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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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12/89

意地悪令嬢、心が折れかける

 

 

 

 

 

 伯爵家という上流階級に生まれ何不自由なく育ち、少々キツい印象を与えないこともないがまぁ愛らしい容姿に恵まれ、学園では成績トップで魔力量も豊富。さらには皆が憧れる石占いを習うところまできた。

 前世の記憶という経験値ボーナスを貰って、レベル1から始めるべき人生をレベル70くらいから始めた気でいた。人生楽勝イージーモードなのだと。

 だがしかし経験値ボーナスがあったからといってそう簡単にはいかないらしい。人生というものは。


「エレナ様まぶしいです!」


「ごめんなさい!!」


 私はここにきて初めての挫折を味わっていた。

 打開策を見つけられない私はひたすら謝ることしかできない。


「石占いは難しいと聞いていたけど、本当に難しそうだね」


 と言いながら隣に居るレーヴェがげらげら笑っている。失礼である。


「難しいわ……きらきら光るはずの宝石たちがどうやったってぎらぎら輝くんですもの」


 そう、私が初めて味わった挫折の元凶は石占いに使う宝石だった。

 石占いは、現在過去未来などのさまざまな分岐点が書かれた魔法陣を机の上に描いてそこに宝石を転がす。そしてその転がった位置と宝石の種類と光り方で占う。

 未来の位置に転がったローズクォーツがきらきら光れば、将来素敵な異性と出会えます、というように。

 単純に言えば運勢が悪ければ鈍く、良ければ明るく光るはずの宝石なのだが、今私の手元にある宝石はぎらぎらと輝き散らかしている。まだ占ってもいないのに。

 極めればもっと具体的に占えるし、光り方の種類だって光りの柱が出たり花火のように弾けたりすると聞いて楽しみにしていたのだが、占う段階まで辿り着くことすら出来ない。悲しいことに。


「宝石がこんなにまぶしいなんて思わなかったわ」


 私はそう呟きながら、決して直視せずに宝石たちを革袋に戻す。直視したら網膜が貫かれるレベルで光っているから。もうほぼほぼ凶器の域である。

 相変わらず笑っているレーヴェは特に問題なく気象占術の入門編をこなしていた。ルトガーも同じく問題なさそうだしなんなら彼は教師に出された課題をさっさと終わらせて歴史の本を読んでいるくらいだ。うらやましい。


「エレナ様見てください!」


 そう言って近付いてきたのはナタリアさんだ。

 彼女の手のひらには薄い緑色の小さな珠が乗っている。それに彼女が「えい」と魔力を込めれば、ぽん、と可愛らしい音がした直後小さな双葉が現れる。その双葉がほわほわと伸びていき、最終的には桃色の可愛らしい花が咲いた。


「まぁ、なんて可愛らしいの」


 己の手元にある凶器に比べてなんと可愛らしいことか。


「この花はエレナ様をイメージしたのです」


 おっと花もだけどナタリアさんも可愛かった。


「嬉しいわ、ありがとう。……わたしの宝石も見ます?」


「いえ……私、まだ視力は大切にしたいです……」


 ですよね。

 私は手元の革袋を撫でながら項垂れた。


「まぁ、この本貸してやるから元気出せよエレナ。それ、今のところ先生だってどうしようもないんだろう?」


 ルトガーが分厚い本を私の手に乗せながら革袋を指す。

 彼の言う通り、今のところ教師をもってしても対処法が分かっていないらしい。

 光らせることが出来ないという前例はあるが、光らせ過ぎてしまうという前例はないのだと。


「先生も最初は「石が喜んでいるのね」って言ってたけれど、まさかの狂喜乱舞だもの」


 これが本当に喜んでいるのだとしたら完全に喜びすぎである。

 はぁ、と大きなため息を零せば、哀れんだルトガーが私の肩をぽんぽんと叩き、宥めてくれる。


「あまり気落ちするな。一つ面白いことを教えてやるから」


 そう言って、ルトガーはさっき私の手に乗せた本をぱらぱらと捲り始めた。


「ここだ、ここ。ほら見ろエレナ。基本的に歴代国王の死因は明確にされているが、なんと五代目国王だけ……おっと、ここからは自分で読んでみてくれ」


「えっ!」


 なんでそんな気になるところで! と抗議したいところだったが、丁度そのとき占術の時間が終わってしまった。


「人の幼馴染におかしな話を聞かせないでもらえる?」


 呆れ顔のレーヴェがルトガーに文句を言っているが、ルトガーは特に気にする様子もなくにこにこ笑っている。


「嫌がってるなら聞かせないけど、エレナはとても楽しんでくれるからな」


 ごもっともです。


「楽しいのよ。レーヴェもどう?」


「小難しいだけじゃないか」


 そう言ってむくれるレーヴェを見て、今度は私が笑うのだった。

 初めての挫折で凹んでいたけれど、皆のおかげで帰る頃にはすっかり気分も浮上していた。



「お嬢様……、失礼しました」


「んー? いいのよ。どうしたの?」


 自室前の廊下で立ち止まったまま本を読み耽っているとロルスに声を掛けられた。

 ロルスもまさか私が廊下で本を読んでいるとは思わなかったようで、私の手元を見て驚いている。

 帰宅するなり占術の授業のときにルトガーが貸してくれた本を読み始めたのだが、なんとも興味深いものだったのだ。


「旦那様からお手紙です」


「……ん? お父様から? なにかしら」


 手元に栞がなかったので読んでいた本に自分の指を挟むようにして閉じながらロルスから手紙を受け取る。

 さすがに手紙を廊下で読むわけにはいかないので、目の前の自室に入ることにした。


「お嬢様、本をお預かりします」


「あぁ、ありがと。あ、えーっと、ちょっと今栞がないからちょっと指を挟んでおいてもらえる? ごめんね。調べ物してるのよ」


「調べ物ですか?」


「ええ。ちょっと歴代国王の死因をね」


「死因」


「うん。栞は机の上にあるはずだから入ってちょうだい。そこの椅子に座ってて」


 私がそう言うとロルスは怪訝そうな顔をしつつも大人しく座ってくれた。

 死因という単語に引いたのか、それとも座れと命じたことが不満だったのかどちらかは分からないが座ってからも怪訝そうな顔を貫いている。


「えーっと、栞ね。で……、あら、お父様から食事の誘いだわ」


 お父様からの手紙に目を通すと、そこには軽い挨拶と食事に行こうというお誘いの文言が書かれていた。


「お父様とわたしとロルスの三人で食事をしたいそうよ」


「私も、ですか?」


 信じられないと言いたげな顔をしているが、きちんとロルスの名前も書いてあるのだから嘘ではない。


「ロルスも」


 ほら、と手紙を見せると一応は信じてくれたようだ。眉間の皺を見たところ納得はしていなさそうではあったが。


「わたしの学園での様子をロルスに聞くつもりなのかしらね。まぁいいじゃない。おいしいもの食べましょ。人の金で食う飯はうまいって言うじゃない」


「言いませんが」


 言わんか。


「まぁいいわ。食事は週末ね。わたしはお母様に報告してくるから、ロルスはその机の上にある本の中から五代目国王の死因について書いてあるかどうか探しておいて」


「死因」


「そう、死因」


 ルトガーに言われた五代目国王の死因についてを読んでみようと思ったら、そこにそれは書かれていなかった。

 いや、書かれてはいたけれど、詳しくは書かれていなかったというのが正しいのかもしれない。

 初代国王は病死で鼓動が止まってしまったと書かれていたし、二代目も病死でこちらは吐血して亡くなったと書かれていた。

 三代目四代目はどちらも戦死で、どの文献を見ても戦死した戦地まで詳しく書かれていることが多かった。

 七代目以降も病死だの老衰だのと書かれているのに、何故だか五代目六代目だけは明記されていない……気になるでしょう、これは。

 そんなことを考えながら足を進めていると丁度お茶を飲んでいる母を発見した。


「あ、お母様。お父様から週末食事に行こうとお誘いを受けたのですが」


「あらそうなの? あらあら、週末なら私は行けないからあなただけで行ってらっしゃい」


「はい、わかりました」


 そういやそもそも母は誘われてなかったけど、まぁいいか言わなくて。知らぬが仏ってやつだな。

 私はそう思いながらさっさと自室に戻る。


「ロルス、なにか見つけた?」


 自室のドアを開けるなりそう尋ねると、ロルスは先ほど預けた本をそっと差し出してきた。


「これ、でしょうか」


「見つかったのね! さすがロルスだわ。えーっと? 行方不明……?」


 まさかの詳細不明どころか行方ごと不明だった。

 要約すると目撃者も居ないまま忽然と姿を消した、と書かれている。遺体がないからどの本にも詳細が書かれていなかったらしい。

 ということは、この先どの本を探しても詳細は出てこないかもしれない。


「僭越ながらお嬢様、何故歴代国王の死因を調べているのですか?」


「ルトガーが教えてくれたのよ。六代目国王の死因はわたしも前から気になっていたのだけどね。160年も生きてることになってるし」


 人の寿命をはるかに超えて生きているとなればもしかしたら六代目国王は人外でした、なんて書かれていないかと思ったが、まぁ書かれていなかった。

 しかし六代目は謎だと思っていたが、五代目も謎だったとは。もう少し自分でも調べてみることにしよう。


「あぁそうだわロルス、お母様にはきちんと報告してきたから」


「はい」


「……あなた、お父様からの誘いならあまりごねたりしないのね」


 私がご飯食べに行こうなんて言ったら「私はお嬢様の隣に並び立てるようなものではございません」とか言うくせに。


「他ならぬ旦那様の命ですので」


「わたしの誘いは断るじゃないの」


「お嬢様を甘やかさないように、とも旦那様に命じられています」


「本当?」


 私が首を傾げると、ロルスはぷい、と顔を逸らした。嘘だな?


「……旦那様は私を拾ってくれた恩人です。ですので」


「お父様の頼みは断らないのね。まぁ分かった、ってことにしておいてあげる。けれど、あなたを拾ったのはお父様だったのね。初耳だわ。わたしはてっきりお母様が……」


 てっきり母親が『乙女ゲームの登場人物だから』ってつれてきたのかと思ってたわ。

 と、つい口を滑らすところだった。


「お母様が拾ったのだと思ってたわ。つれてきたのはお母様だったわよね?」


「ええ。旦那様に拾われて、お嬢様の従者にするように、と奥様に渡されてお嬢様のところにつれてきていただきました」


 お父様が乙女ゲームについて知っている素振りを見せたことはないから、きっとロルスはただ拾ってきただけなのだろう。おそらく。

 元々母親の態度でロルスが乙女ゲームの関係者ではないのかもしれないとは思っていたが、これは関係者どころかガチのモブである可能性も出てきた。


「知らなかったわ。ロルスったら自分のことなんにも話してくれないんだもの」


「私の話など、面白いものではございません」


「あら、わたしはどんな話も面白く聞けるけれどね。それこそ国王の死因とかね」


「死因」


 話したくないのなら無理には聞かないけれど、とこの話を終わらせた。


 死因といえば……前世の私はなんで死んでしまったんだっけな。





 

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