意地悪令嬢、家族団欒する
「こうして家族全員そろって食事をするのはどれくらいぶりだろうな」
和やかなディナータイム。柔和な、というかデレっとした笑みを湛えたお父様が言った。
「ハンスがなかなか帰ってこないから、随分とこんな機会ありませんでしたものね」
こちらは特にデレっとすることもなく、ただただ柔和な笑顔を浮かべた母の声だ。
「最近はちょこちょこ帰ってきていますよ」
ね、とこちらに向けて小首を傾げたお兄様に、私は曖昧な笑顔を浮かべながらこくりと頷く。
皆和やかな空気を醸し出しているけれど、私は軽く混乱していて引き攣った笑顔を浮かべるのが精いっぱいだった。
なぜ、いったいなぜ突然家族が全員揃ったのだろうか。
お父様は執務が忙しいはずなのだ。口では「急に暇になった」と言っていたが、そのお父様に付いてきた執事さんが暇なときの顔をしていない。突然連行されたのではなかろうか。
お兄様はお兄様で、私のために本を借りてきたと言ってやってきたが、いつもはこんな風に直々に持ってきたりなどしない。誰か別の人が届けてくれるのだ。
最初こそお父様とお兄様が裏で示し合わせて一緒に来たのかと思ったけれど、彼らは顔を合わせた瞬間「なぜここに?」という顔をしていたので完全に偶然揃ったようだった。
母は特に疑問もなく、家族が全員揃ったのがただ嬉しかったようで、上機嫌だ。こちらは問題ないだろう。
いや、まぁ私も家族が揃ったのは嬉しいのだけれど。
嬉しいのだけれど、だ。お父様とお兄様がここに来た時、なぜ突然揃ったんだろうねとロルスに話を振ったら思いっ切り目を逸らされたのがちょっぴり気がかりだった。
ロルスは二人がここに来た理由を知っているのではないか、と。
しかもさっきからちらちらとお父様の観察をしていると、何かを言い出しそうで言い出さない、なんとなくそわそわした様子を見せていることがある。
これはもしかして、私に関して何か面倒な話を持ってこられた可能性があったりなかったり?
「あー……しかしエレナ、エレナはどんどん大きくなってしまうな……」
お父様が、ぽつりと呟いた。
「そうですか? あまり実感はないのですが」
「小さいままでいてくれればどんなに良かったか……」
「えぇ……」
何を言い出すかと思えば。
私が呆れて言葉を失っていると、お父様は今までで一番大きなため息を一つ零し、意を決したように話し始めた。
「……エレナに、縁談が来ていてね」
なんだそんなことか。
猛烈に身構えてしまったせいで見事に拍子抜けしてしまった。
「はぁ、縁談ですか」
「お父様が片っ端から断っているんだがね」
でしょうね。
なんとなく知っていたので今更驚くこともない。
「なにも片っ端から断ることないわよねぇ、エレナ」
母が呆れた様子で私に声をかけてくる。私はそんな母にこくりと頷くことで答えた。
私自身どうしても結婚したいと思っているわけではないので、正直どっちでもいいのだが、お父様が片っ端から断らずとも私自身でも断れるとは思っている。
「片っ端から断って当然だろう! エレナが結婚なんてまだ早い!」
「僕もそう思います!」
お父様とお兄様が声を荒らげた。そっくりだなぁこの親子。
「そもそもマリーザだって縁談は断ったらいいと言っていただろう!」
マリーザ、とは母の名だ。
まさか母も縁談お断りの件に絡んでいたとは思わなかった。
「私はあまりにも高い身分の方からお声が掛かるのは嫌、と言っただけよ」
「あまりにも高い身分?」
私が母の言葉を反芻しながら首を傾げると、母は一度小さく頷いてから口を開く。
「王族や侯爵、公爵……まぁ公爵家にはエレナに釣り合いそうな年頃のお子さんはいらっしゃらないけれど」
将来の王妃だの侯爵夫人の地位に思いを馳せる令嬢を多々見かけるというのに、母はそれを嫌だと言ったらしい。ということは、その中にローレンツ様は含まれていたのだろうか。
含まれていたのだとしたら、ローレンツ様の花嫁候補事件の時にもっと強めに反対してくれれば良かったのに。してたっけ?
「その辺りから声が掛かればなかなか断れない。だから別の家からの縁談を片っ端から断ることでうちのエレナは結婚の意思がないのだと暗に示すことができる」
私が内心首を傾げているところで、お父様がドヤ顔をキメていた。そしてそのお父様の話を聞いていたお兄様が「一理ある」と頷いている。あるのか? 一理?
「お母様は、わたしと高貴な身分の方との結婚は反対なのですか?」
お父様のドヤ顔を華麗にスルーして、母に尋ねると、母は少し寂しそうな顔で遠くを見る。
「昔、お母様のお友達が隣国の王子と結婚をしたの。彼女は美人だったのだけれどとても身体が弱くてね。結婚して子どもを産んで、それから間もなく亡くなってしまったわ。私は彼女のお友達だったのに、結婚式も出産祝いもお葬式も、彼女の側に行くことは出来なかった」
「そう、ですか」
「結婚したことでエレナの側に行けないと思うとお父様は震えが止まらない」
「僕もです」
「私たちは家族だからそこまで側に行けないこともないでしょう。だけど、エレナのお友達の中にはあなたに会えなくなる人がきっと出てきてしまうわ。それだと、エレナが寂しい思いをすると思うから」
そうか、もしも私が王子と結婚したとしたならば、平民であるルトガーとは一生会えなくなってしまうかもしれないのか。
……でもルトガーは王子の友達だからどうだろう。会えそう。
「お母様がそんなことを考えていてくださっただなんて、わたし知りませんでした」
いつも乙女ゲームのことばかり考えてるわけではないんだなぁと思ったところでふと気が付いた。王族と侯爵ということは王子とローレンツ様か。乙女ゲームの攻略対象キャラだった。やっぱり乙女ゲームのことばっかり考えてた。
……でも待てよ、ということは、それらを避けようとしていた?
いやでも、以前ローレンツルートだと悪役は死ぬんだけど仕方ないか、って言ってなかった?
「お父様だってエレナのことを一番に考えているよ」
「知ってます」
「お兄様もだよエレナ」
「それも知ってます」
結局心の中に浮かんだ疑問を母にぶつけることが出来ないまま、ディナータイムは終わってしまった。まぁディナータイムが続いていたとしても、母に対しての疑問のぶつけ方なんか分からないのだけれども。
「さてエレナ、僕が借りてきてあげた本を一緒に読もうか」
「あ、はい。いつもありがとうございますお兄様」
王立中央図書館の本だー! と喜び勇んでお兄様についていこうとしたところでお父様と目が合った。
彼は普段悪の組織の親玉のような顔をしているというのに、今はただただ悲しげに眉を下げて情けない顔をしていた。
「抜け駆けはずるいぞハンス!」
「ずるいと言うのならお父様も王立中央図書館に行ってエレナに本を借りてきてあげたらいかがでしょう? エレナはとても喜んでくれますよ!」
小競り合いが始まってしまった。
「エレナ、本当かい?」
そう問われたので、私は素直に頷く。
「そうですね。わたしは王立中央図書館には入れないので」
「……そうか、あの図書館は誰でも入れるわけではなかったな」
ぐぬぬ、と悩み始めてしまったお父様を、母が呆れた様子で眺めている。きっと今の私も鏡で見てみたら母と同じ表情をしているに違いない。
「あら、そういえばあなた、あなたのご友人に王立中央図書館の司書がいらっしゃらなかったかしら?」
母が、お父様に問う。
するとお父様は先ほどの情けない表情を霧散させ、今度は輝かしい笑顔を作り上げた。思い出したんだな、友人とやらの存在を。
「居た!」
「その方に頼んでみたらいいのではないかしら。ダメかもしれないけれど、頼んでみるくらいいいでしょう?」
母が見事な助け舟を出してくれた。ダメもとで頼んでみるくらいいいよね! それで中に入れることになったら最高だよね! という視線をお父様に送る。
「わかった。頼んでみよう。ハンスが一緒なら入れてもらえるかもしれない」
「ありがとうございます、お父様!」
私が精いっぱい明るい声でお礼を言うと、お父様の表情は今日一番のデレ顔になった。
外ではやり手伯爵とか呼ばれてるらしいんだから、そんな顔しないほうがいいと思う。
その後、お父様はちょっと仕事があるからと書斎へ籠った。やっぱり忙しいんじゃん、と言いたい気持ちをぐっと堪えながらおやすみなさいとあいさつだけを述べた。
母はもう寝るらしい。明日はなにやら用事があるそうだ。
そして残った私とお兄様は本を読むべく私の部屋へと向かったのだった。
「エレナ、最近変わったことはないかい?」
お兄様は部屋に入るなり心配そうな顔で私とロルスを見る。
「特にはありません。学園の忙しさにも慣れてきましたし」
「ロルスくんは?」
「私は、先日熱を出してしまったくらいで」
「あぁ、そうなのですお兄様! ロルスが熱を出したのでわたしが看病してあげたのです」
ちょっと弱ったロルスが可愛くて可愛くて! とまで言ってしまわなかった私を褒めてほしい。よく我慢した。
「僕もエレナに看病してもらいたい」
お兄様は我慢せず願望をダダ洩れさせていた。看病くらいならいくらでもしてあげる気でいるけど、お兄様は側に居ないから難しい。
「ロルスくんの熱はすぐに下がったのかな?」
「はい。一晩眠ったら下がりました」
そう返事をするロルスを見ながら、もうちょっとくらい長引いてくれてもよかったのに、と思う。もっと看病したかったから。いや、元気なのが一番なのだけれども。でも可愛かったから。
「エレナは?」
「はい?」
「エレナは体調を崩したりしなかったのかな?」
「あぁ、はい。うつることもなく、ぴんぴんしていましたね」
そういえば看病しながらロルスの布団に潜り込んだりしてたけどうつされることはなかった。
もしもうつされていたら、今度はロルスが看病してくれていたのだろうか。試しにちょっと体調を崩してみたいところだが、悲しいかな私の体が丈夫なのか頑丈なのかここ最近体調を崩すことがない。
「もしもエレナが体調を崩したら、すぐに教えてほしいんだ」
「え? はい」
「僕が看病しにくるから!」
お兄様にそんな暇はあるのですか? 本当は暇なんですか?
「……いや、僕はエレナが体調を崩したりしないように頑張るだけだった」
遠隔で? どうやって?
「お兄様?」
疑問が次から次へと湧いてきたのだが、どこから質問したらいいのか分からなくて、私はただただ首を傾げた。
「よーし、ほら、エレナが借りてきてほしいって言ってた本だよ」
「ありがとうございます」
話を逸らされてしまったので、深く追及することなくお兄様から本を受け取る。
今回借りてきてもらったのはルビー様関連の本と五代目国王と王妃の本、あとは失われた魔法についての本だった。
失われた魔法についてといっても堅苦しいものではなく、もしかしたらこんな魔法があったかもしれないといった軽いものだ。
「そういえばエレナ、封印について調べていたみたいだけど、その後どうなったのかな?」
「あぁ、調べてはみたのですが、やっぱり難しくて断念したところです」
そう、封印の件は多少調べてみたのだが、結局難しいうえに私が知りたいことには辿り着けそうになかった。
まず人体に封印の魔法を使うなんてことどこにも書かれていなかったから。
「そうか、難しいか」
「はい。……お兄様は、人体に封印の魔法を使うことについてどう思いますか?」
「人体に?」
「はい。人の体内に何かを封印するとか、その人自体を封印してしまうとか」
私がそう言うと、お兄様はしばし瞠目したまま動かなくなり「とりあえず」と呟きながらメモを取り始めた。
「そんなこと考えたこともなかったな。エレナは面白いことを言うね! 将来一緒に研究出来たら楽しそうだ」
そう言ったお兄様は本当に心底楽しそうな顔をしていた。私も研究出来たら楽しそうだなと思うので、笑顔で頷いて見せた。
結局その日は唐突に家族が揃ってなんとなく心がざわついていたものの、特に面倒な話があるわけでもなく、ただ楽しい団らんを過ごせただけだった。
お父様がなんとなくそわそわしていたのは、私に来た縁談を片っ端から断っていることに対しての罪悪感からだったようだし。
「そういえば、わたしの縁談はともかくとして、お兄様は結婚しないのですか?」
ふと疑問に思ったことが口を衝いて出たわけだけれど。
「エレナと結婚出来るなら今すぐしてるんだけどね」
と、シスコンの鑑のような答えが返ってきた。
私はそれに対して特に何も答えず、お兄様と結婚する方は大変だろうなとまだ見ぬ未来の義姉の心配をするのだった。
盾が体調を崩したので親バカとシスコンが飛んできた。
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