影で頭を抱えていたのは、王子付きの騎士
王子付きの騎士視点。彼が見ていた王子のお話。
王子は、それはもう面倒な奴だった。
妙に達観していたり、全てを諦めていたり、けれどやはり寂しくてたまに暴走してみたり。
現国王と王妃の間に、子どもは一人しか居ない。世継ぎとなる男児が一人、なので問題はないのだろうが、その男児が成人するまで成長出来るとは限らない。
国王や王妃、そしてその周囲の者としては、出来ればもう二人ほど王の血を引いた男児が欲しい。しかし王妃はなんとか一人目の王子を産んだものの、あまり出産に向いていない体質だった。
王妃は、自分が産めぬのならと側妃を探し回った。
結局王妃が連れてきた三人だか四人だかの側妃を娶った国王だったが、側妃達は皆揃いも揃って姫を産んだ。
執務に追われる国王と側妃探しに奔走する王妃は言わずもがな忙しく、自らの子どもである王子に愛情を与える暇を持てなかった。
しかし王子はそれを悲観せず、己に与えられた次期王という立場をしっかりと理解していた。
自分しか世継ぎが居ないという重圧も、当然理解していた。
そして日々真面目に家庭教師から勉学を教わり、我侭を言うことも癇癪を起こすこともなく、大人しく優秀な王子としてすくすく成長していった。
というのが、俺が将来王子付きの騎士になると決まった時に俺の兄がこっそり教えてくれた話だった。
しかし、そんなわけねーんだな、これが。
確かに立場は理解していたし、重圧も理解していた。そして大人が居る前では我侭も言わず癇癪も起こさず大人しく優秀だった。
でも大人の目がなくなったと分かった途端暴走が始まるのだ。
唐突に暴飲暴食が始まったり、どろどろの地面を素足で歩き回ってみたり、さらには誰とも口をきかず飲食もせずに延々と本を読み漁ってみたりと、なんかもうどこからどう注意すれば正解なのかも分からないような意味の分からん暴走の数々。
過去一番最悪だったのは俺や男の使用人を集めて誰が一番女装が似合うか競い合うという暴走だった。
俺も使用人も王子の命令に背くことは出来ないし、力仕事を担当している使用人の女装は酷いもんだったし、騎士になるべく身体を鍛えていた俺はドレスなんか入らないし、っていうか俺達は一体何をさせられているんだって話だし。
しかも元々の顔が綺麗な分、王子の女装は普通に可愛いし。
っつーかお前も女装するんかい!!! って話だし。
結局王子は一頻り笑い転げ、俺達が笑っているのを見届けたと思ったら大きな大きなため息をついて真顔に戻り、家庭教師のところへとぼとぼと歩いていったのだ。
その背中のなんと小さいことか。
暴走の方向が定まっていないせいで分かりにくかったのだが、王子はきっと寂しいのだろうなとしばらくしてから気が付いた。
寂しいとも言えず構って欲しいとも言えず、しかしその気持ちが頂点に達すると意味の分からん暴走をして俺達をなんとなーく困らせてから我に返る。そういう人だった。
ちなみに王子は終始大人の目を盗んで暴走しているつもりだったが、最終的にはなんとなくバレていたし、王子だってやっぱり寂しいんだなということは王子の周辺人物にとって暗黙の了解みたいになっていた。
俺としては王子が寂しいとかよりも、俺が女装したことがバレたのかバレてないのかが気がかりだったのだけれども。
そんな王子は学園に通うことをとても楽しみにしていた。
一足先に学園に通っていた俺の話を聞きたがり、自分も早く学園に通いたいと何度も何度も言っていた。
そうして俺が学園を卒業し、正式に王子付きの騎士になった年に王子は念願の学園に入学したのだ。
……したのだが。
「学園は、身分など関係なく、皆分け隔てなく友達になれるんじゃあなかったのか!?」
昼休みになった瞬間、王子が従者待機室にやってきてそう言った。
学園に足を踏み入れた瞬間、人の波は割れ、ひそひそと噂話をする生徒達は俺もこの目で見ていたが、どうやら教室内での王子も完全に見世物状態で、友達など作れる気配すらなかったのだそうだ。
友達というものに強い憧れがあった分、期待が外れてしまい悲しみを通り越して激しく苛立っていた。
そんな王子が暴走状態になったところで出くわしたのが偶然その場にやってきた女子生徒だった。
彼女は確か、やり手伯爵家の令嬢だったはずだ。あの伯爵は娘を溺愛しているらしいし、出来れば波風立ててほしくはないのだが。
と、思っていた俺の気持ちなど露ほども知らぬ王子は彼女に絡んでいた。
しかも、その後俺はメロンパンを買い占めさせられた。
ちなみにそのメロンパンは俺やもう一人の騎士やかつて女装させられていた使用人たちで全て平らげた。
「美味しいんだな、メロンパンって」
いや王子も食うんかい!!!
王子がこうして俺達という身近な人物以外に迷惑をかけるような暴走をしたのが初めてだったため、俺はどうしたもんかと悩んだ。
女装の件のように人を笑わせる暴走ならば俺達が平謝りでもすればなんとか出来たかもしれないが、今回はまったくもってそういう感じではなかった。
今までの王子の暴走は大体時間が経てば落ち着くものだったし、それほどしつこくはなかったのだ。
しかしなぜだか今回はしつこかった。やけにあの令嬢に絡んでいくのだから。
令嬢が可哀想だしどうにか王子を止めたいところなのだが、下手に口を出して王子が意固地になったりしたら迷惑を被るのは俺じゃなく令嬢のほうだろう。
どうにか彼女と水面下で交流し、しばらく我慢してもらえないかと頼み込みたいところだった。
まぁ従者待機室に彼女の従者も居たので彼と接触して、と考えていたけれど、あの一件から彼女の従者はここに一切来なくなっていた。学園には来ているはずなのに。
問題が大きくなる前にどうにかしたい。そう思い大きなため息を零していると、それに気が付いたもう一人の騎士が声をかけてきた。
「王子と令嬢のことで考え込んでいるんだろう、パオロ」
「……あぁ。どうしたもんかなって。なんかいい対策はないだろうか、リーノ」
と、こちらからも声をかけたが、お互い対策など浮かばずに頭を抱えるだけだった。
「あの令嬢が聡明で、今のところ助かっているが……このまま放置するわけにもいかない」
「そうだなぁ。王子の苛立ちさえ落ち着いてくれればな。あの人、ああ見えて根は愉快な人なんだよ」
女装大会とか始めちゃう程度には。ただ精神的苦痛を抑圧して抑圧し過ぎてきた結果たまに暴走してしまうだけで。でもそんなこと人に教えられるわけもなく。
しかしこんな風に頭を抱える俺達を知ってか知らずか、王子も悪いことをしたとは思っていたようで、令嬢に絡んでから数日も経てば「彼女に何かお詫びがしたい」と言い出していた。
それを聞いた俺は少し安心した。ここは素直にお詫びをして令嬢から離れるのが得策だ、と。
しかしこれまた一筋縄ではいかないもので。
なんと王子は令嬢と本当に友達になったつもりでいるのだ。
確かに令嬢が「従者を貶したことを謝ってくれれば友達にならないこともない」みたいなことを言っていたのは聞いたが、あれはどう考えても謝らせたかった……というか今後危害を加えさせたくなかっただけだったし、客観的に見ると何一つ解決していない気しかしないのだが。
それに気が付いた王子がまた暴走して、今度こそ取り返しの付かないことを起こしたらと思うと、なんとなく腹が痛い。
なんとかして王子を令嬢から遠ざけたいところだったのだが、王子が満面の笑みで「俺にも友達が出来たんだ」と言っているのを見たら「良かったですね」と返すことしか出来なかった。
あんなに欲しがっていた友達が出来たと言っているのに、どうして邪魔が出来るだろう。
こうなったら王子にではなく、令嬢に直接話を付けにいくしかない。
そう決心した俺はこっそり令嬢が住んでいるという伯爵家別邸にやってきた。
だがしかし、結論から言うと失敗した。彼女と接触することすら出来なかったのだ。
どうやら彼女に接触するには、物凄く巨大な壁を越える必要があるらしい。
伯爵家別邸に足を踏み入れようとしたところ、庭師と名乗る明らかな騎士が俺の行く手を阻む。「旦那様の許可がない者をお嬢様に会わせることは出来ません」だそうだ。
伯爵が娘を溺愛しているのは知っていたがまさかここまでとは。
ちなみに庭師と名乗る明らかな騎士は数名居たし、侍女と名乗る隠密騎士のような子も居たので俺が令嬢の元に辿り着くのは絶対に無理な話だった。伯爵家こわい。
どうにかしなければという思いとどうにもできないという現状にもどかしさを感じていたが、王子と令嬢は案外悪くない関係を築き始めているように見えた。
王子はともかくとして、令嬢が逃げないのだ。相手が王子だと分かっているはずなのに、恐れも怯えもせず、本当に友達のように接している。
しかもその令嬢は令嬢の友達である平民の男を巻き込んで王子の相手をしてくれていた。
このままなんの問題もなく本当に友達になってくれたら、どんなに喜ばしいことだろう。
王子が令嬢に迷惑をかけたことはもちろん承知している。承知しているし、申し訳ないとも思っている。それなのに友達になってくれたら、などと図々しいのも理解している。
それでも、今まで色んなことを我慢してきた王子の願いが一つくらい叶ってくれたらと、祈らせてほしかった。
そんなある日の放課後のこと。
帰り道の途中で王子が馬車を止めてくれと言い出した。
何事かと問えば、あの令嬢が男に絡まれていたのが見えたと言う。そして助けなければと言った王子に少しだけ肝を冷やした。
今は放課後であり生徒達が溢れている。そこに王子が出てきて令嬢を助けに行ったとなれば、騒ぎが大きくなってしまうのは火を見るよりも明らかなのだ。
令嬢が誰に絡まれているのかが定かではない状態で騒ぎを大きくするのは避けたほうがいい。そう助言しようとしていたら、王子の視線がこちらを向いた。
「おそらく俺が助けに行くと、ややこしくなる。ややこしくなると困るのはエレナだ。だから、お前が行ってくれないか、パオロ」
王子の成長を感じた瞬間だった。
急いで令嬢の元へと向かうと、俺の胸の紋章を見た男は脱兎のごとく逃げ出した。
話がややこしくなることもなく、令嬢に感謝されているようだったので本当に良かったと俺はほっと胸をなでおろす。
令嬢が後日お礼をしたいと言っていたと王子に伝えれば、王子は心底嬉しそうな顔をしていたのだった。
これはもしかしたら、王子と令嬢が本当に友達になったりするのかもしれない。この多少成長した王子なら、令嬢に迷惑をかけることもあるまい。
そもそも令嬢や平民の男と接触するようになってからというもの、クラスで王子に声をかけられても驚かない生徒が増えていると聞いているし、これはいい兆候だ。
「王子、どこへ?」
「書斎だ。エレナが好みそうな本を探してくる。そして明日にでもエレナに会う」
いや王子が先に呼び出すんかい!!!
後日お礼がしたいと言ってくれていたんだからもうちょっと待てばいいものを!
「エレナは暴漢に襲われたんだ、気落ちしているかもしれない」
全然そうは見えなかったけどな! 失礼ながら!
で、だ。
結局王子を止められなかったわけだが、特に問題は起きなかった。ほんの少し耳を澄まして彼らの会話を聞いてみたところ令嬢も王子が持って行った本を喜んでいるようだったし。
まぁなんだかんだで上手くいっているようならもうなんでもいいかと半ば諦め気味でそう思っていたその日の帰り道。王子は今までに見たことのないくらいの満面の笑みを浮かべていた。
「お、王子?」
「エレナに相談をされた」
「あ、はい」
「エレナは俺を相談するに値する人物であると思ってくれたんだ!」
王子めっちゃ前向きだな。
「しかし……エレナはとても悲しそうな顔をしていたし、相談の内容も深刻なものだった」
「はい」
「……俺はそんな相談をされたのは初めてだったから、必死で相槌を打っていた。相談するに値しない人物だったと思われるのが怖かったからだ。もちろんエレナのことも心配だったが」
王子が! 王子が他人を心配している!
「俺は、ちゃんとエレナの望む言葉を述べられていたのだろうか……あれで大丈夫だったのだろうか……」
王子が! 王子が暴走せずに他人を思いやろうとしている!
「王子が人を思いやる心を忘れずに居れば、大丈夫だと思います」
「本当か? 良かった」
令嬢が考えていることは分からないが、なんとなく彼女なら大丈夫な気がする。
きっと、これからも王子の相手をしてくれそうだという予感がしたのだ。
だって、あの面倒な暴走状態の王子から逃げないでいてくれたのだから。
……いや、うん、大丈夫だったらいいなぁという俺の願望が強いけれど、でも、あの子ならきっと。
「いやでももっと気の利いた助言が出来れば良かったんじゃないだろうか……」
「女性は助言よりも共感を求めると聞いた事があります。王子が相槌を打っていたのならそれで大丈夫なのでは?」
「え、じょ、助言もした気がするのだが?」
「だ、大丈夫です王子……エレナ様はとても優しい王子の友達なのでしょう」
「うん、優しい」
大丈夫であれ……!
王子付きの騎士はツッコミ気質。彼は心労で胃をやらかすタイプと見た。
短期間で驚きのビフォーアフターを見せた王子の話でした。
いつも拍手、感想等をありがとうございます。そしてもちろん読んでくださってありがとうございます!




