意地悪令嬢、ケーキを作る
「……ロルスくん、なんでここでサンドイッチ食べてるの?」
馬車の中で、お兄様が首を傾げている。
もはやいつもの習慣となっていたので一切疑問を持っていなかったのだが、それを知らない人が見たら、確かに不思議だっただろう。
今日も学園に用があるというお兄様は、どうせ目的地は同じなのだからと早起きをして私達と同じ馬車に乗ったのだ。
そして、馬車に乗るなりロルスが大人しくサンドイッチを食べ始めたので首を傾げた、と。
「ロルスくんには朝食が出ない?」
「そうなのです、お兄様。なのでお昼までにロルスのお腹の虫が騒がないようにと思ってここで食べさせているのです」
「うーん、なるほど。改善したほうがいいねぇ」
「いえ、私は」
「出来ることなら、わたしはロルスと一緒に朝食をとりたいと思っています」
「お嬢様」
「お昼はどうしているの?」
「お昼は一緒に食べています。お弁当を多めに作ってもらって、半分こ。ねぇロルス」
「はい、しかしハンス様、お嬢様」
「半分こ」
「あの! お二人とも、その、私はきちんと夕食を頂いておりますので、本来なら朝と昼は食べなくとも問題はないのです」
ロルスの声量が大きくなったところで、私とお兄様は言葉を止めた。
口を開かなくなった私とお兄様を交互に見ながら、ロルスはあわあわと焦っているようだ。
しばらく無言の時間が続いていたが、やっとお兄様が口を開く。
「うーん、なんだろうロルスくん。遠慮癖?」
「まさにその通りですお兄様」
ロルスは基本的になんでもかんでも遠慮してしまう。まぁ立場は従者なわけだし、まず私が下僕のように扱うと言ってしまった手前偉そうには出来っこないだろうけど、それにしても遠慮が強すぎるのだ。
そして、その遠慮癖が一番顕著に現れるのは、食事に関することだったりする。
「エレナの従者として働いてもらっているのだから、栄養はきちんと摂ってもらいたいな」
「そうよそうよ」
「それは、夕食で」
「そもそもわたし、ロルスが夕食をとってるとこ見たことないもの」
夕食は使用人たちだけで食べているので、私が見ることはない。たまに覗くけど。
「ロルスくん、君は今成長しているところなんだからきちんと食べないといけないんだよ」
「そうよそうよ。初めて見たロルスはそこらへんの枯れ枝のように細かったんですよお兄様」
「枯れ枝……!?」
お兄様の目がこれでもかといわんばかりに見開かれた。
そう、あの時のロルスは確実に栄養失調状態だった。それをちゃんとした男の子に育て上げたのだ。私が。無理矢理。
「だから、朝食と昼食を改善してほしいとも思いつつ、こうして隣で食べてくれているのを見られるとほっとするのです」
「そうだね。じゃあこうしよう、朝食は馬車の中でいいからもう少し量を増やすこと。昼食の量が増えたとしてもきちんと食べること。この二つを約束してもらおうかロルスくん」
「し、しかし」
「これはわたしではなく、次期伯爵であるハンス・アルファーノ様との約束よロルス」
いつになく真剣な目でロルスを見詰めれば、ロルスは戸惑いつつも頷いてくれた。
「ありがとう、ロルスくん。これでエレナの心配事が解消されたよ」
「ありがとうございますお兄様! よーし、これで朝食も昼食もおやつも夜食もしっかり食べさせられるわ!」
「急に増えた」
馬車の中でそんな会話を繰り広げていたら、いつの間にか学園に到着していたので、私とお兄様は一旦別れた。
お兄様は職員室に顔を見せに行くのだそうだ。
そして、私達が次に合流したのは放課後。場所はブルーノ先生の資料整理室だった。
お兄様とブルーノ先生が揃って呪文学の話をするそうなので、私はそれを横からそっと聞いているつもりだったのだ。
「エレナに呪文学の話を聞かせると喜んでくれるってロルスくんに聞いたんだよ」
と、まぁ早々に巻き込まれてしまったので聞くだけでは済まなくなったのだけれども。
「そうですね、呪文学のお話を聞くのは大好きです」
私がそう答えると、お兄様はとても嬉しそうな顔をした。しかし、すぐに難しそうな顔になってしまう。
「呪文にも、興味があるのかな?」
「そうですね。いずれ調べたいと思っています。今は五代目六代目国王周辺の話が好きなので、そちらを調べているところですが」
「五代目六代目、かぁ」
と、お兄様はぽつりと零した。そしてその言葉を拾ったのはブルーノ先生だ。
「呪文の終焉の頃だから、ハンスくんも調べていたよね」
「はい。五代目の亡骸は行方不明。六代目の死因には何らかの呪文が絡んでいるだろう。そしてそれがおそらく最後の呪文だったのだろう。そんなところでしたね」
それが最後の呪文、ということは、呪文で寿命を延ばしたのだろうか。
「どれだけ調べても、それ以上は分からないのでしょうか……」
「五代目と六代目は文献が著しく少ないからねぇ」
と、お兄様は呟く。
国王についての文献が少ないのなら、王妃についての文献なんてもっと少ないのだろうな。
あの人が何故私に謝っていたのかが気掛かりなのだが、どう調べたらそこにたどり着けるのかが分からない。
何か少しくらい手がかりが欲しい。
「噂では、五代目六代目に関する文献はどこかに封印されているんじゃないかって言われてるんだよ」
そんなお兄様の言葉に、先に反応したのはブルーノ先生だった。
「封印といえば、封印に関する本が読みたいって言ってたね、エレナちゃん」
「はい」
「封印? 封印なんて言葉、どこで知ったの?」
夢の中です! と言いたいところだが、そういうわけにもいかないわけで。
私はロルスが集めてくれた私用の資料の山へと視線を滑らせた。
「どれでしたっけ……」
きっとあの山の中のどこかに書いてあったはずなんだけど、とでも言いたげに。
そうするとお兄様もブルーノ先生も「見失っちゃうよね、あるある」みたいな顔をしてくれた。
「封印といえば、最近王立中央図書館の一角に、封印の呪文を使われたと思われる場所が見つかった、という話でした」
「中央図書館の一角?」
と、ブルーノ先生が首を捻る。
「はい。中央図書館の隅の隅に不思議な気配があるそうです」
めちゃめちゃ面白そうな話じゃないか。
「不思議な気配ってどんな感じなんでしょう!」
超強いアイテムが拾える感じ!? それともセーブポイントっぽい感じ!? とテンションを上げてしまう。
「図書館の構造上、絶対空間があるはずなのに何もない。誰にも見えないんだ」
絶対どっかに隠し扉とかスイッチとかがあるやつじゃん。そんでやっぱ超強いアイテム拾えるやつじゃん。めちゃくちゃ行ってみたい。そんで色んなところ調べまわりたい。
「封印の呪文で隠された場所、ってことでしょうか?」
「その可能性はあるかもしれないね」
「調査をしている人は居たりするのですか?」
「いや、その空間に気が付いたのはごく最近だから、まだ手はつけられていないんじゃないかな」
きっと近いうちに封印の呪文を解析した経験のある人が派遣されるだろうという話だった。
もしそこに五代目六代目国王に関する文献があったとしたら、五代目王妃に謝られた謎が解明されたりするのだろうか。
「封印のほかに、何か気になる呪文はある?」
封印のほか、と私は思いをめぐらせる。そしてふと思い出した。
「禁止されている魔法があるかもだとか、死者の蘇生だとか、人の複製だとか、あとは悪魔の召喚だなんてものもあったかもしれないって」
そんな話を、ルトガーに聞いたなって。
するとそれを聞いたブルーノ先生が小さな小さな声で「その歳の女の子がそんな魔法に興味もつんだ」と零していた。ちょっぴり引かれた気がしないでもない。
「まぁ……その辺は解読されていないからあるともないとも言い切れないけど、何か大きなことをなす魔法があった可能性はあるんだよ」
「大きなことをなす?」
「うん。今僕達が使っている詠唱を必要としない普通の魔法は呪文が存在する時代でも使われていたんだ。詠唱を必要としない魔法があるのに、わざわざ呪文を詠唱しなければならないのだから膨大な魔力を使った魔法だったのではないか、ってね」
膨大な魔力か。
……五代目国王が膨大な魔力を使って五代目王妃の蘇生とか複製を試みて、とか、ありそうといえばありそう……だな?
そんで失敗して消し炭に……。
まぁでもそうだったとしても五代目王妃が私に謝る意味は全く分からんのだけど。
なんにせよ詰んでいるな、確実に。
「膨大な魔力……呪文があれば魔力は枯渇しないのでしょうか」
「魔力の枯渇?」
「はい。以前調子に乗って魔力を使い過ぎて倒れたことを今なんとなく思い出しまして」
「初耳なんだけど!?」
お兄様が目を白黒させている。
言ってないから、そりゃあ初耳だろうな。
半笑いになりながらローレンツ様との一件をお兄様に聞かせると、涙目で「危ないことはしないで」とお願いされてしまった。そしてブルーノ先生にも「危ないことはさせないでください」と続けていた。
そんなに何度も何度も魔力が枯渇するほど魔法を使ったりはしないので心配しないでほしい。
この後もしばらく呪文学の話をしていたが、結局五代目王妃の件も私にかけられていたらしい封印の件も、手がかりさえ掴めなかった。
ブルーノ先生の資料整理室を出て、私達はぽつぽつと馬車を目指して歩いている。
「……ロルスくんの話を信じていなかったわけじゃないけど、本当に呪文学の話で喜んでくれるんだね、エレナ」
「はい。解明されていない謎とか、その手の不思議な話が大好きなんです」
「そっか。僕は、ちょっと心配だけど……あ、ちょっと馬車のとこで待ってて。職員室に用事が残ってたから」
お兄様はそう言い残すと、ふらふらと職員室を目指して歩き出した。釘を刺さなきゃという小さな声が聞こえた気がする。あとエリゼオ先生の名が聞こえた気もする。
「大丈夫かしらお兄様。ふらふらしてる気がするけど」
「ハンス様のお気持ちは、なんとなく理解出来ます」
「お兄様の気持ち?」
「魔力の枯渇で倒れたお嬢様のことを考えるといてもたってもいられなくなるのでしょう」
「もうあんな無茶しないのに。足の感覚なくなったの気持ち悪かったし。皆に迷惑かけたし」
だけど、あの時はロルスの怪我を治すために魔力を使ったのだ。もしもロルスがまた酷い怪我をしたら、きっと同じことをするな、私。
「……さてロルス。帰ったらおやつにしましょう」
「いえ、私は」
「今朝遠慮はしないって約束したじゃない」
そう言うと、ロルスは言葉を詰まらせた。
私との約束ではなくお兄様との約束なので無碍には出来まい。
「……ハンス様を約束に巻き込むのは卑怯です」
「卑怯で結構よ」
ロルスに美味しいものを食べさせることが出来るのなら、卑怯だろうがなんだろうが問題ないのだ。
私に会う前、痛みを感じるほどの空腹を経験したことがあると聞いてしまったんだもの。美味しいものを沢山食べさせたくなってしまっても仕方ないと思うの。
『食べたいものが食べられないって、つらいもの』
……ん? 今の、誰の声だろう?
どこからか聞こえたというより、脳内に直接、みたいな感じだった気がするのだが。
「お嬢様の……」
「ん? なに?」
「お、お嬢様の食べたいものの、残りを」
そんなもん絶対本心じゃないじゃないの!
「もう! ねぇお願いよロルス。一度でいい、今だけだって構わないから、あなたが本当に本当に食べたいものを教えて?」
ロルスの腕を掴んで縋るようにそう言うと、ロルスは私が掴んでいないほうの手で顔を覆ってしまった。
「お願い。わたしがロルスに食べて欲しいって思ってるだけで、全部わたしの自己満足なのよ。だからロルスが何を食べたいって言っても怒ったりしないの。だから、お願いだから、遠慮なんてしないで」
そんな私のごり押しに負けたロルスは、しばらく薄く口を開いたまま固まっていたが、ついに言葉を紡ぎだす。
「お、お嬢様の……焼いた、ケーキ……を」
めっっっっっちゃ焼く。
前回更新分でお兄の選択授業にミスがあったのでそっと修正しました。申し訳ございませんでした。
ブクマ、評価、拍手等の反応いつもありがとうございます。励みになります。もっともっと頑張ります!




