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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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37/89

意地悪令嬢、落胆する

 

 

 

 

 

「お嬢様、少しお聞かせ願いたいことがございます」


「いいよぉ」


 ロルスが自分から私に声をかけてくるなんて珍しいな、なんて思いながら、私は気の抜けた返事をする。

 そして手元の本から、ロルスへと視線を滑らせた。


「お嬢様は、なぜ意地悪なのですか?」


 なんだなんだ唐突に。意地悪度マイナス2万点の女だと思っているくせになんだその質問は。と思いつつ、私は思考を巡らせる。

 なぜ意地悪なのか、と問われればそれが私に与えられた責務だからだ、としか答えようがない。

 だって、NPCがしっかり機能しないゲームなんてありえないじゃない?

 そりゃあ私が物語の序盤で科学の力ってすげー! って言ってるだけでその後特に話に関わってくるわけではないただの町人なら無理して演技なんかしようとも思わないけれど、私はこの乙女ゲームの中でヒロインの恋路の邪魔をするという重大な責務を背負ったNPCなのだ。

 NPCが物語の展開に添うように動かなければ、ゲームは破綻してしまうだろう。

 っていうかまずNPCが好き勝手動くなんて、それはもうただのバグじゃん?


 というわけなのだが、ロルスにそう説明するわけにはいかない。


「なんていうかこう、顔が……意地悪顔だから。わたしの」


 絶妙に下手くそな言い訳が出来上がってしまった。

 しかしながら顔が意地悪顔なのは嘘じゃない。一度鏡を見ながらニヤリと笑ってみたところ我ながらとても悪役っぽい顔をしていたのだ。それを見た私はやはりこの顔は意地悪令嬢としてキャラデザされたものなのだろうなと思ったものである。

 長いさらさらストレートの紫がかった黒髪に、白い肌。紫色の大きな瞳はツリ目でお世辞にも愛らしいとは言えない。

 きっともう少し成長し、黒い服を着て真っ赤な口紅でも塗れば確実に悪の組織の幹部に居そうな顔になる、それがこの世界での私の容姿だ。ほら、見事な悪役キャラデザ。

 ちなみにこの容姿、お父様に似ている。なのでお父様はめちゃくちゃ美形ではあるが悪の幹部の親玉みたいな顔をしている。


「ふざけずに答えていただきたいのですが」


「えぇ……」


 ロルスは真剣な顔をしていた。

 顔を理由に出来ないのなら、改めて適当な言い訳を考えなければならない。


「ほら、わたしってちょっとぼんやりしてるじゃない?」


「はい」


 なんの躊躇もなく頷くのやめてくれませんかね。ぼんやりしてるのは本当のことだけど。本当のことだけれども!


「……それでね、わたしがもっと下級貴族の令嬢だったらぼんやりしたままでもいいのだけど、うちは由緒正しき伯爵家で、ぼんやりしていたらよその子になめられるのよ」


「……はい」


「伯爵令嬢らしく、なめられないように強くならなければと思ったの。そんな時ロルスがうちに来たから、丁度いいしロルスで練習しようと思ったわけよ」


「……はぁ」


「お父様やお兄様相手だと甘やかされるだけで練習にならなかったし」


「……確かに」


 やっとなんとなく納得してくれたようだ。


「だからわたしは意地悪なの。なめられないように、意地悪でいなくちゃならないのよ」


「失敗していますけどね」


 つらい。

 いやしかし、失敗しているとは断言出来ない。なぜならまだヒロインが来ていないのだから。

 攻略対象達やモブ相手には失敗だとしても、ヒロイン相手ならばまだ分からない。

 私の未だ見ぬ意地悪パワーが目覚めるかもしれない。なぜなら私は意地悪令嬢なのだから!


「それで? わたしがなぜ意地悪なのかを聞いてどうするの?」


「え?」


 私の問いに、ロルスが一瞬だけ困惑したような表情を浮かべた。


「ロルスがわたしに自分から質問するなんて、珍しいわよね?」


「そうでしょうか?」


「やだ、ロルスったら白々しい」


 質問どころか報告以外で話しかけてくることさえも珍しいというのに。


「もしかして、お兄様に探れって言われたの?」


「……いえ、そのようなことは」


「あなた、わたしに隠すようにお兄様と連絡をとっているでしょう?」


「いえ……いえ、その」


 ロルスは隠し事が下手くそ過ぎる。全部顔に出ているもの。

 元々はお兄様が来たあの日からこっち、ロルスが封筒を持っているのを何度か見かけたのが勘付くきっかけだった。

 最初こそロルスが手紙を送る相手など居るのだろうかと謎だったのだが、時期はお兄様が帰った後だわなんとなく私に隠そうとしてるわでほぼ確信した。

 そして今、鎌をかけてみたところ完全に動揺したロルスを見て確定したのだ。

 お兄様がなんか面倒なことにロルスを巻き込んでいる、と。


「ふふ、別にいいのよ、お兄様と連絡をとるくらい。ただあのお兄様だからね、ロルスが面倒なことになってるんじゃないかって気になってたのよ」


「面倒なことになど、なっておりません」


「いや、わたしのことを探って報告するなんて面倒でしょう」


「いえ」


「わたし、まともに教えないわよ?」


 そう言うと、ロルスは返す言葉を失ったようで黙りこくっている。

 現に何故意地悪なのかと問われて意地悪顔だからとか適当に答えたところだもの。黙ってしまうのも無理はない。


「まぁ、お兄様は単に過保護なだけだし、面倒だったら適当にあしらっていいからね。今回はとりあえずお兄様に借りていただいた物語を楽しそうに読んでいるって報告したらいいと思うわ」


「……しかし今読んでいるのはブルーノ先生に借りていただいた本では?」


 真面目か!


「今手元にあるのは確かにブルーノ先生に借りていただいた本だけれど、お兄様に借りていただいた本も読んだわよ」


 そう、ブルーノ先生に王立中央図書館の本を借りてきていただくのだとお兄様に自慢したら僕だってそのくらい出来ると何故か張り合いだしてルビー様がモデルの小説を借りてきてくれたのだ。

 それで、それは早々に読んでしまったので今はブルーノ先生が借りてきてくださった封印に関する本を読んでいる。


「お兄様が借りてくださったルビー様の物語はいつにも増してルビー様がかっこいいお話だったわ。あ、そうだ、報告するならいつかわたしも王立中央図書館に行ってみたいって言ってたって書いて」


「え」


「お兄様ならもしかしたらなんとかしてくれる気がしない?」


「どうでしょうか?」


 あのシスコン兄ならなんとかしてくれる気がする。私は。


「とりあえず、報告することがなくて困ったらそう言ってたって書いてみてちょうだい。今すぐ書いてくれたらもれなくわたしが喜ぶけれど」


 ね、と念を押すと、ロルスは渋々ながらといった表情で頷いてくれた。

 それを見て、私はもう一度本に視線を戻す。

 手元にある本はブルーノ先生に借りてきていただいた封印に関する本なわけだが、やはり難しい。

 難しい上に、過去に解除した封印についての話と解除方法についての話が並んでいるので、理解するのに時間がかかる。

 ルビー様がやっていた解除方法なんてそんなに難しそうじゃなかったのに。ただ静電気起こしたみたいな感じだったし。

 そんなわけで解除方法についてはざっと読み飛ばしていたのだが、一つだけ気になる話が書いてあったのを見つけた。


 封印は、主に王族か上級貴族が情報を隠蔽するために使っていた呪文だったようだ。かつての王族や上級貴族は膨大な魔力を持っており、簡単に呪文が使えたのではないかと推測されている。

 また呪術者が存在していた可能性もあり、上級貴族は金を積んでその者らに封印の呪文を使わせていたとも言われている。※諸説あり


 というものだ。諸説はあるらしいが、王族や上級貴族がなにか不都合のある情報を隠蔽するために封印の呪文を使っていたらしいのだ。

 呪文学者が解いた封印の中に裏帳簿のようなものも混じっていたとか、隠し子の存在が記されていたとか、おそらく人にバレたくはないであろう情報がぽろぽろと出てきているようだし。


 ということは、封印を施されていた私はなにか不都合のある存在だということなのだろうか。

 私の夢の中に出てきた五代目王妃も王族だし、確か王家に嫁ぐ前は公爵家だか侯爵家だかの娘だったはずだから血筋的にも封印の呪文が使えたのかもしれない……いや、でもあの人も静電気を起こしていたのだから、あの人は解除しただけ……?

 そもそも何故今だったのだろう。生まれたときでもなく喋るようになってからでもなく歩き始めてからでもなく学園に入学した日でもなく、何故今?


「うーん、分からない……」


 リアル脱出ゲームでももうちょっとヒントくれるぞ……。

 本を閉じて背伸びをすると、背中からみしみしと音がなった。痛い。


「あ、そろそろ焼ける頃ね。厨房に行きましょうロルス」


「はい」


 今日はさくさくほろほろのマーブルクッキーを焼いたのだ。ロルスは私が焼いたケーキを気に入ってくれているのだから、クッキーも喜んでくれるに違いないと思ったので。

 厨房前で出会った侍女ちゃんにお茶を二つ淹れてもらうように頼んで、私はオーブンを目指した。


「おぉ、なかなかいい感じに焼けてるわ! あ、ちょっと離れててねロルス、火傷しちゃうから」


「お嬢様、私が」


「大丈夫よ。風の魔法で荒熱とりながら取り出すから」


 魔法って便利よね、なんて笑いながらクッキーを冷ます。

 粗方冷めてきたところでお茶を頼んだ侍女ちゃんがやってきた。彼女が淹れるお茶はとても美味しいのだ。


「お嬢様ー、お茶はこちらのお部屋に用意いたしますねー!」


「ありがとー!」


 彼女も手馴れたもので、ロルスが遠慮する前に何もかも準備を済ませてくれる。ありがたい。


「今日はクッキーなんですね、お嬢様!」


「そうなの! あのね、ロルスが私が焼いたケーキを気に入ってくれてるみたいだからね、クッキーも喜んでくれるんじゃないかなって! あ、みんなの分もちゃんと焼いてあるから後で食べてね」


 私がそう言うと、彼女は「やったー!」と言いながら厨房のほうへと戻っていった。


「お嬢様」


「クッキーは嫌いだった? それともケーキのほうが良かった?」


「そうではなく、私は下僕でございます、お嬢様」


「今日は下僕をお休みにしたらどうかしら」


「お嬢様」


 ケーキが食べたいと言ってくれたことがことの他嬉しかったのだから仕方ないじゃない。


「んー、我ながら美味しいわ。でも少し甘すぎたかしら? ねぇ、どう? ロルス」


「本来下僕はこのような贅沢なものを食べてはならないと思うのです」


「へー、そうなんだー知らなかったなー」


「……しかし、下僕はお嬢様に強要されれば、食べないわけにはいかないのです」


 ロルスは小さな声でそう呟くと、クッキーをひとつ摘み上げてそれを口に運んでいた。


「お、おいしい?」


「はい、とても」


 私は見逃さなかった。

 ロルスが、そう答えたのと同時に、ほんの少しだけ微笑んだことを。

 初めて、微笑んでくれたことを。

 常々顔がいいとは思っていたけれど、ロルスの微笑みの殺傷能力はなかなか高かった。正直ちょっとだけどきどきした。


「お嬢様?」


「ロルスが喜んでくれたみたいで、嬉しいわ」


 その後、私達はぽつりぽつりと会話をしながらティータイムを楽しんだ。



「よし、食べ終わったしゲームでも買いに行きましょうか」


 殺傷能力の高い微笑みを浴びた弊害か、高まるテンションの捌け口が見当たらない。

 なので、一旦外に出たい。


「ゲーム……魔女ですか?」


 魔女恐怖症かな?


「魔女のゲームの続編はきっとないはずだけれど、あの作家様の新しいゲームが出ているかもしれないから」


「はぁ……」


 魔女のホラーゲームも当然面白かったが、あの作家様が作るゲームは他のものもすべて面白かったのだ。その結果私はハマりにハマり、あの作家様が作ったゲームを全て購入した。


「行くわよロルス!」


 外に出たくなったのは半分くらいロルスのせいなんだからつべこべ言わずに行くのよ!! と横暴に横暴を重ねたような理論を撒き散らしながらおもちゃ屋さんを目指した。



「えぇ!?」


 おもちゃ屋さんに辿り着いた私を待っていたのは、悲しいお知らせだった。

 いつも陳列されている場所に、例の作家様のゲームが置いていない。

 何事だろうかと、店主と思われるおじさんに声を掛けたら、しばらくは入荷されないだろうと言われたのだ。


「あの子も急に忙しくなったらしくてねぇ。楽しみにしていたのかい?」


「楽しみに、していました……え、じゃあ今後の予定は……」


「どうだろうねぇ、数年後……いや、戻ってこれるのかも今のところはなんとも言えないなぁ」


 戻ってこないかもしれないという言葉を聞いた私は膝から崩れ落ちた。


「お、お嬢様!」


「この先わたしは何を楽しみに生きていけばいいの……!?」



 取り乱した私を抱え上げたロルスは、店主と思われるおじさんに「また来ます」とだけ言い残し店の外に出た。


「残念でしたね、魔女の続きが出ないなんて」


「なーにが残念よちょっと嬉しそうじゃないのロルス」


「そのようなことはございません」


 絶対喜んでるじゃん。レーヴェだってきっと残念だとか言いながら喜ぶに違いないわ。魔女に関してだけ言えば。

 ケーキで喜んでくれるのは嬉しいけれど、ここで喜ばれるのは嬉しくない。


「魔女が……魔女が……」


「しかし、見かけない顔でしたね、あの店員」


「えぇ? そうだったかしら……」


 私の頭の中は悲しみでいっぱいいっぱいだから話をそらされたってすぐには対応出来なかった。


 だって魔女がぁぁ!





 

エレナ、天国から地獄へ。

いつもいつも読んでくださってありがとうございます。ブクマ数が今までで初めての数字になっていて驚いています。うれしい。

拍手コメント等もありがとうございます。最近は拍手チェックが毎日の楽しみになっております。


猛暑や豪雨、台風や地震、なにかと災害続きですが皆様が一日も早く心穏やかに過ごせますように。

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