意地悪令嬢、六方の魔法騎士の本を借りる
罰則を受けてからしばらく経ったある日のこと。
教室に足を踏み入れた瞬間、瞳をきらきらと輝かせながら本を読むルトガーの姿が視界に飛び込んできた。
まぁルトガーが楽しそうに本を読んでいる姿などこれといって珍しくもないが、今日はいつもと様子が違う。
声を掛けてみるかどうかを考えていると、彼の手元の本がとても気になった。
表紙に六方の魔法騎士って書いてある……。めちゃくちゃ気になる。
「ルト」
「エレナ! 見ろよこれ!」
食い気味で来たじゃん。
「面白そうね。図書館にあったの?」
本を覗き込みながら尋ねると、ルトガーが元気にそれを否定した。
「ここの図書館じゃなくて王立中央図書館で借りられる本なんだ。先生が借りてきてくれた!」
実に楽しそうである。
しかし王立中央図書館って確か入館証を発行するのにすごく手間が掛かって大変だという話しだった気がするのだが。
先生はその手間のかかる手続きをしたのか。
そして私がその図書館に入るにはまず年齢が足りていない。手続きに進む以前の問題だ。
要するに何が言いたいかというと、私も読みたい。
完全に見覚えのない本なのでおそらく王立中央図書館にしか置いていない本なのだろう。
読みたい。面白そう。
「全員ではないが六方の魔法騎士の経歴なんかが書いてあるんだ」
面白そうにもほどがある。
「もう少し詳しく」
「興味、あるんだな?」
「ある」
「よし、二冊借りたから今俺が読んでないほうをエレナにも読ませてやろう」
やったー! と飛び上がって喜びそうになったところをぐっと堪える。なぜなら貴族のご令嬢はジャンプしながらやったーなんて言わない。
「いいの?」
「ああ。エレナにも読ませてあげてほしいって言われたから。でも俺が借りたものだから、家に持ち帰らせるわけにはいかないんだけどな」
「わかった、ありがとう。すぐ読む」
ちょっと分厚いけどまぁ休み時間全て使えば粗方読めるだろう。
「三日貸してくれるって言ってたからな、三日もあれば二冊とも読めるだろう」
「うんうん」
早速読み始めようとしたところで、ルトガーが何かを思い出したように私を呼ぶ。
「呪文学の先生がエレナに会いたがってるんだが」
「わたしに? わたしも会ってみたかったから先生がお暇ならぜひ、って伝えておいてもらえる?」
「わかった」
私も呪文学の先生には会ってみたかった。
ルトガーの話だけでも充分に面白いのだが、長く呪文学に携わってきた先生の話も聞いてみたかったから。
ただ、私を呪文学のほうへ引き擦り込もうとしているわりにはなかなか会えないので先生も忙しいのだろう。
「なあエレナ、先生のこと見たことあるか?」
「遠目になら」
「ってことは、会っても大丈夫そうだってことでいいのか」
「ん?」
「いや、先生って筋骨隆々だし女子生徒に怖がられることが多くてな」
「そうなの?」
そういえば、遠目に見た感じだと背も高かったし、前世で言うところの体育の先生を優しい眼差しにしたみたいに見えたような気がしないでもない。
「折角釣れそうなエレナを自分の容姿で逃したくないそうだ」
「あはは、とりあえず見た目で驚いたりしませんとも伝えておいて」
なんとなく、気は優しくて力持ちタイプの人なのだろうな、と勝手に想像した。
そんな会話を交わし、席についた私は早速ルトガーに借りた本を眺める。
表紙は赤黒い革張りに掠れた文字で六方の魔法騎士と書かれている。もはや表紙の時点でファンタジーの香り漂う代物だ。
重厚な気配ただようそれを捲ってみると、六方の魔法騎士とはなんたるか、といった話から書かれている。もう最初の一ページ目から面白そうである。
六方の魔法騎士とは王を中心として前後左右、そして天地を守護する存在である。これはもうファンタジー以外の何者でもない。
これがゲームの説明書でも攻略本でもなく、この私が生きている世界に存在していたというのだから驚きだし、ただただテンションが上がる。
六方の魔法騎士に選出されると称号が得られるらしい。
前方はオニキス、後方はルビー、右方はサファイア、左方はハウライト、そして天はクリスタル、地はアイオライトだそうだ。もうただただかっこいい。
しかもその称号とやらはミドルネームとして名前に入るらしい。もしも私が前方の魔法騎士に選出されたらエレナ・オニキス・アルファーノになるわけだ。ファンタジー脳が刺激されまくって手に汗が出始めた気がする。
選出されるのは基本的に魔力量が多い者。ずば抜けて戦闘力が高い者もまれに選ばれていたと書かれている。
王を何から守護するつもりだったのかまでは書かれていないようだが、魔力と戦闘力で周囲をガチガチに固めようとしたことだけは分かった。
しかし手探りで魔力量や戦闘力が高い者を集めるのは大変だっただろうな。
今はこうして学園が存在しているから魔力量はある程度まとめて調べられるし、戦闘力も先日の試合のようなことをすれば簡単に量ることが出来るだろう。
むしろこのために学園があるのでは?
「エレナ!」
「あ、はいはい」
本を読み耽っていたらいつの間にか昼休みになっていた。
「先生が今日の放課後暇か? って聞いてたぞ。暇なら図書館集合だそうだ」
「行くわ。ロルスも一緒でいい?」
「ロルスがいいならな」
「……退屈かしら?」
「ロルスは呪文学に興味ないんだろ? まぁでも図書館だしなぁ、好きな本読みながら待っててもらうか?」
「呪文学は難しいみたいなのよ。どちらにせよ待っててもらうしかないから、後でご褒美としてケーキでも焼いてみるわ」
「俺も食べたい」
「今度ね」
ルトガーは甘党なのかもしれない。
そんなわけで楽しみにしていた放課後がやってきた。
一度図書館に集合した私達は、先生に連れられて図書館の側にある個室に入る。
こちらの個室は先生達に与えられた個室とは違い、生徒も入ることが出来るものだ。自習室、といったところだろう。
「ええと、初めましてエレナちゃん。僕は呪文学を教えているブルーノです」
呪文学の先生は図体こそとても大きいが、声色も口調も限りなく穏やかな人だった。くまさんみたいだ。
「初めまして、先生。先日は教科書をくださってありがとうございました。直接のお礼が遅くなり申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げると、先生は「お礼なんてとんでもない」と大きな手をぶんぶんと振っている。
「ルトガーさんのお話を聞いたり教科書を読んだりしてとても興味が湧いていたのでこうして先生とお話が出来ることをとても楽しみにしていたのです」
「ほ、本当かい!? それは嬉しいな!」
先生はそう言いながら、本当に心底嬉しそうな顔をしている。
「今日貸していただいた六方の魔法騎士の本もとても面白いですね。まだ半分しか読めていないのですが」
「そうだろう!」
「いや、二人だけで盛り上がるのやめてくれよ」
積もる話が沢山あったのでさっさと話を進めようとしていたらルトガーから制止の声が掛かった。
「そうだったなルトガー、すまない。つい興奮してしまって」
私も超興奮してしまっていた。
「それに、今日はもう一人来るんでしょう、先生」
と、ルトガーが言う。
もう一人、とは誰のことだろう。
「あぁ、そうそう。エリゼオ先生が来るよ」
エリゼオ先生というと、あの顔も声もいい、この乙女ゲームの隠しキャラ先生か。……え、なぜあの先生が?
「攻撃魔法の先生、ですよね?」
私が首をかしげていると、ブルーノ先生はこくりと頷く。
「エリゼオ先生もエレナちゃんに話があるそうだよ」
それは今日じゃなきゃダメなのだろうかと疑問に思ったが、まぁ来るというのなら仕方がない。
と、思っていたのはその時までだった。
「エリゼオ先生のご先祖様に、六方の魔法騎士様がいらっしゃるそうだから」
早く来いよエリゼオ先生。
ご先祖様ってどれくらい前の人なんだろう。面白い話は聞かせてもらえるのだろうか。期待が止まらない。
顔と声がいいだけの人だと思ってて正直すまんかった。
しかしエリゼオ先生はまだ来ないようだったので、ブルーノ先生が少し話をしてくれることになった。
「エレナちゃんは、ルトガーにどの話を聞いたのかな?」
「呪文は失われた魔法なのだとか、六代目国王がとても長生きだってお話とか、五代目国王の死因が不明らしいってお話とか」
「よくその話で呪文学に興味持ったよね」
ごもっともである。
「ルトガーさんのお話が上手だったから引き込まれてしまったのです」
ということにしておいてほしい。出来れば。
私の言葉を聞いたブルーノ先生は「よくやったルトガー」とルトガーを褒めている。
「六代目国王の時代に何があったのかが気になります。今日借りた六方の魔法騎士の本に何か載っていないかと思ったのですが」
「六方の魔法騎士の本には書かれていないね。しかし我々呪文学に携わる者も六代目国王についてはとても気になっているところなんだ。あの時代に色々と動いているからね」
呪文学を散々学んでいる人たちでさえ、六代目国王関連の情報はあまりつかめていないようだった。
恐ろしいほどに文献が残っていないらしい。
意図的に消されたことを疑いたいレベルで、だとのこと。
「何かやましいことでもあるんですかね。文献を残すわけにはいかない事情……」
私がそう呟くと、ブルーノ先生がきらきらした瞳でこちらを見る。
「そうやって一緒に考えてくれると、僕はとても嬉しい……!」
めちゃくちゃ喜んでいるようだ。それはよかった。
私が軽い愛想笑いを浮かべていると、ドアをノックする音が聞こえる。
どうやらエリゼオ先生が来たらしい。
「失礼します。遅れてすみません」
エリゼオ先生はブルーノ先生に頭を下げている。
「いえいえ、エリゼオ先生も忙しいでしょうから」
ブルーノ先生はそう言いながら、エリゼオ先生に隣に座るよう促していた。
「折角ブルーノ先生がエレナと話したがっていたというのに、邪魔をした形になって申し訳ないのですが」
「そんなことはありませんよ。僕もついでに六方の魔法騎士について聞けるのですからね。では早速本題に入ってください」
先生二人が何を譲り合っているのかは知らないが、私は別に呼ばれればほいほい付いて行くつもりなのでそう深く考えないでいただきたい。
「俺も、聞いていいのでしょうか?」
ルトガーが首を傾げているし、そんなルトガーの言葉を聞いたロルスが、自分こそここに居ていいのだろうかという顔をしている。
「他言しないと約束してくれるか?」
というエリゼオ先生の言葉に、ルトガーは強く首を縦に振って答えていた。そしてロルスは静かに視線を外に向け、自分はこの場に居ないことにしてもらおうとしていた。頑張れロルス。ご褒美はケーキよ。
「俺の先祖に六方の魔法騎士が居た。ルビーの称号を持っていたそうだ」
ルビーの化身のような見た目をしているエリゼオ先生のご先祖様がまさかのルビー様ときた。
「先生の見た目がルビー色っぽいのは」
「容姿は関係ない、偶然だ」
偶然だった。しかし見事な偶然。テンション上がる。
「たしか俺の曾祖母の、そのまた曾祖母が六方の魔法騎士で、俺は曾祖母から魔法騎士の話を聞いていた」
なんとなくややこしいが、まぁその辺はあとで考えよう。
「俺の先祖のルビーは魔力量ではなく戦闘力と魔法の技術で選出された人だったそうだ」
そこそこ珍しいタイプの、戦闘力で選ばれた人だったそうだ。曾祖母のそのまた曾祖母ってことは、戦闘力に長けた女性がルビー様だったということか。強い女の人っていいよね。
「それで、この話は他言しないでもらいたいのだが、その俺の先祖のルビーは、魂の記憶を引き継いだから戦闘力に長けていたのだと言っていたそうなんだ」
魂の記憶を引き継いだ、とは。……前世の記憶ってことでは?
私の母親も前世の記憶があるはずだし、私もあるし、ルビー様もあるってことは、前世の記憶があるってそう珍しいことではないのだろうか。
「魂の記憶、ですか。その魂の記憶を引き継ぐことって、珍しくないんですかね?」
という私の呟きに、一瞬室内が静まり返る。
「俺はその先祖の話しか今のところ聞いたことがない」
「僕も今初めて聞きましたね」
「エレナは何故珍しくないと思ったんだ?」
とんだ薮蛇だった。
「いえ、魂の記憶を引き継いだから戦闘力に長けていた、ってことは、他の戦闘力で選ばれた六方の魔法騎士様たちも同じなのかと思って」
自分も前世の記憶あるし、と答えるかどうか迷ったが、なんとなくルトガーとロルスに聞かれたくはなかった。ルトガーはともかく、ロルスに聞かれて引かれたらちょっと寂しいもの。
「……なんだ、そういうことか。俺はてっきり、エレナも魂の記憶を引き継いでいるのかと思っていた」
「え?」
なんでバレた?
「先日も聞いただろう。「お前は一年生二回目なのか?」と」
聞かれたっけな。
あ、教科書で読んだだけの強い治癒魔法を使ったって言ったときか。
「一年生は一回目です、残念ながら」
そう答えると、先生二人が笑い始めた。
「そうだよね、そう簡単に魔法騎士みたいな人が近くに居るわけがない」
ブルーノ先生は言った。
「そうですね、俺も深読みしすぎた。バカな話を聞いてしまってすまない」
バレたわけではないらしい。良かった。
「いえ、なんだかわたしも紛らわしい行動をしてしまったみたいで、すみません」
以後、マジで気をつけなければならない。先生に話すべきだと判断するまでは。
その後、私に対するちょっとした疑いを捨てた先生達は呪文学の授業で習う話や、今日借りた本についての詳しい話を教えてくれた。
ブルーノ先生はとても穏やかで優しい先生だったので、何かあったら彼に相談しようとこっそり心に決めたのだった。
感想、拍手コメント等ありがとうございます。
お返事が遅くなっていて申し訳ありません。近いうちにお返事します!




