意地悪令嬢、皆に心配される
「おはようエレナ。あら、あなた随分顔色が悪いみたいね」
自分の前世の死因について考えていたら母親に声を掛けられた。
顔色の件はさっき鏡で自分の顔を見て物凄く酷い顔をしているなと思っていたところなので言われなくても分かっている。
「ええ、少し夢見が悪くて」
「夢見が? どんな夢を見たの?」
「自分が死んでしまう夢でした」
前世の自分の最期です。なんて言えるはずもないので一番衝撃だった部分のみを抜粋して答えた。
「あらあら。血は出てた?」
「え? あぁー……自分の身体の中の血がほとんどなくなる程度には」
なんせ失血死だったもんで、と心の中で付け加えていると何故だか母親はいい笑顔で手を叩いた。
「自分が死ぬ夢は新たな自分への生まれ変わりを意味していてね、血が出るのもいい夢なのよ」
「夢占い、ですか」
「そう!」
一瞬私の死を喜ばれたのかと思った。
しかし新たな自分への生まれ変わり、か。転生とは違う意味の生まれ変わりだろうか。一皮むける、的な?
そういえば母も転生者みたいだけど、この人は自分の前世の死因を覚えていたりするのかな。自分が転生者だってバレたくないから聞けないけれど。
「話は変わるけれどエレナ、あなた一つ上の学年の方と知り合う機会はあったりするのかしら?」
「一つ上? 今のところはあまり……」
「そう……。ブランシュ侯爵家のローレンツ様とはお知り合い?」
「ローレンツ様? 顔見知り程度で知り合いと言えるかどうか、といったところですね」
私がそう曖昧な返事をすると、母は不思議そうな顔をして首をひねっている。
「先日のお茶会でちょっと噂を聞いたものだから……まだただの噂だから、真相が分かったらあなたにも教えるわね」
「はい。あ、もうこんな時間。それではお母様、いってきます」
噂というのは、ナタリアさんが言っていたローレンツ様の花嫁候補に私の名前が挙がっているというあれかもしれないな、と思いつつ、私はロルスを伴って馬車へと向かった。
『ローレンツルートの可能性もありってことかな。ローレンツルートだと悪役死ぬんだけど……うーん……仕方ないかなぁ』
という母が零す日本語を背中に受けながら。
私は思わず『マジかよ』と零してしまった。だって今の、娘の死を仕方ないで済まそうとしてるってことでしょう。
というか乙女ゲームの登場キャラクターって死ぬのかよ。私が見たギャルゲーは誰も死ななかったのに。乙女ゲーが不穏なのかギャルゲーが平和なのか、誰か教えて欲しい。
あとついでに前世の私は事故死だったのか他殺だったのかも教えて欲しい。
「はぁぁー……」
私は馬車に乗り込み、座席に座ると同時に頭を抱えて盛大なため息を零した。
母親の話で少し気が逸れていたが、やはり夢として見た前世の記憶が脳裏に焼きついて離れない。
葬式のとき、ゲームマニアが言っていた「次はちゃんと家まで送り届ける」という言葉がどうにも私の心を突き刺してくるのだ。
彼はきっと、私の死を自分のせいだと思ってしまったに違いない。それが私の思い違いでなければ、彼にはとても申し訳ないことをしてしまった。あれはただの私の不注意で、誰のせいでもないのに。
あいつ……あの後大丈夫だったのかな。
私の葬式に出たせいでソシャゲのログインボーナス取り損ねたって憤慨するくらいのことしててくれたらあいつらしくて安心するんだけど、人目も気にせずぼろ泣きしてたからな。心配だ。私の死なんか引き摺っていなければいいけど。
「……ねぇロルス、あなたはわたしが死んだら泣くかしら?」
「は……?」
「いや、ロルスはわたしが死ねば下僕から開放されるのか」
彼とロルスでは立場があまりにも違うから、こんなこと聞いたところで無意味だったかもしれない。
「なんでもない。今の話は忘れて」
彼と立場が似ているとすると、私とずっと一緒にゲームをしてくれているレーヴェが一番近いのかもしれない。
あとでちょっとだけ聞いてみようかな。もし私が死んだら、その後どうするか。
「お嬢様」
俯いて、思考の波に飲まれそうになっていた私に、ロルスが声を掛けてきた。
「なに?」
「お嬢様は、死にません」
「わかんないわよ、そんなこと。明日突然馬車に跳ね飛ばされて死ぬかもしれないじゃない」
前世の私だってあんなに突然死ぬなんて思って……いや、あれ? 思っ……いやいや思ってたとしたら死期を察知してたってことになる。しかし死因は事故だし、余命を宣告されるような病気を患っていたわけでもなかった。
もしかしたらまだ何か思い出せていないことがあるのかもしれない。思い出せていないというのか、夢を見て、前よりも鮮明に前世の記憶を思い出したはずなのだが、抜け落ちたところがいくつもあるような感覚だ。
そもそも前世の私は確かにゲームマニアのあいつが好きだった。でも付き合おうと言われても付き合わなかった。
あのときの私はそれが最善だと思っていた。だけど今は何故それが最善だったのかが分からない。だからきっとこのへんも何か記憶が抜け落ちているのだろう。
「お嬢様」
どうにか思い出せないかと両手で顔を覆い、前屈みになっていると、またしてもロルスが私を呼ぶ。いつもより心なしか大きめの声で。
「大丈夫だから気にしないで……って、なんでハンカチ握り締めてるのロルス。別に泣いてるわけじゃないからね?」
「……しかし今朝」
「あれはあれ、今は今よ。忘れなさい」
自分の死因を思い出すくらいで泣くわけないじゃない。だってこうして転生しているのだから、前世の自分が死んでいるのは当然のことだもの。
だけど自分の葬式のときのあいつの顔を思い出したら、泣いてしまうな、おそらく。
「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」
「何度も言ってるけど大丈夫。じゃあまたお昼にね」
馬車を降りた私は未だにハンカチを握り締め続けているロルスにひらりと手を振ってから教室へと急いだ。
そういえばロルスにあんなに心配されたのはこれが初めてだ、と席に着きながら考える。
私の奇行を見て呆れるロルスは何度も何度も見てきたけれど、まさか心配される日がくるとは。
「エレナ?」
「ん、あぁレーヴェ、おはよう」
「うん、おはよう。大丈夫?」
教室に入ってきたレーヴェは、荷物も置かずに私の元へ直行してきてそのまま私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫、ってなにが?」
「顔色があんまり良くないみたいだし、さっきハンカチを握り締めたロルスにお嬢様をお願いしますって頼まれたんだ」
ロルスめ。
今朝の出来事を説明するかどうかを考えていたところ「具合でも悪いの?」と問われたのでそれを否定するだけで留めておいた。
レーヴェに私が死んだらどうするかを尋ねてみようと思っていたが、あまりこの話を続けているとロルスがさらに心配することになりかねないのでやめておいたほうがいいのかもしれない。どうせレーヴェに話したことは大体ロルスに筒抜けになるんだもん。
「あんなにおろおろするロルス初めて見たな」
「ええ、わたしも初めて見たわ」
私とレーヴェはそう言ってくすりと笑い合うのだった。
その日の占術の時間でのこと。
「エレナ様!」
と、ナタリアさんが近付いてきた。
私は魔力制御の練習をしていた手を止めて顔を上げる。
「私、少しだけ華占いが出来るようになったんです!」
そう言って、彼女は握り締めていた種を見せてくれる。
どうも彼女は私の纏うテンションとそれをなんとなく心配しているレーヴェの様子を見て私が何か気落ちしていると察したらしい。そしてそんな私を元気付けようとしてくれているようだ。なんとも可愛らしいことに。
近くに居たレーヴェが「エレナ、占ってもらったら?」と言ってくれたので、私は遠慮なく頷いた。
「ええと、じゃあエレナ様の過去と現在と未来を占います」
ナタリアさんは一度呼吸を整えてからきれいな種に魔力を込めていく。
そして、過去・現在・未来、と並べられた目にも美しい輝く種は……
「わっ」
ばふっ、と音を立てて全部爆発した。
「た、種が爆発した……!」
レーヴェのその声が、やけに響いた気がした。
ちらりと様子を伺ってみると、ナタリアさんは唖然としているし、遠目に様子を伺っていた占術の先生の目は点になっている。先生、想定外なんですねこの状況……!
「ち、違、あの、私失敗しちゃったみたいですエレナ様!」
「だ、大丈夫よナタリアさん、あの、なんか、うん、大丈夫!」
過去はともかく今も未来も爆発するほど!? とは思ってるけど大丈夫よ占いだもの。全然大丈夫……
前世を過去とするならば、過去はあんな死に方だったし爆発もやむなしだが、現在も未来もとなると、この先私は今朝母親が言っていたローレンツルートとかいう方向に進んで最終的には現世も短命なのでは……?
と、そんなことを考えていると、ナタリアさんが先生に呼ばれていた。
「エ、エレナ、大丈夫?」
「大丈夫よ」
ちょっと踏んだり蹴ったりなだけで全然大丈夫よ。そう、大丈夫。大丈夫がゲシュタルト崩壊を起こしそうだけど大丈夫よ。
「そうだわ、きっとあれはわたしの魔力制御がうまくいっていないせいで爆発したのよ。わたしの宝石がギラギラ輝いちゃうのと同じように」
きっとそうだ。そうだと思うことにしよう。ナタリアさんもなんだか可哀想だし。
「あ、あぁ、それは一理あるかもしれない!」
レーヴェも頑張って頷いてくれている。
「よし、頑張って魔力制御出来るようにならなくちゃ」
「うん、俺も応援するよ。そうだ、エレナが頑張れるように、今日の放課後はエレナが一番好きなボードゲームで遊ぼうか」
「本当? 遊ぶ!」
皆にこんなに気を遣わせてしまって申し訳ないと思う一方で、ちょっぴり嬉しかった。
だけどやっぱり気を遣わせるのは本意ではないからあまり深く考え込まないようにしよう。考え込んだところで前世は変えられないのだから。
未来は……どうにか頑張って変えられればいいのだけど。
「……わたし、長生き出来ないのかな。だとしたら次死ぬときは誰も悲しませずに死にたい」
「……エレナ?」
「あ! そうだわレーヴェ、種が爆発した件はロルスに言わないでね。言っちゃうとまたハンカチ握り締めたままおろおろしちゃうかもしれないから」
「わ、わかった!」
私達はしっかりと約束を交わした。交わしたけれど、その日はもうその話をせずともロルスの手からハンカチが開放されることはなかった。
私の涙が一体どれだけ心配だったのだろうか。それはロルスにしか分からない。
「あのねロルス、わたしはもう泣かないからそのハンカチはもう片付けていいのよ?」
「……いえ、なんとなくこうしていると落ち着くだけです」
心配してたわけじゃねぇのかよこの下僕め!!
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