を振り返る。


 どこかで見たことがあると思ったけれど、あの地下室でレーヴェに手を引っ張られて思い出した。

 ……あれは、今朝の夢で見た場所だ。

 地響きのようなあの声が言っていた言葉を、もっと覚えておきたかった。あれは絶対に、何か意味があったに違いない。


「エレナー? 置いていくぞー!」


「こらルトガーさん!」


「はーい、今行くー!」


 私はさっき拾ったアイオライトを一度ぎゅっと握りしめ、小走りでみんなの背中を追うのだった。





 

貴族の皆さんは長距離歩くの嫌がりそうだなって思いながら。

拍手ぱちぱち、コメント、感想などいつもありがとうございます!励みになっております!

やっと新しいキーボードに慣れてきたところです!!

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