表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/89

意地悪令嬢、美女に遭遇する

 

 

 

 

 

「エレナ様の宝石を肉眼で見られる日が来るなんて!」


 というナタリアさんの言葉を聞いて、謎の感動が教室中に広がっていった。


「一生見られないもんだと思ってたけどな!」


 というルトガーの言葉を聞いて、ふわっとした笑いが教室中に響き渡った。

 私の涙ぐましい努力を知らずに笑わないでいただきたい。


「……まぁ、わたしも一生革袋から出せないままかと思っていたけれども」


 それでは聞いていただこう、私の涙ぐましい努力を。誰にも言えていない努力を。

 私の石達は、ご存知の通り一年生のうちは網膜を焼き切らんばかりに光り輝いていたせいで革袋の口を開けるのも危険だった。

 先生は初めこそ「石が喜んでいる」と言っていたけれど、月日が経つごとに混乱していった。

 なんでも、光らせることが出来ないという前例はあるが光らせ過ぎるという前例は見たことがないらしい。

 私の魔力が暴発しているせいかもしれないからと必死で魔力を制御させたりもした。しかし効果は一切現れない。

 制御が駄目なら逆に魔力を込めてみればいいのでは、と試してみても変わらず暴力的な輝きを放つだけ。

 教室内に居る全員がどんどん先に進んでいく中、私だけがそこに立ち止まっていた。

 これには成績優秀なエレナ様のプライドが……いや、まぁプライドはあまりないのだけど、内心酷い焦りはあったのだ。

 周囲に置いていかれる焦りはもちろんのこと、このゲーム内の意地悪令嬢は石占いが出来る人物らしいのにその意地悪令嬢である現在の私は石占いの初歩すら出来ていないのだから。


 結局その酷い焦りに苛まれ、トチ狂った私はついに石に話しかけるようになっていた。

 先生の言う通り「石が喜んでいる」ということならば、その喜び状態を解除するしかない。そう、もはやこの喜び方は状態異常なのだ。

 私の手元に居ることが石の喜びというのならば、私の手元に居ることが嬉しいことではなく当たり前のことにすればいい。

 まずは朝の挨拶から始め、食事と風呂とトイレ以外の時間は常に革袋を持ち歩く。寝るときは枕元において、もちろんおやすみなさいと声を掛ける。


「いつかあなた達と石占いが出来る日を楽しみにしているわ」


 確かそう語りかけて眠りについた日から、状況が少しずつ変わり始めたのだ。

 その日私は短い夢を見た。

 それはただぼんやりと、霧のような白い靄が立ち込める場所に立ち尽くす、そんな夢だった。

 最初こそ特に気にも留めていなかったけれど、同じ夢を三度ほど見たところで初めてこの夢には意味があるのではなかろうかと思い至る。

 そもそも私は前世の死因と自分の葬式までも夢で見ていたのだし、もしかしたら、と。

 そうして次にその夢を見たとき、やっと明晰夢だと気が付いて身動きがとれるようになったのだ。

 一歩足を踏み出すと、立ち込めていた靄が少しだけ晴れた。そして見上げた空はほんのりと光りを含んだ、まるで夜明け前のような薄い薄い青色。

 月も太陽もなく、消えかかった小さな星がいくつか輝いている。

 足元を見ると、当然ながら舗装などされていない地面に名前も分からない小さな草がちらほらと生えている。

 正面には大きな水の気配があった。波の音は聞こえないので、湖だろうか。

 建物も、人の気配すらも感じない周囲を見渡しながら、私はその湖に向かって一歩また一歩と歩き出した。

 こんなに穏やかな風景に見覚えはないので、前世の記憶ではなさそうだった。

 前世の記憶ではないのだとすれば、意味のないただの夢なのだろうか。

 しかし意味がないにしては三度も同じ夢を見ているのだ、何かありそうなものだけど。

 そこまで考えたところで、湖のほとりが近づいてきた。

 ここにはさっき晴れたはずの靄がまだ滞留しているのか、と思っているとその靄の中から今まで一切感じなかったはずの人の気配がする。

 第一村人発見か、なんて暢気なことを考えていられるのもこのときまでだった。

 靄の中から出てきた人は、プラチナブロンドの美しい髪をなびかせたそれはそれは美しい女性で、彼女はどうもこちらの存在に気が付いているらしい。

 ただこちらを見るその瞳が、何故だか酷く悲しげだった。

 どこかで会ったことがあるだろうかと考えたが、こんなに美しい女性なら一度見たら忘れないだろう。

 そもそも彼女は古い時代の人のようだった。

 着ているドレスが、髪型が、髪飾りが、とても古めかしいのだ。

 私自身、この世界の古い物についての知識はあまりないのだけれど、何故だか頭の片隅であれらの物がとても古めかしいと感じている。

 前世で言うところの時代劇を見たときの気持ちのように。

 しかしそんな彼女が一体何故こちらを悲しげな瞳で見ているのだろう。

 どうしたもんかと思ったが、とりあえず近付いて声を掛けてみることにした。

 だが、こちらから声を掛ける前に、彼女が先に口を開いた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 と、涙声でそう言った。

 私は何か謝られるようなことをされたのか、と疑問に思っていると、彼女の手がこちらに伸ばされる。


「あいたっ」


 伸ばされた彼女の手が、私の喉元に触れるか触れないかあたりのところに届いた瞬間、ばちんと衝撃が走った。ちょっと強めの静電気のような。

 なんだろう、この人めちゃくちゃ帯電体質なのかな?


「お願い、許して」


 え、今の静電気を?


「あの」


「ごめんなさい」


 彼女が再度私に謝ったところで、足元からまた靄が立ち込めてきた。

 このままでは靄に飲まれてしまうのでは、と思っていたところ、目の前の彼女だけが靄に飲まれ、次に靄が晴れたときにはもう誰も居なくなっていた。

 消える寸前の彼女の瞳は大粒の涙に濡れており、アメジスト顔負けの輝きを放っていた。


「なんだったんだ今の」


 っていうか誰だったんだ今の。そして何を謝られたんだろう。まったく分からないけれど、夢だし仕方ないのかもしれない。

 しかし前世の夢を見た時と違って喋れるみたいだったからもう少し話してみたかった。

 そんなことを考えながら、しばらく湖を眺めていた。

 ……ところでこの夢、いつ覚めるんだろう。

 とくにやることがなかったので湖なんか眺めていたけれど、何も起こらないのならもう起きてもいいのでは?

 こんなに穏やか過ぎる場所にいつまでも滞在したって無意味でしかない気がする。そうだ、起きよう。

 いや、でも明晰夢からの覚め方なんて分からないな。


「どうしよう」


 人の気配どころか生き物の気配すらないこの場所で、私の独り言だけが妙に響く。

 本当に誰も居ない、完全なる一人ぼっちなのだと思うと少し怖くなって、気持ちが焦ってしまう。

 早く目を覚ましたい。

 目を覚ましたら、目を覚ますことが出来たら、ロルスが居てくれるのに。


 いや待て、今この夢の中に居る私がこうして焦っているということは、現実のほうで眠っている私は魘されているかもしれない。

 前世の記憶を夢で見た時、私は泣きながら眠っていたのだから。

 そしてそんな私を、ロルスは見ていた。ハンカチで私の涙を拭きながら。

 ということは、だ。今、私の隣にロルスは見えないけれど、きっと側には居てくれているはずだ。

 普段は辛辣なことばっかり言う下僕だけれど、なんだかんだで私のことを心配してくれるロルスだもの、魘されている私の声を聞きつけて、今頃あわあわしているわ。

 そう考えると、少し冷静になれた気がした。


 冷静になった頭で考える。ここがもしもRPGの世界だったら。

 場面が変わらないということは、ここで起こすべきイベントをこなしていないということだろう。

 湖に近付くことで、さっきの美人と静電気というイベントが起こったわけだから、また何かイベントが起きそうなものをくまなく調べてみるべきなのかもしれない。


「……とはいえ」


 これといった建物があるわけでもなく、それらしい怪しげなものがあるわけでもない。

 どうせなら調べたくなる壷みたいなものでも置いておいてくれればいいものを。

 結局湖のほとりを散々うろうろしてみたが、場面が変わることはなかった。

 一旦美人とイベントを起こした場所に戻ってきた私は、そこから来た道を戻ることにした。もしかしたらスタート地点あたりに何か見落としたものがあったのかもしれない。

 そう思ってくるりと踵を返すと、自分の真後ろに靄の塊があることに気が付いた。

 調べたらイベント始まるやつだわ!! と一歩、その靄に近付くと、徐々に靄が晴れていく。

 そしてそこから現れたのは、これまた美人だった。

 さっきの美人とはテイストの違う、強く麗しいという言葉が似合う赤い髪の美女だ。

 彼女の赤い髪と赤い瞳を見て何かを思い出しかけていると、彼女はふとその場に片膝をつく。そして私のまったく力の入っていなかった無防備な手を掬い取った。


「初めまして、レディ」


 あ、この人、騎士だ。


「あ、え、初めまし……て、え、もしかしてルビー様……?」


 片膝をつかれる直前に思い出しかけたのはエリゼオ先生の顔だ。彼女の髪色と瞳の色はエリゼオ先生にそっくりだったのだ。

 そしてその後の仕草が騎士のそれだったので、もしかしたら、と思ってしまったわけなのだが。


「はい、後方の魔法騎士ルビーを務めさせていただいております」


 本当にルビー様だった!

 姿絵を見たことがあるわけではないので本物かどうかは分からない。ここは夢の世界なのだから、私の願望の塊かもしれない。だけど、彼女がルビー様だと言っているのだからルビー様に違いない。そういうことにしておこう。


「お会いできて嬉しいです。ずっと憧れていました! あの、やっぱり髪と瞳が赤いからルビー様に?」


「私もレディにお会いできてとても嬉しいです。ありがとうございます。あぁ、髪の色も瞳の色も関係ありません。偶然でございます」


 エリゼオ先生もそんなこと言ってた!


「あいたっ!」


 テンションをごりごりに上げていたところ、背中にまたあの強めの静電気のような衝撃が走った。

 何事だろうかと振り向けば、そこにはルビー様の手があった。どうやらルビー様は私の背中を支えるように手を添えてくれているらしい。


「失礼いたしました、レディ」


「いえ。その、さっきも似たような衝撃を感じたのですが、今のはなんだったんでしょう?」


 私がそう問うと、ルビー様は少しだけ困ったような顔で微笑む。


「封印を、解かせていただきました」


「ふ、封印!?」


「私の口から詳細を話すことは禁じられているのですが……」


「そう、ですか……誰から?」


「それも」


 教えてはもらえないらしい。

 教えてはもらえないが、封印はすべて解いてくれるそうだ。すべてって、どんだけ封印されてるんだと思ったものの今は知ることが出来ないので大人しく解かれておこうと思う。解かれたからどうなるのかは、まぁ分からないけれど。


「六方全ての封印を解くのが、私の最後の任務です」


「最後?」


「はい。今までずっと待っておりました」


「ずっと……」


 ずっとというと、もしかして、エリゼオ先生の曾祖母のさらに曾祖母だって言ってたから、まさか何十年、いやそれどころかもっと……?


「ずっととはいえ眠りについていたのでそう長い時間を感じていたわけではありませんよ」


 ルビー様はそう言って笑ってくれた。長い間この何もない空間に居たのかと思ったけれど、そうではないらしくちょっとだけ安心した。


「この任務は争奪戦の末、手に入れたものなので、首を長くして待っていたという意味でございます」


 争奪戦が起きたんだ。


「ルビー様は強い人だったとエリゼオ先生に聞きました」


 私がぽつりと呟くと、ルビー様はくすりと笑う。


「エリゼオ、私の子孫ですね。あの子は先祖返りで私に似てしまったばかりに、魔法騎士……今は呼び名が違うのでしたね、ともかく私の時代で言う魔法騎士になるものだと思われてしまい、酷い重圧を抱えていました」


「え、そうだったんですか」


「今はもう乗り越えたみたいですけれど。さすがは私の子孫だ、とたまに眠りから覚めては様子を伺っておりました」


 そう言ったルビー様の表情はいたずらっ子のそれのようで、美人がそれをやったら破壊力があり過ぎる。何が言いたいかというと可愛すぎて私に大ダメージ。


「それでは、六方の封印をすべて解かせていただきます」


 ふと真面目な表情に戻した彼女は私の両手をとった。

 またあの衝撃が来るのかと身構えていたものの、今度はそう強い静電気は起きなかった。

 足の裏から、ぱちぱちと、炭酸水に足を突っ込んでそのまま沈んでいくような感覚だった。

 そうして頭のてっぺんから、その炭酸水が抜けていったと思ったところで、ルビー様の周囲に靄が漂い始めていることに気が付いた。


「これで、私の最後の任務は完了です。それではレディ、お元気で」


 ルビー様は晴れやかな顔で、私から一歩遠ざかる。


「え、え、待って、ルビー様」


 もっと色んなお話がしたかったのに、と縋りたかったけれど、靄に阻まれてしまった。

 縋ろうとした私の手を見たルビー様は、ほんの一瞬眉を下げ「これは多分禁じられなかったから大丈夫」と呟いて何かをこちらに投げてきた。


「それを、あなたの石占いの石の仲間に入れてやってください! 私は、あなたの味方です、レディ!」


 その言葉を聞いたところで、靄が完全にルビー様を覆いつくし、靄が消えたころには彼女の姿は消えていた。


「え、ちょ、待っ、なにこのデカいルビー!!」


 ルビー様が投げてきたのは大粒のルビーだった。ここが漫画の世界なら怪盗とかが盗みにきちゃうレベルの大粒ルビーなんですけど!?



「お嬢様、お嬢様?」


「ん!? あれ!?」


 どうやら夢の中で起こすべきイベントはすべて起こせたらしい。

 要するに、目が覚めた。


「お嬢様、魘されていましたが、大丈夫ですか?」


「うん。ロルス、ずっと側に居てくれた?」


「はい」


「ふふ、だと思った」


 えへへ、としばらくへらへらしていたのだが、手の中に何か違和感を覚えてふと我に返った。


「ゆ、夢だけど、夢じゃなかった……!」


「お嬢様?」


「なんでもないわ。喉が渇いたのだけど、お水を貰える?」


「すぐにお持ちします」


 ロルスが部屋を出たのを確認したところで手の中を確認してみると、やはりあの怪盗に狙われそうなレベルの大粒ルビーがそこにあった。

 石占いの石の仲間に入れてやってと言われたし、とりあえず革袋の中に入れておこう。

 夢の中からルビーを持って帰ってきたなんてロルスに言ったら頭がおかしくなったのかと思われてしまう。


「……ん、ん? あれ?」


「お待たせいたしました」


「ロルス見て! 革袋開けたのに、あの暴力的な光りに襲われないの!」



 と、そんな経緯の後、私は私の石達を革袋から出すことが出来たのだ。

 こうして思い出してみると特に努力はしていないなと気が付いたけれど、まぁ努力したということにしておこう。


「エレナ様占ってみてください!」


「いいわよ、じゃあまずは簡単な性格判断からね」


「エレナ様、私もー!」


「任せなさい!」


 私の石占いはここからだ!





 

ロルスは大体側に居る。

前回の更新の際いつもより沢山拍手をいただけましてとても嬉しかったです!

読んでくださってありがとうございます!まだまだ頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ