意地悪令嬢、静かに激怒する
ほんのちょっと火傷する描写があります。苦手な方はご注意を。
「エレナももう三年目なのね。これから忙しくなるわよ」
朝食の席で、母が言った。
そう、私は今日から学園生三年目なのだ。そして忙しくなるというのはおそらく本当で、一年のスケジュール表を見たところなんやかんやと物凄く詰まっている。
なんでも、入学から二年間は魔法の基礎を習うので、それを頭に叩き込むまであまり行事はないのだが、基礎を習い終えた三年目から色々と行事が増えてくるらしい。
「保護者が見学に行ける行事もあるから、お母様楽しみだわ」
そりゃ好きだったゲームの登場人物が揃っているらしい学園に潜入出来るのだから楽しみだろう。
私だって自分が好きだったゲームの世界に生まれていたのなら登場人物の姿を一目でいいから見てみたいと思ったはずだ。多分。
絶対と言い切れないのは幽霊が出てくるゲームだのゾンビが出てくるゲームだの殺人鬼に追われるゲームだのをやっていたのでそのゲームの世界なら「登場人物の姿を見る=死」だからである。
私がそんなことを考えていると、母が新聞を広げ始めていた。
『でもまだヒロインは居ないのよねぇ』
そうなんだよなぁ。
『ヒロインが編入してくるのは同級生組が五年目になるときだからまだまだか……』
めっちゃまだまだだな。
この学園、基本的に六年で卒業するので五年目に編入してくるとなると一年で卒業してしまうことになる。ヒロインの学園生活って短いんだな。
まぁでもかつてゲームマニアがプレイしていたギャルゲーも一年間で女の子を落とすみたいな感じだったからこの手のゲームではよくあることなのかもしれない。
落とすのに二年も三年も掛かってたら面倒だろうし。わかんないけど。やったことないから。
『突然男爵家の養女にされて学園へと通うことになるヒロインがひょんなことから色んなイケメンたちと知り合って、じわじわと恋に落ちていく……』
ひょんなことってなんだろう。そのひょんの部分をもうちょっと詳しく教えて欲しい。ひょん。
「お嬢様、そろそろ時間でございます」
「あ、はい」
ロルスの言葉で現実に引き戻された私は急いで準備を整えて馬車に乗り込むのだった。
学園について、一番最初に出会ったのは王子付きの騎士様ことパオロさんだった。
「おはようございますパオロさん」
「おはようございますエレナちゃん」
彼とは私とロルスとロルスのお兄さんとで一悶着あったのを助けてもらって以来、こうしてたまにお話するようになっていた。
なんでも王子が自分で私のところに来るよりもパオロさんを挟んだほうが変に目立たなくていいかもしれないと言い出したのだそうだ。なんという成長。
なので王子が本を貸してくれるときはパオロさんが持ってきてくれて、返すときもパオロさんが持っていってくれるのだ。
よくよく聞いてみるとパオロさんは侯爵家の四男だそうで、さらによくよく調べてみるとその侯爵家ははるか昔ご先祖様が武功で身を立てて侯爵まで上り詰めたというご立派な家柄だそうで、そんな人をパシりのように使ってしまうのは気が引けると言ったのだが、彼としては王子にあらぬ噂が立ち、なんやかんやと面倒なことになるくらいならパシりにされたほうが断然マシなのだそうだ。
苦労人なんだろうなぁ、パオロさん。
「すみません、いつもありがとうございます」
借りていた本を返し、新しい本を借りながらお礼を述べると、パオロさんはほんの少し苦笑を漏らす。
「このくらいお安い御用だよ。いつか罪滅ぼしをしなきゃとも思ってたし」
「罪滅ぼし?」
「王子と君が最初に出会った日のこと」
「最初……あぁ、メロンパン買占めの。まぁ今となっては笑い話みたいなものなのであまり気にしないでください」
あの日、確かに心の底から腹を立てたが、あれがあったからこそロルスに危害を加えないようにと釘を刺せたわけなので、根に持つほどのことではない。
「良かった、エレナちゃんが優しい子で」
「いや、わたし別にそんなに優しいわけではないので腹は立ちましたけどね」
「あ、はい、ごめんなさい」
つい、追い討ちをかけてしまった。
教室に入ると、皆揃って下を向いていた。
何をしているのだろうかと思えば、どうやら皆一年のスケジュール表を見ているらしい。
「おはようエレナ。見てこれ、すごく忙しいよ」
そう声をかけてきたのはレーヴェだ。
「本当ね、去年までとは大違い」
「ゲームで遊べる時間が減りそうだね……」
「やだぁ……」
魔法を使える授業や行事が増えるのは楽しみだが、レーヴェとのゲームの時間が削られてしまうのは悲しい。仕方がないことだと分かってはいるけれど。
「そうだエレナ、今日の放課後は暇?」
「うん」
「もしよかったら少し遊んで帰らない?」
「でもレーヴェ、今日は家庭教師が来る日でしょう?」
「うん、だから少しだけになっちゃうんだけど」
「レーヴェが大丈夫なら、わたしは大丈夫よ!」
そんなわけで、放課後は私とレーヴェとでロルスを拉致して少しだけ遊んで帰ることにしたのだ。
その時までは、普段通りのいい一日だったのに。
放課後、レーヴェとともにロルスのところへと向かっていた時のこと。
学園内に居ないはずの人物が視界に入った。見間違いだろうかと思いながら近付くと、見間違いでもなんでもなく、我が家の侍女ちゃんがそこに居た。
「こんなところでなにをしているの?」
と、侍女ちゃんに声をかけてみたところ、彼女はロルスに用事があって来たのだと言う。
なぜ放課後の今なのだろうかとか、帰ってからではいけないのだろうかとか、色んな疑問は浮かぶものの、目的地は同じなので一緒に行けばいいだろう。
「お嬢様もロルスくんのところに行くのですか?」
「ええ、そうよ」
「お嬢様が行くのですか? 待ち合わせとか、ロルスくんのお迎えを待つとかでなく?」
……まぁ私が従者を迎えに行くって、変よね。今更なんだけど。
「そう。今日はちょっと予定が変わったからそっと捕まえに行くつもりなの」
「捕まえに」
「まぁそんなわけだから、一緒にロルスのところへ行きましょうか」
そう言いながら、侍女ちゃんの隣に並んだのだが。
「私が捕まえてきますので、お嬢様はここで待っていても」
「逃げられる可能性もあるし、わたしがこの手で捕まえなきゃ」
「ええ……」
この時点で、なんとなく嫌な予感がしていた。
ここに居ないはずの侍女ちゃんが居るし、彼女は私をなんとなくロルスのところへ行かせないようにしているような気がするし。
侍女ちゃんに言いくるめられてこの場にとどまることにならないよう、私は強引にロルスのところへと歩き出した。
すると、いつもは静かなはずの部屋から声が漏れ聞こえてきていた。
近付けば近付くほど、いつもとは違う。ただの会話ではなく、どこか言い争うような声だ。
ロルスに何かあったに違いない。
「ねぇレーヴェ、今日遊べなくなったらごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ」
「もしも時間がかかりそうだったら、そっと先に帰ってね。埋め合わせはするから」
「うん、分かった」
私達がそんな会話を交わす間、侍女ちゃんは「お二人ともぉ」となんとも情けない声を出していたが、私は聞かなかったふりを貫き通した。可哀想なので侍女ちゃんにも後日何かお詫びをしなければ、なんて思いながら。
ドアに手をかけ、何か一声かけてから入るべきだろうかと一瞬考えていたら、中からロルスの声がした。
「……私があなたの元へ戻ることで、お嬢様に迷惑をかけないと約束をしてくださるのなら私は」
そこまで聞いたところで、私は思いっきりドアを開けた。
「ちょっと聞き捨てならないわね」
と、言いながら。
すると、中に居た人たちは私を見て目を丸くしている。
ロルスとロルスを庇うように立っていたブルーノ先生と、エリゼオ先生とその傍に居たロルスと似たような色をした女の四人だった。
ロルスとロルスの兄のような黒い髪に緑色の瞳。私腹とともに肥やしたであろう贅肉の乗ったこの女はおそらくロルスの母親だろう。最初に会ったころのロルスも先日見たロルスの兄ももやしのようだったのに、どうしてこうも贅肉を育て上げられたのだろうか。
「まぁ、あなたがうちのロルスを助けてくれたエレナお嬢様かしら?」
ロルスの兄からロルスの居場所が伝わって、金のにおいを嗅ぎ付けて、私のことを調べ上げでもしたのだろう。
「……うちのロルスですって?」
「ええ、この子はわたくしの子ですの。小さかったロルスは一人で家の外に出て迷子になってしまったのでしょう? それで、そのロルスを助けてくれたのがあなたね」
よくもまぁそんなにも堂々と嘘がつけたものだな。調子に乗っていられるのも今だけだからな。
「迷子になったのかどうかなんてわたしには関係ありませんわ。この子はそちらのではなく、うちのロルスです」
「あらまぁ、随分とうちの子を可愛がってくれているようだけれど、でもね、わたくしの可愛い子なの。だから返していただかなくちゃ」
捨てたくせに。
まるでごみでも捨てるかのように、適当に放り出したくせに。
「わたしがロルスを可愛がった? 冗談じゃないわ。わたしはロルスを拾ったから下僕にしただけよ」
「下僕……」
「下僕は主に迷惑をかけないつもりでそっちに戻ろうとしたんでしょう?」
ロルスを見ながらそう言うと、ロルスは私から視線を逸らした。
自分を捨てた人間のところに戻ってどうしようというのか。金にならないと思われたらまた捨てられるだけだ。一度そういうことをした人間は同じことを繰り返すのだから。
「わたしに迷惑をかけないという口実で、わたしから逃げようとしたのね」
わたしは、そう呟いてから手のひらに火の玉を浮かべた。
そう、この場にエリゼオ先生が居るので害獣を怯ませる魔法なら使えるのだ。
「長いことわたしの側に居て、わたしの秘密をいくつも知っている下僕を、ただで逃がすとでも思っているの?」
「あ、あの、エレナお嬢様?」
ロルスの母親は脂汗のようなものを額に浮かべながら私の顔色を伺っているらしい。
「あなたが大切なお母様なのだとしたら、ロルスはあなたに全て話してしまうかもしれないわね。ならば、あなたも一緒に消してしまうしかないわ」
「え、えぇ!?」
「だって、こんなところにまで迎えに来てしまうくらいだもの、さぞかし大切な子なのでしょう。愛し愛される母と子の間に隠し事なんて出来ないと思うの。だから、わたしの秘密が漏洩してしまうくらいなら二人ともこの場で消してしまわなければ。脂はきっと燃えやすいでしょうから、あなたが先に消えてしまうかもしれないけれど」
「ち、違う! 違うわ!」
「なにが?」
「あ、愛し愛される母と子では、なくて……」
「なあに? 燃やされたくなかったらはっきり言ってくれなくちゃ」
私は手のひらでゆらめく赤い炎の玉を彼女の顔に近づける。もちろん悪の組織幹部顔を作るのを忘れずに。
「た、ただ、その子がお金を持ってると思って、それだけ」
「奪いに来たの」
「そ、そう!」
「っていうかそもそも穀潰しを処分すべくロルスを捨てたんでしょう?」
「そうよ!」
うわぁ、めっちゃ簡単に吐くじゃん。
「それなのによくもまぁ悪びれもせずのこのことロルスの前に出てこられたわね」
「だ、だからわたくしはあなたの秘密を知ったりはしな……い……」
「だめだわ。それだけじゃ許せなくなっちゃった。ロルスは返さないし、一生わたしとロルスの前に姿を現さないと約束してくれなくちゃ、手が滑ってあなたのことを燃やしちゃうわ。あ、ここには資料がたくさんあるけれど、防御魔法を使える人も居るし、きちんとあなただけを燃やしてあげるから心配はしないでいいのよ」
「か……か、か、金にならないなら、に、二度と会うわけないじゃない!」
ロルスの母親はそう吐き捨てて、ばたばたと足を縺れさせながらこの部屋から出て行った。
私を見る目が完全にヤバい奴を見る目になっていたのできっと本当に二度と会うことはないだろう。
「……っ! エレナ!」
エリゼオ先生に手首を掴まれて初めて気が付いたが、手のひらに出していた炎の玉を少し握ってしまっていた。痛い。
「あいつ、ロルスをなんだと思ってんの?」
「金づる、だろうな」
エリゼオ先生は簡単に答えながら、治癒魔法を施してくれた。
私は一瞬で火傷が消えた手をしばらくぼんやりと眺める。
己の口で、許せなくなっちゃったと発した瞬間本当に本当に許せなくなっていた。ロルスを苦しめた奴なんか燃えてしまえばいいと、思ってしまった。
だってあんな奴のせいでロルスはたくさんたくさんつらい思いをしたのだから。
それなのに、あんなにも勝手な嘘をつきやがって。
っつーかこの由緒正しきアルファーノ家の人間をだますことが出来るとでも思ったのか? 馬鹿なのか? ふざけんなよ? あぁいけない、怒りがぶり返してきた。
「お、お嬢様!」
「なによロルス。わたしに説教でもするつもり? ……わたしになんの相談もしないままあっちに行こうとしたくせに。自己犠牲もいい加減にしなさいよ」
「そ、れは……」
「侍女ちゃんが来てたわ。もう居ないみたいだからロルスの……いえ、あの女の人を追ったのでしょう。そもそもお父様が気付いていないわけなんかないのよ」
おそらく今日この場にあの女が来ることは掴んでいたんじゃないかと思っている。だから侍女ちゃんがここに居たのだ。
ただ従者待機室に居ると思っていたロルスがそこに居なくて、発見が遅れたのだろう。
だって侍女ちゃん、従者待機室のほうから来たもの。
「……わたしは謝らないからね。あなたの元家族を敵だと思っていいって言ったのはロルスなんだから」
私が小さな声でそう零すと、ロルスがその場で跪いた。何事かと思えば、ロルスは私の右手、たった今火傷が治ったばかりの右手を握り締めながら言うのだ。
「申し訳ございませんでした、私のお嬢様」
と。
その後、ロルスの元実家は没落したそうだ。
一瞬本気で燃やす気だったエレナさん。
いつも読んでくださってありがとうございます。
拍手、感想、応援など励みになっております。ただ一つ残念なお知らせなのですが、PCが故障しました。
液晶が故障しておりまして、現在虫の息状態です。今はごり押しで更新作業をしておりますが、いつ完全に死んでしまうかわかりません。どうにかこうにか頑張るつもりですが更新が途切れてしまったら申し訳ございません……!




