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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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38/89

意地悪令嬢、下僕の過去を知る

 

 

 

 

 

「ねぇルビー様、なぜ今封印を解いたの?」


「役者が揃ったのですよ、レディ」


「役者?」


「あなたには味方が沢山居ます。だから、不安にならないで」



 ふと目を開けると、そこにはなんの変哲もない見知った天井があった。それをしばし見詰め、私は思う。

 しまった、起きちゃった!!! と。

 今、私は明らかに夢を見ていた。しかし以前のような明晰夢ではなかったせいか映像が思い出せない。

 思い出せないけれど、ルビー様と話をしていたことだけは辛うじて覚えている。しかしながら最後の一瞬だけしか覚えていないので何がなんだか分からない。

 役者が揃ったと言っていた気がするが、役者ってなんだ。っていうかヒロインがまだでは? いやルビー様が乙女ゲームについて知っているとは思えないからそっちは関係ないのか。

 まぁでもルビー様が不安にならないでと言ってくれたのだから大丈夫だろう。夢だけど。


「おはようございます、お嬢様」


「ねむたい」


「また深夜まで本を読んでいましたね?」


 ロルスにはなんでもお見通しだった。


 そんなあくびの止まらない日中を過ごしていたその日の放課後、ある事件が起きた。

 その日は買いたい本があったため、馬車に乗らずに歩いて本屋に行こうとしていた。元々学園から家までの距離はそう離れておらず、間に本屋を挟んだところで完全に徒歩圏内なのでロルスも反対せずについて来てくれた。

 しかしそれが良かったのか悪かったのか。事件は学園の門を出たすぐのところで起きてしまう。


「お、おまえ……」


 目の前に、可哀想なくらいひょろひょろの男性が居る。

 彼はロルスを見て驚いたように目を見開きながら指をさしている。

 明確に誰なのかは分からなかったけれど、ロルスの関係者だということはすぐに分かった。何故ならロルスと彼の髪色と瞳の色が酷似していたから。まぁ髪はロルスとは比べ物にならないほどぱさぱさで、瞳にも一切の覇気が伺えないので良く見なければ見落としそうではあったけれども。


「ロルス、か?」


「……はい」


 ロルスは私を隠そうとしたのか、それとも庇おうとしたのか、私よりも一歩前に出る。

 しかしひょろひょろの彼がロルスに掴み掛かろうとしていたので、私は咄嗟にロルスの服を掴んで私の隣に引っ張り戻した。


「おまえ、おまえ……なんで……」


 聞き取れないほどの声で一言二言呟いたと思ったら、覇気のなかった瞳に突如光りが戻った。鋭過ぎるほどの眼光が。


「俺が行きたくても行けなかった学園から! なんでお前が出てくるんだよ!!」


 私の従者だからですけどぉ?

 と、煽らなかった私を褒めてほしい。

 ちらりとロルスの表情を伺ってみると、ほぼほぼいつもの無表情ではあるものの薄っすらと別の感情が浮かんでいる気がした。

 これは、なんとなく怯えている気がする。

 目の前の男に睨みつけられ怒鳴られ怯えるロルス……よし、目の前の男はロルスの敵だ。

 ロルスの敵は私の敵。私は意地悪令嬢なんだから、この悪の組織幹部顔を今こそ利用すべきだろう。

 なんとなくあくどい顔を作り、軽く権力を盾にしてロルスだけでもこの場から遠ざけなければ。

 大丈夫。不安になることはないとルビー様も言ってくれた。夢だけど。


「……あなた、どこのどなた? わたしの下僕になんの用かしら?」


 いつもより低いトーンで、目の前の男に声を掛ける。すると男は初めてロルスからこちらへと視線を移した。


「……俺は、そいつの兄だ。少し話がある。そいつを借りて」


「あら、嫌だわ。わたしが、わたしの下僕を、あなたなんかに貸すとでも? これはもうわたしの下僕なの。下僕ごときに兄が居ようとわたしには関係ないの」


「ふ、ふざけ……」


 ロルスが学園から出てきたということが、何故だか余程気に食わなかったのだろう。今にも噛み付きそうな顔でロルスを睨みつけている。

 こんな奴、私の意地悪令嬢力がもっと高ければ一言で退散させられたのだろうか。

 ……意地悪令嬢力ってなんだよ。


「行くわよ下僕」


「……はい」


「待て!」


 今度こそ掴み掛かってこようとした男だったが、突然息を呑んで動きを止めた。


「どうなさいました、エレナ様」


 と、私達に向けて声を掛けてきた男を見て息を呑んだらしい。

 はて、誰の声だっただろうかとそちらに視線を送ると、そこには王子付きの騎士が居た。そう、いつだったか私を罠に嵌めたあの二人の騎士の片割れだ。

 どうやら男は騎士の胸に輝く王家の紋章を見て息を呑んだらしい。

 どうなさいました、と問われたので何か答えなければと思うのだが、いつものエレナで答えるか意地悪令嬢モードで答えるかで迷った。すると私が迷っている一瞬の隙に男は猛ダッシュで逃げてしまった。

 突然目の前に王家の関係者が来たらそりゃあびっくりするわな。


「助かりました、騎士様。ありがとうございます」


 声のトーンをいつものエレナに戻しながら笑いかけると、騎士は会釈で返してくれる。


「エレナ様がご無事で何よりです」


「どうも。それにしても、何故ここに?」


「スヴェン王子が、エレナ様が絡まれているのが見えたから助けてやってほしいと仰って。自分が行って話がややこしくなったら困るから、と。王子も成長したものです」


 どうやら王子がどこからか見ていたらしい。猛烈に助かったので今度何かお礼をしなければ。


「そうだったのですね、ありがとうございます。王子様には後日改めてお礼をさせていただきますとお伝えください」


 そう言って、私達は王子の騎士と別れた。


「……さて、とりあえず本屋は後日でいいわ。帰りましょう、ロルス」


「……はい、お嬢様」


 色々と聞きたいことが多すぎた。しかしなんとなく注目を集めてしまった今、ここで話すわけにはいかないので急いで帰るのが正解だろう。


 私達は急いで帰宅し、侍女ちゃんにお茶を用意してもらってから、今は私の部屋で静かに向き合っている。


「……ロルス、あなたが話したくないかもしれないから今まで聞かなかったのだけど、少しだけあなたのことを教えてもらえないかしら?」


「私は下僕ですので、命じられれば話します」


「もしかして……さっきの下僕扱い、嫌だった?」


「いえ、お嬢様は頑張れば意地悪な令嬢になれるのかもしれないと、一瞬思いました」


 一瞬。まさかの一瞬。


「わ、わたしだってね、やれば出来るのよやれば。驚いたでしょう! そんなことより! さっきのあれが誰なのか分からなかったから、なんとなく雰囲気であんなこと言っちゃったけど大丈夫だったのかしら?」


 ロルスの兄だというあの男は行きたくても行けなかった学園、と言っていたし、おそらくロルスを羨んでいたはずだ。

 そんな中いつものように私の大切な従者だと言うと火に油を注ぐことになりかねない気がしたから、咄嗟に強く出てしまった。

 髪はぱさぱさで死んだような目をしていたし、ひょろひょろの身体を見たところ精神状態が万全だとは絶対に言えない。そしてきっとロルスは自分よりも下なのだと思っていただろうから、下手を打つと逆上するかもしれないと踏んだのだ。

 踏み外していなければいいのだけれど。


「大丈夫、だと思います。あれは、私の兄です。おそらく、次男……長男になにかあったときのために保険で育てられた兄でしょう」


 ……えーっと。理解するのに軽く十秒ほど時間を要した。


「いや、保険?」


 いや嘘。やっぱり理解してなかった。保険で育てる? なんだって?


「私の両親は、酷い人間でした」


「ま、待ってロルス、その話隣で聞いてもいいかしら?」


 今まで向き合って座っていたのだが、今から始まるであろうロルスの過去の話が、思いのほか重そうなのでちょっと不安になってしまった。出来るだけ近くで、くっついて話を聞きたい。

 私は急いで移動し、ロルスの左隣に座ってそのままロルスの左手を握った。冷たい左手だった。


「……なぜ?」


「なんとなく」


 左手を見ながら不思議そうな顔をするロルスを見て、私はへらりと下手くそな笑みを零すのだった。


「私には兄弟が、それなりに沢山居たようです。はっきり分かるのは兄が二人。跡継ぎとしてちゃんと育てられた長男と、長男が死んだときのために育てられた次男。さっきのは次男です」


「うん」


 私はロルスの親指の爪を撫でながら相槌を打つ。


「生きていた姉や妹は売られ、兄だか弟だかがどうなったのかは分かりません。両親だった人達は、人を人だと思っていなかったのです」


 ロルスの表情を盗み見ると、そこにはなんの表情も浮かんでいなかった。さっきのような怯えの片鱗のようなものも、なにも。


「人を人だと思っていない人間が一番大切にしていたのは金でした。だから、長男は学園に通わせたかもしれませんが、次男は通わせなかった。だからこそのあの「行きたくても行けなかった学園」という発言だったのでしょう」


 ということは、あの次男は何もさせてもらえずその家にただ居るだけで……生き地獄状態なのでは?


「……怖い、話ね」


「はい。なので、次男にとってのうのうと生きている私は憎悪の対象でしかないのでしょう。実際何人か死んだ兄弟も見ていますし、正直なところ長男と次男以外は皆死んだのだろうなという先入観もあります。死んだと思っていた、自分より酷い目に遭っていたはずの人間が身奇麗にして存在しているのですから」


 やはりロルスを自分より下だと思っているだろうという私の推測は外れていなかったらしい。


「……でもロルスだって……その」


「はい?」


「捨てられて……ここに来たのでしょう?」


「そうです。生きていた俺……、私が邪魔になったあの人達はまず領地の食堂に私を連れて行きました。住み込みで雇え、と。当然人を人と思っていないあの人達は領民に嫌われていましたし、私は碌な扱いを受けませんでした」


 ロルスの元々の一人称って俺だったんだな。初めて知った。

 あと領地とか領民ってことは、ロルスは貴族の子だったのだろう。


「そこで朦朧としていたところを拾ってくださったのが旦那様です。旦那様が拾ってくださったから、私は死ななかった」


 ロルスが連れてこられたとき、やけにひょろひょろしててもやしのようだと思ったけれど、まさかこの家に来る前に一度捨てられていたとは思わなかった。


「わたし、全然知らなかった」


「ええ、言ってませんか……ら、お嬢様?」


 今、泣いては駄目だと思っていた。ここで泣いたら同情していると思われてしまう。違うのに。

 駄目だと思っているのに、堪え切れなかった涙が一粒、ロルスの左手に落ちてしまった。


「ごめんなさい、ロルス」


「いえ、お嬢様に謝られることなどなにも」


「わたしは、なにも知らずにあなたがここに来てくれたことを喜んでた。なんにも考えずに、いつも一緒に居てくれるお友達が出来たと喜んでしまった。どんなに甘えても許してくれるお兄ちゃんが出来たと喜んでしまった」


「お嬢、様……?」


「あの年齢で、親元を離れてここに来ていることを考えればあなたに辛いことがあったであろうことなんて簡単に推測出来たはずなのに、ただ喜んでしまった自分がとても情けない」


 へらへらと両親や兄に可愛がられる私をずっと側で見させられてきたロルスはどんなに辛かったのだろう。

 私はロルスに、なんて残酷なことをしていたのだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさいロルス……」


「お、お嬢様、私は下僕ですお嬢様」


「もうそんなこと言わな、え、ロルス、なんで今ちょっとわたしから離れたの?」


 今まで真っ直ぐ座っていたはずのロルスの上体が、微妙に仰け反るようにして私から離れたのだ。

 今の話の流れで仰け反るようなことあった? と顔を上げると、なんとなく慌てた顔をしたロルスと目が合った。


「私はお友達でもお兄ちゃんでもなく下僕ですお嬢様」


「え、引っ掛かるとこそこなの?」


 嘘でしょ。私の涙返してもらっていい?


「……いえ、その、私は……申し訳ないのですが、いずれここの人達からも捨てられるのだろうと思っていたので、お嬢様が喜んでくださっているのなら良かったな、と」


 ロルスの言葉はどんどん尻すぼみになっていって最後のほうはなんだかあまり聞こえなかった。

 なんだって? と近付いてみたけどさらに仰け反られるだけで無意味だった。


「と、とにかく、お嬢様。今日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「ううん。迷惑だとは思ってないわ。ただ、わたしはあなたの元の家族を敵だと認識してもいいのね?」


「はい。おそらく私の家族であった人間は、皆お嬢様やこの家のご家族に迷惑をかける存在です。そして私の家族であった人間達の特徴はこの黒髪と緑の目です」


「そういえば、あの次男も同じ色だったわね」


「何故だか、詳しくは知らないのですがあの家の人間は大体あの色でした」


 遺伝子が強いんだろうなぁ。分かんないけど。しかし見た目でなんとなく察せるのならありがたい。


「ロルスは、家族に未練はないの?」


「ええ。……私は、この家に連れてきていただいて幸運だったと思っています」


「下僕なのに?」


「ええ、下僕なのに。私の元家族は、私のことを見もしなかった。私のことをこんなにも心配してくださるのは、他でもないお嬢様だけです。下僕なのに。さすがは意地悪度二万点も減点された意地悪なご令嬢です」


「ぐ、ぐぬぬ……!」


 言い返す言葉が見当たらない……!!


 とにかく、ロルスに害をなす奴は私の敵なのだ。

 あの次男の状況はきっととても可哀想なのだろうけど、両方を助けることは出来ない。私にそんな力はない。

 ロルスを失わずに済むように、ロルスの敵は近付かせないようにしなければ。


「でもほら、今日のわたしはちょっと意地悪令嬢みたいだったでしょう? ちょっとくらい加点されるわよね?」


「そうですね。確かにあの瞬間は威圧感のあるご令嬢のようでした。しかしこうして下僕の過去を聞いて謝ったり心配したりしているので乱高下した結果、現状維持です」


 まさかのプラマイ0!!


「いやいやいや申し訳ないと思うのも心配するのも当たり前でしょう!?」


「私は下僕です、お嬢様」


「下僕だとも思ってるけどお友達ともお兄ちゃんとも思ってるもん!!」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 今度はロルスが言葉を失う番だった。





 

ロルス、照れる。


感想、拍手ぱちぱち、コメント等などいつもありがとうございます。なによりいつも読んでくださってありがとうございます。

拍手コメントに毎週更新ありがとうございますといった旨のコメントをいただきましたが、こちらこそ毎週読んでくださって本当にありがとうございます。

ストックのなさゆえ毎週ヒーヒー言いながら準備しているので、ほんの少しでも今日は土曜日だ!更新の日だ!と楽しみにしてくれている方が居るのかもしれないと思うととても嬉しいし頑張れます。

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