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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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39/89

意地悪令嬢、相談する

 

 

 

 

 

「スヴェンのおかげでとても助かったわ」


 初めて会ったころと比べて数段明るい顔になった王子にそう告げると、なんとも嬉しそうな輝かしい笑顔で頷いてくれた。


「俺が助けてやりたかったんだが、そうすると騒ぎが大きくなると思ってな」


 王家の紋章を見て逃げたロルスの兄なので、王子が出てきたら一瞬で逃げたとは思うのだが、王子が出没するとほかのギャラリーが浮き足立つものだから色んな意味で騒ぎが大きくなってしまうのだ。

 最初こそ周囲がおっかなびっくりして敬遠されていた王子であるが、現在はとてもフレンドリーなイケメン王子として学園に君臨していたりする。


 そんな王子と私は現在図書館側のカフェの個室で喋っていた。

 王子はミルクティーを、私はカフェオレを飲みながら。


 ロルスの兄に絡まれていたときに助けてもらったのでそのうちお礼をしなければならないとは思っていたのだが、先に呼び出してきたのは王子のほうだった。

 どうやら彼は私が暴漢に襲われたせいで気落ちしているかもしれないと思っていたらしい。

 全然暴漢ではなかったけど。もやしだったし。多分あれならワンパンで倒せてた気さえしているくらいだし。

 いや一応伯爵家の令嬢である私が公衆の面前でもやしをワンパンで倒したりしたらどう考えても外聞きが悪いし、気落ちどころの騒ぎではなくなるのだけれども。

 保険で育てられているとはいえ一応貴族らしいしな、あのもやし。


「それで、何かエレナを励ませるものはないかと王家の書斎を探してみたら石占いの本があったんだ。あとは五代目王妃の物語だ。前回貸したものより少し難しいが、エレナなら大丈夫だと思って」


「わぁ、ありがとう! お借りしてもいいの?」


「もちろんだ」


 王家が所有している石占いの本なんて猛烈に興味深いし、五代目王妃に関する本ならなんでも嬉しい。あの夢の一件も行き詰っているところだし。

 あと本は作家買いしていたゲームの続きが軒並み出なくなったダメージを癒すことも出来るのだ。本を読んでいる間はダメージを忘れられるから。


「でも、本来ならわたしがお礼をしなければならないのに」


「そんなことはない。それに俺もずっとエレナに礼がしたいと思っていたから。エレナのお陰で、俺は友人がとても増えた。まぁ平民は、やはりそう簡単ではないが……でも、俺は今、とても楽しい」


 満面の笑みだった。

 王子の学園生活が楽しいのなら、それはとてもいいことだ。

 何より私の従者に危害を加えられることが絶対になくなったということなのだから!


「でも、やっぱりわたしからも何かお礼がしたいわ。こういうときは、大体お菓子を作っているのだけど」


「お菓子か」


「そう。わたしが作るお菓子は評判がいいのよ。ロルスはわたしが作ったケーキが好きだと言ってくれたし」


「……なんだ、惚気話か!」


 そう言って笑った王子の顔を見て、私は一瞬面を食らった。惚気話、だって。


「ふふ、そうね、惚気話かもしれないわ」


 ロルスにケーキが好き……いや、好きとまで言われたわけではないけれど、ケーキを喜んでもらえているんだと知ったときから随分と浮かれているので、惚気話といわれれば惚気話なのかもしれない。


「……ねぇスヴェン、惚気ついでにひとつ相談に乗ってほしいのだけど、時間は大丈夫かしら?」


「どうした? 時間なら大丈夫だ」


 ふと俯いてしまった私の顔を覗き込みながら、王子は頷いた。


「その……、ね、あの時わたし達と揉めていたのは、ロルスのお兄さんだったの」


 この話を、他人にするのはどうなのだろうと思っていた。

 なんせロルスのプライバシーに関する話なわけで、誰彼かまわず話していいような内容ではないから。

 だけど、どうしても私一人で考えるには難しくて、誰かに聞いてほしかった。

 そして誰かに聞いてほしかったけれど、この話を他人にしたことをロルスに知られたくはなかった。ロルスに、嫌われたくないから。

 そこで丁度よかったのが、この王子だ。他の友人達は皆大体ロルスと仲がいい。レーヴェに話そうものならロルスに筒抜けになるくらいだし。

 しかしこの王子だけは未だに私がロルスから遠ざけ気味なのでそこまで仲良くなっていないのだ。


「従者の兄? ということは、助けなくてもよかったのか? しかし」


「ううん、助けてくれてよかったの。ロルスのお兄さんは、ロルスのことを良く思っていないみたいだったから」


「あぁ……」


 眉間に深い皺を寄せている王子に、ロルスの家庭事情を掻い摘んで話した。

 親が酷い人だったとか、兄が二人居たとか、捨てられて私の従者になったとか、深くではなく浅く淡々と。


「……世にはそんな家庭があるのか」


 と、王子はぽつりと零す。


「その件については、わたしがどうこう出来るわけではないのだけど、わたしはそれを知らなかったとはいえロルスの前で両親や兄に可愛がられていたから……なんて残酷なことをしていたんだろうって」


 親兄弟に愛されなかった子の目の前で、親兄弟に死ぬほど甘やかされていたのだから、きっと私はロルスを傷つけていたに違いない。


「従者には、その話をしたのか?」


「一応、謝ったわ」


「それで、従者はなんて?」


「結局はぐらかされてなんとも……」


 ロルスが引っかかったのが友達かお兄ちゃんだと思ってる、という私の言葉だったせいで、ロルスが家族についてどう思っているのかは深く聞けなかった。

 もしかしたら言いたくなかったのかもしれない。


「うーん。でもなエレナ。皆が皆親に愛されたいと思っているかどうかは分からないんだ。もちろん親からの愛を諦めきれないやつも居るが、早々に諦めてしまうやつも居る」


「諦める……?」


「俺も、親からそこまで愛されたわけではない。もちろん見放されてもいないが、日々仕事に忙殺されていたり正妃と側妃のあれこれがあったり、まぁ色々あるからな、立場上」


 そういやこいつの親って王様だったわ。失念していた。


「そう、か。あの、ごめんなさい」


「エレナが謝る必要はない。さほど気にしていないから。そもそも俺も次期王としての勉強が忙しかったからそんなこと考えている暇もなかったからな!」


 なんというか、今更ながら相談する相手を間違えた気がしないでもない。


「ただ……今考えると、俺が友人を欲したのは親からの愛が貰えなかったからとも言えるかもしれない。実際寂しさから逃れるために物語を読みふけっていた時期があったのは確かだ。でも、さっきも言ったが俺は今とても楽しい」


 いや、やっぱり王子に相談して正解だったのか?


「スヴェンは、寂しさを乗り越えたのね。ロルスは……どうなのかしら。きっと寂しかったはずよね」


「まぁ、寂しくなかったとは言えないだろう。しかしどうだろうな、今はエレナがずっと一緒に居るみたいだし、手のかかる主人が居ると従者は大変だろう。忙しさは寂しさを忘れさせる」


 聞き捨てならねぇな!?


「ちょっと待ってよ手のかかる主人ってどういうことよ!」


 私が詰め寄ると、王子はしたり顔で私を見る。


「エレナに関する噂はいくつか聞いているぞ。次期侯爵の花嫁候補になったが別の女に取られたとか、攻撃魔法の先生と仲がいいらしいとか、幼馴染とそのうち婚約するとか、さらには次期王妃候補、要するに俺の花嫁候補になるかもしれないとかな」


「……まぁ、そういう噂は流れているらしいけれど、だからって手のかかる主人はないでしょうよ!」


「いやぁこれほど乱立すればなぁ、従者は周囲からあることないこと根掘り葉掘り……」


「え、えぇ……」


 確かに、私に直接聞いてくる猛者は居ないけど、従者のロルスになら聞けるかもなんていうチャレンジャーは今後出てくるかもしれない。


「俺の花嫁候補になったとなると大変だぞ。あちこちの貴族から注目を浴びる。ちなみに俺に男兄弟は居ないから、俺がとんでもないことをやらかさない限り王妃への道まっしぐらだ」


「えぇえ……、え、スヴェンは男兄弟居ないんだっけ」


「居ない。居ないからこそ側妃が迎え入れられたわけだが皆揃いも揃って姫を産んだ」


「へぇ」


「姫達は可愛い」


「あ、そうなんだ」


 王子の微笑みが、私のお兄様の微笑みとなんとなく似ていたので、もしかしたら王子もシスコンなのかもしれない。


「……少し話は逸れたが、エレナが申し訳なさそうな顔をしているのは良くないと思う」


「……うん」


「申し訳なさそうにされたところで、過去が変わるわけでもないだろう」


「うん」


「楽しそうにしていれば、未来は変わるかもしれない」


「未来、か」


 未来という言葉で思い出すのは、先生に占ってもらった石占いの結果だ。

 私は近い未来、大切なものを失うというあの結果。


「大切なものを失う?」


「……そう」


 私はロルスを手放したくないけど、ロルスが離れたくないと思っているとは限らない。まぁレーヴェはそんなことないと励ましてくれたけれど。

 でも、ロルスは本心を教えてくれないから、実際どう思っているのかなんて分からない。

 レーヴェが見ているロルスが本当のロルスかどうかなんて分からないもの。

 もしもロルスが私から離れたいと言ったら、私は……きっと離さなければならないのだろう。


「でもその失うかもしれない大切なものが従者かどうかは分からないんだろう?」


「まぁそうだけど、でも、わたしの大切なものはロルスだし」


「ほほーう。また惚気話に戻るわけだな。でも占いだろう? どうだ、本当に大切なものじゃなく二番目に大切なものかもしれない」


「二番目に大切なもの……?」


 そう言われた私は、顎に手を当てて深く考え込む。

 一番大切なものはロルスで決まりなのだが、私が二番目に大切だと思っているものはなんだろう?


「そんなに考え込むか? なんかこう、あるだろう、大切な服だのアクセサリーだの」


「え、う、うーん?」


「窓辺で可愛がっている小鳥とか、いないのか?」


「小鳥ぃ? スヴェンはわたしのことをなんだと思っているの……」


 と、二人で考え込んでいたところに、ロルスがやってきた。

 どうやら馬車が来たので迎えに来てくれたらしい。


「……お二人で、何をそんなに考え込んでいたのですか?」


「え、いえその、わたしが先日石占いで大切なものを失うって言われたから、それがなんなのかなって話で……」


 私がそう答えると、ロルスがきょとんとしたままぽつりと零す。


「つい最近失っております、お嬢様」


 と。


「え、なにを……」


「お嬢様が敬愛していたゲーム作家が」


「はあああ本当だー!!」


 私、大切なものを失っていた! あの石占いの結果とそのことが結びついているかは分からないけれど、確実に大切なものを失っていた!


「ええと、それでは失礼いたします」


 ロルスは頭を抱えて呻っている私の腕を掴み、王子に挨拶をしている。

 それを見た王子はけらけらと笑いながら「まぁ、なんか良かったじゃないか、一番大切なものじゃなくて」なんて言って私の肩を叩いている。

 良かった! 良かったけど良くない! けど良かった!

 私はそんな支離滅裂なことを呟きながら、ロルスに引き摺られていくのだった。


「はぁ……帰ったら甘いものでも作ろう。ロルスも」


「私は下僕ですので」


「っていうと思ったので今日のおやつはありません」


「……」


「あ、今ちょっとしょんぼりした!? ねぇロルス!」


「していません」


 なんだかんだ言っているけれど、やはりロルスは甘党なのだろうな。


「でも侍女ちゃん達が用意してくれてるわ、おやつ」


「……」


「あ、もしかしてわたしが作ったものじゃないからやっぱりちょっとしょんぼりした!? 仕方ないわねぇロルスったら!」


「……していません!」


 ロルスが珍しく語気を強くした。ということはもしかして図星かな!


「ふふ」


「……なにを笑っているのですか、お嬢様」


「なんでもないわ」


 今日は私がデザートを用意しているのだと教えてあげようと思ったけれど、やっぱり黙っていよう。

 デザートの時間まで存分にしょんぼりさせてやるのだ。なんせ私は意地悪令嬢なのだから!





 

急成長を遂げた王子。

拍手コメントにて土曜日だ!更新の日だ!と喜んでくれている人がちらほらいらっしゃって本当に嬉しいです。いつもありがとうございます。


それではまた来週~!!

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