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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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44/89

意地悪令嬢、深く追求される

 

 

 

 

 

 新聞でローレンツ様の一件を知ったであろう母と顔を合わせたのは、私がローレンツ様と話しをした日の放課後だった。

 いつもなら学園で起こったことを聞かれたり話したりしている時間なのだが、今日の母はどことなくそわそわしているだけで話しかけてこない。それがなんとも、嵐の前の静けさといった感じで気味が悪い。

 結局母に声をかけられたのは、こちらから話を振るべきなのかと考え始めた夕食時のことだった。


「……エレナ、ローレンツ様のことは聞いた?」


「あぁ、はい。ご本人から。近衛魔術師団に加入するお話と一足先に卒業してしまうお話のことですよね?」


 私がそう答えると、母は軽く頷いた。そしてまた何かを考えこむように黙り込んでしまう。

 どうリアクションするのが正解なのか分からないので、私も食事に集中するふりをして黙っておいた。


「ローレンツ様がまさか近衛魔術師団に入るなんて……」


「ええ、わたしも驚きました」


「ローレンツ様はブランシュ家の一人息子だというのに」


「そういえばそうでしたね。跡継ぎは、どうなさるんでしょうね?」


 必死で当り障りのない返答をしているが、これが正解なのかはもちろん分からない。

 ただ、母が完全に動揺しているところを見るに、ローレンツ様の近衛魔術師団入りは想定外なのだろう。

 この世界が乙女ゲームの世界だと知っている母の想定外、それはきっとシナリオの狂い。

 母の記憶違いの線がないわけでもないけれど、いつだったか、エリゼオ先生と遭遇したって話をしたとき「原作で先生と悪役が絡んでるの見たことない」みたいなことをつぶやきながらふらふらしてたはずだし、結構しっかりめにシナリオを覚えていそうなので、母の記憶が抜けている可能性はそう高くなさそうなのだ。

 いや、まぁ王子の一件では「年下興味なかったから」みたいなこと言ってあんまり覚えていなかったみたいだけれども。でもローレンツ様のことは今もナチュラルにローレンツ様って呼んでるし好きなキャラだったに違いないのよね。


「……エレナ、あなたあまり驚いていないのね?」


 ふと視線を上げると、怪訝そうに顔を顰めた母と目が合った。


「いえ、学園で話を聞いたときにひとしきり驚き散らかしてきただけです。この先会えないかもしれないと仰っていたので、今は驚きよりもしんみりのほうが強い感じです」


 いくら私が由緒正しき伯爵家の令嬢だとしても、王族の側で働く人と簡単に会えるはずもないのだ。だから、本当にこの先一生会えない可能性はあるのだ。


『本当は、知っていたんじゃないの?』


「……お母様? 今何を?」


 驚いた。思いっきり日本語で話しかけてきやがった。

 今までは聞こえるか聞こえないか程度の独り言かそれとなく語り掛けてくるだけだったのに、まさか直球で話しかけるという暴挙にでるとは。


「……なんでもないわ」


「そうですか?」


「ええ。あなたがあんまりにも驚かないから、本当はもっとずっと前から知っていたのかと思ったのだけど」


 その「ずっと前」というのは前世と言いたいのでしょうか。知らんからな。前世の記憶は確かにあるけれど、乙女ゲームは一切分からないからな。


「魔力量が伸びていることは前から知っていましたが、さすがに近衛魔術師団に入るほど伸びているとは思いませんでした」


「伸びていることは知っていた、のね。そういえば、あなたが魔力の枯渇を起こしたときに何か助言をしたって言ってたわね」


「あぁ、幻影兵の魔法の」


「どんな助言をしたの?」


 そう尋ねられたので、私は魔力量の伸ばし方を教えたり幻影に使わせる魔法の組み合わせみたいなものを教えた気がする、とざっくりと説明をした。


「なぜあなたがそんなことを教えられるの?」


「すべて本で読んだことの受け売りです。ローレンツ様が魔力量が伸びずに悩んでいたとき、丁度わたしはロルスの魔力量を伸ばそうとしていたので。幻影に関してはローレンツ様に教科書を見せてもらって一緒に考えました」


 つらつらと言い逃れるための文言を述べれば、母は顔こそ納得した表情ではないものの一度深く頷いた。そのまま納得してくれれば助かるのだが。


「……ローレンツ様の魔力量がとんでもなく伸びそうだから、魔力量の伸ばし方を教えたのではなくて?」


 全然納得してねぇの。


「伸びそうだから、とは思いませんでした。あの時のローレンツ様は今にも死んでしまいそうなくらい悩んでいたので気休めになればとちょっと胡散臭い本ではあったもののやり方を教えただけです」


「……こうなることを知っていて教えたわけではないのね?」


 ものすごく念を押してくるけれども、どうやって知るというんだそんなこと。


「当然です。未来を知る魔法なんかありませんし、あのころはまだ石占いも出来なかったので未来視もしていません」


「そうよねぇ」


 母はそう呟いて、小さくため息を零した。


『流れるようにローレンツ様を退場させたから、知ってて自分の死亡フラグを回避したのかと思ったんだけどなぁ』


 と、今度は私に話しかけることなく小さな独り言として霧散させるだけだった。

 というか別にわざと退場させたわけじゃないのだけれど。


「まぁでも、少し寂しいけれどおめでたいことよね」


「そうですね。近衛魔術師団に入るのはとても名誉あることだという話ですし」


 やっと話を逸らしてくれる気になったらしい。助かった。


「お父様も安心すると思うわ」


「お父様が? 安心?」


 なぜ突然お父様の話になったのだろうと首を傾げて見せると、母は軽く笑みを零す。


「ブランシュ侯爵がいつまでもあなたのことを諦めなかったのよ」


「え?」


「花嫁候補の話。花嫁候補が正式に決まった後、表向きには別の令嬢に決まったけれど出来ることならエレナを花嫁として迎え入れたいって何度か言われたそうなの。あなた、ずいぶんと気に入られたみたいね」


 花嫁候補が決まった後、か。ということは、もしも近衛魔術師団入りしないことになっていればなんやかんやであの金持ち辺境伯の娘を花嫁候補の座から引きずり降ろそうとしていたのだろうか。恐ろしい話だ。


「はぁ、ごちそうさま」


「ごちそうさまでした。それではお母様、おやすみなさい」


「おやすみなさい、エレナ」


 自室に戻っていく母の背中を見送り、姿が見えなくなったところで私は深く息を吐いた。恐ろしく疲れる夕食だった。時間にするとたった一時間程ではあったものの、体感はもっと長かった気がする。

 しかしボロを出さずに言い逃れが出来てよかった。


「大丈夫ですか、お嬢様」


「大丈夫よ。ちょっと疲れたけど」


 背後に居たロルスにそう答えてから、くるりと振り返ると、私を心配そうに覗き込む瞳がすぐそこにあった。


「あら? ロルス、あなたこそ大丈夫?」


「わ、私はなんともありません」


「顔色が悪い気がする」


 そう言って、ロルスの額と首に手を当てると、やはり熱があるようだった。

 これはいけない、と私は急いで侍女ちゃんに声をかける。


「侍女ちゃーん! ジンジャーミルクティーを用意してほしいの! ロルスのだから甘くしてあげて!」


「お嬢様!」


「はーい! ジンジャーミルクティーですね」


「うん。ちょっと熱っぽいみたいなの。風邪は引き始めに撃退しなきゃね」


「えぇ!? さっきまで平然としてた気がしましたけど!?」


「この子、不調を隠すのが上手いのよ」


「お嬢様!」


 私を止めようとするロルスを完全に無視しながら侍女ちゃんと会話を進めていく。体調が悪いのなら、今日は何を言われても甘やかすつもりなのだから。


「準備出来ました!」


「よし、じゃあロルスのお部屋に運びましょう」


「自分で出来ますので」


「駄目よロルス。今日はもう従者はお休み。いつもロルスにお兄ちゃんをしてもらってるから、今日はわたしがお姉ちゃんをやってあげるわ」


「いえ、そんなわけには……!」


「問答無用よ! ねぇ、侍女ちゃん」


「そうですね! お嬢様に看病してもらえるなんて、風邪もすぐに治ってしまいそうですね!」


「そうかしら? やっぱりそうよねぇ?」


 と、はしゃぐ私たちになすすべもなく、ロルスはただただ私の後ろをついてくるのだった。

 ロルスの部屋につくと、侍女ちゃんはジンジャーミルクティーを置いて仕事に戻っていった。


「とりあえず、これをゆっくり飲んでいてね」


「あの」


「わたしはお湯と体を拭く布と、あとは氷枕を持ってくるわ」


「いえ、自分で出来ますので」


「体調が悪い時くらい甘えなさいよ」


「……え?」


 ロルスは意味が分からないといった面持ちで、しばし私の顔をじっと見ていた。

 立ったままだったロルスをベッドに座らせて、私はその正面に立つ。そしてロルスの両手を取った。


「あなたが優秀な従者で下僕なのは十分分かっているし頼もしいと思っているわ。だけど、こうして体調が悪い時まで優秀でいなくていいの」


「お、おじょうさま」


 私がロルスの手をきゅっと握ると、ロルスの手にもぴくりと力が入った。一瞬だったけれど。


「それに、無理をすると悪化しちゃうわ。だからね、まずはゆっくりするの」


「ゆっくり」


「そう。気を張らずにね。こんなときくらいわたしにお世話されなさいよ」


 にこりと笑えば、ロルスはとてもとても小さな声で「はい」と答えた。


「いい子ね。それじゃ、わたしは準備をしてくるから」


 そう言って手を離そうとしたほんの一瞬、ロルスの手に力が入った気がしたけれど、私は手を離してしまっていた。どうかしたのかとロルスの顔を見たが、彼はもうこちらを見ていなかった。

 お湯や布、氷枕などの看病道具一式を揃えてから部屋に戻ると、ロルスはおとなしくジンジャーミルクティーを飲んでいた。


「それを飲んだら体を拭いてあげ」


「それだけは勘弁してください」


 食い気味で拒否された。いやまぁ想定内だったけれども。というわけでロルスが体を拭いている間は部屋の外に出ていた。


「はい、氷枕ね。大丈夫かしら、寒くない?」


「寒くはありません。温かいです」


「暑くもないかしら?」


「はい……」


 ベッドに横になったロルスにお布団をかけていると、ロルスが何か言いたげな顔でこちらを見ている。


「どうしたの?」


「いえ、あの、なんでもありません」


「そう?」


 なんでもないのなら、と一度そばから離れてロルスの着替えを準備する。汗をかいたらすぐに着替えなければならないだろうから。


「あの、お嬢様……申し訳ありません」


「ん? なにが?」


「いえ、その、お嬢様も大丈夫だったのでしょうか? 奥様に……」


「あー。しぶとい追及だったわよね。驚きはしたけどまぁ大丈夫よ」


 言い逃れは出来たし、なんて思いながらベッドサイドに簡素な椅子を持ってきてそこに腰を下ろす。


「奥様は、なぜあのようにローレンツ様のことを気にしていたのでしょうか」


「分からないけれど、何か気になることがあったんでしょうね」


 適当に相槌を打ちながらロルスの額に触れると、ロルスの目が撫でられている猫のように細められた。めっちゃ可愛い。……じゃなくて、汗はかいていないようだ。そして熱が上がった様子もない。

 熱にも治癒魔法が効けばいいのに、と思う反面、魔法で簡単に治ったら看病なんて必要なくなってしまうのでそれはそれで寂しい。いや、ロルスのためには早く治すことが最善だから寂しいなんて言ってられないのは分かっているけれど。


「……僭越ながらお嬢様、意地悪な令嬢というのは、下僕の看病などするものでしょうか?」


「しないでしょうね。わたし、意地悪な令嬢向いてないのかしら……今更? みたいな顔するのやめてもらえる?」


「申し訳ございません」


 謝罪が完全に棒読みなんだけど?


「じゃあ試しに今から優しい優しい令嬢をやってみるわ。どっちが向いてるのか、ロルスが判断してちょうだい」


「え」


 ロルスの顔に疑問と不満が滲んでいたが、そんなこと見て見ぬふりをするだけだ。


「ロルスが眠るまで、側にいて髪を撫でていてあげるわ。早く良くなってね、ロルス」


 微笑みながら、猫なで声で言うと、ロルスは完全に狼狽えていた。普段あまり見ないロルスの表情に、なんとなくいい気分になる。


「私が眠るまででは、お嬢様の睡眠時間が短くなってしまいます。なので」


「わたしが側にいるのは嫌?」


「嫌では! あ、ありません……」


「じゃあ、もう少しだけロルスの側に居させて?」


「は……い」


 ロルスが諦めた瞬間だった。私は勝利宣言だと言わんばかりににやりと笑ってロルスの胸のあたりをぽんぽんする。子どもをあやすように。

 私を気にしているのかなかなか寝なかったロルスだったが、ついに訪れた睡魔に負けてうとうとし始めた。しばらく眺めていると規則正しい寝息が聞こえてくる。それを聞いていたら、いつの間にか私も眠くなっていた。母の追及から言い逃れようと必死だったし疲れていたのだ。

 そしてなんと次に気が付いた時にはもう朝だったし、いつの間にやら丁寧にロルスの布団に潜り込んでいた。

 ロルスに気づかれる前に布団から出なければと思ったのも束の間。思いっきりロルスと目が合った。


「お嬢様!?」


「ごめん」


 なぜだかわからなかったけれど咄嗟に口を衝いて出たのは謝罪の言葉だった。





 

なんだかんだで実は世話を焼くほうが好きなエレナなのでした。

なんとこの作品、ブクマ数が3000を超えました!皆様いつも読んでくださってありがとうございます。初めての数字でございます。

感想、拍手等いつも励みになっております。拍手コメントにロルス~~~!が並ぶとにんまりしてしまいます。

そして活動報告にも書きましたが、無事PC新調いたしました!今後も頑張っていきたいと思います!

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