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滑稽な恋(誹諧歌 一)

 誹諧歌は滑稽な歌、正調から外れた風変わり、あるいは卑俗な言葉を使う歌と言う事で、他の歌とは分けて雑躰の中に並べることになった。帝の命により編纂されていることも考慮されたのだろう。勅撰の和歌集なのだからそれほど低俗な表現の歌が選ばれることは無いのだが、それでも一応の配慮はなされた。


 しかし優雅に華々しく詠まれた歌が和歌の表の顔ならば、こちらはいわば裏の顔。恋の歌などにも本来は表に出せない男と女の本質がにじみ出ている物もある。しかしこれはもう少し日常に密着した、人々の本音と機微にあふれた軽やかさのある歌が多い。そして本心だからこそ人々を惹きつけてやまない心が現れているので、人々の口によって伝えられ、親しまれている歌も多い。


「誹諧歌なのだから、まずは少しすねた気分を詠んだ歌など並べよう。滑稽な歌にはそんな気分がよく似合う」


 貫之は楽しげにうぐいすが愚痴でも言うような歌を上げた。



  梅の花見にこそ来つれ鶯のひとくひとくといとひしもをる


 (梅の花を見に来たと言うのに鶯が

  ひとくひとくとと鳴いてとても嫌がっている)



「梅の花を見に行ったら、鶯が『ひとくひとく』と嫌がっている? 変わった鳴き声の鶯だな」


 躬恒が不思議そうに首をひねると貫之が種明かしした。


「ははっ。この鳴き声は皮肉だよ。鶯は梅の花を独り占めしたいのに、人々は鶯と梅が共にあるとそのあわれを楽しもうと集ってしまう。鶯はそれが分からないから梅に人が集まるのを見て、『人、来る。人来る』と鳴いて嘆いているのさ」


「成程、それは滑稽だな。誹諧歌の最初には相応しい歌だ。では、素性法師殿の歌は別の意味で滑稽だぞ」



  山吹の花色衣主や誰問へど答へずくちなしにして


 (山吹の花と同じ鮮やかな色の衣よ 

  そなたを身にまとう持ち主は一体どなたかと問うが

  答えが返らないことは分かっているぞ

  何しろそなたを染めたのは『くちなし』なのだから)



「女の衣に問いかけたのか、実際はつれない女に問いかけたのか。だが、どちらにしても答えは返ってこない。そこで『お前はくちなしだから』と返事がないのは当然だと強がって見せている。これは他人から見れば滑稽以外の何物でもないだろう?」


 確かに男が女にあしらわれる様子は、本人たちはともかく、よそから見れば滑稽だろう。


「滑稽とはいえ、嫌に写実的で冷静な歌だな。法師殿は実際にそんな男の姿を見ていたのではないか? 人様の恋の行く末など、他人が見れば結構面白おかしいものだ」


「人様の恋なら、例え七夕の彦星と言えどもおかしいものだ」


 鳴き声や問いかけの歌に掛けて敏行のほととぎすの歌を並べた後に、躬恒が面白がって兼輔の歌を並べる。



    七月六日、七夕の心をよみける


  いつしかとまたく心をはぎにあげて天の河原を今日やわたらむ


 (まだだろうかと、はやる心に衣をすねまでまくりあげて

  彦星は天の川を今日にも渡ろうとするのだろうか)



「おや。兼輔殿は意外と人が悪かったのだな。年に一度の儚い逢瀬をそのようにからかわれるとは」


 貫之もこの歌には笑うしかない。天の星の伝説をこのようにからかうとは、なかなか豪快だ。この兼輔という人は人柄も気さくで、風流を愛する人は皆同士だと思っている。風流ごとに身分を一切問わないという、生まれに似合わぬ特殊な人間性があった。この歌はそんな兼輔らしさが表れている。


「どこの何様であろうとも、男女の恋は滑稽に見えると言う事さ」


「いや、そう言う躬恒も自分の恋にはこちらから見て滑稽だ。この歌のとぼけようなど恋する男の本音そのものだろう」



  むつごともまだ尽きなくに明けぬめりいづらは秋の長してふ夜は


 (愛の囁きもまだ言いつくせずにいるうちに、夜が明けてしまった

  どこに言ったと言うのか。長いと言われる秋の夜は)



「それは、新婚の時の歌だからだ。いつもとぼけている訳ではないぞ」躬恒は反論するが、


「さてさて、それはどうだろう? 『いづらは』とはまるで、長い秋の夜がどこかに消え失せたようではないか。どれほど夢中になって一夜を過ごしたやら」


 と貫之はからかうのを止めない。


「ふん。秋の夜は人が言うほど長くは無いのだ」


「そうか? 秋の夜長は歌の題にも趣があるものだが。どうやら躬恒は今でも秋の夜が短く感じるらしい。夫婦仲が良いのも歌人としては困ったものだ」


「私の秋の歌はそう悪くは無いはずだが?」


「秋の情緒は悪くないが、夜の情緒は……いや、ひょっとして躬恒は夏には夜がないと思っているのかもしれないな」


 すると躬恒が貫之にやり返してきた。


「秋の夜が短くとも、すべての季節の夜を満喫できるのだから、私は四季の恋を詠める。貫之こそ恋のあわれを極めるならば、秋の恋ばかりに囚われてはいけないな」


「何故私が秋の恋に囚われると言うのだ」


「お前、結構遊女に弱いじゃないか。女郎花の様な遊女にふらふらしているんじゃないか?」



  秋来れば野辺にたはるる女郎花いづれの人か摘むまで見るべき


 (秋が来れば野辺に淫らにしなだれる女郎花

  どんな人が摘み取らずに黙って見ていられるものだろうか)



「実は普段からそんな心情なんじゃないか? そんな浅い心ばかりでは、今に心深い歌が詠めなくなるぞ」  


「いやいや。あまり深ければ良いと言う物でもなさそうだ。見ろ、この歌を」


 そう言って貫之が躬恒に指し示した歌は、



  いそのかみりにし恋の神さびてたたるにわれは寝ぞ寝かねつる


 (すっかり古びてしまった恋が、まるで神がかったように祟るものだから

  私は寝るにも寝られずにいるのだ)


 という昔の恋をあまりに深く思い過ぎたことを、嘆く歌だった。


「恋の思いも度が過ぎるとこんなことになるらしい。それほどの恋が出来ればそれはそれで本望かも知れないが」


「大袈裟な歌で逃げる気だな? 俺のこの歌の見立ては違うが」


「ほう? これほどの情熱的な歌に、他の解釈があると言うのか」


「お前のように頭で恋を描く者には読みとれないのさ。これは気の染まぬ相手をやんわりと断るための文句だ。よみ人知らずだから男か女かは分からないが、相手はすぐにでも結ばれたいと迫っている。しかしあからさまに断るほど相手を嫌っていないか、何か事情があって深い仲になるわけにはいかないのだろう。そこで相手を傷つけずにやんわりと『昔の恋』への思いを口実に使ったのさ。恋に慣れた者の優しい心遣いだ」


「うーむ。そうとも読みとれるか。恋の道は奥が深いな」


「そうさ。だから恋は思いっきり深みにはまるくらいでいいんだ。する気がなくてもしてしまうのが恋なのだから。恋と言うのはこうあるべきだ」



  ありぬやとこころみがてらあひみねばたはぶれにくきまでぞ恋しき


 (逢い通さずにいられようかと、逢わないことを試みて見たが

  そんな戯れをしていられないほど恋しくなってしまった)



「愚かだなあ。つまらない戯れなどしなければいいのに」


 貫之がつい、口をはさむと、躬恒は意味ありげに微笑んで言った。


「俺から見れば、お前もそんなに変わらないぞ。どうなるとも分からない先の心配をして、今の恋を避けるなんて愚かとしか言いようがない。せっかく歌人として名が知られているのに、妻を得ようとしないとは。妻を欲すれば本気で恋をする。理屈も戯れ心も通用しなくなる。気がつけば心にあふれて結ばれている。それが本当の恋だ」


 だが貫之は反論した。


「私だって遊女と戯れてばかりいる訳ではないぞ。だが有名になったからこそ、今は恋に慎重なのだ。今は私の名ばかりが人に知られてしまい、私が和歌にかける思いは伝わっているとは思えない。女達が欲しているのは私ではなく、貫之の名なのだ」


 それは歌人たちが密かに人々に抱く不満でもあった。これまでもてはやされる名歌と言うのは、遠い昔から慣れ親しんだ口癖のような歌。あるいは『人麻呂の歌』『業平の歌』『貫之の歌』と言うように、有名な人が詠んだから良い歌であろうと言うあいまいな価値によって判断されてきた。しかしそれでは有名歌人の名は上がっても、和歌そのものの価値は上がらない。

 貫之も『紀貫之が詠んだ歌』として有名になるのではなく、『良い歌を詠む貫之』と言う評価を欲しているのだ。


「だから私は歌によって出世をしたいのだ。歌人が五位に上がると言う事は、歌の価値が殿上人に相応しいものとして認められると言う事だからな。友則殿だってそう思っていらっしゃるに違いない」


 貫之の決意はなかなかに固そうだった。


「まあ、頼れる男を求めなくては生きて行けない女達に、そこまで理解しろと言うのも難しいか。お前の望みのためには、なんとか出世を目指すしかなさそうだな」


「そうさ。今の私はこのよみ人知らず歌のようなものだから」


 そう言って貫之が見せた歌は、



  あしひきの山田のそほつおのれさへわれをほしてふうれはしきこと


 (山田の中に立つ賤しい案山子かかし

  お前さえもが私を欲しいと言うのか? 

  困ったものだ)



「貫之の名がつけば誰もが私を欲するらしい。たぶん、この案山子もな」


「ほう。案山子に惚れられると言う事は、お前も……」


「そう、貫之の名がついた案山子だ」


 そう言って二人は案山子にのぼせあがる女達を想像して笑いあった。





  

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