意地悪令嬢、メルヘンカフェで癒される
忙しくなると聞いていたしスケジュールも詰まっていたし覚悟はしていたはずの三年目だが、本当に本当に忙しくて目が回りそうだった。
もうすでに一年の半分が過ぎようとしているのだが、あまり記憶が残っていないような気がする。
そしてそれはもちろん私だけでなく、クラスメイト全員がそうだった。
人によっては朝と放課後に課外授業があったりしていたらしく、そっちの人たちは完全に目が死んでいた。
私は課外授業こそなかったが石占いについて覚えることが多々あったり、さらには自分用の石セットを作るために奔走していたりして必死だった。
ただまぁ自分用の石セットを作るというのは、最初に貰った石セットは先生が準備した基本のスターターセットなので三年目からは石の意味を勉強してそこから石を足したり引いたりして自分の好きなセットを作ってね、といった感じだった。だからこれは正直楽しかった。まだ全然終わってないけど。足すのは簡単なのだが使いたい石が多すぎて引くのが難しい。
と、そんなわけで各々が自分のことに必死でろくに会話も交わせず色々とストレスを溜め込んでいた。
そしてなにやら相談事を溜め込んでいた人も居たようだ。
「あの、わたくしエレナ様に相談したいことがあるのです」
「あっ、私も!」
パースリーさんとペルセルさんだった。可愛い友達の相談になら喜んで乗ってあげる! と勢いよく返事をしようとしたところ、ナタリアさんが輝かしい笑顔でわたし達に声をかけてきた。
「それなら折角ですし四人で遊びに行きませんか!?」
とのことだった。
ナタリアさんは、見るからに全員忙しいし誘うのも躊躇していたのだが、最近この学園の近くにとてもかわいらしいカフェが出来たのでそれがずっと気になっていたらしい。
「最近忙しかったし、息抜きも必要じゃないかしら?」
私がそう言うと、パースリーさんとペルセルさんの笑顔も輝いた。
「そうですよね!」
「私も行きたいです!」
というわけで、次の休みは四人で遊びに行くことが決定した。
女子会だ!
「ロルスはどうする? 今日は女の子ばかりだけど……」
「私は店の外でお待ちしております」
「待たせるなんて悪いわ。待ち合わせ場所は近くだし、今日は一人で」
「一人で出歩くなど危険でございますお嬢様」
女子会当日、私とロルスはやんわりとした押し問答を続けていた。
いつもならロルスも普通に同席させるのだが、今日は女子ばかりだしロルスが気を遣ってしまうと可哀想だから一人で行こうと思っていた。
しかしロルスは私を一人で出歩かせたくないらしい。
「あ、そうだわ、じゃあ送り迎えをしてくれればいいのよ」
「送り迎え」
「そう。皆と合流するまで送ってもらって、帰る頃にお迎えに来てもらえない?」
「わかりました」
「お迎えに来るのよ? お店の外で待つんじゃなくて、一度帰るなりどこかで時間をつぶすなりして、お迎えに来るの」
「……はい」
「今返事するまでに変な間があったわね。待つ気でしょ?」
「いえ」
「絶対ぃ?」
「お迎えにまいります」
なんとなく信用ならないのだが、まぁ途中で店の外を見てその場に居るようだったら店の中に引きずり込むしかないか。なんたって私は意地悪だからね!
と、心の中で勝手にこの押し問答の決着をつけて、私は皆との待ち合わせ場所へと急ぐのだった。
無事皆と合流し、帰っていくロルスの背中を見送ってからカフェへと視線を移す。
そこはやわらかい色合いのレンガ造りで、赤い屋根がとても目を引いた。門から入り口までは小さな庭園になっており、青々とした芝生や色とりどりのミニバラがとても生き生きと輝いている。
なんというか、まさにメルヘン。もしかしたら幻覚かもしれないが、さっきから視界の隅にカラフルな小鳥や可愛らしいリスが走り回っているのが見える気がする。
予約席に通された私たちは、メニューを見ながらやっと一息ついていた。
「とっても可愛らしいお店ね、ナタリアさん」
「そうでしょう! 前々から気になっていたのですが一人よりも家族よりもお友達と来るのがいいなって思ってたんです」
そう言ってはにかむナタリアさんが猛烈に可愛い。
「誘ってもらえて嬉しいわ、ありがとうナタリアさん」
笑顔でお礼を言えば、パースリーさんもペルセルさんも私に続いてお礼を言って、ナタリアさんはさらにはにかんでいた。
軽く雑談しながら注文を済ませると、程なくしてテーブルの上はメルヘンケーキのパレード状態となった。
店の外観もかなりメルヘンだったが、目玉商品と思われるケーキもメルヘンだったのだ。
切り株を模したケーキの上にチョコレートで出来たリスが乗っていたり、クッキーやビスケットで出来たお菓子の家だったり、私が頼んだベリーのタルトは宝石箱がモチーフのようで、ルビーのように輝くベリーがとても綺麗だった。
紅茶に入れるお砂糖はバラの形をしていて、紅茶に浮かべると花びらが一枚一枚開いては溶けていく。
その様子がまた綺麗で、それを見るために三つもお砂糖を入れてしまい恐ろしく甘い紅茶が出来上がってしまったが後悔はしていない。甘いけど。
この結果、私たちはしばらく「可愛い」「美味しい」しか言えなくなっていた。あと、時々「甘い」とも。
「そう言えば、わたしに相談があるって言ってましたっけね?」
ケーキを食べ終え、上がりっぱなしだったテンションを熱い紅茶を飲むことで落ち着けながら話し始めた。
「そうなのです」
今まで可愛いものに目を輝かせていたはずのパースリーさんだったが、突然表情を曇らせてしまった。
深刻な悩みなのだろうか。
「それが、その、最近急に縁談が舞い込むようになりまして……」
「縁談」
「私もです。結構な数の縁談が……」
と続いたのはペルセルさんだ。二人とも同じ悩みを抱えていたらしい。
まぁそんなお年頃だし、二人とも可愛いもんな。
「私もです。私は今のところ全てお断りしていますが」
あ、三人ともだった。ナタリアさんもらしい。皆可愛いもんな。私? いや一つも来てないけど。
「お年頃といえばお年頃ですものね」
と相槌を打ってみたものの、三人は皆難しい顔をしている。あまり嬉しくないらしい。
「エレナ様には、来ていませんか?」
というナタリアさんの問いに、私はしっかりと頷く。
すると三人は一度驚いたように目を瞠り、またすぐに難しい顔に戻る。
「それが、今こちらに来ている縁談はどうやらエレナ様とお近づきになりたい方々のようなのです」
ナタリアさんがそう言うと、パースリーさんもペルセルさんも激しく同意していた。
「わたしと? ……どういうこと?」
意味が一つも分からなかった私は首を傾げる。するとナタリアさんが詳しく説明してくれた。
「アルファーノ伯爵家のご令嬢であり、成績優秀。ブランシュ侯爵家の一人息子の花嫁候補になったり、王子様と仲が良かったり、ローレンツ様とは別の侯爵家のご子息とも友人なのでしょう? さらにはブルーノ先生やエリゼオ先生からも気に入られていて、その人脈を欲しがらない貴族は居ませんね」
別の侯爵家のご子息って誰だっけ、と思ったが、そういえば王子付きの騎士様ことパオロさんがそうだったわ。
っていうかめっちゃ褒められたな。いや、しかし。
「それで何故三人に……」
と、そこまで自分で言ってふと気が付いた。
何故私ではなく三人に縁談が、というか、私のところに来たはずの縁談が私のところまで来ていない説だ。
「きっとエレナ様のところに縁談が来ていないのではなく」
「お父様が断っているわね」
お父様という大きな壁が堰き止めているのだろう。お父様ならやりかねない。
「あ、やっぱり」
と呟いたのはペルセルさんだ。皆なんとなく察していたらしい。
「あ、あの、ごめんなさいね、わたしの父がご迷惑を」
そう言うと、三人ともそろえたように首を横に振る。
「迷惑ではないんです。今はまだ学生なのでと断ることも容易ですし。ただ……こうして実際縁談が来ると、やっぱり学園を卒業したら結婚しなければならないのかなって、なんとなくもやもやしてしまって」
私に相談があるというから、てっきり迷惑がかかってるのだと思ったが、そうではないらしい。
「もやもや?」
「恋を知らないまま、結婚することになるのかなって……。エレナ様は、近くにたくさん男の子がいらっしゃるけれど、恋をしたことはありますか?」
なるほど、と納得したのも束の間。とんでもない質問が飛んできてしまった気がする。
私に相談ってのが、恋愛相談とは思わなかったな、さすがに。
「こ、恋……」
恋という言葉を口にしてみると、ふと前世での最後がフラッシュバックした。
あの瞬間、きっと私はゲームマニアのことが好きだった。だけど、結局ゲームマニアに告白されたにも関わらず結ばれることはなく死んでしまった。
すぐに訪れる死を察していたかのように、あの告白を受け入れなかった。
そこで不意に思い出したのは石占いの先生に言われた「幸せになることを阻害されている」という言葉だった。
もしかしたら、阻害されているのは今に限ったことではないのかもしれない。
今はまだ分からないけれど、前世は幸せになれそうだったところで死んでしまったんだもの。
「エレナ様?」
「……したことないわ、恋」
急に黙ってしまった私を心配したらしいナタリアさんからの呼びかけを聞いて、素直に答えたら、皆驚いたように目を丸くしてしまった。
「え、周囲にあんなに素敵な方がい沢山らっしゃるのに!?」
「えぇ……いや、だってレーヴェは幼馴染だしルトガーは友人だし、スヴェン王子は手のかかる後輩だし……?」
大体皆それ以上でも以下でもない。
「好きだと思ったことは、一度も?」
「ないわね」
しばし、沈黙が落ちた。
「あ、あの、実は私、その……」
「居るのね!? ペルセルさんには好きな人が居るのね!?」
少しだけ顔を赤くして俯きながらしゃべっているペルセルさんに、私たちの視線は集中した。
「あの、その、好きかどうかは、あの、えっと、ちょっと気になる方が居て」
ペルセルさんには気になる人が居るらしい。同じクラスの、男爵家の子息だという。
「それでその、これが今日エレナ様に相談したかったことなのですが、どうしたらエレナ様みたいに緊張せず男の人とお話できるのかなって……」
「え」
どうしたら、と言われても、私は幼少期から側に男しか居なかっただけなのだが。
「わたくしも、男の人と話すのは緊張してしまいます」
「え、パースリーさんはいつもルトガーと」
「あ、あれはだってエレナ様に対する接し方が雑だから……!」
どうやらあれは「話す」にカウントされていないらしい。かわいそうなルトガー。
「男の人という括りで考えずに、ただの人だと思って話していたらそのうち緊張もほぐれて自然にお話出来ると思うわ。大切なのは慣れよ」
多分。分かんないけど。と心の中で呟きながら。
確かペルセルさんの気になる人ってのはレーヴェと同じ防御魔法を選択していたはずだから、レーヴェ経由で近くに呼んで慣れさせていけばいいだろう。そう、今から私はキューピッド!
「あ、そろそろお迎えが来る時間だわ」
私が呟くと、皆の視線が時計に向いた。
「もうこんな時間。楽しい時間はあっという間ですね」
そんなナタリアさんの言葉に、私たちは眉を下げながら頷くのだった。
明日からは、また忙しい学園生活が戻ってくる。
しかし楽しい時間が過ぎるのは確かに早かったけれど、いいストレス発散にはなった。若干相談に乗るのが下手くそだった気はするけれども。
なんてことを考えながら、お店の庭園を抜けて門の外に出る。
もしかしたらロルスが待ち構えているかもしれないと思っていたのだが、私の勘は外れてしまったらしい。
そこにロルスは居なかったから。
「あれ、ロルス……あ、来てる」
きょろきょろと周囲をうかがうと、遠くにロルスの姿が見えた。
私が気付いたのと同じようなタイミングで、ロルスもこちらに気付いたらしく歩いていたはずの足が走り出していた。
「お待たせいたしましたお嬢様」
「ううん、今出てきたところよ」
「そ、そうでしたか」
「そんなに急いでこなくても大丈夫だったのに」
頬を赤くして息を切らしているロルスを見て笑ってしまった。っていうか、走るロルスを初めて見た。大体隣に居るし、私がほぼ走らないからなんだけど。
とりあえず皆に挨拶をして帰るために皆のほうを見ると、三人ともこくこくと頷いている。なんだなんだ。
「ロルスさんが側にいるからですかね、エレナ様が誰にも恋をしていないのって」
と、ナタリアさんが小さな声で言う。
「どういうこと?」
「だって二人」
「ロルスさんが過保護だから、ですね」
まさかの過保護。まぁ確かにこんな近距離送り迎えなんて過保護以外のなにものでもないけれども。
「えぇ……お父様もお兄様も過保護なのに……」
という私の言葉に、三人は堪え切れなかったように笑い出した。
なんだか楽しかったので、私も一緒に笑っておいた。
エレナの周囲には過保護さんが集まりがち。
いつも読んでくださってありがとうございます!感想、拍手コメント等はタブレットからしっかりとチェックさせていただいております!
PC故障問題がまだ解決していないので感想へのお返事が送れてしまっております申し訳ありません。
故障PCへのアドバイスもありがとうございます。正直買い替えが一番手っ取り早そうです。このPCめちゃくちゃ古いんで……!




