意地悪令嬢、夢を見る
直接的ではありませんが少し痛いシーンがあります。念のためにご注意を。
これは夢だ、とすぐに分かった。
なぜなら風景が日本のものだったから。
そして今目の前に、前世の私が座っているから。
明晰夢を見るなんて初めてだったので少しテンションが上がった。上がったけれど、それどころじゃないことにもなんとなく気が付いていた。
「ねぇ、あんた人を呼び出しといてなに一人でゲームやってんのよ」
前世の私が不機嫌そうにそう言っている。
場所は友人であるゲームマニアの部屋だ。
部屋の主は私が居るにも関わらず一人でゲームをやっている。しかもやっているゲームは恋愛ゲーム、いわゆるギャルゲーというやつ。
「いや悪い悪い。でもこれ初めてうまくいきそうなんだよ、だからちょっと待って」
「まぁ別にいいけど。そういやなんか前言ってたね。落とすの難しい鬼畜みたいな女が居るって」
前世の私はそう言いながらそのゲームの説明書を拾い上げる。そこにはきらきらした可愛らしい女の子のキャラクターが数名描かれていた。
「覚えてたのか。この親密度、容姿、頭脳、体力のパラメーターを均等に最大まで上げないと落とせないんだよ。途中ランダムで邪魔が入ったりするからなかなか……」
ゲームマニアの言葉を聞きながら前世の私は「ふぅん」といかにも興味なさそうに相槌を打っている。
「あんたそういう子が好きなの?」
説明書からテレビ画面に視線を移しながら問うと、ゲームマニアは首を横に振って否定する。
「こいつはもう最高難易度に挑戦するためだけにやってる。俺はどっちかっていうとクールビューティー系が好きだしクールなのにたまにおっちょこちょいだったりしたら最高」
「詳しく教えてくれてどうもありがとう」
別に知りたくなかったけれども。
「やべぇこれマジで落とせるかも」
「マジか頑張れ」
「いやでもお前待たせてるのに」
「見てるのも楽しいし別にいいよ。それにしても、恋愛ゲームってただただ可愛いキャラにちやほやされるだけじゃないんだね」
「まぁな。現実でもそうだろ、顔がいいってだけでモテるかっていうとそうでもなかったり」
ゲームマニアの言葉を聞いた私は、うんうんと大きく頷いた。まぁ誰にも見えていない状態ではあるけれど。
しかし前世の私はというとあまり大きくは頷いていなかった。
「顔がいいってだけでモテてるやつ居たじゃん。ほら、高2のとき同じクラスになったイケメン」
あぁ、そういえば居た気がする、とゲームマニアが答えるより先に私が呟いた。いやまぁ誰にも聞こえていない状態ではあるけれどもね。
「あー。でもアイツ顔だけじゃなくて親が金持ちだろ」
「あ、知ってたんだ。いや、私一昨日アイツと一緒にゲームしたんだわ」
「はぁ?」
今までゲーム画面から一切視線を動かさなかったゲームマニアが初めて前世の私の顔を見た。
「先週アイツが私のバイト先にいらっしゃいましてね」
「今にも潰れそうな中古ゲームショップにアイツが」
「そう。店長のご家族からはさっさと潰してしまえと文句を言われてる中古ゲームショップにアイツが」
確かにあの店の経営は崖っぷちであった。
しかし私は掛け持ちしていた別のバイトをクビになったところなので出来れば潰さないでほしいと思っていた。居心地も良かったし。
「ゲームってどれ」
「これ」
前世の私はゲームマニアのゲーム棚から一本のソフトを手に取った。それは敵をガンガン倒し散らかす爽快アクションゲームだった。
「どこで」
「アイツの家」
「お前な、普通付き合ってもない男の家にそんな簡単にほいほい付いて行くか?」
「今日ここに私を呼んだあんたが言うか」
正論に反論出来なかったゲームマニアは一瞬言葉を詰まらせる。
そんなゲームマニアを尻目に、前世の私は携帯をいじっている。
「で、『昨日は超気持ちよかった! ありがとう! またよろしく』ってメールが来た。しかもなんと最後はハートの絵文字付き」
「なんだその聞きようによってはちょっといかがわしく聞こえる文面」
「あはは確かに。んで、私はあんまり気持ちよくなかった」
「アイツの独りよがりかよ!」
ゲームマニアの鋭いツッコミが決まった。
「だってさぁ、俺強すぎて一緒に遊べるやつが居ないんだ、とか言うから楽しめるかなーと思ったら全然なんだもん。やっぱあんたとずっとゲームやってるから私もゲームマニアに片足突っ込んでるっぽい」
「片足どころか両腕も突っ込んでるけどな」
「なにそれどういうこと? 四つんばいってこと?」
二人はいつしか腹を抱えて笑い合っていた。
この時、本当に楽しかったな、と少ししんみりしてしまう。あの頃の私ももっとずっとこんな関係が続けばいいのにと思っていた。
「結婚するならあんたみたいなやつがいいのかもなぁ」
「……え、じゃあ付き合おう」
「あー……うーん、パラメーターが足りてない……」
「ふざけんなよ」
本当は好きだったけど、ここで断ったことを何故だかこの時の私は後悔していなかった。
「この辺でいいよ。送ってくれてありがと。じゃあね」
「おう、またな」
結局ギャルゲーの最高難易度様を落とすところを見届け、格ゲーやパーティーゲームで遊んでいたのだが外が暗くなり始めたので帰ることになった。
そんな帰り道でのこと。
途中までゲームマニアに送ってもらった前世の私が一人になったとき、どこからともなく……いや、当時はどこからともなく来た気がしていたけど、今こうして客観的に見たら待ち伏せしていたらしい女が現れる。
その女は前世の私の腕を掴んで強引に振り向かせた。
「ねぇ、これなに?」
そう言って目の前に突き出されたのは携帯電話だった。そこにはさっきゲームマニアに教えて笑っていた例の文面が表示されている。
「メールだね」
「人の彼氏に手ぇ出しといてなに平然としてるわけ?」
そもそもアイツに彼女が居たとか初耳だったんだけど顔のいい金持ちが彼女持ちじゃないわけなかったんだなぁ。
ゲームマニアも聞きようによってはいかがわしい文面だと言っていたし、勘違いされてしまったのだろう。
「出してない出してない」
「出されたって言いたいの?」
想像力が豊か。
「いや」
「このメールが動かぬ証拠じゃない! それに彼の部屋に残ってたのよ、あんたの匂いが!」
まさかの嗅覚。
「問い詰めるならアイツを問い詰めなよ。私はただ一緒にゲームしただけだし」
「問い詰めたわよ! 彼もそうとしか言わなかった! でも男女が二人きりの部屋でゲームしただけってありえないでしょ小学生じゃあるまいし!」
はぁ? ありえますけどぉ?
と、言いたいところだったが、反論することは許されなかった。
なぜなら、前世の私は彼女に突き飛ばされたから。車道に背を向けて立っていた私は彼女に思いっきり突き飛ばされ、バランスを崩して縁石に踵を引っ掛けた。そこにはガードレールもなければ標識も街路樹さえもなくて、救いの手が何一つとして存在していない。もう、どうしようもなかったのだ。
そこから先を見る勇気はなかった。見なくても、思い出したから。
ドン、という鈍い音が数回と、その女だか目撃者だかの悲鳴が響き渡る。
あぁ、そういえば私の死因は車に撥ねられた結果の失血死だったなぁ。
しばらくしたら救急車のサイレンが聞こえてきた。パトカーのサイレンも聞こえている気がする。
野次馬の喧騒をぼんやりと耳に入れ、でも自分の身体に視線を向けないようにその場で立ち尽くす。この夢は、一体いつ終わるのだろうかと考えながら。
自分が死んだのだから、現世の私も目を覚ますだろうと思っていたのだが、それが案外図太く眠っているらしい。
とうとう自分の葬式を見る羽目になってしまった。
私の突然の死にめそめそと泣く家族達を、私は式場の一番後ろから眺めていた。
前世の私はというと、霊体の状態で己の棺の上で胡坐をかいている。どうやら現世の私も前世の私も揃って図太い神経の持ち主のようだった。
自分の葬式なんて見るもんじゃないな、と思っていたときのこと。一際足取りの覚束ない危なっかしい男が式場に入ってくる。
ぐずぐずと鼻をすすりながらふらふらと棺を目指して歩いている男を見た前世の私は、初めて胡坐状態を解除して彼に背を向けた。
泣いているゲームマニアを見るのが初めてだったからか、少し動揺しているのかもしれない。
「……なぁ、次はちゃんと家まで送り届けるから、戻ってきてくれよ……たのむよ……」
前世の私も、私もごめんね、ごめんね、と何度も呟いていた。もちろん聞こえていないのだけれど。
私の身体が入った棺が運び出されていく。
この後焼かれるんだなぁ、と思っていると、突然場面が変わった。あまりにも突然の場面転換で、夢みたいだなと思った。まぁ夢なんだけど。
ここはどこだろうかときょろきょろしていたら、少し先のほうに前世の私の背中を見つけた。風景は日本じゃなくなっている。
ここがどこなのかを確認する間もなく、前世の私が大きな建物に入っていってしまったので私も急いでそれを追う。
建物に入ると、そこには数多の本がずらりと並んでいた。どうやらここは図書館のようだ。学園にある図書館に少し似ているけれど、それよりももっと大きい。
どんな本が並んでいるのかが気になったものの、前世の私がすたすたと歩いていってしまうのでそれすらも許されない。
明らかに日本ではないというのに、なぜ前世の私はこんなにもさっさと歩いていけるのだろうか。
私はこんな場所に見覚えなんかないのだけど。
というか、そういえば前世の記憶はあるけれど、前世の死後の記憶はないのだ。死の瞬間の記憶もさっき見てやっと思い出したくらいだし。
そんなことを考えていると、前世の私が図書館の一番奥にある棚の前で立ち止まっていた。そしてそこに座り込み、一番下の棚から一冊の本を取り出している。
取り出した本に紙のようなものを挟んだと思ったら、その本がふわりと光りを放つ。
一体なんの光りだったのかと、もっと近付こうとしたそのとき、前世の私がこちらを見た。
初めて目が合ったことに驚いた私が足を止めると、ふいに彼女の口元が動く。
「頑張ってね」
声は聞こえなかったけれど、そう言われた気がした。
「お嬢様、お嬢様」
「……ん、んん」
「おはようございます、お嬢様」
目を開けると、そこにはロルスの姿があった。彼は不思議そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいる。
「おはよう、ロルス。ハンカチなんか持ってなにしてるの?」
「お嬢様が……魘されていて……」
「え、もしかして汗を拭いてくれてたの? ごめんね」
「いえ、汗ではなく涙を」
「……ごめんね」
あぁ、長い長い夢だった。




