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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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10/89

意地悪令嬢、懐かれる

 

 

 

 

 

 学園生活が始まってから数ヶ月が経った頃のこと。

 朝食の時、私の正面でにこやかにこちらを見ている母がふと口を開いた。


「エレナ、あなたは学友の皆さんになんと呼ばれているの?」


 とても唐突な問いかけだった。

 普段、母から飛んでくる問いかけは大体例の乙女ゲームに関することなので、包み隠さず話している。


「えーと……」


 ただこの問いかけには詰まらざるを得なかった。

 なぜなら……。


 ことの発端は少し前に遡る。

 私は、定期的に掲示される通常座学の成績で一位をとっていた。

 通常座学は語学、算術、歴史なのだが、言ってしまえば語学と算術は国語と算数であり前世の記憶があろうがなかろうがさして難しいことはない。

 問題は、全員が学園に通い始めて初めて触れるであろう歴史だ。

 よほど勉強熱心な親でも居ない限り家庭で歴史の話題があがることはほぼほぼないといっても過言ではないし、平民では歴史書を手に取ることさえ難しいといわれている。

 そして歴史は基本的に暗記科目なので得手不得手が顕著に現れる。まぁ習い始めて間もないので覚えるのはせいぜい初代国王から現国王の名前と国王が成した偉業などそれほど多くはないけれど。

 そんなわけで今回成績が奮わなかった多くの生徒達の足を引っ張ったのは歴史だった。

 かくいう私も昔からこれといって暗記が得意というわけではなかったし、歴史上の人物の羅列を覚えるのは面倒だと思っていた。

 だがしかし。私のそばにはルトガーという歴史マニアが居た。居てしまった。

 私はルトガーの言う不思議な六代目国王の件からずるずると歴史の沼に引きずり込まれていたのだ。ルトガーの話術恐るべし。

 ルトガーが繰り出す歴史の話、というか最早ただのファンタジー物語が楽しくて楽しくて、なんなら初代国王より前の神話にまで手を出しているくらいの私に、国王の名前の暗記などお手の物だった。

 と、いうわけで、私は歴史のテストで満点を叩き出し通常座学一位をとったのだ。

 ちなみに歴史の沼に引きずり込んできた沼の主ルトガーも満点をとっていたがまさかの語学でのミスが響き二位だった。あんなに素晴らしい話術を持っているというのに何故語学で……。そして三位はレーヴェだ。


「素晴らしいですわエレナ様!」


 私の隣で太鼓持ちをしているパースリーさんは上位に名を連ねていなかった。ペルセルさんも同じく、だ。

 けれど両者とも特に気にしている様子ではない。

 そもそもこの学園での生活で大切なのは通常座学ではなく魔法の授業なのだから。

 通常座学よりも魔力量、そして魔法の授業の成績が何よりのステータス。要は魔力至上主義みたいなもの。

 褒めてくれたパースリーさんに「ありがとう」と礼を述べていると、近くに居た女子生徒がぽつりと零す。


「通常座学の成績なんてよくたって……」


 と。

 その声に気付き声の主に視線を向けると、そこには学園入学当初、私にレーヴェを独り占めするなと喧嘩を仕掛けてきた女子生徒だった。

 彼女は唇を尖らせどこか不満そうな顔をしている。

 一度パースリーさん達に絞られたと聞いたが、それでもなお諦めずに敵意を向けてくるその心意気、見習わせていただこう。

 意地悪令嬢たるもの簡単に諦めてはならない、と脳内のメモ帳にしっかりと刻む。あとまだ教材で居てくれてありがとう、と心の中で感謝の意を述べる。

 あからさまにカチンときた顔をしたパースリーさんが彼女に文句を言おうとしていたが、私はそれを小さく手を上げることで制する。

 あまり絞めすぎると今度こそ完全に教材をやめてしまうかもしれない。それは困る。


「まぁ、世の中大抵のものは良くて困ることってないのよ」


 私の言葉を聞いた彼女は唇を尖らせたまま頬をぷくっと膨らませた。ふぐのようだ。

 ロルスにこのやり取りを報告したらきっと意地悪度高得点を貰えるわ、と私は上機嫌でその場を離れた。教材のふぐちゃんを置き去りにして。

 今回彼女が突っ掛かってきたのはおそらくレーヴェの一件とは無関係だろうと彼女の成績を見て思った。

 多分、あの子も上位を狙っていたのだ。十位圏内に入っていたので十分上位だとは思うのだけど、自分の上に私が居たのがなんとなく気に食わなかったのだろう。

 そして彼女の言った「座学の成績なんてよくたって」という言葉は、世の女の子がよく言われることなのだ。

 貴族の令嬢なんて特に将来嫁に行って跡継ぎを産むのが義務のようなものなのに勉強なんて頑張ってどうする、と。

 そういう面倒臭いことを言ってくる輩に有効な言葉が、さっき私が言った「世の中大抵のものは良くて困ることなどない」というやつだ。

 暗に今度そういう面倒臭いこと言われたら真似して言ってみなと告げたのだけど気付いてくれただろうか。

 この言葉が教材になってくれたお礼になればいいな、と思って。そして今後とも何卒よろしくという意味を込めて。

 あぁ、ただし先ほどの台詞にも注意点はある。

 私は前世、バイト先のパワハラ上司にこの台詞を使ったことがあるのだが「世の中大抵のものは良くて困ることってないんですよね。だってこうしてあんたを見下して鼻で笑える」と余計な一言を追加した結果クビになった。

 切り札の使い方って難しいよね!


 それはさておき、その翌日のこと。

 ついに治癒魔法の実習が始まった。

 初めての実習なので一体どんなことをするのかとわくわくしていたら、先生が勝手に班分けを始めた。

 どうやら実習は班ごとに行動するらしい。何故わざわざ、と思っていたら教室に大きめの人形が運び込まれてくる。

 大体平均的な人と同じくらいの、私達生徒よりも少し大きいくらいのそれを見て理解した。

 あれを人数分用意出来ないから班分けされたのだと。

 まぁ魔法の実習が出来るのなら班だろうが個人だろうが関係ない。早くやってみたい。同じ班に例の教材のふぐちゃんが居るけど……まぁ関係ない。いや、あるけど。ふぐちゃんはあるみたいだけど。嫌そうな顔してるし……。

 一班に四人ずつという配置で、配られた人形を囲んでいる。

 近くで見た人形は布製の柔らかいぬいぐるみのようだった。顔は書かれておらず服も着ていないし髪も生えていない、ピクトグラムを髣髴とさせる出で立ちだ。

 こいつで一体どういう実習をするのだろうか。パースリーさんかペルセルさんがそばに居ればそんな話を振ることが出来るのだが、今そばにいるのは教材のふぐちゃん改めナタリアさんとそのお友達、もう一人は平民の大人しそうな女の子で軽いトーンで話を振れる人なんて居なかった。


「それでは傷を投影します」


 ぼんやりと人形を見ていると、先生がそう言って手を上げた。

 すると先生の手元が光り、目の前にある人形の身体のあちこちに赤い光が点る。どうやらこれが傷らしい。


「人形の赤い光に治癒魔法をかけると魔法に反応して消えるようになっています」


 先生の言葉を聞いた生徒達から小さく歓声が上がった。私ももちろん上げた。こんなもん完全にゲームである。

 楽しそうで楽しそうで、本当は今すぐにでも取り掛かりたいが、順番は守らなければならない。

 先生が40個の傷を投影するので、班員で協力して早く癒しましょうというのが今回の実習内容なのだそうだ。

 おそらく早ければ早いほどいい成績が貰えるはずなので競争になるのだろうな。


「エレナさんは優秀でしょうから、最後でいいのではない?」


 とげとげしいなこのふぐ。さてはハリセンボンだな?

 ……じゃなくて、ナタリアさんがそう言ったのでなんとなく私がアンカーになった。

 トップバッターは平民の子だ。

 私やナタリアさんとその友人という貴族に囲まれて萎縮してしまっている彼女はなんともたどたどしい手つきで、あたふたしながら傷という名の赤い光を消していく。

 そうして五つほど消したところでハリセ……ナタリアさんが口を開いた。


「班員で協力するのだから、いつでも代わりますからね」


 とのこと。

 おそらく威圧感に限界を感じたらしい平民の子はすぐにバトンタッチをお願いしていた。

 さらにはナタリアさんもその友人も五つずつ消してから私に人形の前を譲ってくる。

 なるほど、これはきっと光を沢山残して最下位になった私を見てくすくすと笑おうという魂胆だな。と、私は脳内のメモ帳に書き止める。私一人ではこんな陰湿な嫌がらせ思いつかない。ロルスが協力してくれたとしても思いつかなかったかもしれない。ありがとう教材。


「よーし」


 私は人形の傍らに立ち、赤い光に手をかざす。

 治癒魔法の最初のほうのページに乗っていた初歩的な魔法で消えるようだ。多分この赤い光は擦り傷だな。

 なんて思いながら、私は両手を使ってぽんぽんとリズムよく消していった。音ゲーを嗜んでいた私にとって光をタップするくらい朝飯前だ。

 最後の一つを消し、これが音ゲーならフルコンボ決まってるわ、と顔を上げたら平民の子が拍手をしてくれていた。そんな彼女に笑顔で「ありがとう」と応えていると、しばし無言だったナタリアさんが「は……?」と言葉を零す。


「……両手で!?」


 そういえば、教科書の挿絵は大体利き手で治癒魔法をかけていたっけ。


「……えーと、つい」


 私のゲーム脳がつい勝手に音ゲーと認識してしまったばっかりに。

 ナタリアさん達が唖然としているうちに、私が驚異的なスピードで治癒魔法をかけたという話が教室内に広がっていく。


「そういえばエレナ様、魔力量も多かったですよね」


 と、ナタリアさんの友人に声を掛けられた。


「平均よりも多いくらい、かしら。でも魔力量を伸ばす本を借りて実践しているからもう少し伸びていたりしたら嬉しいなって」


 私がそう答えると、またも平民の子から拍手されることとなった。


「努力をしていらっしゃるのですね、エレナ様……」


 平民の子のその言葉を聞いたナタリアさんが私の顔を見る。


「……ほ、本まで借りて、魔力量を伸ばすなんて必死過ぎではない?」


「わたしの従者がね、魔力量が少なすぎて真っ青なの。魔力量がすべてではないけれど、あまり少ないと将来困るかもしれないじゃない?」


「だ、だからって……」


「いつまでもわたしが側にいるわけじゃないもの。……わたしの知らないところでロルスが困るのは嫌なのよ」


 ほとんど独り言のようなものだった。けれどそれを聞いたナタリアさんはいつしか俯いて静かになっていた。

 もしかしてもう突っ掛かってこないつもりなのでは? と不安になっていると、ナタリアさんが顔を上げる。


「非の打ち所がない! 私が勝てるところが見つからない!」


「はい?」


 どうしたハリセンボン。ご乱心か。


「エレナ様!」


 ご乱心だ。最初に喧嘩を仕掛けてきたときに自分はエレナ様なんて呼ばないスタイルだと態度で示していたはずのナタリアさんが私をエレナ様と呼んだ。これはご乱心だ。


「私を弟子にしてください」


 ハリセンボンが破裂した!?


「え、ちょ、ちょっと」


 弟子ってどういうこと!? と混乱していると、ナタリアさんの友人もきらきらした目でこちらを見ていた。


「私も、私も勉強を教えてほしいですエレナ様!」


 これはえらいことになったな……?



 と、そんなことがあってからというもの、エレナ様が私のクラスでのあだ名として定着していたのだ。

 このことを母に告げるべきか、と一瞬返答に困ったわけだが。

 しかしまぁこの母には本当のことを言っておいたほうがいいのか。乙女ゲームのヒントみたいなことを零してくれるかもしれないし。


「えーと、エレナ様と呼ばれています」


 そう告げた母の表情はなんとも晴れやかだった。それを見た私はどうもこれで正解らしいなと確信する。


「まぁ、クラスで敬われているということね」


 なんて嬉しそうに言っているし正解だ。エレナ様で正解なのだ。エレナ様て。

 乙女ゲームのライバルキャラクターって一体……。


「ロルス……私はわたしが分からないわ」


「……? 私もお嬢様のことはよく分かりません」


 今更? みたいな顔をするのを今すぐおやめなさいロルス!





 

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