第15話:戦慄のマリオネット
翌朝、いつもの様に庭でステラは俺を使っての素振りをしていた。
日が昇り、朝食が出来るまでこの自主練習は続くんだ。
たまには休めと俺も言ったが、ステラ的にはしない方が身体に悪いらしい。
まぁ、貴族の女の子らしくはないが、ステラらしいといえばらしい。
本人がそう言っている以上、俺から言うことはないな。
『それでステラ。今日の予定は何かあるのか? それともまた領内を見て回るのか?』
「うん! そのつもり! 魔物は退治したけど、他にも困っているかもしれないからね」
やれやれ、満面の笑みでそう言うか。
一応、候補者だから狙われる可能性があるのに、本当に領民が好きなんだな。
まっ、俺に付き合わないって選択もないし、別に良いけどな。
――ただ胸騒ぎがするんだよな。
この一ヶ月、候補者から襲撃されてないから、警戒心が上がっているだけかもしれないが。
虫の知らせというべきか、それとも臆病になっているだけか。
どっちにしろ、いつでも対応できる様にするしかないな。
俺はそんな事を思いながらもステラが朝食を終えると、共に屋敷を出た。
そして昨日、領民達と騒いだ場所まで歩いていくと、そこには領民達が集まっていた。
「みんな! おはよう!!」
ステラが元気に手を振る。
だが、誰一人として振り返ることはなく、ずっと背を向け続けていた。
『なんだ、なにかあったのか?』
普段ならステラが来ただけで騒がしくなるのに、反応すらしないのは流石に変だ。
ステラもそれを察したのか、足を速めた。
「どうしたんだろ? 何かあったのかな……」
そう言ってステラが領民達の真後ろまで来たが、領民達は男は勿論、女子供、老人達すら振り返らない。
「みんな! なにかあったの!?」
ステラがやや過剰気味な声で呼びかけたが、領民達は身動き一つしない。
それを見て、俺もいよいよ嫌な予感を抱いた。
――なんだ、胸がざわざわしてきたぞ……!
「ステラ! なにか変だ――」
俺がそう言った時だった。
「――<マリオス>!!」
「うっ、うっ、うおぉぉぉぉぉぉ!!」
それは一瞬の事だった。
呪文の様なものが聞こえた瞬間、スキル<危険感知>が一気に警報を鳴らした。
そして領民達が振り返り、一斉に襲い掛かって来た!
オイ!? マジかよ!
「みんな!?」
一斉に家畜用のフォークやナイフ。
他にはスコップ等を持ってステラへ振り下ろされたが、そこは武を学ぶステラだ。
<危険感知>のお陰もあって、後ろへと跳んで回避した。
「みんな! どうしたの! なんでこんな!」
ステラが困惑した様子で聞き返す。
俺だって困惑していた。
昨日まで普通に話して仲良くしていた仲なのに、いきなりこれはおかしい。
それにさっきの呪文みたいなのも気になる。
だが<危険感知>は領民達――正確には、この周辺にビンビン反応しているし、よく分からないぞ!
そう思っていると、一人の領民が口を開いた。
「ス、ステラ様……! 逃げて……くれ!」
「身体が勝手に動いているんだ!?」
おいおい、それってマズイんじゃないのか!
「どういうこと! みんな、誰かに何かされたの!?」
ステラは皆に声を掛けるが、帰って来たのは苦しそうに武器を構える彼等の声だけだった。
『ステラ! このままじゃヤバイ! どうにかしないと!』
「――<マリオス>!!」
またさっきの呪文の声!? 一体どこからだ!
<危険感知>をもっと集中させれば分かるけど、目の前のこの状態じゃ!?
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
「ステラ様! 避けてくれ!!」
皆も叫びながら武器を振り下ろし、ステラはそれをまた後ろに飛んで回避した。
だが、いつまでもこうしている訳にはいかないぞ!
『ステラ! 村人を凍らせて動けなくしろ! その間に元凶を探すんだ!』
「そ、そんなの出来ないよ! そんな事したら凍傷とか――」
『それぐらいなら治せる!! やらなきゃお前もコイツ等も苦しむんだぞ!!』
「でも……!――ッ!」
迷っているステラの表情が突如、歪んだ。
なんだ? どうしたんだ!?
俺はすぐに周囲を見てみると、ステラの右足に刺さるナイフがあった。
――刺したのは小さな男の子だった。
『ステラ!! 待ってろ! すぐに治療してやる!』
「待ってニブル!」
俺がすぐに治療しようとしたが、ステラがそれを止めた。
そして腰を降ろすと、ゆっくりと男の子を見た。
そこにはナイフを握ったまま、涙目になっている男の子の姿があった。
「ごめん! ごめんなさい! ステラ様……!! でも身体が……!」
「うん、うん……大丈夫だよ。このぐらいの傷、何ともないから!」
『……ステラ!』
きっと悲しませない様に頑張っているんだろう。
ステラは男の子へ笑顔でそう言うと、静かに立ち上がった。
だがいつまでもこれじゃ元凶に辿り着けないぞ!?
『クソッ! 許せよ! 氷魔法!!』
俺は簡単な氷魔法を使い、ステラの周囲に氷の壁を生成した。
これで領民達は攻撃が――
「――<ゴウ・マリオス>!!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
また呪文が――そう思った途端、領民達から強い魔力を感じ取り、彼等はフォークや素手で氷を砕いた。
嘘だろ! 防御呪文には遥かに劣るが、並みの攻撃なら傷一つ付かない氷なんだぞ!?
だがそれだけじゃなかった。
素手などで砕いた者達は、素手から出血し、苦しみの表情と声をあげていた。
「うあぁぁ……!!」
「痛い……痛い……!」
「みんな!? お願いニブル! 氷を消して!!」
『クソッ! しょうがないか……!』
俺は氷を消したが、その瞬間からすぐに領民達は武器を持って近付いてくる。
マジでどうする! 考えろ! 何とかしないとマジでステラが……!
「ニブル……! どうしよう……私、みんなを攻撃できないよ……!」
『分かってる……けど、これじゃ――』
<危険感知>も、相変わらず目の前の脅威に警報を鳴らしている。
これじゃ駄目だ。領民達を何とかしないと、元凶まで辿り着けない!
その間にもステラは領民からの攻撃を、俺を使って弾いたりしているが、すぐに領民は立ち上がったり、武器を拾っていた。
『キリがない……!』
どうする!? 倒すどころか傷付けても駄目な脅威なんて、どうすれば良いんだ!?
駄目だ答えが出ない。
一気に離脱しようにも人数が多すぎる!?
少しだけでも良い。僅かな隙が<俊足>のスキルで離脱できる筈なんだ。
――そんな時だった。
「ステラァァァァ!!」
「お嬢様!!」
「お父様!? みんな!」
ステラの名を呼ぶ声と共に現れたのは、ステラの父と騎士達だった。
彼等は皆、盾を持っていて、それですぐに領民達との間に割り込んだ。
「ステラ無事か!?」
「お父様……! そうだ! お父様! みんなは操られてるの! だから攻撃は!」
「分かっている。お前を傷付けようとする領民なぞ、このブルーハーツ領にいる筈がないからな。――ステラ! ここは私達が抑える! お前は今の内に元凶を叩け! やれるな?」
「!……うん! 行こうニブル!!」
『よっしゃ!』
ステラの親父さんや騎士達のお陰で隙間が出来た。
これなら<俊足>で一気に離脱できるぞ!
『行くぞステラ! スキル<俊足>発動!』
俺がスキルを発動した瞬間、ステラは馬よりも速く、その場を後にした。
――よし! 後は<危険感知>を研ぎ澄ませれば元凶の場所が分かる筈だ!
『おっと! その前に……ステラ、足の治療を――』
「ううん、いい。それよりもニブル……<危険感知>を研ぎ澄ませて」
『いやでも……ステラ?』
俺はそれ以上は言えなかった。
何故ならば、ステラの表情は今までになく冷たい瞳で、そして怒りが込められていたからだ。




