意地悪令嬢、お父様と食事をする
上級生に華占いの指導をしている教師が居る。この学園内で一番能力の高い華占い師はその彼女であろう。そんな彼女に呼び止められた、ある日の放課後。
「種が爆発する前例は、あるのよ。随分と前のことだからこの目で見たのではなく、文献で読んだのだけど」
先生はそう言いながら流れるような手捌きでテーブルの上に置かれた布の上に種を蒔いていく。
布には現在過去未来以外にも色々と事細かに書かれているようだった。
私はそれをぼんやりと眺めながら、ロルスは何故自分までここに、といった表情を浮かべながら、先生の正面に並んで座っている。
「種の爆発は、占い結果としてあまりよろしくないのでしょうか?」
「そうねぇ。前例のうち一人は婚約者から一方的に婚約破棄を言い渡されて失意の中死んでいった。貴族の令嬢が婚約破棄なんてされたものだから根も葉もない噂が蔓延って嘲笑の的になったそうよ。そうしてそのまま世間から駄目女呼ばわりされて孤独のまま」
ひでぇ話である。
「先生、そ、その人は、どの種が爆発したのでしょう?」
「未来ね」
と、いうと、現在過去未来全ての種が爆発した私は、もっとひでぇ話を文献として残される立場になるのではないだろうか。
「さらに前例のうちもう一人は他国の暗殺者に殺されたそうよ」
恐ろしい話である。
「ちなみにその人は、どの種が?」
「未来ね」
なるほどね。あーはいはいなるほどね。私には夢も希望もないのね。分かってきた。
「そして前例のうち最後の一人は友人に恋人を奪われた挙句、最終的には横転した荷馬車の下敷きになって亡くなった、と書かれていたわ」
「先生! わたし、そんなに不幸じゃない今のうちに死んでおきたいんですけど! いっそのこと!!」
死ぬ以外の道がひとつもないじゃないの!
「お、お嬢様」
「なんか変な汗が出てきたわ。ロルス、握り締め続けてるそのハンカチを貸しなさい」
私がロルスの手からハンカチを強奪していると、先生は「落ち着きなさい」と言いながら布の上に蒔き終えた種に魔力を込めていた。
先生が言うにはナタリアさんの魔力が私の魔力に負けてしまった可能性もあるとのことだった。
だから先生くらい力のある人が占えば、結果も違うものになるかもしれない、と。
「いくらなんでもね、全ての種が爆発するなんてこと、ありえな、あっ」
爆発しました。しかも過去だけ。
「過去だけ爆発しましたね先生。その上爆発こそしなかったけど、どれも花は咲いていませんね」
先生が布の上に蒔いたいくつもの種は、小さな小さな双葉を出しただけで花を咲かせることはなかった。
これでは華占いじゃなく芽占いなのでは。
「こんな結果、私も始めて見たわ。しかし過去が爆発するなんて、あなた虐待でもされていたの?」
先生は首を捻っている。
たった十年ちょっとしか生きていない私の過去と考えれば、虐待を疑われてもおかしくはないだろう。ただ私は虐待なんて受けていない。延々乙女ゲームの話を聞かされていたけれど。
「虐待はされていませんね」
ただ、幼少期よりもっと遡った過去では、浮気と勘違いされた挙句突き飛ばされて車に撥ねられ失血死だった。荷馬車の下敷きになった人とそこそこ似た死因なので爆発もやむなし。と、納得した。
「それじゃあ、なにか死に掛けた経験でもあるのかしら」
「ありません。まぁ、記憶にはありませんがごく小さいころになにかあった可能性はないとも言い切れません」
多分ないと思うけど。ないとは思うけど、前世の話は出せないし言い逃れるには覚えていないという言葉が一番効果的だろう。
「しかしこの芽も……小さすぎて何の花の芽なのか分からないわね……」
「カイワレ……?」
「……カイワレ?」
先生も私もロルスも揃えたように首を傾げた。
「それにしても本当に爆発することってあるのね。面白いものが見れたわ、ありがとう」
先生は晴れやかな顔でそう言った。何故突然呼び止められたのかと思ったが、この様子だとただの興味本位で呼び止められて占われただけのようだ。
「面白がっていただけてよかったです。わたしはこの先絶望的な人生が待ち受けていると知れてよかったですありがとうございました」
なにが面白いものが見れたわ、だ。人の不幸を面白がってんじゃないよ。と心の中で付け加えながら立ち上がる。
「あ、あ、でも芽は出てるから、絶望的ではないと思うわよ」
『それでフォローしたつもりか』
私は小さな声で、さらには日本語で吐き捨てた。
「行くわよロルス」
「はい、お嬢様」
「気を悪くしたのならごめんなさい、でも……っ!」
先生はなにか言い続けようとしたらしいが、私は一切振り返らなかった。衣擦れの音でロルスが振り返った様子はなんとなく分かったが、その後先生の言葉が続くことはなかった。
あの芽についてもう少し聞きたい気持ちがなかったわけではないけれど、前世の死因を思い出したうえに自分の葬式まで見てしまった今、自らの不幸な話を聞き続けるのは少し辛かった。
「お嬢様、占いは占いです。あの通りになるとは限りません」
「そうねぇ」
珍しく慰めようとしてくれているのだろうか。そう思うとなんとなく気持ちが上を向いた気がする。
でもね、過去が爆発した時点で当たっていないこともないのよね、あの占い。
そもそもゲームマニアの心に消えない傷を作ったはずの私が、幸せになるなどありえないのかもしれない。
そんなことがあった翌日、その日はお父様とお食事をする日だった。
「ねぇロルス、このドレスと髪飾りで大丈夫かしら?」
「とてもお似合いです」
「ロルスも素敵よ。かっこいいわ」
初めて会った日はかわいそうなくらい貧相だったけれど、今はそれが嘘だったかのように素敵な男の子になっている。私がこつこつ食べ物を分け与えて育てた甲斐があるというものだ。
「かっ……」
とだけ言って耳を赤くしているロルスを見て、私は小さく笑う。
そんなロルスだが、今日は下僕としてではなく、私のエスコート役としてお食事に参加するので普段より着飾って、いや、着飾られているのだ。強制的に。
「……私にこの衣装はもったいないと思うのですが」
「そんなことないわよ。それともなぁに? わたしの隣に地味な服で並び立つつもりなのかしら?」
「……いえ。しかし私はお嬢様の隣に並び立つような」
「あぁその辺に文句があるならわたしとあなたの二人を誘ったお父様に言ってちょうだい」
にこりと笑ってそう言えば、ロルスは言葉を詰まらせた。まぁお父様に文句は言えまい。
「ま、今日くらいそういう小難しいこと考えずに楽しめばいいのよ。今日行くお店はね、デザートが美味しいと評判なんだそうよ」
あの母親が一緒ならばこんなことは言わないのだが、父親はロルスのこともそこそこ気に掛けてくれているようなので本当に小難しいことを考える必要はないと思うのだ。まぁロルスはそう思ってくれなさそうだけれども。
「さてと、行きましょうか。お父様に会うの、楽しみね」
「はい」
このときの私は、まさか涙の再会になるとは考えてもいなかった。
「エレナ! ロルス!」
まぁ涙流してるのはお父様だけなのだが。
いや、たった数ヶ月ぶりの再会でまさか泣くとは。
「お久しぶりでございますお父様痛っ!」
優雅に淑女の礼を、と思っていたのに、お父様はそんな私を華麗にスルーして私とロルスをまとめて抱きしめた。
「良かった、元気そうで良かった……!」
いやだからたった数ヶ月しか離れてないでしょうよ。
「わたしもロルスもとても元気ですわ。お父様は、あれ、お父様、少し痩せましたか?」
元々しゅっとしたスタイルのいいイケメンパパだったが、前に見たときよりもちょっとだけ細くなっている気がする。
「二人のことが心配でな」
痩せるほど!? 学園に通ってるだけなのに!?
という盛大な疑問を残しつつ私達はお父様が予約したお店に入るのだった。
「して、学園生活はどうなんだい?」
やっと涙を引っ込めたお父様から尋ねられた。どの話から報告しようかな、なんて思っていたらロルスがすかさず口を開く。
「お嬢様はとても成績優秀でございます。通常座学では学年一、治癒魔法の会得もクラス随一、占術では石占いとの相性がいいとのこと」
あなた嫌味以外でそんな長く喋れたのね。と関心している。
「いえ、それほどでも」
「知識欲も高く、選択していない防御魔法や呪文学の勉学にも励んでおります。ご友人も多く、とても慕われていて皆にエレナ様と呼ばれております」
ロルス、まさかのマシンガントーク炸裂状態である。謙遜の余地すら与えてくれない。
「報告ありがとう、ロルス。学園生活は順調なようで安心した」
朗らかに言ったお父様に、ロルスは深く頭を下げている。
「ロルスったら。初めて見たときからは考えられないくらい生き生き喋るようになったと思いませんか、お父様」
「あぁ、そうだね。ロルス、身体の具合はどうかね?」
「恥ずかしながら、とても元気に過ごさせていただいております。しかし……しかしお嬢様が……」
私がどうかしたっけ? 私もとても元気なのだけど。と、首を傾げる。
お父様も不安そうな顔でロルスを見ていた。
「先日悪夢に魘されて泣いていらっしゃいました。それに昨日は華占いの教師に勝手に占われて過去の種が爆発、それ以外も花は咲かず……」
ロルスのその言葉で、お父様が目を瞠った。
「いや、悪夢はどうでもいいのよ。華占いだって、占いは占いだって言ってくれたじゃないのロルス」
「……大丈夫、なのかい? エレナ」
「はいもちろん大丈夫です。そんなことよりももっと楽しいお話をしましょ。折角のお食事会なんですもの」
ね、とお父様とロルスの顔を交互に見れば、お父様はどうにか笑顔を作ってくれて、ロルスも一度頭を下げてから別の話題を探そうとしてくれた。
「あ、そうだわお父様。図書館で魔力量の伸ばし方、という本を見つけて実行してみたらロルスの魔力量が少しだけ伸びたのです」
「ほう、ロルスの魔力量が?」
ロルスの魔力量が猛烈に少ないことは、お父様も当然把握済みだった。
「はい。深い深い青から普通の青まで伸びたところです」
お父様はおお、と感嘆の声を上げて手を叩く。これできっと先ほどの暗い話題を頭の隅に追いやってくれたことだろう。
その後は和やかな雰囲気のまま時が過ぎていく。
「お父様、わたし、デザートを食べたいのですが」
「ああ、好きなだけお食べ。成績優秀なエレナにはご褒美が必要だからね」
「ありがとうございますお父様!」
「あちらにある棚に並べてあるから好きなものを選んでおいで」
お父様が指し示す先にあったのは、色とりどりのケーキが並ぶショーケースだった。これは選ぶのに時間が掛かりそうだ! と、私は立ち上がる前からわくわくしている。
「ロルスも一緒に選びましょう?」
「いえ、私は」
ここにきてまで遠慮する気でいるらしい。ロルスがそのつもりなら私にだって考えがある。
「わかったわ。ロルスの分もわたしが選んできてあげるわね」
口に捻じ込むという考えがな!
待ってろロルス! と意気込んで、私はショーケースの前へと歩き出した。
だがしかし。いざショーケースの前に来てみると、そこに並ぶケーキは数多く、さらにはどれもとても美味しそうでなかなか選べない。
ロルスと半分にするとしても三つか四つが限界だろう。お父様も食べてくれればもう少しいけるが、お父様は甘いものをあまり食べない。
「ふふ、迷いますよね」
あまりに悩み続ける私を見た店員のお姉さんが堪えきれずといった様子で笑い出した。恥ずかしい。
「どれも美味しそうで、とても悩みます」
「私もまだ全制覇は出来ていないのですが、今のところ一番美味しかったのはこちらです」
お姉さんが教えてくれたのは可愛らしい薄桃色のケーキだった。
「じゃあそれと、あとはこっちのシフォンと、それからこっちの翡翠色のケーキにします」
店員さんがテーブルまで持ってきてくれるとのことだったので、一足先にテーブルまで戻る。
「三つ選んできました」
「おや、三つも食べられるのかい?」
「ロルスと二人で食べるので大丈夫です」
「えっ」
驚いているロルスを見て、私もお父様も和やかに笑った。
ケーキも食べ終え、そろそろこのお食事会もお開きとなりそうな頃合だ。
今のところ学園での報告くらいしかしていないのだが、お父様はそんなことのためだけに私とロルスを呼んだのだろうか。
「あの、お父様、なにかお話があったのではないですか?」
「……何故だい?」
「いえ、お忙しいお父様がわざわざわたし達を呼んだのですし、なにかあったのかと思ったのですが」
領主であるお父様がどんな仕事をしているのか、詳しい話を聞いたわけではないが、暇ではないのは確かだった。
「二人の様子を見たかっただけだよ。もちろん、忙しいけれどね」
「そうだったのですね。わたしはてっきりわたしがローレンツ様の花嫁候補になるかもしれない、ってお話でもされるのかと思ってちょっとだけ身構えていたのです」
違うなら良かったわぁ、と安心したのも束の間、これはどうも出すべきではない話題だったらしい。
「は、はなよめ……? おとうさんそんなの知らないしエレナが結婚だなんてまだ早いと思う」
お父様が今日一悲しい顔をしていた。
なんかごめんお父様。
次回はお父様視点のお話が入ります。
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