意地悪令嬢、気落ちする
私は今、目の前のテーブルを凝視しながら手に汗を握っている。
なぜなら、石占いの先生に占ってもらっているから。
今までは占い方の基礎と、石の持つ基本的な意味や石がくれるメッセージの読み取り方を座学として教えてもらっていたのだが、今回からは占いを華やかに見せる、魅せ方も教えていただけることになったのだ。
「きちんと指先まで意識を集中させるのが重要ですよ。石の扱い方が雑だと、折角の美しい石占いが台無しになってしまいますからね」
「はい、先生」
先生を初めて見た時、なんと美人で穏やかそうな人なんだろうと思っていたのだが、口調も教え方も見た目通りとても穏やかだった。
そしてなんといっても指先の動かし方がとても優雅だ。
占いなんて結果を読んでそれを相手に教えればいいだけだろうと思っていたのだが、この石占いはそれだけでは駄目なのだ。
なんせ皆美しさと派手なパフォーマンスを期待しているのだから。いやまぁ結果も大切だけれども。
「それで、エレナさんの性格ですが」
テーブルに敷かれた布に浮かんだ魔法陣がふわりと光る。そしてその上で、綺麗な宝石が踊るように転がっていった。
ちなみに魔法陣が光るのは先生が故意に光らせているだけで深い意味はないらしい。綺麗に華やかにそしてなんとなく意味深に見えればいいとのこと。
「隠し事がとっても上手みたいですね」
「隠し事、ですか」
「本当は素直なのに、それを偽って隠そうとしている。そしておそらく、誰にも気付かれていないでしょう」
先生は、ほら、と言って一つの石を指した。
その石はすぐ隣にある石の光りが邪魔をしていて、言われるまでそこにあると気が付かなかった。
「気付かれていないなら、良かったです」
「そうですか? じゃあ次は、近い未来を占ってみましょう」
今までテーブルに転がされていた石を手元に戻す。するとさっきまで浮かんでいた魔法陣も消滅した。
そして先生が布に手をかざすと、新しい魔法陣が浮かぶ。未来視の魔法陣だ。
それを見た私は、ふと手に力が入ってしまう。握った拳の中はじとりと湿ってきている。
「エレナさん、緊張していますか?」
「……はい。実は以前華占いをやってもらったとき、種が爆発しまして」
「種が爆発……!?」
終始穏やかだった先生もさすがに驚いて声が大きくなってしまっていた。
「ま、まぁ石は爆発しないから、安心していてくださいね」
すぐに立て直したようだが、声から伝わる動揺は隠し切れていない。
自分の未来はともかく、先生の石が爆発しませんようにと心から祈った。
祈る私の視線の先で、先生がいくつかの石を手に取る。この時占っている側から見ると手に取られた石はうっすらと光っている。
その石を優雅な手つきで転がすと、一つの石が魔法陣の中央に躍り出た。とても綺麗な緑色の石だ。
緑色の石は中央でころころと軽快な音を立てて転がった後、きらきらと光りの粒子を振り撒いた。
なんて綺麗なんだろうとうっとりしていたけれど、その石はすぐに光りを失ってしまう。
「近い未来、あなたは何か大切なものを失ってしまいます」
「大切なもの」
そう言われて一番に思い浮かんだのはロルスの顔だった。
「う、失わない方法は、ありませんか?」
私は先生の顔を縋るように見る。すると先生は「見てみましょうね」といって石を回収、そして新たな魔法陣を描く。
大切なものを失わない手立てがあるのなら、それがなんであろうと……。
「これは……」
手元の石達を見て、先生も私も絶句した。
魔法陣の中央に、何も乗っていない。先生が転がしたはずの石が、いくつもあったはずの石が、魔法陣の中央を避けるように転がり出ていってしまったから。
「絶対に失うやつですかこれ」
「占いに絶対はありませんよエレナさん」
「いやでもこれ」
「お待ちなさい。もうちょっと違う方向で試してみます」
そういった先生は、半ば意地のように石を転がし続けた。
「エレナさん。占いに絶対はありません」
「はい」
「ですが、一応、ある程度の、覚悟はしておいたほうが……いいかな、と思います」
絶対失うやつですやんやっぱり。
いや、しかしまだロルスと決まったわけではない。
「なんなんでしょうね、わたしの大切なもの。貞操とかですかね」
「それは笑える冗談ではありませんね。しかし……あなたの身に直接関わることではないようですね」
私の身には関係ないけれど大切なもの、え、やっぱロルスなのでは?
「大切なもの……」
「なにか、心当たりが?」
「心当たりというか、絶対に失いたくない大切なものがあって。まぁでも占いに絶対はありませんからね! 大丈夫です。それよりも、先生の宝石が爆発しなくて良かったです!」
私はとりあえず笑顔を作って話題を変えた。
「そうですね。華占いの種が爆発したのは、未来視の結果ですか?」
「過去、現在、未来を見てくれるというやつでした」
「どの種が爆発したのか、教えていただいてもいいですか?」
「友人の華占いでは全部爆発しましたね」
私の返答に、先生は目をむいて驚いた。皆驚いていたので、この反応は想定内だ。私も驚いたし。
しかしナタリアさんに占ってもらったときは、確か母の言う『ローレンツルート』とやらに進んで死んでしまうのでは、みたいなことになっていたし、今はもうローレンツ様が別の人と婚約したのだからもしかしたら未来は変わっているかもしれない。
「あ、でも華占いの先生に占ってもらったときは現在と未来に小さな小さな芽が出ていました。過去は爆発しましたけど」
「種が、爆発……」
先生は小さく呻りながら、魔法陣を描く。なにやら占ってくれるらしい。
私は今度も石が爆発しないように祈りながら、真剣な表情の先生を見詰める。全女子が憧れてもおかしくない美貌だ。まつげ長ーい。
「これはこれは……。爆発こそしないけれど、一切の光りを失ってしまいました」
「ひとまず爆発しなくて良かったです。しかしまぁ光らないということはあまりいい結果ではありませんね」
過去の位置にある石は『死』という意味を持つ黒い石だ。
「気を悪くしないでほしいのですが、なんだかとても嫌な感じがします。これは、ただの死ではない……?」
「ただの死ではない?」
「それと……杭……? あ、え? 消えて、しまった」
先生の反応を見る限り、彼女は石を通して何かが見えていたようだった。しかし、今全てが消えてしまったらしい。
「先生?」
「ごめんなさい。失礼ですがエレナさん、あなたは過去に何かつらいことがあったようですね」
「つらいこと……」
エレナの過去に、それほどつらいことはなかったように思う。お父様もお兄様も私を溺愛してくれていたし、お母様だって乙女ゲームの一件以外は普通の母親だった。
ただ、前世を過去というのなら、確かにつらいこともあった。突き飛ばされて死んだこととか。ゲームマニアを悲しませてしまったこととか。
「あまり明確に見えなかったので断言は出来ないのですが、あなたは幸せになることを阻害されているようです」
「阻害?」
「一瞬ですが、杭のようなものが見えました。この杭に邪魔をされて、あなたは幸せになれない……」
華占いのときもそうだったが、やはり私は幸せにはなれないらしい。
「しかし悲観することはありません。現在の位置に転がった石は確かに光りませんでしたが、注視すればわずかに光りが見えました。真紅の、それはそれは美しく優しい光り。エレナさん、あなたには味方がちゃんといらっしゃいます」
そう言われて一番に思い浮かんだのはルビー様だった。あの人は、私の味方だと言ってくれたから。
「真紅の美しく優しい光り、ですか」
「はい。私はこの光りをどこかで感じたことがある……」
先生は瞳を閉じて考え込んでいる。その顔すらも美しくてうらやましい限りである。
「わたしの身近にいらっしゃる真紅といえば、エリゼオ先生ですかね」
「あぁ! そうです、彼の持つ光りにとてもよく似ています!」
エリゼオ先生の先祖だもんな、ルビー様。そりゃあ似ててもおかしくない。
「じゃあ何かあったらエリゼオ先生を頼ってみようと思います」
「ええ、そうですね。私ももちろん助力しますからね」
「ありがとうございます、先生」
先生はにこりと微笑んで応えてくれた。しかし、すぐにその表情は曇ってしまう。
「……エレナさんの未来は、全く何も見えません」
「全く?」
「私もこんなことは初めてなのですが、何も見えてきません」
「……え、まさかわたし、死ぬ……!?」
「死すらも見えないのです」
ってことはなんだ、消滅……?
「近い未来に大切なものを失って、その先は何も?」
「はい、何も。しかしこれは私の魔力不足かもしれません。時を置いて改めて見てみましょう」
この先生はなんて優しい人なのだろう。
華占いの先生は種が爆発したのを見て面白がっていたというのに。
「さて、それでは次回からは魔法陣の色や効果的な光らせ方について学んでいくとしましょう」
先生のその言葉で、今日の占術の授業は終わった。
「え? エレナ様のお兄様、もう戻られてしまったのですか?」
放課後、ナタリアさんたちに声を掛けられた。
彼女達はとても残念そうな顔をしている。
そう、お兄様はあの後しばらくここに留まり、ブルーノ先生のところに通っていたのだが、推定職場の同僚のような人がやってきて回収されていったのだ。「もっとエレナの側に居たい」という言葉を残して。
「近いうちにまた来るとは言っていたのだけど」
「本当ですか!?」
物凄く食い付かれた。
「エレナ様とお兄様、とっても素敵でしたものねぇ」
と、ペルセルさんが笑っている。
「素敵な男とやらは学園内にも多少は居るだろ」
女子トークに入り込んできたのはルトガーだった。
そしてそのルトガーの言葉を拾ったのはパースリーさん。
「確かに素敵な男性は居ますわ。だけど、エレナ様をべたべたに甘やかす素敵な男性を見ていてほっこりしていたのです。そんな男性、学園内には居ませんもの」
拗らせたシスコンを見てほっこりしていたのか君達は。
「エレナ様はしっかりしていらっしゃるから、皆に甘えられてばかりでしょう? だけどお兄様にはちゃんと甘えられるのだなって思ったらほっこり」
と、ナタリアさんが言う。
それを聞いて、石占いの先生に言われたことを思い出した。「あなたは隠し事がとても上手ですね」という言葉を。
しっかりしていると思われているってことは、やっぱり隠しきれているということなのだろう。
だって実際はゲームのことしか考えてないもん! あとロルス!
「そんなことよりエレナ、なんか甘い匂いがするな」
唐突に話題を変えたルトガーが、私のそばで鼻をすんすんと鳴らしている。その姿はさながら犬のようだ。
「ケーキを焼いたからかしら? でも朝なんだけど」
「多分それだな」
「残念ながら手元にはないわよ?」
「えー」
「だって、ロルスのために焼いたんだもの」
ロルスが私が焼いたケーキを所望したので、今朝焼いてきた。帰宅したら一緒に食べるつもりで。
「ロルスさん、何かお祝い事でも?」
というナタリアさんの問いに、私は首を横に振る。
「ロルスがね、わたしが焼いたケーキが食べたいって言ってくれたから。ただそれだけなの」
うふふー、と自慢げに笑っていると、ルトガーが首を傾げていた。
「ロルス、食べたいって自己主張出来るんだな。昼食もエレナの嫌がらせ演出ありきで食べてるってのに」
「わたしが食べたいものを教えなさいってしつこく強要したのよ……」
「なるほどな」
「……でも、あまり嫌がらせや強要を繰り返すのはよくないかもしれないわ」
私はいつかロルスを失うかもしれないのだから。
母のゲームにロルスは存在しないという言葉と、石占いの先生の大切なものを失うという言葉が私の胸に重く圧し掛かる。
「いつか、こんなわたしに嫌気が差して、ロルスがどこかに行ってしまうかもしれない……」
ぽつりと零すと、すぐ近くから苦笑いが聞こえてきた。
「ロルスに限って、そんなことはしないと思うよ」
「レーヴェ。……防御魔法の課題、提出してきたの?」
「うん。じゃあ行こうか、エレナ」
私とレーヴェは皆に挨拶をしてから教室を出た。
「どうしたの、エレナ」
レーヴェは二人きりになったところで、私の顔を覗き込みながらそう言った。私がなんとなく沈んでいるのを見抜いたのだろう。
「さっき、石占いの先生に言われたのよ。近い未来、大切なものを失うって」
私の言葉を聞いたレーヴェは、ものの見事にきょとんとしていた。
「それでロルスがどこかに行ってしまうかもって……え? ロルスを失うって、確定してるの?」
「……大切なものって言われただけだけど」
「うーん、でもロルスがエレナの側を離れるかな?」
レーヴェは顎に手を当てながら考え込んでいる。
「でも、わたし、ロルスの嫌がることばかりしてるし」
「嫌がること? まぁ、嫌がる……うーん、エレナがそう思うならまぁそうなんだろうけど。でも、エレナがロルスのことを大切に思ってるように、ロルスもエレナを大切だと思ってる気がするけどね?」
「本当?」
「うん、本当。何年二人を見てきてると思ってるの?」
そんなレーヴェの言葉に、なんとなく気持ちが落ち着いた気がした。
「持つべきものは素敵な幼馴染ね。ありがとう、レーヴェ」
「どういたしまして」
そうして、私達はブルーノ先生の資料室でなんやかんやと相変わらずブルーノ先生に使われているロルスを掻っ攫って娯楽室を目指すのだった。
タイトルが長すぎてツイッターでエゴサ出来ないなってことに最近気が付きました。
評価、ブクマ、拍手やコメントありがとうございます。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます!




