意地悪令嬢、恋バナに触れる
夢に出てきて私に謝っていたあの人が五代目王妃だということが分かったわけだが、それが分かったところで何故私に謝っていたのかは調べようがない。詰んでいる。
家にあった歴史書を読んでみれば、五代目王妃は戦時中、流れ弾に当たって儚く散ったのだと書かれていた。書かれていたけれども、だ。
彼女が生きていたのは千年くらい前であり、私は当然そこには居ない。
前世の記憶があるとはいえ、前世の私は日本人なのでこの世界とは関係がない。
「はぁ……」
いくら考えてもどうしようもなさそうだと悟り、大きなため息が零れた。
「お嬢様が気にすることは、何もありません」
「え? な、なにが? わたし、なにか独り言でも?」
「いえ、その、お嬢様が噂を耳にして気落ちしているのではと思ったのですが……?」
「噂?」
「……僭越ながらお嬢様、お嬢様は馬車を降りてから今まで実は眠っていらっしゃったのですか? 歩きながら?」
「いや起きてるけど?」
ロルスが言うには、馬車を降りて学園の玄関に向かうまでの間にいくつか私に関する噂が聞こえてきたのだという。しかも、そこそこ大きな声で。
そしてその噂とやらが、次期侯爵の次は王子様の花嫁候補になるつもりなのかしらだとか、幼馴染の伯爵家子息とも仲がいいだとか、あの美丈夫先生とも仲がいいだとか、そういった類のものらしい。
噂に出てきたのはローレンツ様、スヴェン、レーヴェ、そしてエリゼオ先生という見事な乙女ゲームの攻略対象者達である。ルトガーも入れてやれよ。
「全然聞こえてなかったわ」
「……そう、ですか」
「うん。考え事をしていたせいね」
「考え事ですか?」
「そう。五代目王妃の死因のこととか」
「死因」
ロルスの顔に、心配して損した、と書かれていた気がする。
「まぁ……言いたい奴には言わせときゃいいのよ」
そもそもその人達と関わり合いになっているのは事実なのだから仕方ないだろう。花嫁候補になる予定は微塵もないけれど。
そして私は乙女ゲーム内の中ボス、意地悪令嬢なのだから、周囲からあまりいい印象を持たれなくなったとしても仕方ないのだろう。
むしろ成績優秀なエレナ様よりも色んな男と浮名を流す小悪魔のほうが中ボスっぽい。
それよりも気になるのは私に謝っていた五代目王妃や私に掛けられていたらしい封印や、何故その封印が解かれたのかのほうが気になるのだ。
そういえば、あともう一つ気がかりなことがあった。
「そうだわロルス、今日の放課後はあのゲームを買いに行くわよ」
「……あの、魔女のゲームの新作ですか」
「そう!」
五代目王妃の肖像画を見て動揺してしまったばっかりに、発売日に買えなかったあの魔女が飛び出すホラーゲームを、今日買いに行くのだ。
ロルスはちょっぴり嫌そうだけれど!
私を心配しているような、我が身を心配しているような、なんともいえない顔をしたロルスと別れて教室に入ると、私の席に皆が集まってきていた。
「おはよう」
「おはようございますエレナ様!」
ナタリアさんの元気な声を筆頭に、その場に居たパースリーさんやペルセルさんたちも挨拶を返してくれる。
「おは、遅かったなエレナ!」
おはようを省略したのはルトガーだ。そんなにも私が待ち遠しかったのだろうか。
「今ルトガーさんに素敵なお話を聞かせていただいてたんです」
と、パースリーさんがうっとりとした様子で言う。
「素敵なお話?」
「ほら、これ。王子が貸してくれたんだよ、五代目王妃関連の物語。多少脚色されているが五代目国王と王妃の馴れ初めなんかが書いてある」
もう持ってきてくれたのか、と内心驚いていると「朝一番で持ってきてくれた」とルトガーが笑った。
迅速すぎませんか王子様よ。
「もう読んでしまったの?」
「まだ。どんな話なのかって聞かれたからあらすじを教えてたんだよ」
「なるほど」
そう答えながらその本をぺらりと捲り、目次を眺めていると、これまたパースリーさんが口を開く。
「一途な男性って素敵だわ……」
この物語のあらすじがよほど気に入ったのだろう。さっきからうっとりしっぱなしである。
「そんなにいいものなのか? 一途な男っての」
そう言って首を傾げたルトガーに、女子達からのなんとなく非難めいたものが浮かぶ視線が集まった。
「当然ですわ。他の方に目移りせず私だけを見てくださると嬉しいですもの」
「でもこれは王族の話だぞ? もしも子どもが産めなかったら世継ぎの問題で外野に騒がれる」
「そういう現実的な話はどうでもいいのです!」
そんなパースリーさんとルトガーの口論をBGMにして目次を読み進めていくと、五代目王妃はきちんと六代目国王を産んでいた。一途でも問題ないな。
そして、最終的にはやはり流れ弾に当たるらしい。こっそりとそのページ周辺を読んでみると流れ弾に当たるのは王妃が二十七歳の時だそうだ。
五代目国王が本当に一途な男だったのだとしたら、相当ショックだったことだろう。
「一途ってことは、側妃は居なかったのね」
「そうなのですエレナ様『俺が愛するのは一生君一人だけだ』と言って求婚なさったのですって!」
「素敵ね」
私がそう言って笑顔を見せると、パースリーさんは頬を染めながら頷いてくれた。超可愛いなこの子。
愛する人に先立たれたわけだからやっぱりショックだったはずだと思ったとき、ふと自分の棺に縋るゲームマニアの姿が脳裏に浮かぶ。
『次はちゃんと家まで送り届けるから、戻ってきてくれよ』
恥ずかしがり屋のあいつが人目も憚らず泣き崩れていたあの時。
自分のせいだと悔やみ、涙を流すあいつを、前世の私も今の私も直視することは出来なかった。
王妃に流れ弾が当たるということは、きっと国王を狙って撃ったものが当たったのだろう。
だからおそらく五代目国王も、と、思っていたところでルトガーに本を取り上げられた。
「結末から読もうとするなよエレナ」
「……そう、よね。ごめんなさい」
いつの間にか震えていた指を隠すように、私はそっと指を組んだ。
パースリーさんがきょとんとしているので、どうやらルトガーはこの物語の結末を教えなかったらしい。
こんなにうっとりしてる子に、実は死ネタありの悲恋でしたなんて言い難いものね。
そういえば五代目国王って結局行方不明になったって話じゃなかったっけ? なんて今この場で言うわけにはいかないな。
「私は俄然一途な男性が好みになったのですが、エレナ様はどんな男性が好みですか?」
パースリーさんに屈託なくそう聞かれて、私は一瞬面食らってしまった。好きな男のタイプ、か。
「そうねぇ……、一緒に笑い合える人、かしら。笑いすぎてお腹が痛くなるくらい、笑い合える人」
その日の放課後。私はブルーノ先生とロルスの元へと急いだ。ブルーノ先生に用があるというルトガーも一緒に。
「なぁエレナ、さっきさっさと結末読もうとしてたよな」
「ええ。最後まで読んだ?」
「読んだ。五代目国王が毎日毎日王妃が好きだった花を墓前に供え、最終的には王妃の墓が花畑になって終わる」
なかなかメルヘンチックな結末らしい。
しかし毎日毎日墓に通うとは、やはり五代目国王は一途な男だったのだろう。
「愛する人に先立たれた悲しみで姿を消したのかしらね、五代目国王」
私がぽつりと零すと、ルトガーがくすくすと笑い出した。
「え、なに?」
「うっとりするより先に五代目国王の死因を気にするんだな、と思ってな」
「まぁ、確かに。でも気になるでしょう?」
「気になる!」
むしろそのことについて何か言及されているのでは、と期待もしていたもの。結局花畑作っただけみたいだけれど。
結論から言ってしまえば五代目国王の死因はもちろん、何故あの夢の中で王妃が私に謝っていたのかも分からず仕舞いになりそうだった。
この先調べようもないし、あの夢に出てきたのは五代目王妃様とルビー様だったということが分かっただけでもよしとしたほうがいいのだろうか。
そんなことを考えながら、ブルーノ先生とロルスが居るであろう部屋のドアを開ける。
するとブルーノ先生がにこやかに迎えてくれた。
「随分片付きましたね」
最初に見た資料の山はほとんどが更地になっていた。
「ロルスくんのおかげだよ」
「いえ、私はなにも」
ブルーノ先生に褒められたロルスは、ちょっとだけ照れているようだ。うちの従者がとっても可愛い。
「そっちの資料はエレナちゃんが気に入りそうなものをロルスくんが集めたものだから好きに見るなり持ち帰るなりしていいからね」
「本当ですか!」
ちらりと覗き見てみると、そこには五代目国王や六代目国王に関する資料が積まれていた。
さすがは私の自慢の従者。私の興味があるものを熟知している。
「ありがとう、ロルス」
「いえ」
「……あ、やっぱりあの物語のとおり、五代目王妃は二十七歳で散っているのね。六代目国王がまだ十歳のころ……」
ロルスの「やはり死因」という言葉を聞かなかったことにして資料を眺める。
王妃が散るのは二十七歳、五代目国王が姿を消すのがその五年後。そして六代目国王が戴冠するのは十八歳……十八歳?
なんか変な空白の三年みたいなのない?
「お嬢様、ゲームを買いに行くのでは?」
「あ、そうだったわ!」
手元の資料にいろいろと気になることはあったものの、ゲームの誘惑よりも強く興味を引かれるかと言われればまだそこまでない。空白の三年はちょっと気になるけれど。
「あぁエレナちゃんちょっと待って、長期間ロルスくんを借りてしまったお詫びに今度王立中央図書館に行ったら何か読みたい物を借りてくるって約束なんだけど」
「そうでした!」
そういえばそれに釣られてロルスをブルーノ先生のところに連れてきたんだった。
うーんと、えーっと、と、私は猛烈に悩む。五代目六代目国王についての資料は今手元にあるわけだから、やはり六方の魔法騎士についての本にすべきだろうか。
「……そうだ、ブルーノ先生、私封印について知りたいのですが」
「封印?」
「そもそも封印って何魔法なんでしょう? 防御?」
レーヴェに借りた防御魔法の教科書には封印なんて文字どこにもなかったのだけれど、と思っていると、最初こそきょとんとしていたブルーノ先生の目が嬉しそうに輝きだす。
「封印は呪文だよ」
まさかの呪文だった。
「ということは、今はもう失われた魔法なのですか?」
私がそう問いかけると、ブルーノ先生はゆっくりと頷く。
「真似事程度なら今も出来るけれどね。封印は隠蔽だ。痕跡すら残さずに何かを隠す呪文だったらしい。歴史を紐解いていくとたまにぶつかることがある」
封印は、隠蔽。ということは、私に封印がかけられていたということで、私に何か隠されていた?
「数人がかりで、数十年がかりで解除できた封印もあるから、呪文学者にとっては比較的易しい呪文なんだよ」
ルビー様一人でバチバチ解除してくれましたが!?
いやルビー様は任務だと言っていたし解除方法を知っていたのか。
「よし、とにかく今度王立中央図書館に行ったら封印呪文に関する本をいくつか借りてくるね。いやぁ、エレナちゃんがしっかりと呪文学に興味を持ってくれているみたいで本当に嬉しいよ!」
「あ、あはは」
ブルーノ先生の嬉しそうな笑顔を見て、なんとなく渇いた笑いを零すことしか出来なかった。先生の顔が己の生息している沼に引き擦り込もうとするオタクのようだったから。
そんなことがありつつやっと辿り着いたおもちゃ屋さんに、お目当てのものは鎮座していた。
「売り切れてなかったわロルス!」
「……でしょうね」
以前ビビり散らかしたせいかロルスは一切乗り気ではない。
でも私にとってはとても楽しいゲームだったのだ。
確かに飛び出してくる魔女は怖かったけれど、怖がらせておしまいではないし、エンディングも数種類あってやり込み要素もあった。
そういったことを今ここで語ってみせたもののロルスの表情が変わることはなかった。力説したのに。
「あ、こっちのボードゲームも買うわ」
「それは、怖いゲームですか?」
「いいえ、これは普通のゲームです」
ホラー要素があるといった注意書きはないけれど、魔女のゲームと作者が同じだ。
「これも買うわ」
「それはどう見ても怖くなさそうですね」
「でしょ」
だがこれも作者が同じだ。ロルスには教えないけれど。
会計を済ませ、本日の戦利品を抱えたロルスと共に馬車へと乗り込む。
「帰ったらどれかやってみましょうよ、ロルス」
「魔女ではないやつをお願いします」
「えー」
「先ほどの店員さん、少し手が震えていました。きっとこの魔女の顔が怖かったのでしょう」
「本当? まぁゲームは楽しいけれど、顔は確かに怖いわね」
魔女が可愛かったらホラーゲームにならないしな。
「ねぇ、やっぱり魔女のゲームにしましょうよロルスー」
「魔女は、レーヴェ様がいらっしゃるときでお願いします」
さらっとレーヴェを道連れにしようとしている。
「でもなぁ、わたしは意地悪だから、下僕のお願いを聞いてしまったら意地悪度減点されちゃうんじゃないかしら?」
私の言葉を聞いたロルスの眉間に、あからさまなまでの皺が寄った。
ロルスが言い返す言葉を失った瞬間であった。
次回、皆様お待ちかね(?)エレナのお兄様が登場します。
いつも沢山の拍手ありがとうございます!ぱちぱちっとしていただけるとやる気がもりもり湧き上がります!エアコンのないこの部屋でも……!




