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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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18/89

居場所を得たのは、下僕

ロルス視点です。

 

 

 

 

 

「あんたなんか産みたくて産んだわけじゃないのよ!」


 口を開けばいつもそれだ。

 二言目にはいらない子だの、邪魔者だの、俺だって産まれたくてここに産まれてきたわけじゃない。

 俺を産んだ人間は跡継ぎである長男だけをきちんと育て、次男は長男に何かあったときのための保険として育て、それ以外は人とすら思っていなかった。

 視界に入れば顔を顰め、椅子に座ることを許さず、そこらへんに転がっている石か何かと同等の扱いを受けていたから。

 確かに居たはずの姉は、どこかへ売られていったらしい。俺を産んだ人間が女は高く売れると下卑た笑いを零していた。

 見たことがあるような気がする姉だか妹だかも、きっと売られてしまったのだろう。

 おそらく居たと思われる兄だか弟だかは、もう生きているのかもわからない。


 きっと、次は自分の番だ。


「高値で売れる女でもないし、ろくな魔力もないし、お前は本当に役立たずだね」


 と、俺を産んだ人間が言う。


「山奥に捨てに行ってもいいが、あんたはこの扱いでも生きてるくらいしぶといからねぇ。戻ってこられても迷惑だ……あぁそうだ、あの生意気な女将が居る店に奉公に出そう」


 にやりと笑ったその人間は、悪魔のようだった。

 その悪魔に引きずられるように連れてこられたのは、人に食い物を提供する店らしい。

 日頃からろくに物を食べていなかった自分にとって、食い物の匂いは酷く刺激が強い。腹の真ん中が締め上げられるように痛むのだ。


「ほら、この子を住み込みで働かせてやってくれるかい?」


 悪魔がそう言うと、店の女将はへらりと笑う。


「うちも人手は足りているんですがねえ」


「おや、私の言うことが聞けないのかい? こんな店、すぐに取り潰せるんだよ?」


 女将は必要ないと言いたかったのだろうけど、悪魔はそんなことお構いなしでさらりと脅迫している。

 視線を感じたので周囲を伺ってみると、物陰からいろんな人がこちらを見ているのが分かった。

 きっと、この悪魔は俺だけでなく、この土地の人間皆にとっても悪魔なのだろうと察した。


「あっ、いえいえいえ、喜んで引き受けさせていただきますとも!」


 脅迫に屈した女将に連れられ、俺は店の中に入った。

 俺を厨房の奥へと追いやった女将は、もう一度店先へと向かっていく。おそらく悪魔の様子を伺いに行ったのだろう。

 しばらくして、悪魔が去ったことを確認した女将はどすどすと音を立ててこちらに近付いてきた。怒りに歪んだ顔は、それはそれは恐ろしく、それを見た途端すぐにでも殺されるのだろうと思った。


「ったく、何が貴族だ! 領民から税を貪り尽くすだけのクズの癖に! で? あんた何か出来るのかい!?」


 怒鳴り散らされて、何か返事をしなければと思ったが、俺は長いこと喋っていなかったので咄嗟に声が出せなかった。

 そんな俺を見て怒り狂った女将は、手近にあった皿を床に投げつけながら俺に言うのだ。


「何も出来ないやつを雇うほどの余裕はないんだよ! あんたの親が全部搾り取ってるんだからな!」


 と。


 あぁ、兄だか弟だかみたいに、俺もさっさと死んでおけばよかったな。


 それからの日々は、朦朧としていてあまり覚えていない。

 悪魔の目に怯えていたらしい女将の指示で日中は厨房の隅に居た。店の営業が終われば外に放り出されていたと思う。

 どこに居ても不必要だと、邪魔者だと言われる。俺の居場所なんかどこにもない。

 そんな時だ、見たこともないくらい身なりのいい男が、放り出された俺を見て何故だかそのまま俺を連れて帰ろうとしたのは。

 女将にとって不必要だった俺は、何の迷いもなくその身なりのいい男に受け渡された。

 どこに居たって不必要であり邪魔者なのだから、場所が変わろうと関係ない。


「君の仕事は、俺の娘、エレナに向けられた呪文の盾になることだ」


 俺を馬車に乗せた身なりのいい男は、真剣な顔でそう言った。

 呪文がどんなものなのかは分からなかったが、あまりいい意味の言葉とは思えない。

 だけど、その呪文の盾とやらになれば、さっさと死ねるかもしれないと思った。


「このことは他言無用だよ。俺と君との秘密だ」


「はい、旦那様」


 この時、身なりのいい男は俺の雇い主になった。

 旦那様に連れられてきたのは、彼の屋敷だ。そこに到着するなり全身を洗われて、質のいい服を着せられた。

 こんなに綺麗な服を着たのは初めてだし、汚したり破いたりしたらと思うと恐ろしい。


「ハンスのお下がりだが、まぁ大丈夫か。そんなに緊張することはないさロルス。俺の娘はびっくりするほど可愛いし優しい子なんだ」


 俺に向かってこんなに穏やかに話しかけてくるということは、その呪文は本当に恐ろしいのかもしれない。いつまでも居座るかもしれない邪魔者に優しくする者は居ないが、すぐに死ぬと分かっていればこうして少しくらい優しくしてやろうという気が起きる可能性はある、かもしれない。


「いいかいロルス、呪文のことは絶対に誰にも言ってはいけないよ。エレナも知らないことだから。妻にはもっと言ってはいけない。その……呪文を掛けているのは、妻、だから」


 旦那様は言いにくそうにしながらそう言った。

 お嬢様は母親から呪文を掛けられているのか。


「呪文の盾には、どうやってなればいいのですか? 俺……私は持っている魔力量が少ないのですが、それでも出来ますか?」


「いや、実は盾になる方法は分からないんだ。「※諸説あり」だからね」


 諸説あり、とは。


「では……」


「今は何も言わずに、エレナの従者として側にいてくれればいい。呪文については調べ次第追々話していくから……調べても調べても諸説あるから時間が掛かるかもしれないけど……諸説ってなんだよ……」


「……はい」


 よく分からないが、とりあえず頷いておいた。

 ひとしきり諸説……諸説……と呟いた旦那様は、俺を連れて身なりのいい女性のもとへとやってきた。

 彼女が件の旦那様の妻なのだろう。

 エレナの従者に、と説明している旦那様の言葉を聞いた奥様は、怪訝そうに顔を顰めている。

 きっとまた邪魔者だと思われるのだろう。いらないと言われて外に放り出されるのだろう。


「ついていらっしゃい」


 奥様にそう言われ、ついていった先に居たのは俺よりも年下の可愛らしい少女だった。

 彼女が、呪文を掛けられているのか。この、奥様に。一体何故なのだろう。


「これは今日からあなたの下僕……従者よ。あなたの命令はなんだって聞くわ」


 その紹介を聞いた少女、お嬢様はこくりと頷いた。


「わかりましたお母様」


 と、返事をして、俺を部屋へと招き入れる。いつ追い出されるのだろうと思っていたら、お嬢様は俺に椅子に座れと言い出した。 

 下僕のように扱うと言ったその口で、椅子に座れとはどういう意味だろうか。

 もしかしたら言い間違えたのかもしれないと思ったが、彼女はやはり座れと言う。しかも命令だと。

 俺はそのとき初めてソファーというものに座った。

 生まれた家では椅子に座ることも許されなかったのに。



 そんなお嬢様との生活はとても不思議なものだった。

 自称意地悪なお嬢様は、俺を構い倒してくるのだ。

 不必要で邪魔者なはずの俺を、だ。旦那様は呪文で俺が死ぬと思っているから優しくするのだろうが、お嬢様は呪文の件を知らないはず。

 死を待つだけの身とはいえ、構い倒されてから放り出されるのは、やはりつらいものがある。

 構われれば構われるほど、放り出されることが恐ろしくてたまらなくなる。どうにかして逃げ出せないものだろうか。

 盾にならなければいけないことは分かっているし、受け入れている。だけど、出来れば呪文以外で傷つけられたくはない。


「ロルス。ロルスー」


 遠くから、お嬢様の声がする。俺を探しているようだ。

 しかし俺が今居るのは屋敷の外。裏庭の隅の隅なので見つかることはないだろう。


「ロルスー? ロールスーぅ!」


 見つからない。見つからない。


「かくれんぼは二人でやったって楽しくないのよロルスー! っていうかそもそもわたしインドア派だからかくれんぼそんなに好きじゃないのロルスー!」


 なんとなく声が近付いてきている気がするが、見つかるはずはない。


「もうっ!」


 あまりに返事をしない俺に対し、どうやら怒ってしまったらしい。今出て行けば、叱責を受けるし、もしかしたら今度こそ放り出されるかもしれない。放り出されるなら早いほうがいい。だから、本当は今出て行くべきなのだろう。

 分かっているのに、それが出来ない意気地なしの俺はその場でうずくまり、本格的に隠れることにした。

 しばらく声が聞こえなくなったと思ったら、たたたと軽快な足音が聞こえてくる。

 お嬢様が走ってくるとは思えないし、他の人が捕まえに来たのかもしれない。


「見つけたー!」


 うわ、走ってきた。走ってくるとは思えないはずだったのに走ってきた。

 はあはあと肩で息をするお嬢様を見て、まさかそんなに急いで来たのかと驚く。


「こんなところでなにしてるの? え、どうしたの? どこか怪我した? お腹痛い? 具合悪い? 誰かに何かされたの?」


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 何もしていないし、どうもしていない。怪我もしていないしお腹も痛くないし、具合も悪くない。何かするような人は、ここには居ない。


「ロルス? 大丈夫なの? 疲れたの?」


「……下僕でございます、お嬢様」


「あーそうだった! よし、じゃあ立ちなさい下僕。立てる?」


 あぁ、このお嬢様はどうしようもない。

 死ぬ覚悟は出来ていたじゃないか。それと一緒に傷つく覚悟もしよう。きっとそんなに難しいことじゃない。


「立てます」


「よかった。うん、熱はないみたいね。疲れたのかしら。こっちにいらっしゃい。……嫌じゃない?」


「嫌ではありません。お嬢様の命令に従います」


「従いたくなかったら、我慢しなくてもいいのよ? そうだわ、週に一度下僕お休みの日をあげましょうか?」


 俺の手を引いて、首を傾げ続けているお嬢様がとても可愛らしかった。


「いえ、私はずっとお嬢様の下僕です」


「そう。……走ったから喉が渇いたわね。そうだ、厨房に寄ってお茶とお菓子を貰おう」


 連れられて来た厨房には、この屋敷の執事や侍女が数名居た。


「誰かお茶を貰えるかしら?」


 お嬢様がそう言うと、一人の侍女が手を上げて返事をしている。


「二人分お願いね。あとロルスが疲れているみたいだから甘くしてね」


 自称意地悪お嬢様が下僕にお茶を与えようとしている。


「お嬢様、」


「ねえ、誰かロルスのこといじめてない?」


「え、お嬢様?」


 何を言い出すのだろうこのお嬢様は!

 どうにか止めなければと思う俺をよそに、執事も侍女も、お嬢様の言葉を聞いている。どうやって止めたらいいんだ。


「いじめていませんよ」


「そう。じゃあやっぱり疲れているだけかしら? あのね皆、この子はわたしの大事な従者なの。わたしはロルスが居なくなったら嫌だから、ロルスがここを嫌だと思わないように優しくしてあげてね?」


 執事も、侍女も、皆微笑んでいる。


「もちろんでございます、お嬢様。お茶の準備が出来ましたのでお部屋まで運びましょうね」


 侍女が言った。


「あ、私が運びます」


「いいのよロルスくん、私ね、お茶を淹れるのがとっても上手なの!」


 という侍女の言葉を聞いたほかの侍女が、けらけらと笑いながら「お茶淹れる以外は失敗が多いんだけどね!」と言っている。


「そんなことないわ!」


 と、侍女は反論しているけれど、今度はお嬢様がくすくすと笑って、「わりとそんなことあるよね」と言っている。

 ここでは失敗しても、怒鳴られることはないのだろうか。

 部屋に辿り着くと、侍女がお嬢様はどこに座るのかと問いかけている。


「わたしはここに座るわ。ロルスはそうね、うーん」


 正直条件反射で床に座らされると思った。


「うーーーん、今日は隣!」


 床ではなかった。だがしかし隣は従者が座る場所ではないような気がしてならない。


「はーい、じゃあ淹れまーす」


 異を唱えてくれない侍女はてきぱきとお茶の準備をしている。どう考えてもおかしいと思うのだが。隣だぞ。

 結局一切異を唱えてくれなかった侍女がお茶を淹れてさっさと退室してしまった。おかしいとは思わないのだろうか。俺は従者なのに。


「疲れたときはね、甘いものがいいのよ」


 お嬢様はそう言いながらさくさくとお菓子を頬張っている。どこか嬉しそうな様子でお菓子を食べるお嬢様は、全くもって意地悪ではない。当人は何故か意地悪な令嬢とやらを目指しているらしいのだが。


「ほら、ぼーっとしてないでロルスも食べましょ。きちんと半分こ、ね」


「いえ、私は下僕ですので」


「下僕にだって糖分は必要なのよ!」


 と、さっき見たどこか嬉しそうな顔のまま、お嬢様は俺の口にお菓子を突っ込んできた。問答無用か。


「ねぇロルス、つらいこととか嫌なことがあったらきちんと素直に教えてほしいの。その、わたしはちょっと諸事情あって意地悪なんだけど、さっきの侍女ちゃんや執事はとっても優しい人だから、わたしに言いたくなかったら、あの人達でもいいし」


 下僕相手に一体何を言っているのだろうと思いながら、ちらりとお嬢様の表情を伺うと、情けなく眉を下げている。

 今まで石ころを見るような目でしか見られたことがなかったので、彼女のこの表情にどんな気持ちが篭っているのかが察せない。いや、もしかして心配されているのでは……という思いが、心の片隅にあるけれど、俺にそんなうぬぼれは許されるのだろうか。


「だからその、さっきみたいに、一人ぼっちで寂しそうな顔をしないで」


 寂しそう……? 俺が?


「寂し……い?」


「……あ、いやその、ごめんなさいね、えーっと、寂しかったのはわたし、かもしれないわね。わたしが意地悪なんかするから、嫌になってどこかに行っちゃったのかと思って。意地悪の匙加減って難しいわね。あ、あのね、でもね、諸事情あって意地悪なだけでね、ロルスが嫌いだから意地悪してるわけじゃないの。それだけは、分かってほしくて」


「……はい」


 諸事情、とは。

 いや、もう諸事情がなんなのかは分からないがそんなことはどうでもいい。

 このお嬢様がどうしようもなく優しい人であることは充分理解した。

 俺はこの底抜けに優しい人のために、盾として生きていこう。お嬢様のためだけに生きよう。

 何があっても、エレナお嬢様だけは守り抜こう。

 そう心に決めた。決めたのに。



「……お嬢様」


 あの時、炎に包まれそうになっているお嬢様を見た瞬間、身体は勝手に動いた。

 だが俺の助けはとても中途半端だったようで、怪我をした俺を見たお嬢様が俺に強い治癒魔法を施してくれた。

 そして、そのまま意識を失った。

 近くに居たお嬢様に炎を向けた人物が「魔力の枯渇だ」と言っているのを聞いて、それからその人物の屋敷に連れて行かれるまで気が気ではなかった。

 俺の腕の中に居るお嬢様が、目を閉じたままぴくりとも動かなかったから。


「お嬢様、起きてください。お嬢様が居ないと俺は……寂しいのです」





 

エレナが一人でまぁよく喋る。


ブクマ、拍手ぱちぱち等ありがとうございます!

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