意地悪令嬢、夢について考える
あの夢を見て以来、石占いの練習は驚くほど順調に進んでいる。
しかし、私の気持ちは穏やかじゃない。
気になって仕方がないのだ、あの、私に謝っていた古風な美人が。あれは誰だったのだろう。ただ美人に遭遇しただけならそれほど気にはならないはずなのだが、謝られたというのがどうも引っ掛かる。
そしてもう一つ、ルビー様の「私はあなたの味方です」発言も気になっている。
ルビー様が味方なのはありがたいけれど、味方が居るとすると、敵も居るということなのでは?
「あらあら、アルファーノ伯爵家のお嬢様じゃない。相変わらずぼんやりしていますわねぇ」
……今、目の前であからさまに私のことを敵対視して話しかけてきた人が居るわけだけども、これは敵ではない気がする。敵だったとしても小者の香りが漂っている。
っていうか誰だっけ。
相変わらず、と言われたのでこの人は私を知っているみたいなのだが、私は正直覚えていない。
「ま、あなたのような負け犬に用はございませんの」
負け犬て。え、私全然知らないところで負けたの? 何に負けたの? 怖いんだけど。誰これ。
と、完全に混乱していると、正面からエリゼオ先生とローレンツ様が並んで歩いて来た。
目の前のよく分からない人を放置してエリゼオ先生に会釈をするかどうかで悩んでいると、周囲のざわめきを聞いた目の前の人が二人の存在に気付いたようだ。
「ローレンツ様! お待ちしておりました!」
目の前に居た知らない人は、そう言ってローレンツ様に駆け寄り、彼に速攻でしなだれかかっている。
それを見てやっと思い出した。あの人あれか、金持ち辺境伯の娘。
夢の一件で頭がいっぱいだったせいで完全に忘れていた。
金持ち辺境伯の娘に捕まったローレンツ様を放置して、エリゼオ先生がこちらに向かってくる。
「どうしたエレナ。今なら俺が居る。害獣を怯ませる魔法は教えてやっただろう」
「いや、こんなところで使いませんよ」
っていうか先生今あの人のことナチュラルに害獣って言ったよね。害獣ってあの人のことだよね。ひでぇこと言いやがる。
まぁそんなことよりも、だ。
「ところで先生、少しお尋ねしたいことがあるんですが……」
「なんだ? 害獣駆除の魔法を教えて欲しいのか?」
「いや害獣はもう忘れましょう。その……先生のその髪色と瞳は、ご両親のどちらに似たのですか?」
私がそう尋ねると、先生は顔を顰めながら首を傾げる。
「……どちらにも、似ていない」
「わたし、その話を聞かせてもらったことありましたっけ?」
「言っていないはずだ」
私の夢に出てきたルビー様は確かに言った。エリゼオ先生の髪色と瞳の色は先祖返りでルビー様に似たのだと。
あのルビー様は私の願望が見せた幻なのではないかと思いたかったが、私が知らない知識を私の願望の塊が話すだろうか。
やっぱりあのルビー様は本物……?
「あら、ローレンツ様に相手にされなかったからって今度はエリゼオ先生に擦り寄っているの?」
うわ害獣が戻ってきた。
と、心の中で呟いていると、先生が私の腕を掴んだ。
「邪魔だ。行くぞエレナ」
「あ、え? はい」
私の話は終わったのでさっさと一人で退散しようとしていたのに。
「何故こんなところに一人で居たんだ。レーヴェやルトガー、せめてナタリアを連れていろ」
「石占いの先生と話し込んでいたためですが……三人とも誰一人として攻撃魔法なんて習ってないのに、よくご存知ですね、わたしの友人のこと」
「……で? さっきの話の続きだが」
あからさまに話題を変えられた。しかもさっきの話にこれといって続きはない。
「別に続きはありませんが」
「何故俺の髪と瞳の色に興味を持ったのかを言え」
そんなことを聞かれるとは考えていなかった。考えていなかったけれど、私は言い訳の達人であり言い逃れ検定1級保持者である。
「いえ、先日先生にルビー様の話を聞いて以降、ルビー様をモデルにした物語を読み漁っていまして。そのせいか先日ルビー様が夢に出てきたのです。それでそのルビー様が先生に似ていたので、そういえばその髪や瞳の色は代々受け継がれたものなのかなと単純な疑問を抱いたのです」
多少早口になってしまったが、これでどうにか言い逃れられるだろう。
「……そうか」
先生の表情があまり動かなかったので納得したかどうかはよく分からないが、これで話が終わってくれればボロが出ることはあるまい。
「俺のこの髪と瞳の色は、ルビーに似ているらしい」
終わらなかった!
「そうなのですね」
「先祖返り、だそうだ」
それルビー様に聞いたわ。先生の口から聞くのは初めてだけど。
「そういうことも、あるんですね」
「昔はこの色のせいで重い期待を背負ったもんだ」
それもルビー様に聞いたわ。先生の口から聞くのはもちろん初めてなんだけれども。
これはいよいよ夢に出てきたルビー様は本物の可能性が高くなってきたな。
「その重圧が苦痛で、髪を剃ろうとしたこともあった」
「えぇ!?」
「やらなかった」
「びっくりした!」
あまりの驚きに敬語を忘れてそう言い放つと、先生はくすくすと笑い出した。
「母親に泣いて止められたんだ」
「でしょうね。いやでも先生のその美貌と骨格なら髪がなくてもきっと綺麗だと思います」
「ははは。世辞の礼に害獣駆除の魔法を教えてやろうか」
「いや……今日は、遠慮しておきます」
いずれ本当に駆除したくなったら聞きに行こうかな。
「結局髪を剃らずとも重圧は乗り越えたし、教師になるという夢も叶えた」
それも、ルビー様がなんとなく言っていたっけな。
「きっと今頃、エリゼオ先生のことを自慢の子孫だと思ってくれているでしょうね、ルビー様」
「どうだろうな」
本人がそう言っていたのだから、本当にそう思っているのだけど、彼に教えてあげられないのが少しだけもどかしい。
しかしもう、ここまできたらあのルビー様は本物だったのだろう。
偶然にしてはルビー様とエリゼオ先生の話が重なりすぎている。
そうすると、ルビー様が言っていた封印という言葉やあの古風な美人もただの夢で済ませるわけにはいかなくなってくる。
しかし封印というのが一体何なのかはどうも手がかりが少なすぎて、調べようにもどこから手をつけたらいいのか見当もつかない。
「エレナ?」
突然考え込み始めた私の顔を、エリゼオ先生が覗き込んできた。
そういえば先生が隣に居たこと、ほんの一瞬忘れていた。
「あ、すみません。じゃあわたし行きますね」
「教室に戻るんだろう。一人で大丈夫なのか?」
「はい。……面倒臭そうなのはあの場に居るみたいですし、もう絡まれることはないでしょう」
未だにローレンツ様にまとわりついている害獣、じゃなかった、金持ち辺境伯の娘をちらりと見て言えば、先生も同じようにそちらを見る。
「それはそうだが」
「……それにしてもローレンツ様、目が死んでますね。大丈夫なんですか、あれ」
「耐えてるんだろうな」
婚約者の段階でこんなに死んだ目をして耐えているとなると、実際結婚してしまったらどうするのだろう。私にはもう関係のない話ではあるのだけど、気の毒だとは思う。
「それじゃあ、お話聞かせてくださってありがとうございました」
「いや、いい。また何か知りたければ聞きにこい」
「ありがとうございます」
あまり深く聞いてしまうといつかボロが出そうなので、そうほいほい聞くことはないだろうけれど。
そう思いながら先生に背を向けて歩き出したところで、先生は私の背に小さな呟きを投げてきた。
「……俺は、エレナがルビーの記憶を持っているんじゃないかと思っていた」
と。
それを拾った私は、立ち止まることなく肩越しに言葉を返す。
「まさか。そうだとしたら石占いごときでこんなに躓いたりしてませんよ」
と。
先生は、ほんの少しだけ寂しそうな顔で笑っていた。
一度教室に戻った私は荷物を持ってそのまま図書館方面へと向かった。
ブルーノ先生の手伝いをしているロルスを迎えに行くために。
エリゼオ先生に心配されたけれど、一人で学園内を歩き回っても特に問題はなかった。まぁそんなに問題ばかり起こっていたら身がもたないのだが。
ブルーノ先生が使っている個室のドアをノックして、そろりとドアを開けると、相変わらず沢山の資料にまみれた先生とロルスが居た。
「こんにちは、ブルーノ先生」
「あぁ、もうそんな時間か!」
どうやらブルーノ先生は時間を忘れて作業をしていたようだ。
「まだ時間かかりそうですか?」
そう尋ねると、先生は一度手元と時計を確認し、ううんと呻っている。
おそらく、今はあまりきりが良くないのだろう。
「わたし、少し調べ物をしたいので図書館で待っていますね」
「もうすぐ、もうすぐ終わるから! ごめんね!」
「はぁい。じゃあロルス、図書館で待っているわね」
「分かりました、お嬢様」
頑張ってね、と言い残し、図書館に足を踏み入れる。
調べ物をしたいというのは嘘じゃない。
封印についてはどう調べたらいいのかすら分からないけれど、あの古風な美人についての手がかりくらいならどうにか調べられるのではないかと思ったのだ。
この図書館には、服飾の歴史という本があったはずだから。
「服……服ー、あった、これだわ」
ルトガーがいつも入り浸っている歴史書の棚の近くに、それはあった。
貸し出し禁止の分厚い本で、現在から千年以上昔の服やアクセサリーの情報が載っているというもの。
あの古風な美人がどれほど昔の人なのかは分からないけれど、千年以上遡れるのなら、どこかにそれらしい衣装が載っているかもしれない。
手近な椅子に腰を下ろし、最初のページから眺めていくことにした。
最初のページには現代の服が載っていた。あの古風な衣装がどれほど昔のものなのかが分からないので最初から見るか最後から見るか悩んだけれど、さすがに古風とはいえ古代の雰囲気ではなかったので最初からでいいだろう。
数十年ほど遡ったところで、机を挟んだ正面の席に誰かが座る気配を感じた。
この周辺はルトガーお気に入りの席だし、もしかしたらルトガーかもしれないと思って顔を上げなかった。
「やはり、女はドレスやアクセサリーが好きなのか」
そう声を掛けられて初めてルトガーじゃないことに気が付いたし、結構面倒臭いやつだということにも気が付いてしまった。
「……あら、王子様。こんにちは」
「ああ」
うわぁ、と思ったが、それを口にも顔にも出さずに挨拶できたことを誰かに褒めてもらいたいくらいだった。
「好きなのか、ドレスやアクセサリー」
「いえ……その、まぁ、そう、ですね」
なんとも歯切れの悪い返答になってしまったが、好きなわけではないと言ってしまったらなぜこの本を見ているのかと問われかねないので好きだということにしておいたほうが無難だと判断したのだ。
面倒だし。話は手短に済ませたいし。
「……欲しいのか。ん? しかしその服は今着ると時代遅れではないか」
「いえ、欲しいわけではなく、ただ見ているだけです。この本、服飾の歴史の本ですので」
「見るのが好きなのか?」
「はい、好きです」
まぁ本来の目的はあの古風な衣装を探すことなのだが、こうして昔の衣装を見るのは楽しいので嘘は言っていない。
「着るのは、どうだ?」
「着るのも嫌いではないですが、なぜですか?」
「……侘びだ、先日の」
「先日?」
「謝れば友達になると言っただろう」
あぁ、そういえばそんなこと言ったっけな。
「お詫びは結構です。物で釣ろうとするのは少し卑怯かと」
「し、しかし、そうすると謝罪は」
「大切な従者を貶して申し訳ありませんでした、今後一切従者に危害を加えることはありません、そのくらい言っていただけると許さないこともありませんが?」
私は一切表情を変えることなく言い切った。怒っているのだときちんと理解していただかなくてはいけないのだから。
「……わかった。その、従者を貶してすまなかった。今後絶対に危害を加えないと約束する」
「えっ」
目の前の王子様はそう言って軽く頭を下げていた。
まさか王子ともあろう者が頭を下げるなんて思っていなかったので驚いてしまった。
「いいんだろう? これで!」
こいつどんだけ私と友達になりたいんだ。
「え、あの、はい。えっと、本当に危害は加えませんか?」
「どれだけあの従者が大切なんだ」
「……我が身と同じくらい」
「は?」
「それじゃあ、謝っていただいたのでわたし達はお友達ですね」
「ほ、本当か!」
私の言葉を聞いた王子は瞳をきらきらと輝かせている。
そんなに私と友達になりたかったのか。一体お前になんのメリットがあるというんだ……。
ちょっとだけ呆れた顔で王子の顔を見ていたら、なんだか急に照れがやってきたらしく、彼はとても綺麗なプラチナブロンドの髪をわしわしと掻いていた。
「その、エレナ、お前は平民の友達も居ると言っていたな?」
「はい、居ますね」
「俺も声を掛けてみようと思うのだがどうも怖がられてしまうんだ。エレナはアイツにどうやって声を掛けたんだ?」
「えーっと……、釣りましたね、パンで……」
「……物で釣るのは卑怯なんじゃないのか?」
「いや……まぁそれは色々あった結果であって友人になるために釣ったというか、いや釣ったけどその、あらロルス! 居たのなら声を掛けてくれればよかったのに! いつから居たの!?」
まさか自分が放った言葉が特大ブーメランになって刺さるとは思わなかったのでうろたえていると、少し離れた場所からこちらを見ているロルスに気が付いた。言い逃れに失敗したのでここから逃げ出そうと思う。
「エレナ?」
「従者が迎えに来てくれたので、わたしはこれで失礼しますね!」
「エレナ! 待て!」
この王子様ちょっと怒ってるな、と思ったけれど、なんとなく楽しそうでもあるし、ロルスに危害は加えないと言ってくれたので好きにさせておこう。
「ところでお嬢様、今度は何を調べていらっしゃったのですか?」
「服飾の歴史。まぁ邪魔が入ったから全然調べられなかったんだけど」
「死因じゃない……!?」
「そんなに毎度毎度人の死因について調べないわよ」
前回の更新時いつもの倍くらい拍手をいただいてちょっとビックリしました。ありがとうございます。
あと一言コメントも使ってくださってありがとうございます!




