第8話:戦う理由
あれから雪山を降りた俺達は、雪が消えた草原エリアまでやって来た。
草原と言っても崖や木々もあるが、今日はここで野宿だ。
ステラが騎士達と仲良くテントを準備していて、その間、俺は近くの木に立て掛けられながらそれを見ていた。
『しっかし、本当に人生……じゃなく剣生は何が起こるか分からないな』
気付けば持ち主が見つかって、しかも大きな戦いに巻き込まれるとは。
予定だと、もう少し周囲で魔物倒してスキル厳選をするつもりだったけど、まぁなってしまったものはしょうがないか。
『日も暮れてきたなぁ……ふあぁあ……退屈だな』
俺は暇すぎて欠伸した。
持ち主――ステラがいる以上、勝手に飛び回る訳にもいかないしな。
やれやれ、まるで結婚して自由を無くした気分だ。
まぁ前世じゃ独身だったけど。
そんな事を思っていると、俺は不意に木の異変に気付いた。
『うおっ!? マズイ! 《《凍ってる》》!?』
俺が気付けば俺が立て掛けられていた気が凍り付いていた。
ヤバイヤバイ。少し気を抜くとこれだ。
氷の魔剣――正確には<絶対氷域>のスキルの影響だが、油断すると周囲を凍らせてしまうんだよな。
だから意識してないとダメなんだが、やっちゃった。
これじゃステラにも騎士達にもバレるよな。
「なんと!? 木が……!」
「凍っているだと……!」
「あ、あれが氷の魔剣の力か……!」
うわぁ……騎士達が驚愕しながら見てるよ。
少し気恥ずかしいな。まるで、おねしょを見られた気分だぞ。
そして当然、騎士達が気付くならステラも必然的に気付くよな。
「えっ?――うわっ! ニブル! どうしたのそれ!?」
『……すまん、つい気を抜いてしまった』
俺は駆け足で戻って来たステラへ、そう謝った。
元の土地が極寒の世界だったからなぁ。
普通に気を抜いても良かったんだが、今は駄目だな流石に。
「す、凄いね……ニブル。流石、氷の魔剣ってかんじ」
『褒められるの嬉しいが、魔剣なりの悩みはあるんだぞ?』
まぁ元が――前世が人間だった故の悩みばっかだけどな。
魔剣なのに普通に眠気とかあるけど、空腹感はまるでない。
悩みっていうか違和感だな、うん。
でも俺的にはまだ慣れない感覚だから、大変なんだよなぁ。
俺はステラへ、そんな事を言いながら話していると、騎士達のひそひそ話が俺の耳に入って来た。
「お、おい……お嬢様がまた魔剣と話してるぞ?」
「あ、あぁ……何やら魔剣と話せると言っていたが、我々には聞こえないからな」
「み、見ている分には不思議な光景だな……」
あぁ、やっぱりステラがイタイ子に見られてるぞ!?
混乱させない様にステラにだけ声を聞こえる様にしているが、どうするべきか。
っていうかステラ、彼等に俺が話せる事を話したのか。
いや、普通にバレるか。ここまでの道中、色々とステラから情報を聞いてたしな。
しかしどうっすかな。いきなり話すのもあれだし、ステラに意見を聞きながら決めるか。
俺はそう思いながらステラをジッと見ていると、それに気付いたのかステラが首を傾げた。
「ん? どうしたのニブル?」
――かわええ。
よくよく見るとステラって本当に美人だな。
青い髪と瞳も綺麗だし。
――って違う違う、そうじゃないだろ。
『あぁ……いや、何でもない』
「そうなの? なんかニブルが私を見て、何か話したいって感じたんだけど?」
『後で話すさ』
持ち主になったからか、俺との意識がリンクしたからか。
どちらにしろステラには、俺の行動や意思とか少しは感じる様になったらしい。
たった一度だけ共に戦っただけなんだけどなぁ。
もしかしてステラって、思っている以上に武器を扱う才能があるんじゃないのか?
俺は使われた側なりの直感でそう思ったが、同時に短所も分かった。
まぁ、その代わり《《魔法の才能》》はないみたいだが、そこは俺はカバーすれば良いさ。
俺はそう思いながら瞳を閉じて、テントが張り終えるのを待つことにした。
そして、やがて野営の準備を終え、食事を取り終えたステラ達は見張りの騎士達を残してテントへと入って行く。
俺もまた、ステラに持たれて彼女のテントの中へと入っていった。
そして中へ入ったステラは俺を床へ置くと、俺は少し浮いて彼女へ問いかけてみた。
『なぁステラ……君は何の為に戦うんだ? 願いとかあるのか?』
「ア、アハハ……やっぱり気になる?」
そりゃあな。
これで万が一、世界征服や、貴族の大半を消し去るみたいな願いだったら怖くて嫌だわ。
まぁ短い付き合いだが、ステラがそんな性格じゃないとは分かってるが、やっぱり戦う理由があるなら知りたいからな。
『そりゃ俺の今の持ち主はステラだからな。戦う理由があるなら知りたくもなる。――もしかして、人には言えない様な願いなのか?』
「ち、違うよ!? そんな変な事を願わないよ!!」
『なら教えてくれても良いだろ?』
俺は顔を真っ赤にして腕を振るステラを見ながらそう聞くと、ステラは落ち着いたのか、ゆっくりと語り始めた。
「えっと、ニブルは私の家――ブルーハーツ家が下級貴族って知ってるかな?」
『あぁ、確か雷小僧がそう言ってたな』
下級貴族めが!――的な事をずっと雷小僧が言ってたもんな。
しかし、いきなりこの話が出るって事は、もしかしてステラの願いは――
『もしかしてステラの願いって、家の位を大きくしたいとかか?』
「……う、うん。実はそうなんだ」
俺が聞いてみるとステラは気まずそうに頷いた。
「うちの家って……昔から『武』に関して凄かったみたいなの。まだ国が統一されてなくて戦乱だった時代に、当時の王様を何度も助けてたぐらい」
『へぇ……そんな凄いなら下級貴族じゃなく、上級とかじゃないのか?』
戦乱って一番大変な時代だろ。
その時代で当時の王を助けてたって相当だぞ。
しかも武に冴えてたなら武功だってあっただろうし、なんで下級貴族なんだ?
「うん、だから昔は上級貴族だったんだけど……平和な時代が続くと武功よりも、魔法の才能が物を言う様になって……うちって魔法の才能はないから段々と……」
『成程ね……つまりは時代の流れか』
確かに平和になっても、いつまでも血生臭い事をしていたらドン引きだな。
けど必要でもあるだろ。力もまた。
「だから、うちの家って周りの貴族からは馬鹿にされてるんだよね……魔物を狩るから民の人達には好かれてるけど、それでも私の大切な家族や使用人達が馬鹿にされるのは我慢できない」
優しいなステラは。ある意味、自分の為じゃなく、家族や皆の為の願いだな。
「この貴族の王の戦いに選ばれたのも200年ぶりみたいだし、貴族の王にだって本音を言えば成れなくても良いんだ。ただ頑張りまくって少しでも皆が楽になってくれれば……」
本当に良い子だな。
軽くリンクしてるから、ステラが嘘を言っていないって分かる。
それに感じる。彼女の優しさ――暖かさをな。
今、言ったこと全部が本音なんだな。
『成程、大体分かった』
「アハハ……ごめんね、あんまり大した願いじゃなくて。ニブルは凄い魔剣なのに、持ち主の私がこれじゃ――」
『気にするなって。良い願いじゃないか。家族想いな人間は嫌いじゃない。俺に何が出来るか分からないが、可能な限り一緒に戦うさ』
俺がそう言うと、少し暗かったステラの表情は明るくなった。
そして感動した様に目を輝かしていた。
「本当!? ありがとう! ニブル!! 私、本当に魔剣に恵まれたよ!!」
『お、おう』
凄い言葉だな、魔剣に恵まれたって。
ま、まぁ戦う覚悟は既にしてるんだ。俺だって頑張るさ。
そんな話をしながら、やがてステラが床に着くのを確認し、俺も静かに瞳を閉じるのだった。
けど、俺は気付かなかった。油断していた。
既に次の候補者が、崖の上から俺達を狙っていた事に。




