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どうせ家には帰れないので魔女は白夜の森に町をつくることにした  作者: 奏多


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頼まれごと

 不思議な依頼だった。

 なぜ騎士が白夜の森に?

 神教騎士には、何かそういうことをする慣習とか、儀式の一つでもあるのか。


 よくわからないながら、「依頼料はこれでどうにかできるはずだ」と、一緒に宝石のついた指輪まで渡された。

 金の地金の部分がとても太い指輪で、大きな青い宝石がもし値が低くても、かならず売れるだろう。


 私は数秒考える。

 たぶん、この申し出が罠だったとしても、私は受けるしかないのだ。

 それ以外に、逃げられる隙も、逃げるための準備もなにもかもできない。


 もう一つの理由として、白夜の森の端なら本当になんとか魔物に会わずに済むのなら、逃げ道としてそれ以上のものはないのだ。

 黙っている私が、いまいち信じ切れていないと考えたのか、騎士はさらにダメ押しをしてきた。


「鞄にも生活費になるだろう物は入れておいた。それでも足りなければ、これを使え」


 渡されたのは、魔術の巻物。

 羊皮紙に押された青い封蝋は、きらきらと所々輝いている。


「魔術のスクロール……小さな魔術でも、一つで家が十数軒は買える……」


 貴族でもかなり高価だと思う品だ。

 沢山の宝石と引き換えでなければ買えないはず。

 そんな高価な魔術を閉じ込めた巻物を、どうして?

 聞こうとして、私は口をつぐむ。


(私が信じないから、高価な物を引き換えにしてでも実現したいんだって表現しているのね。そして、どうしてもこの人は、小袋を白夜の森に埋めたいのか)


 騎士にとっては、巻物を一つ渡すほどの価値が、その行動にあるんだろう。

 それを言葉を尽くしたり時間をかけるのではなく、同じ価値を持つ物はこれだと示すことで、私に納得させようとしたのだ。

 実際、私は魔術の巻物を渡されたことで、騎士の言葉を信じようと思い始めていた。

 それに、逃げ道は騎士の提案通りにすることしかないから。


「……頼みを、引き受けます。生きていられれば、ですけれど」


 付け加えたのは、ほぼ能力なんてない私が、生きてアールシア皇国へ行けるか自信がなかったからだ。


「それでいい」


 騎士はうなずいた。

 そして注意をしてくる。


「いいか、荷物は無くすなよ。最後の日は、水を多めに持たせるから、必ずそれも鞄に入れておけ。アールシア皇国に入るまで、三日は歩くことになるはずだ。一気に全部飲むな。そしてよほどのことがなければ、近くの村へは行くな。アールシア皇国内に入ってからにしろ」


「なぜ、ですか?」


「見知らぬ人間、しかも長旅なんて一人でできるわけがない若い娘が来たら、怪しむだろう。本当に魔女ではないとしても、魔女だと疑われて通報されるぞ」


 騎士の回答に納得した。

 全員が顔見知りの村で、異邦者はとても目立つ。

 しかもアールシア皇国へ近づく場所で、白夜の森の側となれば、行商人でもない限り近づかないだろう。

 まだ一六歳の私はとても目立つ。


「モスリンの服なんて着てたら、よけいに疑われますよね……」


 白い花模様を織り込んだ白と青のデイドレス。

 腕の部分は斬られ、裾が汚れたりしてくたびれている。でも、貴族令嬢としては簡素なドレスでもレースを使っているし、麻や羊毛の服以外ほとんど着ない村人達の中では、極楽鳥のように目立つはず。


 人前に出ない方が無難だと、私にもわかった。

 すると騎士が鞄を指さす。


「一応、簡単な上着が入ってる。それとマントが入っているから、どうにか組み合わせて誤魔化しとけよ」


 なんと、服のことまで準備してくれていたようだ。

 薄い服が一枚でもあれば、何かしら誤魔化す方法はある。

 私はあわててお礼を言った。


「あの、ありがとうございます、騎士様」


「アレクシス」


「え?」


 騎士は渋面で説明する。


「俺の名前」


「あ」


 騎士様とは呼ばれたくないらしい。


「その、私はリーザです」


 知っているかもしれないけど、私も名乗る。


「リーザ・ジスカルド伯爵令嬢、だな。先を急がせているから、あと二日もしたら姓の方は捨てて生きろ」


 それだけ言うと、リグは扉を閉めて外へ出てしまう。


「ただの、リーザになる」


 アレクシスが嘘をついていないなら。

 白夜の森で、魔物に襲われなければ。

 私はようやく、あの家から解放されるのだ。

 生活の保障もない。誰かが衣食住の手助けをしてくれるわけではないし、お金を沢山持っているわけでもない。


(それでも、自由だ)


 耐え続ける生活が辛かったせいなのだろうか、妙にほっとする感覚があった。

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