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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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26/89

意地悪令嬢、結婚について考える

 

 

 

 

 

 ローレンツ様の婚約者が正式に決まった。

 もちろん例の金持ち辺境伯の娘に。

 その話は瞬く間に王都内を駆け巡っていった。

 金持ち辺境伯が金にものを言わせて最有力候補であったアルファーノ家の令嬢を蹴落としたのだという醜聞をくっつけながら。

 蹴落とされた側の私は、特に痛くもかゆくもなかったのだが、なんだか可哀想な子というちょっとしたレッテルが貼られてしまった。

 しかしまぁそもそもローレンツ様との婚約は私の死亡フラグでもあったらしいし、可哀想な子と思われるくらいどうということでもない。

 それに件の金持ち辺境伯の娘がまぁ強烈なので私側の噂なんてすぐに立ち消えるだろう。


「次期侯爵の婚約者、エレナじゃなかったのね……というか、誰……?」


 問題はこの話を新聞で読んだ母親のリアクションだ。

 ローレンツ様の花嫁候補の話が出たところで、ローレンツルートに進むと思っていたらしい母親は、ローレンツ様の婚約者は私になるのだと半ば決め付けていたようなのだ。

 というか娘である私の死亡フラグが折れたのだからちょっとくらい喜んでくれてもいいんだよ?


「わたし、頑張ってローレンツ様の婚約者になるべきでしたか?」


 そう尋ねると、母親は目を丸くして私を見つめたあと、にこりと笑った。


「そんなこと、しなくて良かったのよ。結婚に頑張るなんて言葉似合わないわ」


 良かった、もうちょっと頑張ればよかったのにとか言われなくて。と、少しだけ安堵していると、母親が再び口を開く。


『ただ、マジで誰』


 この様子だと金持ち辺境伯の娘ってモブでもないみたいだな。

 母親の混乱している様子が手に取るように分かってとても面白い。

 面白いけれど、あまりまじまじと観察してうっかり笑ってしまったらいけないので話を逸らさなければ。


「花嫁候補になりそうだって話を聞いた時からわたしに婚約だなんてまだ早いと思っていたので、正直少しだけ安心しました」


 えへへ、なんて適当に笑いながらそう呟くと、母親はきょとんとした表情で私を見る。


「まぁ、そうね。お父様もきっとエレナが結婚だなんてまだ早いって言うはずだわ」


 言うはずっていうかこないだ食事に行ったとき実際に言っていたな。ものすごく動揺しながら。あれは私がマジで結婚することになったらどうするんだろうと心配するレベルの動揺だった。


「お父様はわたしをどんな人と結婚させようとするのでしょうね」


「させないという選択肢を隠し持っていると思うわ」


 そう言って、私達は笑いあった。わりとガチっぽくて笑い事ではない気もしたけれど。


「……そういえばエレナ、あなたローレンツ様の花嫁候補になりそうだって話、前から知っていたの? 私、教えたかしら?」


 そういえば母親は言葉を濁すだけで言っていなかったような気がする。


「ナタリアさんが教えてくれたのです」


「タダで?」


「……はい?」


「あ、いやいや、そう、ナタリアさんが教えてくれたのね」


 タダで? ってどういうこと。私の聞き間違いだろうかと思っていると、母親がふと私から視線を逸らす。


『さすがにこんな子どもの頃から情報屋はやってないわよね……ゲームじゃ最終的に結構な額持っていかれたけど……』


 いやナタリアさん何者なんだよ。とツッコミを入れられないのが悔しい。

 課金要素なのかなナタリアさん。


「それにしても、この婚約者の子は猛烈に評判が悪いみたいね。とてもわがままにお育ちのようだってご近所で噂になっていたわ」


「そうなのですね」


 この話題を避けられているせいかあまり私の耳には入ってこないのだが、学園内での評判もいいとは言えないようではあった。


「そんな子でいいのかしらね、次期侯爵夫人。でも正式に決まったってことは侯爵様が決めたわけだものねぇ」


 そうですねぇ、と相槌を打っていると、母親はうーんと呻りながら首を傾げ始めた。


「侯爵家の一人息子であるローレンツ様もきっとわがままにお育ちでしょうし、わがままとわがままで反発したりしないのかしら」


 何を言っているんだお前は、という気分だった。


「ローレンツ様はわがままではありませんよ?」


 何も知らないくせになんでそんなに決め付けるのか、と少しだけ怒りに任せて反論してしまった。

 だけど母親は知っているのだ、ゲーム内のローレンツ様のことを。


「あら、あの子わがままじゃないの?」


「え、ええ、とても優しい方です」


 反論は悪手だったかとひやひやしていたが、母親はただ何かを考えるように首を傾げているだけだ。


「わたしの魔力が枯渇したとき、助けてくれましたし、そもそもあの時お母様もローレンツ様に会いましたよね?」


「そうか。……そうね。あのときは会ったというよりも見ただけだったしどんな子なのかは分からなかったから……」


 ここまで考え込むということは、ゲーム内のローレンツ様はわがままだったのだろう。だからこそ、母親はわがままだと決め付けたのだ。

 そこまで考えたところで、ふとローレンツ様と初めて会った日のことを思い出した。

 あの日カウンセリングしたときのローレンツ様は、なんとなく口調が高圧的だったな、と。

 魔力量が伸びずに悩んでいたし気が立っていたのだろうと思っていたし、次に会ったときは晴れやかな顔をしていて悩みが晴れて穏やかになったのだろうと思っていた。

 ということは、あの日カウンセリングせずに素通りしていたら高圧的なまま成長していたということ……なのか?

 そして高圧的なまま金持ち辺境伯の娘を跳ね除けて私と婚約して、私の死亡フラグが?

 これは私の神回避なのでは?


『考えてみればあの俺様ローレンツが悪役を助けるなんてありえないのか。婚約者だって消去法で悪役にした設定だったし。うーん……わからん……』


 という母親の小さな小さな独り言は、きっちりキャッチさせていただいた。

 ゲーム内のローレンツ様は俺様キャラだったんだな。なるほど。やっぱり。

 少女漫画とかにもよく出てくるよな俺様キャラ。私はあんまり好きじゃないけど俺様キャラ。


「お母様、何をそんなに考え込んでいるのですか?」


 母親があまりにも考え込み、長い独り言を零しているものだから間が持たなくなったのでそう問いかけた。

 長い独り言を不自然に見えないように聞こえないふりで流すのはなかなか難しいのだ。

 すると彼女は曖昧な表情で小さく笑う。


「一人息子をわがままにならないように育てられるなんてすごいわって、少し感心していたのよ」


「お母様も育てているじゃないですか、お兄様のこと」


「あの子、エレナが生まれる前はわがままだったのよ。エレナが居なかったら今頃わがまま放題だったと思うわ」


 母親の目が据わった。


「お、お兄様が……」


「まぁ、今もろくに連絡もせずどこに居るんだか分からない状態が続いているのだから、考えようによってはわがままかもしれないけれど」


「いえ、でもお兄様はお勉強なさっているんだと……」


「本当に勉強してるかどうかは分からないわよねぇ、見えないのだから」


 そりゃそうだけども。


「お母様はお兄様を信じていないのですか?」


「ふふ、冗談よ。信じているわ。ただもう少し連絡してくれたらいいのに、と思っているだけ」


 母親のその言葉には同意せざるを得なかった。

 私もたまに同じことを考えるから。

 お兄様の連絡頻度にはとてもムラがあるのだ。あまり連絡を寄越さないくせに各地を転々としているようで現在地が全く掴めない。


「わたしも、そう思います。長いこと顔を見ていないから忘れてしまいそうです」


「そうよね。今度連絡が来たらエレナに顔を忘れられているかもしれないと教えてあげなくちゃね。あの子焦るわよ、きっと」


「焦ってくれると、ちょっと嬉しいですね」


「焦るどころか飛んで帰ってくるかもしれないわ」


 私も母親もくすくすと笑い合った。後日笑い事じゃなくなることも知らないで。



「そうだわお母様、少し話を蒸し返してもよろしい?」


 私がそう尋ねると、母親は和やかな顔で「どうぞ」と言ってくれた。

 普段はゲームについての独り言を期待して話しかけることばかりなので、たまには関係ない話がしてみたくなったのだ。


「さっき結婚に頑張るなんて言葉は似合わないって言っていたけれど、お母様はお父様と結婚するのに頑張らなかったのですか?」


 私はお父様の私にデレデレ過ぎるという残念な側面しか見たことがないのだが、顔はいいし家柄もいいし魔力もそこそこ持っているはずのお父様がモテなかったとも思えない。

 モテる男の周囲には面倒な女、それこそ件の金持ち辺境伯の娘のような女が高確率で存在している気がするのだが。


「頑張らなかったわね。運で結婚したのよ、私」


 まさかの運。


「運、ですか?」


「そう、運。オスカル様……、お父様に言い寄る女の人はとても多かったのよ。……私はあまり結婚に意欲的じゃなかったのだけど結婚しないわけにもいかなかったし、その言い寄る女の人達に混じっていたの」


 要するにぼっちだと浮くから騒がしいところに混ざって存在を消していたわけだ。なるほど。


「言い寄る女の人達は皆口々に顔や家柄や金目当てじゃありませんと主張して押し寄せて、お父様は随分と疲弊していたわ」


 可哀想なお父様。と、私は心の中で同情する。


「そんな疲弊しきったお父様が私の側に来て言ったの。君は俺の何が目当てなんだ? って。別にその場に居ただけでなんにも考えてなかった私はとりあえず元気よく顔だって答えたわ」


「素直」


「今でも思うけれど、あの時のお父様はきっと疲労のせいで正常な判断力を失っていたのよ。私の「顔!」って言葉を聞いてげらげらと笑い出して結局私との結婚を決めてしまったのだから」


 母親はそう言って笑っている。

 しかしまぁ貴族の結婚なんて家同士で決める以外は落としたもの勝ちみたいな感じだし、母親は素直な心で勝利を得たのだろう。策士といえば策士なのではないだろうか。


『まぁオスカル・アルファーノって悪役の父親と同じ名前だなと思ってたし、自分の名前も悪役の母親と同じだったし、それにあちこちで聞き覚えのある名前を見かけていたからもしかしてと思って近付いたんだけども』


 ほほーう。策士じゃねぇか完全に。

 っていうかその時点でこの世界がゲームの世界だって薄々勘付いていたのか。


「正常な判断力を……と、とはいえ、お母様とお父様は仲良しですよね?」


「今は、そうね。それもエレナのおかげだと思うわ。結婚当初は義務で結婚しましたって顔に書いてあったもの。表情も乏しかった」


 あのデレデレお父様の表情が乏しかっただなんて信じられない。大体いつもニヤニヤ……いや、にこにこしているというのに。


「ハンスが産まれてからやっと言い寄る女性が減って、それから徐々に表情が出るようになって」


 お兄様が産まれてからやっと、ということは跡継ぎが生まれないなら愛人にといって言い寄ってくる奴が大勢居たということだろう。引くわぁ。


「エレナが産まれてからはあなたも知っているあのデレデレお父様の出来上がりよ。私に産んでくれてありがとうって言いながら、赤ちゃんだったエレナのお腹に顔を埋めたりしていたわ」


 引くわぁ。


「……お母様、結婚っていいものですか?」


 私のその問いに、母親はきょとんとした様子で私を見て、次の瞬間ふわりと微笑んだ。


「いいことばかりだとは言えないかもしれないけれど、とても幸せだとは言い切れるわ」


「そう、ですか」


 前世では結婚しないまま死んでしまったしあまりピンとこないけれど、現世の私はいつか結婚するのだろうか。


「エレナ、結婚したい相手がいるの?」


「いえ、居ません」


「貴族だからって気負わなくていいわ。……嫌な思いをするくらいなら、無理に結婚しなさいなんて言わないから、私もお父様も」


 そう言った母親の顔は、どこか苦しげだった。

 おそらく彼女自身は親族からどうしても結婚しろと言われていたのだろう。結婚しないだなんて、外聞きが悪いから。


 しかしそこをそんなに心配してくれるなら、私に死亡フラグが立ちそうになったとき、もっと心配してくれてもよかったんじゃない?

 あと死亡フラグが消えたときももっと喜んでくれればよかったんじゃない?

 初めてこうしてじっくり母親と話したが、彼女の謎は深まるばかりだった。





 

感想、コメント、拍手、そして何より読んでくださってありがとうございます。

次回からはエレナたちの学年が一つ上がります。

ヒロインの登場はまだです!!

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