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雲隠せども(雑歌 三)

  おほかたは月もめでじこれぞこの積もれば人の老いとなるもの


 (ほとんどの人は月を楽しむが

  この月こそが月日を積もらせ、人を老いさせるものなのだ)


 人々は夜の風情と言えば美しい月を堪能することも喜びの一つとしている。すべてが闇に閉ざされる夜の中、煌々と冴える月明かりはとても美しく、優しい。その姿に人はやすらぎも覚えるし、大きな夜空を飾る輝きに称賛を贈りたくなる。


「それが普通の感性だろうな。だが、在中将(業平)殿は違った」


 躬恒は面白そうに業平の歌を眺めていた。


「ああ、『積もれば人の老いとなる』とはな。美しくはあっても夜毎欠けて行く月を不吉と言う者は多いが、月日にかけて具体的に自らの老いを表せば、より時の過ぎ去る悲しみが感じられる。それが分かっていながらも月を愛でてしまう我々の矛盾を、巧みに突いた歌だ」


 貫之も興味深げにこの歌を見る。


「本質を知りながらも美しいものに惑わされる。人の心は不思議だ。そうした人の弱さと、それでも美の情緒を求める人の奥深さ。少し皮肉な歌だが、見るものに過ぎゆく年月の儚さと人の浅はかさを教える、意味深い歌だ。さすがは在中将殿と言うところだろう」


 貫之は業平の歌の巧みさに感じっていたが、躬恒は、


「俺は歌や月以上に、月を見てさまざまのことを思う、人の心の不思議さが面白いと思う。在中将殿の歌に思いをはせるのは歌や月を見て人それぞれ感じ方が違うからだ。在中将殿はそれを端的に表されていると思う。見る月は同じでも、感じ方は人それぞれだ。……確か以前、七夕の頃にお前が俺と月を見た時に詠んだ歌もここに残してあったな」


「ああ。『かつ見れどうとくもあるかな月影のいたらぬ里もあらじと思へば』歌人と言っても皆歌の事だけに没頭するのではなく、それぞれに暮らしもあれば帰る所もあるのだと思って詠んだのだったな」


「それも貫之ならではの感じ方なのだろう。誰もが月はただ美しいと愛でていると思われがちだが、視点を少し変えればその心の奥深くにはそれぞれの思いがある。在中将殿の歌やお前の歌はそれが現れている。一緒に並べるといいと思うぞ」


 躬恒に言われて貫之は自分の歌を並べてみたが、


「それなら、さらにこの歌を並べてもいいだろうか?」


 と、自作の歌をさらに並べて見せた。



    池に月の見えけるをよめる


  二つなきものと思ひしを水底に山の端ならで出づる月影


 (月と言うものはこの世に二つないものと思っていたが

  水底に山の端でもないのに月の姿が出ている)



「ほう。まさしく視点を変えて月を詠んだ歌だな」躬恒は面白がっている。


「だろう? 天ばかりを眺めていては見えない月が、水の底にはあるのだ」


「貫之は水を詠むのが好きだからな。捉えどころのない水を様々な形で詠むのが好きなのだろう?」


「ははっ、その通りさ。さらに月のようにもっと人の手には届かぬもの、人の目には届かぬ物などと共に詠むのが大好きだ」


「そう言えばお前は風や川、人の分けいらぬ山の奥などを詠む歌も多いな。手に届かない物への憧れが強いのだな」


「ああ……。そう言われればそうかもしれない。儚いだろうか?」


 躬恒の言葉に貫之は自分の心が歌人としては浅いのかと思い、聞いてみる。


「儚い? お前の歌のどこが儚いと言うのか。このどの里にも隅々まで光を届ける月影の歌と言い、月はたった一つしか無い、稀少で遠い物とは考えずに、山の端でなくても目の前の池にもある身近な存在だと詠んだ歌と言い、お前は手に届かない物をさらに雄大な視点で詠んでいる。こんなに広くて大きな発想の、どこが儚いと言うのか。お前の心は儚さとは真逆の所にあると思うぞ」


 躬恒はそう言って笑った。実際貫之の歌は繊細な感性と視線から詠まれているにもかかわらず、その詠み様は雄大である。彼の歌には水や水辺を詠んだ歌が多いが、それは形状を一つに留める事のない、水の不思議と美しさに惹かれてのことだろう。水は池になって物の影を写すかと思えば川となって流れ去って行く。しぶきを上げて衣を濡らすかと思えば、凍りついて一つの塊になったりもする。小さな泉にもなれば広大な海にもなる。


 水辺の景色を見て、その水が夏に衣を濡らし、冬には凍り付き、立春には春の日差しに解ける。もちろんそれは理屈の世界であって実際にその様子を一年がかりで見て詠んだ歌ではない。だが、水の不思議に興味を引かれ、それを一つの歌として詠んでしまう。理に通じながらもその世界を通して空想を膨らませ、時や季節を越えた雄大な歌を詠む。貫之にはそういう才能があった。それは躬恒の言うように儚さとは真逆な、世界の大きさを表す歌であろう。


「業平殿の月が人の老いになる歌には儚さを感じるが、お前の水底の月にそれは感じない。むしろ意外な発見と山の端に思いをはせる大きさがある。私は在中将殿の歌よりもお前の歌が好きだ。お前は視野の広い、心の大きな歌人だと思うぞ」


 躬恒はそう言って貫之の歌人としての資質を褒めた。


「躬恒がそう言うなら安心だ。歌の雄大さでは躬恒も私に引けを取らないからな。しかも私よりずっと現実的で分かりやすい歌を詠む。分かりやすさは人の心を動かすうえで重要だ。何より耳にする人に対して親切だ。お前も良い歌人だと思っている」


 貫之も負けじと躬恒を褒め返した。分かりやすさを人はつい簡単さと誤解しがちだが、相手に理解しやすくすると言うのは決して簡単な事ではない。歌人としてその難しさを知る貫之には、躬恒のそういう才能が尊敬できるのだ。


「お前にそう言ってもらえるのは光栄だ。だが、俺は歌人としての前に、お前をいい友人だと思っている。その友人に褒められるのは悪い気がしないな。山の端の月の歌と言う事で、次はこの在中将殿と惟喬親王の友情の歌を並べよう」



  あかなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなむ


 (まだ満ち足りていないと言うのに月は隠れようするのか

  山の端よ。逃げて月を入れないようにしてくれないだろうか)



「在中将殿が惟喬親王の狩の御供に従った時の歌だな。宿で一晩中酒を飲みながら語り明かすうちに親王が酔ってしまわれて、眠ろうと奥に引っ込まれようとなさるのを在中将殿が惜しんで詠んだと言われているな」


 業平と親王には身分を越えた親しい友情がかわされていた事が有名で、躬恒も知っている。伊勢物語が語り継がれたのには業平の美しい恋愛模様が女達に人気があったことはもちろんだがこうした業平と親王の心にしみる友情の歌もちりばめられているところにもあるのだ。


「在中将殿は狩の様な砕けた場でなければ、そうそう親王と親しく語り合える機会も多くは無かったはずだ。その楽しさに親王がお休みになられるのが惜しくて仕方なかったのだろうな。山の端に逃げて欲しいなんて、遊び心あふれる歌が詠まれるほど、楽しい円居まどいであったのだろう」


 貫之は歌人業平にも憧れているが、この二人の主従を越えた関係にも憧れているのだ。


「宮中は厳しい所でもあるからな。人の噂もうるさいものだし。文徳天皇の御時に斎院に立たれていいた皇女様の母上が『あやまち』を犯されたと言われて、斎院を皇女様から代えられる話が出た時に、それをかばった後の尼、敬信けいしんの歌もある」


 そう言って貫之は敬信の歌を並べた。その時の『あやまち』の詳細は分からない。だが何らかの悪い噂が立って、娘の皇女の立場も難しくなっていたのだろう。皇女もその母も女の身の上。はっきりした証拠もないまま斎院の交代の話が出たと言う事は、おそらく男達の権勢の争いに巻き込まれての事だったのだろう。

 だがその時は斎院の交代は取りやめとなった。その時に敬信が歌を詠んだのだ。



  大空を照りゆく月しきよければ雲隠せども光消なくに


 (大空を照らしながら行く月は清らかだから

  雲が隠そうともその光までは消す事が出来ないのです)


 

 月と言うのはここでは皇女やその母上の事を示す。そして雲は疑惑や邪推の例えとされている。この歌はどれほど人々がつまらない誤解や邪推をしようとも、皇女やその母の大空を照らす月のように清らかな心の光を消すことなど出来ないのだと、潔白を証明できたことの喜びを詠んでいるのだ。


「しかし、この皇女様は結局天安元年に斎院を廃せられた。やはり後ろ盾となっていた方がひと頃の盛りを過ぎてしまわれたのだろうな。やるせないことだ」


 貫之はため息をついた。政権争いは貫之たちには遠い話だが、こうして和歌としてその心を慮ることはできる。


「新たに栄える者があれば、盛りを過ぎて衰える者もある。それが世の中と言うのもだからな」


 二人は盛りを過ぎようとも心変わらず寄せる思いを詠んだ古歌をその後に並べた。そしてその後は盛りを過ぎた者の老いの胸中が並べられていく。


「老いを悲しむ歌は多いものだなあ」


 貫之は並べながらふと言葉を漏らした。



  さかさまに年もゆかなむとりもあへず過ぐるよわいやともにかへると


 (さかさまに年月が流れて行けばいいのに

  留められずに過ぎた年齢も、それと共に帰ってくるかと思うから)



 この歌を並べる様子を耳にしていたらしい友則が、


「ああ、本当に時間が逆さまに戻って欲しい。どうにも序の文章が進まない」


 とこぼした。友則はあれから何か身体が辛そうで、いつもどこかだるそうにしていた。


「お顔の色が悪いですね。休まれて御祈祷を受けた方がいいのでは?」


 躬恒がついに友則にそう声をかけた。


「しかし、序文が滞っていては」友則は渋ったが、


「でも、今のご様子ではこれから序文がはかどるとも思えません。こうしているよりもお休みになられて、御気分が回復なさっていから取りかかった方が良いと思います」


 貫之がそう言って友則に休むことを勧めた。忠岑も頷いている。ここしばらく皆が友則の体調を気遣っていたのである。


「そうか……。このままではかえって皆の迷惑になるな」


 友則はそう言って顔を曇らせたが、忠岑は、


「それこそ新たに貫之たちがこうして栄えようとしているのだ。我々は若い者の言うことに従えば良いのだよ。序文も大まかには貫之と躬恒が考えておいてくれるだろう。友則が回復したらそれをもとに序を書けばよい。ここは貫之と躬恒に甘えさせてもらえばいい」


 そう言って友則を席から立たせた。


「私が邸まで送って行こう」そう言って忠岑が友則に付き添う。


「忠岑殿のおっしゃる通りです。友則殿が元気になって御帰りになるのを待っています」


 貫之がそう言うと躬恒も横で頷いた。


「そうか。すまない。少しの間だけ三人で頼む」


「ご心配なく。よく御祈祷を受けて、早く良くなって下さい」


 友則はしばらく編纂から離れて休むことになった。もちろん体調が良くなったら自ら序文を書いて帝に古今集を奏上するつもりであった。

 しかし友則は編纂から離れると思った以上に身体が弱り、しばらく寝込んでしまった。貫之たちは友則の病を心配しながらも編纂の手を遅らせる訳にいかず、友則が回復することを待ってそのまま編纂作業に励む事となった。


 病の暗雲が友則を隠そうとも、その光はまた輝くものと信じて。




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